第8話 廃クラさんが戦う

 家に帰りTFLOにログインすると、ジルとセルフィッシュさんがすでにログインしていた。


Sky:おはよう

Selfish:おっす

Jill:おはよ~、久しぶり


 いつもと変わらない挨拶。

 だが、今日はジルがいる。


Sky:いや、さっき学校で会ったでしょ。やっとログインできるようになったんだね

Jill:うん、サポートに連絡してからちょっと時間かかったけどやっと規制が解除されたよ

Selfish:セキュリティトークン使えって、そうすれば制限かからないから。つーかリアルに関わるようなことはギルドチャットで話すなよ


 セキュリティトークンとはログイン時に求められるパスワードとは別に、一定時間で変わるその場限りのワンタイムパスワードを生成する機器デバイスのことだ。

 それは専用の機器デバイスであったりスマホにもアプリとして存在する。

 TFLOではセキュリティトークンを使用しないで普段とは違う別の場所からログインしようとすると制限がかかりログインが規制される。

 セルフィッシュさんは俺をパーティに誘い、俺はそれに入る。

 ジルはすでにパーティに参加済みだった

 この前ギルドチャットで俺がうっかり長田さんのこと話しちゃったから長田セルフィッシュさんも慎重になっているんだな。


Selfish:俺もつい今しがたログインしたばかりだが、ジルには聞きたいことが山ほどある

Sky:うん、俺も聞きたいことがあるけど、多分セルフィッシュさんと同じことだと思う

Jill:どんとこい


 俺たちはパーティチャットでチャットす

 ギルドハウスに俺が入ると


JillはSkyに抱きついた


 抱きつかれた瞬間、今日あった出来事が俺の脳裏によみがえり心臓が高鳴る。

 昼間抱きつかれたときのジルの胸の柔らかさを脳裏で反芻はんすうする。

 最近はジルに抱きつかれても鬱陶しウザいくらいにしか思わなかったけど、俺がこのゲームを始めた頃と同じくらいのドキドキ、――いや、それ以上かもしれない。


Selfish:で、学校では先生達に俺たちのことは何も言ってないんだよな?

Jill:うん、セルフィー達のことはネットではあったことあるけど名前知らなかったって言ったんやけどそれだけだよ。ネットの知り合いにあえて嬉しかったからセルフィー達抱きしめたら、誰だか知らないけど後ろから襲いかかられて撃退したって

Sky:誰だか知らないって……柏木ね


 あんな出来事があったのに名前を覚えられていなかったとか……。

 柏木らしいといえばらしいのか?


Jill:なんて読むん?

Selfish:かしわぎ だな

Jill:ああ、そういえばスカイがそんな名前呼んでた気がしたよ。……柏木 おお、変換できた


 日本語は結構理解できるみたいだけど名前とかはあまり詳しくはないんだな。


Sky:俺たちの名前も教えた方がいいよね? てか先生からは聞いてない?

Jill:う~んと、なんだっけ? 聞いた気がしたけど、どっちがどっちなのか覚えてないや

Sky:俺は奥原蒼空

Jill:そうそう奥原ってのは聞いたよ。で、名前はなんて読むん?

Sky:そら


 自分の名前を自分で言うのはなんか少し恥ずかしい。


Jill:ああ、そうか! そらだからスカイなんだ! でも『そら』でその名前変換できないんやけど?

Selfish:最近の日本人にはよくあるキラキラネームとかいうやつかな。それっぽい当て字で本来ない読み方をする名前だ

Sky:え~? そらって読めるでしょ? そういうのと一緒にしないでほしいな

Selfish:いや、変わらねえっての


 変わるよ! 心外だな! まったく。


Jill:で、セルフィーは確か…

Selfish:俺は長田佳奈子

Sky:その名前を名乗るのに「俺」って一人称を使う?

Selfish:うっさい。だまれ


 セルフィッシュさんが長田さんへと変わる。


Jill:そうそう、長田……ってそういえばおさPと名字同じだよね?

Selfish:でも日本じゃそんなに珍しい名字でもないから同じでも特別おかしなことじゃ全然ないっしょ?

Sky:うん、普通の名字だと思うよ。俺は他に長田って人に会ったことはないけど

Jill:そうかー、おさPの娘さんとかそういうことじゃないんだね?


 いや、それはさすがに……どうなんだ?


Selfish:ないない、ありえねーっつーの

Sky:そういえばおさPって何歳なんだろう? 娘がいるとしたら高校生くらいってこともあるのかな?

