第2話 もう一人の廃クラさん

Jill:ああ、さっきの「おさだああああ!!!!」はそういうことやったのね


 俺はギルドハウスに戻ってきた。

 ギルドハウスはルリナディア近郊のハウジングエリアにあり、SMLと三つあるサイズの中でも一番大きいLだ。

 中は綺麗に調度品が置かれており、鉢植えなどの植物もある。

 二階建てで地下もあり、二階には小綺麗なサロン、地下には風呂も設置されている。

 そのハウスの中には俺の所属しているギルド『Artificial Cats』略称ACのメンバーが二人いた。


Sky:シャウトで叫ぼうとしたんだけど、間違えてギルドチャットのチャンネルにしちゃったんだよ……


 誤爆した後にもう一度シャウトで叫ぼうかとも思ったけど、さすがにそれはやめておいた。


Jill:あはははは、うちもよくやるよ。パーティチャットのつもりがギルドチャットになってたり、その逆とか


 猫耳を揺らして笑うジル。

 ギルドAC創設メンバーの一人で、猫耳と長い尻尾が特徴的なニャウ族の女性。

 関西ほんばの人ならおこりそうな怪しげな関西弁を時折混ぜてくるのがたまに気になる。


Jill:ところで、スカイが会ったってミレニアムさん? セルフィーとマケで争ってる廃クラさんだよね?


 マケとは市場マーケットのこと。

 町など各拠点にあるマーケットボードからアクセスして、各種アイテムを競売うりかいできるシステムである。


Selfish:争ってる、ってかヤツが俺に食らいついてくるだけだ


 セルフィーと呼ばれたやはり猫耳のニャウ族の男性。

 赤い髪できりっとした面構つらがまえ。

 戦闘職ジョブ聖騎士パラディン所謂盾タンクでみんなのことを体を張ってまもる有様ありさまはその面構え同様男前イケメンだ。

 ギルドACのマスターであり、製作を極めし者マスタークラフターでもある。

 大体だいたいいつもなにやら製作クラフトしていて、今も製作クラフト中である。


Jill:そんな廃クラさんと勝負してるんだからセルフィーも相当な廃クラだよね

Selfish:俺は違うっての。ただ戦闘コンテンツにかける労力よりも製作にかける労力を優先しているだけだ

Sky:ねえ、セルフィッシュさん、廃クラってなに?

Selfish:それを俺に聞くか? ジル、説明してやってくれ

Jill:わかった。ちょっと待って。


 しばらく沈黙が続くと


Jill:説明しよう。廃クラとは、クラフターの廃人のことである。廃人とは、ゲームに命をかけたプレイヤーのことであり、廃クラは日夜生産活動に勤しみ、経済活動に命をかけるプレイヤーである。その様は群れをなしたバッタの起こす蝗害の如く、彼の者が通り過ぎた後にはペンペン草一つさえ生えることのない荒れ野が広がるのだ。


 と、唐突にジルが語り出す。


Selfish:酷い言いようだな。つかどっからコピペしたんだそんなもん。お前がそんな難しい言葉や漢字使えるわけがないだろう

Jill:やほーでググったら出てきたよ

Sky:いや、やほーで検索するのはググるとは言わない気がする。てか廃人って俺は「すごく強い人」って意味だと思ってたんだけど違うの?

Selfish:年がら年中朝から晩までやってるような奴らが廃人だからな、そうなるのは当然といえば当然なのかもな。俺は違うけど

Sky:違う、って、そこずいぶんこだわるんだね……

Jill:でもセルフィーもうちから見たら十分廃クラだよ。うちもあの中に入っていこうとしたことあったけど、入り込む隙間なんていっこもなかったわ


 実はジルも製作職クラフターのレベルはすべ上限に達カンストしている。

 しかしカンストしただけでは性能の良い上位ハイクラス製作品アイテムは作れない。

 製作職クラフター装備ギアを強化してやっと上位ハイクラス製作品アイテム製作クラフト出来るようになる。

 だが、それでもまだ足りない。

 製作職クラフター装備ギア高品質HQ品を作れる水準レベルに達していなければ、市場マーケットで戦うことなど不可能できない

 この世界ゲームでは通常NQ品の価値など無に等しい。

 製作を極めし者マスタークラフターになり、市場マーケット商売できたたかえるようになるまで製作職クラフター装備ギアを強化するには時間と金が膨大べらぼうに掛かるのだ。


Sky:へえ、ミレニアムさんってそんなにすごい人だったんだ


 セルフィッシュさんも常々つねづねすごいと思ってたけどそれに匹敵する人だったとは。


Selfish:俺には劣るけどな

Jill:でも、ミレニアムって人、スカイのクラフト手伝うとかお節介っていうか面倒見いいよね? セルフィーと違って

Selfish:おいおい、俺だってみんなの装備作ってやったりしてるだろ?

