廃クラさんが通る
おまえ
第一章 Encounter
第1話 廃クラさんとの邂逅
神話の時代より、精霊によって
この世界は世界樹を中心とし、人々は世界樹から使役される精霊の力を借り、また精霊に奉仕することによりお互いを支え合い共存共栄していた。
そこに暮らす人々は精霊の力により栄華を極め、未来永劫繁栄が続くものと誰しもが思っていた。
しかし永遠は存在しない。
精霊の力は失われ、世界樹は沈黙した。
その瞬間か野山からは緑が失われ、溢れんばかりに満ちていた大河はみるみる細くなり、大地は枯れ果て、その世界に棲むものすべてにその禍害が降り注ぐ。
人々はその日を生きられるかどうかさえわからず、その多くは未来に希望を抱くことすら忘れようとしていた。
人間だけではない。この世界に棲むあらゆる動植物、生きとし生けるものすべてから生気が失われていた。
今は
五年ほど前までは。
しかし、希望を失わなかった一人の男により世界樹が覚醒されると、精霊の力は蘇り世界は生まれ変わる。
世界は『
それまでは決して沸き立つことのなかった空
ほどなく森の木々や動物たちに生気が溢れる。
その様はまるで歌を歌い、踊り狂い、全身で歓喜を表現しているかのようにさえ感じられた。
それは人間も同様であった。
生きる、という喜び。そんな簡単な感情さえ人々はその瞬間まで忘れていたのである。
そこに生きるものすべてに再び生きる喜びが与えられた世界――〝真生〟ルリナディアは世界の
世界樹は天高くそびえ立つと同時に地下にも根を伸ばし、それは全世界を余すことなく網羅する。
その世界の果てまで張り巡らしている地下茎から地上に頭を出した支系の大樹の
ルリナ王国とフェルティス連邦の間には険しい山脈があり、徒歩で
その発着所のある麓、ベナリスと名付けられたこの
真生された世界は地殻さえ大幅に変えてしまい、かつて踏破が難しかった山脈も今や決して険要な難所ではなくなったのである。
世界は再び栄華を取り戻した一方、真生したことにより
そして物語はその寒村から始まる。
まだ日の昇らない早朝、あたりには
山脈から吹き下ろす冷たい風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。
そんな早朝にもかかわらず、集落の外れにある建物の中からは、トントン、カッカッとリズミカルに
ここは
店は夜も明けきらぬ早朝のうちから開いており、各種布製品や裁縫に関連した材料の販売や買い取りが行われている。
扉が開き、一人の冒険者が入ってきた。
ルリナディアでは物珍しくはなく、最もよく見受けられる種族であるヒュム族の男性。
どことなくまだ幼さが残っている。
冒険者、というにはまだ駆け出しなのであろう、
入ってくるなりぐるりと店内を見回す。
「たしかここにあの糸が売ってるんだよな」
冒険者は布製品の置かれている
「えーと、木綿糸は……!! 売り切れてる!?」
二度、三度、端から端まで見渡してみたがやはりどこにもない。
「はぁ……、ここの
肩を落とし、がっかりする冒険者。
すると、機織りの音が止み、店の奥の作業場から人影が現れた。
高尚な
耳が頭の上に付いていて長い。
「どうされました?」
「
冒険者も、その問いかけに
「そうなんですか、ごめんなさい。私が全部買ってしまいました……」
申し訳なさげに頭を下げるバニラ族の女性。
「いえいえ! あなたのせいじゃないです! 俺がもっと早く来ていればよかったことなんですから」
「本当にごめんなさい。最近は
「そうなんですよ。俺もあの値段を見て、それならここで買おうと思って来たんですけど」
「あの、どれくらい必要なんですか?」
「一、二
「それだけでいいんですか? だったらお分けしますよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
頭を下げる冒険者。
にっこり
「木綿糸を買いに来たってことは、何か作るんですか?」
「狼の
「木綿糸はいろんな物に使う割には、供給が限られているので高いですよね」
バニラ族の女性は腰のベルトに装着された鞄から木綿糸の束を取り出し冒険者に差し出す。
「ありがとうございます。おいくらになりますか?」
「お金はいりませんよ」
「え!? いいんですか?」
「マーケットの半値以下でかなりの量を買えたので、これだけでも結構な儲けになりますから」
「本当にありがとうございます!」
冒険者は礼を言い、木綿糸の束を受け取る。
――がちょっとした違和感を覚える。
「あれ? 何かずいぶん多い気がするんですけど?」
受け取った木綿糸は六
「
「ありがとうございます! ……ところでなんで
「それはですね……」
『
ここは
だが、そこには体温こそ感じ取れはしないが、明らかに『人』がいる。
これはオンラインゲームの世界。
『
元々は『True』が付かずに『
大人気RPG『Final Lore』シリーズをオンラインRPG化したものであり、まだ国産MMORPGが物珍しかった時代、3D表示でどこまでも果てしなくと思えるほどの広い世界、
オンラインゲームといえばFLOといわれた時代もあった。
しかし、一時期、サービスの質が大幅に低下、大量の離脱者を出すことになり人気は急速に低迷。
一年ほど前に
ギルドの店内で会話をしている
彼女――ミレニアムが言うには、
①スカイの
②
③自分用に作るとしても一本、失敗したにせよ二、三本もあれば十分。
以上のことから
さらにミレニアムはこんなことも申し出た。
Millennium:もしよろしければ、レベル上げのサポートをしましょうか?