Selfish:だから違うっつーの! いい加減にしろお前ら!

Jill:ごめんセルフィー

Sky:ごめんなさい


 激怒したであろう長田セルフィッシュさんに俺たちは謝る。まあ、あるわけないよね。そんなこと。


Selfish:で、ジルは大場ジル。ってお前本名でやるのに抵抗はないのかよ?

Jill:え? なんで? 本名じゃまずかったん?

Selfish:例えばお前に興味を持って近づいてくる輩がいて、リアルのことをいろいろ詮索されたりして、何らかの拍子でうっかりリアルのことがバレたときにやばいだろ?

Jill:え? なんで?

Selfish:そいつがお前に好意を持っていてリアルでもお前に近づこうとしてくるかもしれない。今までジルはオーストラリアにいたから物理的に近づくのは難しかったけど、ジルは今日本にいるんだ。気をつけたほうがいいと思う

Jill:う~ん、あるかなぁ、そういうこと

Selfish:このゲームに限らずネットではそういう話はよく聞いたりする。とにかく、ジルはまずそこを自覚しろ。お前はネットの世界に対する自分自身のセキュリティが甘すぎる。これからは俺たちと同じ場所に居ることになるんだから十分注意しろよ

Jill:わかったよ、セルフィー


 でも、現実世界リアルのジルの防衛能力セキュリティは、後ろから襲っちかづいてきた柏木を一撃で撃退KOするほどだったし、なにか危険なよからぬことがあったとしても大丈夫ななんとかなるのかなぁ、とも思えなくはない。


Selfish:じゃあまずその手始めとして、ジルはもう一つのセキュリティ、セキュリティトークンを用意するところから始めろ

Jill:う~んと、スマホのアプリなんだっけ?

Sky:公式ストアで専用の機器を買うこともできるね。でもスマホがあればアプリでできるからそれがお手軽かな

Jill:そうか~、日本に来たら絶対にガラケー持とうって思ってたのになぁ

Selfish:いや、あんなもの日本ではもうジジババくらいしか使ってねえっての

Jill:え~、あのパカって開いて使うのかっこいいやん?

Sky:そうかなぁ…


 日本の外から見たらああいうのが格好いいのか?

 てか、顔黒ガングロメイクとかガラケーとかジルの流行ブームは何世代か遅れてないか?


Jill:ところで二人はこのゲーム始めた最初の頃から知り合いだったん?

Sky:いや、ぜんぜん

Selfish:俺がスカイのことをリアルでも同級生だって知ったのはついこの間だ。つーかスカイを拾ってきてこのギルドのメンバーに入れたのはジル、お前だろうが

Jill:ああ、そういえばそうやったね


 俺がこのゲームを始めてすぐの頃。なぜだかは知らないがジルに誘われこのギルドに入った。


Sky:拾ってきたって……、俺は犬や猫かよ……

Selfish:ああ、そうだ。俺たちはArtificial Catsだ。お前に猫耳や尻尾はないが立派な猫の一員だ

Sky:いや、そういうことじゃなくて……


 ギルドACの正式名称を久々に聞いた。

 意味はえ~と……、なんだっけ?

 昔聞いた気がしたけど覚えてない。

 このギルドへの加入をジルを始めみんな喜んでくれたが、なんで俺は誘われたんだ?


Sky:そういえば俺がギルドに誘われた理由ってなんなの?

Selfish:それはお前がArtificial Catsにふさわしかったからだ。って前にも言っただろう

Sky:いや、どうふさわしいのかわからないし、俺にどんな資質があったっていうの?

Jill:もうええんちゃう? セルフィー

Selfish:う~ん。 ジルがそう言うのなら……


 ん? なんだ?

 なにか言いづらい理由でもあったのか?


Jill:うちがスカイに会ったのが半年くらい前? 四月頃だったっけ? あのころ大型パッチがあったよね?


 え? どうだったろう?

 う~ん、もしかしたらあれがそうだったのかな?


Sky:そういえばあったかもしれない。始めたばっかりなのに何でできないんだよって思ったらメンテでそれがずいぶん長かった気がしたよ。

Jill:そのパッチの時に追加されたのがハウジング機能で、家が建てられるようになったんやけど、個人じゃ建てられなくてギルド単位で、しかもメンバーが四人以上いないと駄目って条件やったんよ

Selfish:そういうことだ


 ん? ……ということは


Sky:俺ってただ単に数合わせ?