Jill:でもお金取るやん?

Selfish:それは当たり前だろ? でもお前たちに請求しているのは材料費のみだ。お前たちの装備品一式作るのにどれだけ時間が掛かると思っているんだ。その時間分の賃金を上乗せしないだけでも感謝してほしい

Jill:はいはい、ありがたや~ ありがたや~

JillはSelfishを拝んだ

Selfish:馬鹿にされている気がするんだが?


 ジルの手を合わせて拝む感情表現エモートに対して悪態あくたいをつくセルフィッシュさん。

 実際、彼は『Selfish』という英単語が持つ意味の「わがまま、自分勝手」などという意味とは真逆で、面倒見がとてもいい。

 頼めばクエストなどの手伝いもしてくれる。まさに「頼れる兄貴」だ。


Sky:なら、今度はセルフィッシュさんにクラフトのサポートを頼もうかな?

Selfish:それは断る

Sky:え~? なんで?

Selfish:クラフトのサポートってクラフトポイント使うんだぞ? これを貯めるのだってもちろん時間も掛かるし金も掛かる。それを消費するんだから、お前のサポートするならそれこそ金を取るからな?

Sky:えっ? そうなんだ

Selfish:そうなんだ、ってお前そんなことも知らないで、あいつからサポート受けてたのか?


 CPクラフトポイントとは製作クラフト行為や特定NPCノンプレイヤーキャラ指定品アイテムを納品することでたまるポイントで、このポイントを使って製作クラフトで使用する特別な材料と交換したり、自PCプレイヤーキャラや他PCプレイヤーキャラ製作クラフト能力を一時的に上昇アップさせる効果を付与したり出来る。


Selfish:ただで材料をくれてやった上に、CPを使ったサポートとクラフトの指導。お人好しにもほどがある


 う~ん、セルフィッシュさんにそう言わしめるなら、やっぱりミレニアムさんは本当にいい人だったんだな。


Selfish:ただ、クラフトの指導なら俺もやってもいいぞ

Sky:え? 本当に?

Selfish:ああ。ただし、クラフターを全職カンストさせてスキルを全部そろえたらだけどな

Sky:ええ~、そんなのいつになるかわからないよ……

Selfish:クラフターはカンストしてからがスタートだ。スキルはクラフターにとっては武器だ。武器がそろわないうちに戦うなんて丸腰で戦場に行くに等しい


 ん? たしかミレニアムさんに同じことを言われたような。


Sky:カンストしてからがスタートってさっきミレニアムさんにも言われたよ

Selfish:まあクラフターを極めようとするならそれは共通認識だろうな

Sky:いや、俺あまり極めるまでやろうとは思ってないけど…

Jill:でもうちもカンストした時、セルフィーにスキル回し? っていうかどういう手順でスキル使っていけばいいのか教わったことあるんだけど、教えてくれなかったのはなんでなん?

Selfish:ありきたりなスキル回しが知りたければネットで検索するなりすればたいていのやり方は見つかるだろう。でもその都度状況に応じて対応できるだけの経験と判断がなければ、テンプレ通りのスキル回しなんて覚えない方がましだってだけさ

Jill:う~ん、まあうちはセルフィーみたいに極めるまでやるつもりもないしね

Selfish:俺の指導を受けるのなら、俺のいる域に達するまでやってもらうぞ? 当然そのときは俺と同じ土俵に立つってことになるんだから容赦しないけどな。

Sky:いや、それは無理。ごめんなさい

SkyはSelfishに土下座した。

Sky:そもそも俺リアルラック悪いし、さっきもスキルが全然成功しないで失敗しまくったし。その後も運良くHQ率98%になったと思ったらNQ品とか作っちゃうし、クラフターには向いてないんだよ

Selfish:100%以外は信用するなってことだ。クラフターやっていればそんなのまれに良くある


 まれに良くある? まれなのか良くあるのかどっちだ。


Sky:似たことをミレニアムさんも言ってたよ。「0%と100%以外は誤差の範囲内だ」って

Jill:0か1かのデジタルな世界に生きてるんやねえ……

Sky:それは違う気もする


 が、ジルの表現にはなんかちょっと納得した。


Selfish:でも逆に考えてみてくれ。98%を逃したんじゃない、残りの2%を引き当てたんだと。そう考えれば、スカイは運が良かったといえなくもないんじゃないか?