Sky:え? いいんですか?
この
《はい》をクリックし選択すると、『修練値アップ』の
Millennium:これで、2時間ほどステータスアップの効果が得られるはずです。それでは、私はもう少しここで布を織っていますので
Sky:ありがとうございます! 俺もここでレベル上げをしていきます
手を振り、店の奥へ消えるミレニアム。
スカイはその場で材料を選択し、
この
それに加えて、
ただし、
「えーと、とりあえず作ってみるか」
俺は
ボフン!
と爆発の
「う~ん、この
ボフン! さらにボフン! 失敗を連発する。
「……おかしい、この
「……!!
「あと一
「これだ!」
「さあ、頼んだぞ!」
俺は震える手で『
ボフン! そして、パリーン……
と、非常に寂しく悲しげな
「……そうだ、これは運が悪かったんだ。なにより、失敗する方のが難しい
気を取り直して次の製作に取りかかる。
「よし、今度は最初から、確率の高い
品質を上げる
しゅぴ~ん!
と
「よし、今度は大丈夫そうだ」
しゅぴ~ん! しゅぴ~ん!
「よし!今度は調子いいぞ!」
連続で成功し、気を良くするが
「おっと、
「まだ余裕あるけど
しゅぴ~ん!
「思ったほど
あと一
『CCが足りません。アクションは実行できませんでした』
――の文字が警告音とともに表示された。
「なに~い!」
「くそ! この
俺の目に、ある
『
この
まさに『
「今度こそ
神に祈る気持ちで『
しゅわんしゅわんしゅわ~ん!
「おお! やったか?」
ぱり~ん……
「お……お……」
「……よし、わかった」
もう
「ここは無理に
手堅く成功確率の高い
しゅわ~ん!
Skyは“ウルフマント“を完成させた!
途中、何回か
「なんだ、余計なことしなければ簡単じゃないか」
次の
しゅわ~ん! しゅわ~ん! しゅわ~ん!
次々と狼の
「うん、順調に
不意に異様な気配を感じとり、振り返る。
奥の作業部屋と俺のいる店舗側の間に、腕を組んで仁王立ちする人影。
作業部屋の窓から差し込む
それが威圧感を倍増させる。
Millennium:何をやっているんだ? お前は
Sky:え? いや、さっきも話したとおりレベル上げを……
Millennium:それはわかっている。私が聞きたいのは、私が与えた木綿糸をなぜそんなに無駄にしているのか? ということだ
Sky:え~と、だから余計なことをして材料を無駄にしないように完成させることに専念しようと……
Millennium:それが無駄なことだと言っている。レベル上げをするのならば、HQが作れないにしても品質値を出来るだけ上げたほうが修錬値は多く獲得することが可能だ
Sky:あっ、そうなんですか、それは知らなかった
口調が違う。怖い! すごく怖い!
この人本当にさっきと同じ人?