Jill:ごめん、今まで黙ってて

Selfish:いや、確かにそのときはそうだったかもしれないが、今は立派な俺たちの一員だ。大丈夫、胸を張れ!

Sky:今は? そのときはどう思っていたの?

Selfish:それは……、ごめん。すまなかった。

Selfishは土下座をした。


 なんだよそれ。

 ちょっとこのゲームに対するモチベーションが下がったかもしれない。


Sky:いいよ、もう。謝ってくれたのなら。


 俺は少しふてくされる。


Jill:ありがとう、スカイ。許してくれて

JillはSkyに抱きついた


 ……少しモチベーションが戻ったかもしれない。


Jill:セルフィーとスカイがクラスメイトだったってのも全部偶然なん?

Sky:うん、すごい偶然だけどあるんだね、こんなことが

Selfish:まったく、なんで俺の周りではリアルでもつながりのある奴がこんなにも次々と現れてくるんだ

Sky:このまえおさP見たとかそういう話してたでしょ? あの時長田さんって俺が言っちゃったのはリアルでのセルフィッシュさんのことで、俺がおさP見たわけじゃなくて嘘ついてごまかしてたんだよ

Jill:ああ、あれ、そうやったんや

Sky:で、その日セルフィッシュさんと会った時にもう一人このゲームやってる知り合いに会ってそれがミレニアムさんなんだよ

Jill:え? まじで? セルフィーの商売敵やん


 本人はその時はそう思ってはいなかったんだけど……。


Sky:灰倉さんっていうんだけど、俺たちと同じ一年五組の生徒だよ

Jill:それ「はいくら」って読むん? だったら今日職員室で会ったかも

Sky:え? そうなの?

Jill:職員室でうちが先生に怒られてたらそこにその人が来て、何かよくわからないけど先生に聞いてて、その時うちは帰っていいってことになったんだけど、その人は先生と一緒にどっか行ったんよ

Selfish:そうか、だからあいつももちーと一緒に来てたのか

Jill:ももちー?

Sky:百川先生。一年五組、俺たちのクラスの担任の先生だよ

Jill:ああ、あの先生そう呼ばれてるんや


 う~ん、どうなんだ?

 そう呼んでいるのは長田さん以外に俺は聞いたことがない。


Jill:でも廃クラの「はいくら」さんかぁ。まんまやん

Sky:ああ、それは俺も思った


 本人の前では決して言えないけど。


Selfish:まったくだ。「名は体を表す」だな


 ああ、そうだ。

 この人は真正面からそれを言ったんだったっけな。


Jill:セルフィーもスカイもゲーム中とイメージ全く同じだったよね?

Sky:え? 名前が?

Jill:違うよ。ゲーム中のキャラとリアルの二人のイメージ? 雰囲気って言った方がいいのかな? 一緒だったよね

Sky:え? そうかな?

Selfish:そうだ、スカイはともかく俺が一緒だってことはないだろ。ゲームとリアルで性別だって違うんだし

Jill:う~ん、でもうちがイメージしてたセルフィーそのものだったけどなぁ。JKだってことは予想外だったけど、女の子なのかな? って思ってたし

Sky:まじで?

Jill:まじで

Selfish:嘘だろ?

Jill:嘘じゃないよ。いつからそう思ったのかは覚えてないけど、なんとなく、ああ、女の子なのかなぁって

Selfish:まじか…もっと気をつけないといけない…のか?


 いや、俺にはセルフィッシュさんが女の子なんて微塵も感じ取れなかったけど、やっぱりジルには何かそういうことを感じ取ることができる能力があるのか?


Sky:でもジルはリアルとゲームの中で全然違うよね。あの格好以外

Jill:ゲームの中くらいカワイくいたいやん?

Sky:リアルのジルもかわいいと思うよ? でもあのジルならきっとゲームの中だとガルド族だろうね


 ガルド族、TFLOのなかで最も大柄の種族だ。

 男性は言わずもがな女性も背が高く筋骨隆々ガチムチ格好ガタイがいい。


Jill:う~ん、あれはあれでいいと思うけどね

Selfish:それ以上はやめておけ、スカイ。それ以上踏み込むようなら俺が許さないぞ

Sky:え? 踏み込むって何が?

Selfish:気づかないならそれでいい。だがこの話題はもう終わりにしろ! いいな!

Sky:うん、わかった


 いや、あまりよくわかってないけど……。

 セルフィッシュさんが何か怒っているようだったから俺は思わずそう答えた。


Selfish:済まなかったなジル、こいつが天然で。そうだ、どこかIDでもいってみるか?


 唐突に話題を変えるセルフィッシュさん。

 俺が天然ってのも気になるが……。


Sky:よし、いこうか

Jill:うん、行こう! 日本に来て初めてのIDだ!


 ジルが喜んでいる。無理もない。

 今までジルはIDで思うように動けてなかったんだろうから。

 俺は「むーたん事件」のことを知らないが、その後もジルがTFLOこのゲームを辞めずに続けてこれたのは、セルフィッシュさんやカテドラさんのサポートがあったからなんだろうな。


Selfish:それじゃランダムで登録するぞ。難易度はハードでいいな?

Jill:うん

Sky:おk


 このゲームでは一般的な I D インスタンスダンジョンは四人での攻略となる。

 人数が少なかったとしてもマッチング機能により、足りない分の人数は同目的の他PCプレイヤーにより補充されるようになっている。

 セルフィッシュさんが登録を完了するとすぐさま「しゃきーん!」とマッチングが完了した効果音が鳴る。

 残り一枠のヒーラーだけの補充とはいえ、さすがタンクを含めた三人がパーティを組んでいる状態だと早い。


Jill:はや~い

Sky:どこになるかな

Selfish:よし、いくぞ


 突入のボタンを押下クリックすると画面が暗転する。

 読み込みローディングが開けると周りには木々が鬱蒼と生い茂る密林ジャングル

 古代の失われた遺跡に歯朶シダ植物やら苔やらがびっしりと張り付いている。

 秘境アスタライト。

 遺跡の奥に棲み着いたドラゴンを討伐するIDだ。


Jill:よろしくね~

Sky:よろしくお願いします

Selfish:不慣れだけど全力を尽くします。よろしく。

Millennium:よろしく~


 パーティが四人揃い、IDの攻略が始まる前にそれぞれ挨拶をする。

 不慣れって、セルフィッシュさん、俺から見たらずいぶん手練れた仕事プレイしてる気がするけど。

 まあ、不慣れとそう言っておけば無難なのかな?

 ……ん?

 いや、まてまてまて。

 それよりなによりもっと気にならないといけないことがあるじゃないか!


Sky:ミレニアムさん!?

Jill:ああ、ほんとだ

Selfish:まじか……


 ランダムマッチングでそろった四人目はまさかのミレニアムさん。

 ミレニアムさんは麦わら帽子のようなつばの広い帽子をかぶり、袖のない白いワンピースを着て、肘くらいまである長手袋をしている。

 ちなみにバニラ族特有の長い耳は帽子の上に穴が丁度二つ開いていてそこから突き出している。

 ピクニックやら遠足やら、いかにもそんなことをしに行くような、こんな密林ジャングルにこれからドラゴン討伐たいじに行くなんて格好ではない。

 おそらく戦闘用装備にこれらの服装を投影させているのだろう。

 無言で防御力上昇アップの魔法を詠唱するミレニアムさん。

 それを中心に絹のような光の膜に覆われると全員に防御力上昇アップ効果バフが掛かる。


Selfish:なにしれっと始めようとしてるんよ

Millennium:なんだ? 始めないのか?

Selfish:いや、そりゃ始めるけど…。その前に、なにが「よろしく~」なんだっつ~の

Millennium:普通に挨拶をしただけだが、どこかおかしかったか?

Selfish:いや、あんたの普段のあの調子で「よろしく~」はないっしょ……

Millennium:そうか? 私はいつもこうだが

Sky:そういえばミレニアムさん、俺が初めて会ったときも言葉遣いや態度は普段と違って丁寧だったよね


 俺は裁縫ギルドではじめてミレニアムさんに会ったときのことを思い出す。


Millennium:当たり前だ。私だっていくらなんでも初対面の相手と接するときの態度くらいはわきまえているつもりだぞ。

Selfish:でも「よろしく~」はなんだっつ~の……


 セルフィッシュさん、いつまで「よろしく~」そこにこだわるんだ。


Millennium:普通に「よろしく」だとなんだか堅い気がしてな。「~」をつければより無難なのではないかと思いつけている。ランダムでマッチングした相手におかしな印象を持たせることもないだろうと、無難な挨拶をしているだけだ


 まあたしかに多少柔らかくなるかもしれない。


Jill:ミレニアムさん精霊使いなん?


 そう言われてよく見てみると、ミレニアムさんの周りを小さな精霊フェアリーがぱたぱたと羽ばたいている。


Millennium:ああ、そうだが。それがなにか?

Jill:うちもはじめは精霊使いやったんやけど、ラグが酷くて諦めたんよ


 精霊使いサマナーはTFLOの大元になったFinal Loreファイナルロアシリーズを象徴する戦闘職ジョブであり、それはTFLOでも変わらない。

 しかし少し特殊な戦闘職ジョブであり、この精霊使いサマナー盾役タンクでも回復職ヒーラーでも攻撃職DPSでも、どの役割もできる唯一の戦闘職ジョブなのである。

 しかし、あるレベルに達したときに役割ロールの特化をし、それにより能力も分化し役割ロールとして固定される。

 ちなみに「むーたん事件」のあったIDのLVレベルの時点では特化は行えず、便宜上攻撃職DPSということになっている。


Millennium:そうなのか、でも今ならできるのではないのか?

Jill:どうやろう? 今日がはじめてなんだよね。日本に来てIDやるのって


 ジルが今日ここで手応えをつかめば「むーたん」を呼び戻してまた精霊使いサマナーになるのかな?

 てかミレニアムさんはかっこだってちゃんと認識しているんだな。


Selfish:つーか、あんた、クラフトだけじゃなくIDとかも攻略してるん?

Millennium:最低でも周制限のトークンを集める分くらいはやっている。全く厄介なことだ


 TFLOには戦闘用装備や製作クラフト素材アイテムと交換できる専用通貨トークンがあり、それはID等を攻略すること等により取得できる。

 そしてその専用通貨トークンには制限があり一週間で取得できる数量が限られているものもある。


Sky:厄介? ならやらなくてもいいんじゃない?

Millennium:なまじ週制限なんてあるから、やらなくてはいけないと思ってしまう。制限をかけることにより、無制限にやるような輩を封じ込めるのが本来の役割だったのだろうが、制限があるからこそ、上限まで集めたくなる。結果それがノルマとなり達成しないとどうにも気分が悪い。非常に迷惑だ

Sky:う~ん、そういうものなのかなあ……


 俺は特にそういうのは気にしたことがないけど


Selfish:まあ、わからないでもないけど

Millennium:旧時代は高性能のレア装備なんて、がんばったところで誰もが手にいれられるようなものでは到底なかった。だが、真生してそんなレアものは撤廃され、少しがんばればトークンで誰でもそこそこな強装備が手に入れられるようになった。しかし、レアが撤廃されたからこそノルマに縛られることになる。

Jill:強い装備が誰でも誰でも手に入れられるならええことなんちゃう?

Millennium:レアなんてどうせ手に入れることなんて出来ないから最初からそんなものを手に入れようなんて思わなかった。そんなものを追わなくても、何もしなくても、ただみんないるだけでそれだけで楽しかったのに、トークンなんてものを持ち出して引っかき回したからおかしなことになった。結果、自由だったあの世界は崩壊したんだ。


 『世界は崩壊した』?

 レアがトークンに置き換わったからって意味?

 ミレニアムさんの所属するギルドのメンバーが辞めたことに関係があったりするのかな?

 いまいち言っている意味がわからない。


Sky:え~と、とりあえず始めようか? ここに来てからもう結構時間たっちゃったし……


 申し訳ないがミレニアムさんが作ったおかしな空気を振り払いたかったから俺は開始を促した。


Millennium:すまなかった、私のせいだな。タンク、さっさと先導してくれ

Selfish:ああ、わかった。遅れるなよ! しっかりついて来い!


 おそらくセルフィッシュさんも俺と同じことを思ったのだろう、余計な詮索はせずに、背の高い植物の生い茂る密林に足を踏み出し、俺たちをそれについて行く。

 葉をプロペラのように回し空中に浮かぶ植物モンスター

 それが三体襲いかかってくる。

 俺たちはそれを難なく撃退――ってピンチ!?

 セルフィッシュさんのHPがその植物モンスターたちに削られどんどん減っていくのに回復職ヒーラーが回復していない?

 いや、正確に言えば精霊フェアリーがセルフィッシュさんを一生懸命回復させている。

 でも回復職ヒーラーに特化した精霊使いサマナーなら自分でも専用の回復魔法が使えるはず。

 なのにミレニアムさんは一切回復せずに攻撃魔法を撃っている。

 特化したとはいえ精霊使いサマナーの回復力はフェアリーと自身の回復力を併せてやっと一人前ひとなみだ。

 精霊フェアリーだけの回復力では半人前にも満たない。

 毒も食らってさらにHPが削られさらにやばいことに。

 しかし精霊フェアリーすんでの所でその毒を消し、なんとかセルフィッシュさんが墜ちる前にその一団グループを倒しきった。


Selfish:あんた、少しは回復しろっての!


 ミレニアムさんのプレイにたまらず口を出すセルフィッシュさん。


Millennium:回復ならしてただろう、フェアリーが

Selfish:それだけじゃ全然間に合ってねーっつーの

Millennium:死ななかったであろう? だったら間に合ってるではないか


 う~ん、確かに死んではいないけど……。


Selfish:あんたいつもこんなプレイしているのかよ?

Millennium:ああ、そうだ。この程度のIDならまとめなければフェアリーの回復だけで十分だ。それに私からも言わせてもらうが、ボス前の道中だからって気を抜くな。お前以外のタンクはもうちょっと堅いぞ? お前はどれだけ甘やかされてプレイしてきたんだ?


 甘やかされてたって、俺はセルフィッシュさん以外の盾役タンクのこととかあまりよく知らないけど、カテドラさんはセルフィッシュさんがちょっとでも減ったらすぐ回復してくれてたし、甘やかされていたといえばそうなのだろうか?


Sky:ごめん、俺たちも火力出せていたらもっと速く倒せてセルフィッシュさんも楽になるんだよね?

Millennium:私も目一杯攻撃をしていたのだがな。まったく、ヒーラーにも攻撃を強いるゲームなんてこのゲームくらいだ。回復してほしいと文句を言うのなら、こんなバトルシステムにした長田を恨むことだな

Selfish:またその名前を出すんかい…。そんなにあいつが嫌いなのかよ

Millennium:ああ、嫌いだ、前も言っただろう。あいつがすべての元凶だ


 ああ、またこの話になる。ミレニアムさんが口を開くと最後は結局なぜかいつもおさPの話になる。


Sky:とりあえず先に進まない? この話は後でにしよう


 俺はまたも進行を促す。ちゃんと終わらせることができるのかな?

 秘境アスタライトここ……。


Millennium:そうだな、私が悪かったな。相手に合わせることも大事だな。タンクが未熟ならそれを介護するのもヒーラーの役目だからな

Selfish:あんたいちいち癪に障るようなこと言いやがって……

Sky:ほら! 行こう! 時間だって無制限じゃないんだし

Jill:うん、早く行こうよ


 俺はさらに進行を促すと無言で走り出すセルフィッシュさん。

 ボスまでの道中、無数の根を足にして移動する植物モンスターや遺跡を盗掘をする獣人ゴブリン、遺跡を護る魔石像ゴーレム等が立ちはだかる――が、先ほどとは違い難なく撃退する。

 ミレニアムさんはちゃんと回復を優先し、セルフィッシュさんも防御を意識して敵の攻撃に対して少し堅くなり、ダメージが減ったような気がする。

 そして遺跡の最奥まで到達、俺たちの目の前に古代竜エメラルドドラゴンが姿を現す。

 遺跡のさらに奥深く、人の手が入っていない洞窟というにはあまりにも広い洞穴の中、毒の沼気しょうきが漂う沼地の中で眠っていた古代竜エメラルドドラゴンが俺たちに気づき目を覚ますと、俺たちの方を大きな紅玉ルビーのようなひかる目で睨み付ける。

 一つ一つが碧玉エメラルドで出来ているかのような美しい鱗の巨軀が飛び立つと、大きな翼を羽ばたかせこちらへ飛んで来る。

 俺たちの上空まで来たところで羽ばたきをやめ重力に任すままに落下する。

 巨軀が地面に到達するとその衝撃により土埃が舞い地面は波打つ。

 そして首をゆっくりと薙ぎ払うように振りながら大きく咆哮。

 空気がビリビリと震え、共鳴した岩肌から岩石がボロボロと崩れ落ちる。

 さあ、古代竜エメラルドドラゴン戦の始まりだ。

 ミレニアムさんがこのIDに入っていたときと同じように無言で防御力上昇アップの魔法を詠唱する。


Selfish:よし、いくぞ!


 光の膜に覆われた瞬間、セルフィッシュさんが飛び出す。


Jill:GO!