Sky:え~、そんな運の良さならいらないから。俺、本当に普段から運が悪いだけなんだから


 実際、俺はゲームの中だけじゃなく、現実世界リアルでも運が悪いと自覚している。

 通学するとき、目の前の電車が俺をおいて発車するのは日常茶飯事しょっちゅう

 犬のう○こを踏んだのも一度や二度じゃない。

 雨が降って傘を差して学校に行けば帰りにその傘がなくなっている。

 極めつけは、明日補習で学校に行かなきゃならないってことだ。

 せっかくの夏休みなのに……。

 あと一点、たった一点あれば補習はまぬがれれたんだ!

 これを運が悪いと言わずになんと言おう?

 ……って冷静に考えてみたらこれら大半は運の問題じゃなくね?

 いや、俺は運が悪い、壊滅的にどうしようもなく運が悪いんだ……。

 運が良かったらそもそもあんなことには―――― 

 

 みんなで過ごした楽しかったあの時間とき

 一転、目の前に広がる白い天井。

 思い出したくはないが、決して忘れることの出来ないあの記憶――――


Guild Message:Cathedraがログインしました。

Cathedra:みなさん、こんばんは

Selfish:おっす

Jill:おはよ~ キャシー

Sky:おはよう


 はっと我に返り、目のあたりを拭い挨拶をする。


Jill:あれ? キャシー、今日は夜勤だかでログインできないんじゃなかったっけ?


 キャシー ――カテドラさんはやはり猫耳のニャウ族の女性。

 ギルド『Artificial Cats』のメンバーは全部で四人、俺以外三人ともみんなニャウ族だ。

 カテドラさんも創設メンバーの一人で、――って中途で入ったのは俺だけなんだが……。


Cathedra:はい、この後仕事ですけど、とりあえず競売に出しているものだけでも売れているか確認しようと思いまして


 カテドラさんのログイン時間は不規則で、ギルドのメンバーとは時間が合わないことが多く、ログイン中でもたまに急用でログアウトすることがある。

 メインの戦闘職ジョブ回復職ヒーラーだから看護師か何かなのかな? と予想したりもしてるけど、本人にそれを聞いたりはしない。

 ギルドACの方針のひとつに『現実世界リアル詮索せんさくしない』があるから。


Cathedra:それにログインするなら皆さんに挨拶をしておこうと思いまして。時間がなかなか合わない私につきあってくださる皆さんには本当に感謝していますから

Selfish:そんなこと気にするな。np、ノープロブレムだ

Jill:キャシーは律儀やねえ……


 ギルドハウスに入ってきたカテドラさん。

 ドレスを身にまとい、つばの広い帽子をかぶるその姿はとても清楚である。


JillはCathedraに抱きついた


 入ってきたところにジルがすかさず抱擁ハグ感情表現エモートをするとカテドラさんの尻尾が揺れる。

 さっき俺がハウスに帰ってきた時もジルには抱きつかハグされた。


Cathedraはお辞儀をした。

Cathedra:それではみなさん、ごきげんよう

Selfish:じゃあな

Jill:またね~ キャシー

Sky:さよなら~

Guild Message:Cathedraがログアウトしました。


 唐突に現れ、唐突に去って行ったカテドラさん。


Jill:キャシーはいつもお上品やねえ

Selfish:お前も見習うべきだな

Jill:あはははっ 無理、それは絶対に無理

Sky:だろうね


 三人で一斉に笑い合う


Jill:うちもキャシーみたくみんなには感謝してるんよ? オーストラリアからプレイしててラグりまくりなうちに付き合ってくれるのはACのみんなだけやから


 ジルはオーストラリアから日本のサーバーに接続してTFLOをプレイしている。

 現実世界リアルは詮索しないACだが自分から言う分にはその限りではない。もっとも、マスターのセルフィッシュさんからは「それ以上現実世界リアルのことは話すなよ」と釘を刺されてはいる。


Selfish:初めてのIDでジルとカテドラに会ったんだけど、そのときジルは精霊使いで自分の精霊に名前つけてたんだよな


 ID、インスタンスダンジョンのこと。

 通常、パーティを組んで挑むことになるが、マッチング機能があるので一人で行ったとしても自動的にパーティに組み込まれることになる。


Jill:セルフィー! いきなり何を言い出すん?


 ジルが動揺の気配を見せる。


Selfish:その精霊が暴れまくって酷かった。で、ジルは「むーたんだめ~」とか叫ぶし

Jill: それ以上言わんといて! 本当にあれは思い出したくない黒歴史なんやから

Sky:ほうほう、それで?


 ジルには悪いけど、おもしろそうな話だから最後まで聞きたい。


Selfish:あの時タンクが「お前のむーたん山に捨ててこい!」って怒って最後まで険悪な雰囲気になって

Jill:やめれ~! マジにやめれ~! みんなラグが悪いにゃ~


 ジルは日本人ではないからなのか、日本語タイピングには不慣れで、切羽詰まてんぱったりすると今のようにたまに語尾が「にゃ」などになることがある。

 たぶん「n」を一つ打ち損なったもので、これは「ラグが悪いんや~」と本当は言いたかったんだと思う。


Selfish:あの時俺はシーフだったけど、俺が今聖騎士やっているのはそれがあったからなんだ。みんなを護るタンクになろうって。そしてあんな糞タンクみたいにはなるまいと思ったから


 ただの笑い話かと思ったら予想外の展開。


Jill:セルフィー……?

Sky:イイハナシダナー……なの?

Selfish:べつにいい話にするつもりはないが、俺にとってはこの世界で生きる方向性を見いだすきっかけになった事件かな? ジルにとっては黒歴史なのかもしれないけど、俺はあの時のタンクも含めて、ジルとカテドラに出会えたあの事件には感謝しているよ

Jill:うむ、セルフィーはうちが育てた


 そしてまた三人で笑い合う。


 いいなぁ、みんながみんなで感謝しあえて。俺はまだこのギルドに入ったばかりでみんなとのつきあいは浅いけど、いつか俺もこの中に入って感謝しあえる日が来るのかなぁ…………。


Selfish:今日はそろそろ落ちる。明日早いしな

Jill:おやすみセルフィー。この後PBCあるけど見ないの?

Selfish:ああ、俺あいつ嫌いだから

Jill:あいつって、おさP?

Selfishはうなずいた。

Selfish:あいつってクラフターの敵だぜ? クラフターを極力儲けさせないようにしてる元凶だ。一部ではクラフトには全く手をつけていないエアプって噂もある。


 エアプとはエアプレイヤーの略。

 威勢のいいことを言う割にはたいして何もやっていないようなプレイヤーのことを言う。


Sky:やっぱりおさPってクラフターには嫌われてるんだ。さっきミレニアムさんにもPBC見るか聞いたらおさPが嫌いだから見ないって言ってたよ。

Selfish:クラフトで作れる装備なんて、最新レイドで手に入る装備にはどうしても勝てない。強化をすれば上回る可能性もあるが、戦闘民族でそこまで強化できるようなガチ勢なんて限られているからな


 戦闘民族――主に戦闘コンテンツメインでプレイしているプレイヤーのことを言う。

 クラフトやらない俺は結構おさP好きだけどなぁ……。

 さっき殺意を込めて思いっきり名前叫んだけど。

 いや、でもミレニアムさんがおさPを嫌いな理由は「世界をぶち壊された」からって言ってたっけ?

 なんにせよおさPのこと、このゲームやってるプレイヤーでも嫌ってる人は少なからずいるんだな。


Selfish:そういう開発方針にしている元凶があいつなんだ。クラフターであいつが好きなヤツなんてひとりもいねえよ

Jill:おさP嫌われてるんやねえ……

Selfish:それじゃ今度こそ俺は落ちる。じゃあな。

Jill:は~い、おやすみ~

Sky:おやすみ

Guild Message:Selfishがログアウトしました。

Sky:こんな早い時間に落ちるとか社会人は大変だね。夏休みもろくにないだろうし


 でも俺は明日補習あるけど。


Jill:あれ? ってことはスカイって学生さんなん?


 しまった! ついうっかりタイピングくちを滑らせて……。


Sky:あ、いや、え~と……。はい、そうです……


 否定するのもおかしいし、何か誤魔化ごまかそうとしたけれど諦めた。

 ジルなら別に大丈夫だろう。

 オーストラリアに住んでるんだから現実世界リアルでの接点もないだろうし。 


Jill:ああ、そうやったんや。うちもJKだよ


 JK?

 英語で、え~と……何の略だ?

 ん? まさか……?


Sky:JKって、女子高生?

Jill:うん

Jillはうなずいた。

Sky:まじで? ってかジル! そういうこと言ったらだめだって!

Jill:う~ん、他人に言ったらだめだってセルフィーには言われてるけど、ACのメンバー二人とも知ってるから別にいいんじゃないかな?

Sky:ならいいのかなぁ…


 俺だけ仲間はずれもいやだし。

 たしかにジルの言動は女子高生それっぽい雰囲気かんじはあった。

 だけどまさか現実にリアル女子高生JKだったとは……。

 しかし、ジルがこのギルドじゃなかったら、と思うと恐ろしい。

 女子高生がこんなに自分のこと喋りまくってたらいろんな標的ターゲットにされるぞ。


Jill:で、スカイは大学生なん? 高校生?

Sky:『リアルは詮索しない』ってACの掟を忘れた? ジル?

Jill:ああ、そうやったね。ごめん……


 本当にジルは危なっかしい。セルフィッシュさんが捕まえてくれなかったらどうなってたか。  


 俺は先ほど作ったウルフマントをマーケットに出品するためにマーケットボードの前まで来た。

 ギルドハウスからは目と鼻の先にあるが、ハウジングエリア内にはいくつかマケボが設置されており、特別俺たちのギルドハウスから近いというわけではない。

 ウルフマントを出品する前にちょっと俺には手の出ない上級装備の値段を見てみる。

  I L アイテムレベル順に上から並んでおり、上位ハイレベル装備は一部位買うだけでも俺の全財産がなくなるくらいの値段がついている。

 今までは気にしたことはなかったが出品されているアイテムに入っている銘を見てみると『Selfish』の名前が入っていた。

 そしてその下には『Millennium』の名前が入った同じ装備が出品されている。

 他の部位も見てみると同じように『Selfish』『Millennium』と並んでいる。

 というかざっと見てみたが、上位装備がほぼこの二人で独占されているじゃないか。

 しかし気になることが一つある。

 セルフィッシュさんが出品されているアイテムが全部ミレニアムさんの出品しているアイテムの上に表示されているということだ。

 アイテムが出品されている値段を見て、なぜそうなっているのかがわかった。

 セルフィッシュさんが出品しているアイテムはミレニアムさんが出品しているアイテムよりも1Golゴルだけ安いのだ。

 同じアイテムは安く出品されているものほど上に表示される。

 当然上にある方が目に付くし、上にあった方が買うための操作も少なくてすむ。方向ボタン一回分だけど……。

 セルフィッシュさんが出品しているアイテムはことごとくミレニアムさんの出品しているアイテムの上に表示されていた。

 しかも全部1ゴルだけ安く、だ。

 せこっ。 セルフィッシュさんそれはちょっと姑息せこすぎじゃありませんか?

 でも、これだけ上位ハイレベル装備を作って並べているってことはやっぱり二人は製作を極めし者マスタークラフターなんだな。

 いや、ジルの言葉を借りれば二人は廃クラさんか。

 ディスプレイの端に表示しているアナログ式時計が午後の九時手前を示している。


Sky:そろそろPBCはじまるよ

Jill:うん、見よ見よ

 TFLOの画面ウィンドウをちょっと端にずらしてウェブブラウザを大きくする。

 動画サイトのPBC放送のリンクをクリックすると丁度始まった。

 

 画面には熱心なTFLOプレイヤーにはお馴染みの二人。

 首、腕、指と銀色の装具アクセサリが過剰な茶髪の男性と、やや白髪交じりの男性。

 笑顔ではいるが、こころなしか二人とも疲れた顔をしている。

 目の奥の光がちょっと薄い気がする。

 まあ普段昼間はTFLOの開発をしていて、夜になってもこんな放送をしているんだからしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないけど。

 画面を埋め尽くす「おさだああああああ」の弾幕コメント


「はい、みなさんこんばんは、Trueトゥルー Finalファイナル Loreロア Onlineオンラインプロデューサー兼ディレクターの長田芳樹おさだよしきです」

Trueトゥルー Finalファイナル Loreロア Onlineオンラインコミュニティチームの正堂しょうどうです」


 さらにつづく「おさだああああああ」の弾幕。

 しばらくして収まったところで。


「はい、ありがとうございます。それでは早速、今朝出来たばかり! パッチ2.3トレーラーからいきましょうか?」

「え? ちょっと長田さん? 早くないですか?」


 隣に座る白髪交じりの男性が驚く。

 コミュニティチームの長、平たく言えば運営と俺たち冒険者プレイヤーの間を取り持つG Mゲームマスター元締めえらいひとで、森を護る精霊『トレント』の名前で親しまれている。


「いや~、今日も内容盛りだくさんで余計なことしゃべってたら終わらなくなりますからね。それに皆さんも早く見たいでしょ?」


 画面には「みた~い」「みせろ~」とコメントが続く。


「はい、みなさん見たいですよね。では、行きましょう。パッチ2.3『虚空への階段ヘブンズドア』トレーラー、それでは、どうぞ!」

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