画面の中のミレニアムさんは特に先ほどと変わったところはない。
でも、口調が変わったのに表情が変わっていないのにものすごく違和感が……。
このゲームは表情を任意で変えたりはできるけど、それをしながらしゃべるってのもそれはそれでちょっとおかしいかもしれないが……。
それでも考えてしまう。
この画面の向こう側にいる生身のミレニアムさん本人はいったいどんな表情で俺のことを見ているのだろうか? と。
Millennium:知らなかった、って、ウルフマントを作れるということは革製作スキルは30台半ばはあるはずだろう? それまでいったいどうやってスキルを上げていたんだ?
Sky:え~と、主にマーケットに捨て値で出されている装備品を買ったりして納品で……、狼の毛皮がその報酬で結構な数が貰えたのでウルフマントを作ってみようかと……
この
その
俺が要求された
俺はそれを大量に買い込み、今の今まで一回も
…………しばらくの
うう……
きっと画面の向こうのミレニアムさんは怒っているんだろうな……
Millennium:もう一度作ってみてもらえるか? 私が指導しよう
Sky:え?
俺は
Millennium:製作時のログを見てみたが、基礎が全くなっていない、ひどすぎると言っていいレベルだ
Sky:うう……
基礎がないのはわかっているけど、ひどすぎるとまで言わなくても……
Millennium:特に“神の手“は主に製品を量産するためのスキルで、普通初手に使うものだ。柔靱度が残り少ない状況で使っても成功することは、まずあり得ない
Sky:そうなんですか、知りませんでした
Millennium:革以外のクラフトは他に何か上げているのか?
Sky:裁縫と板金が30くらいで、他は上げてないです
Millennium:そうか、わかった
逃げたい、今すぐここから逃げたい。
でも木綿糸をあれだけ貰っちゃった手前、逃げるのはちょっと忍びない……。
Millennium:クラフトレベルがどれかカンストしていれば“製作計画“と“仕上“のスキルが使えるが、ないのならば仕方がない
『製作計画』? 『仕上』?
Millennium:お前は実行系のクラフトスキルをそのまま使っていたようだが、“集中“のスキルを使えばスキルの成功率を20%上げることが出来る
Sky:えーと、そんなスキルあったっけかな……
Millennium:実行系スキルのタブではなく、補助系スキルのタブを見てみろ
スキルウィンドウを操作してタブを切り替えると、…あった。
Sky:こっちにもスキルがあったんですね。すみません、何も知らないもので……
Millennium:これを使えば成功率の低い初期スキルでも5ターンの間、ある程度成功率を上げることが可能だ。CCの消費を抑えつつ品質値を上げることが出来る
いや、でもさっき俺、成功率90%のスキル連続で失敗してたけど…… と、口に出さないまでも思いつつ、一番
『工作』の成功率は60%、これに『集中』による成功率アップの20%を加え、成功率は80%となる。
『工作』の
しゅぴ~ん! ――成功だ。
Millennium:スキルのそろわないうちは、これを繰り返すのが良かろう。もちろん、柔靱値に気をつけて、作業値を上げることも忘れないように
Sky:わかりました。やってみます
さらに『工作』を使用、ぼふん! 失敗。
しかし、加工している材料が光り輝く。
Millennium:それは工脈だ
Sky:工脈?
Millennium:このときに品質値を上げるスキルを使えば、通常時よりも品質値を多く上げることが出来る
Sky:なるほど
『工作』を使用するために
Millennium:ちょっと待て!
Sky:はい?
Millennium:クラフトレベルが30あるのなら“調整“のスキルが使える。これは“工作“よりもCCは多く消費するが、成功率が70%で品質値も多く上がる。工脈を見つけたときはこのスキルを使った方が効果的だ
Sky:なるほど、やってみます
『調整』のスキルを
Sky:おお! すごい! たくさん上がった!
Millennium:CCと柔靱度に注意しながら、工脈を見つけたときにはより効果的なスキルを重ねる。これがクラフトの基本になる。覚えておくように
Sky:わかりました。ありがとうございます!
ミレニアムさん、
しゅぴーん! しゅぴーん! たまにぼふん! と繰り返しているとHQ率は64%と表示されている。
「えーと
『集中』の効果が継続していることを確認し、『製作』の
しゅぴーん! と成功。
しゅぴーん! しゅぴーん!
と連続で成功、そして、
しゅわんしゅわんしゅわ~ん!
「おお! 今度はどうだ?」
きらり~ん!
――通常よりも
Skyは〝フェンリルマント〟を完成させた!
Sky:おお! やった!