 俺たちもセルフィッシュさんの後を追う。

 今日はジルの出足も速い。

 いきなり古代竜エメラルドドラゴンが咆哮を上げる――と、地面に丸い範囲攻撃AoEの予兆がいくつか現れ、俺たちはそれを回避する。

 回避した範囲攻撃AoEに岩が落下し、それが障害物となり行動範囲が制限される。

 そして古代竜エメラルドドラゴンからはひとりの冒険者プレイヤーを狙って毒の息が吹きかけられる。

 毒の息により範囲攻撃AoEが発生。

 これはその場にしばらくとどまり、その範囲に入るとダメージを受ける。

 この二つの攻撃により戦闘区域バトルフィールド内での行動範囲が狭められる。

 古代竜エメラルドドラゴン戦は位置取りが非常に重要な攻略要素ポイントとなるのだ。

 攻撃をしながらも咆哮による落石を避け、毒の息に狙われたら、それを古代竜エメラルドドラゴンから離れた遠くに誘導して『捨てる』。

 これが古代竜エメラルドドラゴン戦の基本攻略法パターンだ。

 ジルが普通に攻撃を回避している。

 今までは挙動がおかしくて食らったんだか食らってないんだか見ていてはらはらしていたけど、今日のジルは違う。

 岩山の間をするすると縫うように移動し、完璧に範囲攻撃AoEを回避している。

 俺はたまに食らっているのに……。

 食らうたびに精霊フェアリーとミレニアムさんの回復ヒールが飛んでくる。

 カテドラさんにもだけど、やっぱり俺は回復職ヒーラーに迷惑をかけっぱなしだなぁ。

 そして、特に危なげもなく古代竜エメラルドドラゴン体力HPを削っていくと、ドラゴンが突如飛び立ち、戦闘区域バトルフィールドの中央に降り立つ。それを見た俺たちは崩れ落ちてきた岩山の後ろに隠れる。

 古代竜エメラルドドラゴンが大きく息を吸い込むと碧玉エメラルドの巨軀が光り輝く。

 そして、


「フォアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 と一際ひときわ大きな咆哮を発すると外周の岩が崩れ落ち、強毒の沼の危険区域フィールドが発生する。

 このとき天井から落ちてきた岩山の後ろに隠れていないと強毒の沼まで吹っ飛ばされ、死にはしないが、強力な継続攻撃DoTを受けることとなる。

 装備が弱いうちにこのIDに来ると、吹き飛ばしのダメージの後の強毒の連続攻撃コンボで死ぬということも十分有り得る。

 吹き飛ばされずに残った俺たち。

 ここからは毒の息の攻撃はなくなるが、岩を降らせる咆哮が多めになり、先ほどの吹き飛ばしの咆哮も使ってくるようになる。

 落石が増え、回避に専念することが多くなり攻撃がちょっと疎かになる。

 ジルの方を見てみると、回避しながらも魔導銃マガンによる銃撃を華麗に当てている。こういうときは遠隔レンジ攻撃職DPSはいいよな…。

 魔法職キャスターだと逆にきついかもしれないけど。

 しかし古代竜エメラルドドラゴンも単調な攻撃の繰り返しなので、危うくなる要素がほとんどない。

 このまま押し切れば大丈夫だろう。

 「しゃきーん!」と連係奥義リンクバーストのゲージが貯まった効果音が鳴る。

 よし、これで決めてやる!

 俺は L B リンクバースト手順命令マクロ押下クリック


Sky:みんなの力を俺に貸してくれ!


 俺の持つ大剣に光が集まり俺は大きくジャンプをする。

 光は闇の炎ダークフレイムとなり大剣から黒い炎がほとばしる。

 「ドカン!」と落石が俺にあたる。

 あ、LB中の硬直に丁度落石がきて俺にあたってしまった。でも大丈夫だろう、このまま押し切ってしまえば何の問題もない。

Sky:これでおわりだあああああああ!!!!!!


 手順命令マクロによる俺の絶叫が響き渡り、俺は渾身の一撃をたたき込む。

 かと思われたが……たたき込んでいない?

 LBが止めキャンセルさせられて気絶スタンしている!?

 さっきの落石か!

 そうだ、後半の落石の中には当たると気絶スタンする落石もあるんだった……。

 恥ずかしい。むなしく響いた俺の絶叫マクロが恥ずかしい。


「フォアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 そして気絶中に俺は吹き飛ばしの咆哮を食らう。

 あ、やばい。

 落石のダメージも残ってるし、これは死んだな。

 俺は死を覚悟し、なすがままに吹き飛ばされ、毒の沼にはまり込む。

 毒の沼気しょうきに包まれた俺は死を覚悟し、思考と操作を停止する。

 ――が、死んでいない?

 俺、まだ生きている?

 何が起きたのか周りを確認すると、ミレニアムさんと精霊フェアリーが必死に俺を回復させている。


Millennium:何をしている! 早くそこから出ろ!


 そう促されると、俺はコントローラーを握り直し沼地から脱出する。

 脱出するや俺に掛かっていた強毒の効果デバフをフェアリーが消し去る。

 完全復活した俺。

 よし、もう一度LBで止めだ!

 ――と思ったところで「ギュイン!」とLB発動の効果音が鳴る。

 ジルにLBを先に使われたようだ。

 光がジルに集中すると魔導銃マガンに特殊な銃弾を詰め込む。


Jill:神様によう祈るにゃで!


 翻訳をすると「神様によう祈るんやで!」か

 古代竜エメラルドドラゴンに狙いをつけ、それを発射すると着弾した先に紅蓮レッドロータスの大輪が咲き、大ダメージを与えた。


「ガアアアアアアアアア!!!!」


 断末魔を残し巨軀がゆっくりと崩れ落ちる。

 『COMPLETE!』の文字が表示され無事にクリアした。


Selfish:よし、おわったか

Jill:やった~、うちがたおした~

Millennium:おつかれ~

Sky:おつかれさま


 結局最後はジルに持って行かれちゃったか。

 てか今回のジル、被弾ダメージらしい被弾ダメージは一回も食らっていないんじゃないのか?


Jill:すごいよ! すいすい動けた! まるで別のゲームやってるみたいやったよ

Selfish:いつもはスカイと二人で攻撃食らいまくっていたのにな。ずいぶんな変わり様だ

Millennium:今までそんなに酷かったのか? 今回はMVP級の活躍だったぞ


 ラグがなくなったジルはこうまで変わるとは……。

 俺と同レベルくらいだと思っていたのに俺はすっかり置いて行かれてしまった。


Sky:はじめて一緒にプレイしたけど、ミレニアムさんもうまかったよね?

Millennium:そうか? ほかのヒーラーのことはよく知らないので、だいたい人並み程度だと思っていたつもりだが

Sky:いや、すごかったよ。あそこで俺、死んだと思ったもん


 俺がLBを撃とうとしたら気絶させられて吹っ飛ばされた場面だ。


Selfish:そうだな。最初はどうなることかと思ったが及第点って所だな


 いや、そこはセルフィッシュさん、認めてあげなよ……


Millennium:この程度のIDで死人を出すようではヒーラー失格だからな


 う~ん、俺、結構死んでたりするんだけど……。ヒーラーのカテドラさんと一緒にID行くことは結構あるけど、だからってインフェルノに行くようなカテドラさんが下手なわけじゃないだろうからやっぱり俺のせいだよな……。


Sky:ミレニアムさんはインフェルノとかも行ってるの?


 気になった俺は聞いてみた。


Millennium:いや、まったく行かない。IDに行くのだってさっきも行ったように週制限のトークンを稼ぎに行く程度くらいだ

Jill:じゃあ今度みんなで行こうよ! うちもラグがなくなったから行きたいし


 ジルが唐突に提案する。


Millennium:いや、私はそこまでやれる自信がない

Sky:さっきのミレニアムさんうまかったよ? 俺もインフェルノは自信ないけどミレニアムさんが行くならがんばるよ


 俺の腕前じゃ戦力になるかわからないけど。

 いや、もしかしたら足を引っ張ってマイナスさえあり得る。


 …………しばらく沈黙が流れた後。


Millennium:お前たちがそう言うのなら


 ミレニアムさんが答える。


Jill:やったー! ありがとう!

JillはMillenniumに抱きついた

Jill:セルフィーもいいよね?

Selfish:いや、俺は行くって決めてねえし、お前たちで勝手に行けばいいんじゃねえの?

Millennium:なんだ? 怖いのか? インフェルノが

Selfish:はあ? ふざけんな! インフェルノが怖いとかねーから! わかった、行ってやるよ。あんたもそのときになって逃げんなよな!


 ジルが提案し、ミレニアムさんに煽られ、インフェルノ攻略が俺たちの目標となる。

 しかしその前に現実世界で俺たちは攻略しなければならない事案クエストがあった。

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