Millennium:やったな。それはHQ品だ。NQ品に比べて性能がアップ、そして、NQ品では出来ない染色が可能になる。
Sky:おお! そうなんですか、初めてHQ作りましたよ
そもそも製作自体まともにやったのも今回が初めてなんだけど。
Millennium:HQを作るには、今のように品質値を上げて完成させる必要がある。そしてクラフターとして稼げるようになるにはレベルがカンストしてからがスタートラインだ
Sky:はい、ありがとうございました!
先ほど同様、手を振り店の奥に消えようとするミレニアムさんに
Sky:あ、そうだ。今日PBCありますよね? ミレニアムさんも見ますか?
と、声をかける。
PBCとは
次期
Millennium:いや、見ない。あいつ嫌いだから。
Sky:あいつ? おさPのこと?
おさPとは
一時期低迷したFLOを立て直し、一年前にゲームそのものを一新、『真生』し、TFLOとして立て直した立役者である。
Millennium:そうだ、あいつのせいで私の世界はぶち壊され、仲間たちはみんないなくなってしまったんだ
Sky:そうなんですか
相づちを打ってはみたもののそこから先はさすがに踏み込みづらい。
何があったのか知りたくもなくはないが……。
…………俺の手が止まりほんのわずか沈黙が流れる。
Millennium:すまない、邪魔をしたな。私は奥でもう少し布を織っている
Sky:いえ! 俺の方こそ変なことを聞いちゃってごめんなさい。
そう言うとミレニアムさんは奥の作業部屋に消えていった。
「よし、まだ皮も残ってるしもう少し作っていくか」
俺は気を取り直し、
ぼふん! しゅぴ~ん! ぼふん! ぼふん!
……先ほどより失敗が多い気がする。
「う~ん、成功率80%だよ? 失敗多くない?」
「今回はHQは無理かなぁ」
ぼふん! と失敗したところでまた材料が光る。
……いや、光る? というか……虹色?
その光は目まぐるしく様々な色に
Millennium:それは最工脈だ!
Sky:え?
そう言われて振り向くと、奥の部屋に行ったかと思っていたミレニアムさんが後ろに立っていた。
Millennium:それは普通の工脈よりもはるかに効果のある最工脈だ。その状態を決して見逃してはいけない!
Sky:わかりました!
キーボードを打つ手にも力が籠もる。
「えーと、残り
慎重に状況を確認し、『調整』の
しゅぴぴ~ん!
普通の工脈にスキルを合わせたときの
Sky:おお! すごい! 品質値が一気に上がってHQ率が98%になりましたよ!
Millennium:まだ油断してはならない。0%と100%以外は誤差の範囲内と思え。作業値、柔靱度、CCは十分か、あと一押し、品質値を上げてHQ率を100%にする余地は残っているか?
そう言われて俺は各種
Sky:えーと、 作業値はあと一回スキルを使うだけで完成。CCもあと一回作業ができるくらいです。柔靱度もあと一回分かな? 品質値を上げるだけの余裕はないと思います。
Millennium:そうか! ならば、フィニッシュだ!
Sky:はい!
震える手で『製作』の
同時に
しゅわんしゅわんしゅわ~ん!
とお決まりの
「よし!」
両の拳を握りしめ、
勝利を確信する。
――しゅわ~ん!
Skyは“ウルフマント“を完成させた!
「やった!」
……しかし何か違和感が。
完成品のアイコンを確認すると、HQ品には一目でわかるようにアイコンの枠に光り輝く
そして先ほどHQになって名前が変わった『フェンリルマント』ではなく『ウルフマント』である。
「……あれ? ウルフマント? え~と、これは……NQ品!?」
その結果に呆然と画面を見つめる。
Millennium:残念な結果だが、落ち込むことはない。98%でNQになることなんて私も何度も経験している。98%だからといって過信してはいけない。先ほども言ったように0%と100%以外は誤差の範囲内だと思ったほうがいい
しかしその結果に納得のいかない俺の脳裏に、先ほどはなんとか押さえ込んだあの三文字が再び浮かび上がる。
「お……」
それはTFLOプレイヤーにとっては神の名であり
「お……」
時には歓喜の言葉として発せられ
「お……」
しかしこの
Sky:おさだああああああああああ!!!!!!!
その絶叫は天を衝き、空間を超え、遙か遠くの俺の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます