廃クラさんが通る

おまえ

第一章 Encounter

第1話 廃クラさんとの邂逅

 神話の時代より、精霊によってまもられ、支配されてきた世界、ルリナディア。

 この世界は世界樹を中心とし、人々は世界樹から使役される精霊の力を借り、また精霊に奉仕することによりお互いを支え合い共存共栄していた。

 そこに暮らす人々は精霊の力により栄華を極め、未来永劫繁栄が続くものと誰しもが思っていた。

 しかし永遠は存在しない。

 いにしえから続くの精霊の力は人々が感じることのできない速度で減衰していたのではあるが、ある時を境にそれが顕著となる。

 精霊の力は失われ、世界樹は沈黙した。

 その瞬間か野山からは緑が失われ、溢れんばかりに満ちていた大河はみるみる細くなり、大地は枯れ果て、その世界に棲むものすべてにその禍害が降り注ぐ。

 人々はその日を生きられるかどうかさえわからず、その多くは未来に希望を抱くことすら忘れようとしていた。

 人間だけではない。この世界に棲むあらゆる動植物、生きとし生けるものすべてから生気が失われていた。

 今は黄昏たそがれの時代、沈みかけた日が再び昇ることはない――と説く導師も少なくはなかった。

 五年ほど前までは。

 しかし、希望を失わなかった一人の男により世界樹が覚醒されると、精霊の力は蘇り世界は生まれ変わる。

 世界は『しんせい』したのである。

 それまでは決して沸き立つことのなかった空たかそびえる入道雲。そこから大いなる恵みが降り注ぐと荒廃した大地には潤いが戻った。

 ほどなく森の木々や動物たちに生気が溢れる。

 その様はまるで歌を歌い、踊り狂い、全身で歓喜を表現しているかのようにさえ感じられた。

 それは人間も同様であった。


 生きる、という喜び。そんな簡単な感情さえ人々はその瞬間まで忘れていたのである。


 そこに生きるものすべてに再び生きる喜びが与えられた世界――〝真生〟ルリナディアは世界のことわりつかさど世界樹せかいじゅを中心にそびえ立つ。

 世界樹は天高くそびえ立つと同時に地下にも根を伸ばし、それは全世界を余すことなく網羅する。

 その世界の果てまで張り巡らしている地下茎から地上に頭を出した支系の大樹のもとにはルリナ王国、バルダー共和国、フェルティス連邦と三つの都市がそれぞれ形成されており世界樹の恵みを享受していた。

 ルリナ王国とフェルティス連邦の間には険しい山脈があり、徒歩で踏破とうはすることは困難こんなんなため、山脈のふもとには互いを連絡する飛空艇ひくうてい発着所はっちゃくじょがある。

 その発着所のある麓、ベナリスと名付けられたこの集落しゅうらくは、昼夜を問わず多くの冒険者で賑わっていた――が、れも昔の話。世界が真生された現在、旅人が訪れることも稀となりすっかり閑散としてしまった。

 真生された世界は地殻さえ大幅に変えてしまい、かつて踏破が難しかった山脈も今や決して険要な難所ではなくなったのである。

 運営費コストのかかる飛空挺の運行は、利用者の少なくなった現在において採算のとれるものではなくなり、発着所に飛空挺が停まっている様を見ることも今では稀となった。

 世界は再び栄華を取り戻した一方、真生したことによりちょうらくするものもまたあるのである。


 そして物語はその寒村から始まる。


 まだ日の昇らない早朝、あたりにはもやが立ちこめており、人影が全く見当たらない。

 山脈から吹き下ろす冷たい風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。

 そんな早朝にもかかわらず、集落の外れにある建物の中からは、トントン、カッカッとリズミカルに機織はたおりをする音が聞こえてくる。

 ここは裁縫さいほうギルドの支店。

 店は夜も明けきらぬ早朝のうちから開いており、各種布製品や裁縫に関連した材料の販売や買い取りが行われている。

 扉が開き、一人の冒険者が入ってきた。

 ルリナディアでは物珍しくはなく、最もよく見受けられる種族であるヒュム族の男性。

 どことなくまだ幼さが残っている。

 冒険者、というにはまだ駆け出しなのであろう、相応それなりに装備を固めてはいるが身の丈ほどもある大剣にはあまり使い込まれた形跡はない。

 入ってくるなりぐるりと店内を見回す。


「たしかここにあの糸が売ってるんだよな」


 冒険者は布製品の置かれている陳列棚ちんれつだなを見つけるとそれを覗き込んだ。


「えーと、木綿糸は……!! 売り切れてる!?」


 二度、三度、端から端まで見渡してみたがやはりどこにもない。


「はぁ……、ここのギルドみせいてから、まだそれほど時間もたってないってのに……、こんなことなら高くても市場マーケットで買うんだった……」


 肩を落とし、がっかりする冒険者。

 すると、機織りの音が止み、店の奥の作業場から人影が現れた。

高尚な制作者クラフターが身につける立派な作業着を着ている――が、裁縫ここのギルドの者というわけではないようだ。

 耳が頭の上に付いていて長い。

 華奢きゃしゃな体つきだがあし回りがしっかりしている。

 特徴的とくちょうてきな丸い尻尾しっぽ

 ウサギを思わせるその見た目、バニラ族の女性だ。

 装着そうちゃくしている片眼鏡モノクルを上げて静やかなウィスパーで話しかけてきた。


「どうされました?」

木綿糸もめんいとを買いにここに来たんですが、売り切れちゃってるみたいんですよ」


 冒険者も、その問いかけに落胆した声ウィスパーで返す。


「そうなんですか、ごめんなさい。私が全部買ってしまいました……」


 申し訳なさげに頭を下げるバニラ族の女性。


「いえいえ! あなたのせいじゃないです! 俺がもっと早く来ていればよかったことなんですから」

「本当にごめんなさい。最近は市場マーケットで木綿糸が高騰こうとうしてて、ここに直接買い付けに来ているんですけど、今日は特に安かったのでつい……」

「そうなんですよ。俺もあの値段を見て、それならここで買おうと思って来たんですけど」

「あの、どれくらい必要なんですか?」

「一、二ダースほどあればいいんですけど」

「それだけでいいんですか? だったらお分けしますよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 頭を下げる冒険者。

 にっこり微笑ほほえむバニラ族の女性。


「木綿糸を買いに来たってことは、何か作るんですか?」

「狼の外套ウルフマントを作ろうと思ったんですけど、なんで木綿糸ってあんなに高いんですかね」

「木綿糸はいろんな物に使う割には、供給が限られているので高いですよね」


 バニラ族の女性は腰のベルトに装着された鞄から木綿糸の束を取り出し冒険者に差し出す。


「ありがとうございます。おいくらになりますか?」

「お金はいりませんよ」

「え!? いいんですか?」

「マーケットの半値以下でかなりの量を買えたので、これだけでも結構な儲けになりますから」

「本当にありがとうございます!」


 冒険者は礼を言い、木綿糸の束を受け取る。

 ――がちょっとした違和感を覚える。


「あれ? 何かずいぶん多い気がするんですけど?」


 受け取った木綿糸は六ダースほどあった。


修練レベルあげのために使うんですよね? だったらあればあるだけ必要かと」

「ありがとうございます! ……ところでなんで修練レベルあげってわかったんですか?」

「それはですね……」


 『修練レベルあげ』という単語が示すもの。

 ここは現実世界リアルとは違う世界。

 だが、そこには体温こそ感じ取れはしないが、明らかに『人』がいる。

 これはオンラインゲームの世界。

 所謂いわゆるMMORPG、

Massively大規模 Multiplayer多人数同時参加型 Onlineオンライン Role-Playing GameRPG内の出来事である。


 『Trueトゥルー Finalファイナル Loreロア Onlineオンライン』通称『TFLO』。

 元々は『True』が付かずに『Finalファイナル Loreロア Onlineオンライン』通称『FLO』という名前であり、オンラインゲームの中では古参の作品である。

 大人気RPG『Final Lore』シリーズをオンラインRPG化したものであり、まだ国産MMORPGが物珍しかった時代、3D表示でどこまでも果てしなくと思えるほどの広い世界、PCパソコンだけでなく家庭用コンシューマーゲーム機でもプレイ可能できるなど間口の広さもあり人気は爆発。

 オンラインゲームといえばFLOといわれた時代もあった。

 しかし、一時期、サービスの質が大幅に低下、大量の離脱者を出すことになり人気は急速に低迷。

 一年ほど前に世界ゲームそのものを一新、『真生しんせい』するとタイトルも頭に『True』を付け、『Trueトゥルー Finalファイナル Loreロア Onlineオンライン』』として再生を果たし再び人気を取り戻した。


 ギルドの店内で会話をしている冒険者プレイヤーの名前は【Skyスカイ】、バニラ族の女性の名前は【Millenniumミレニアム

 彼女――ミレニアムが言うには、

 

①スカイの戦闘職ジョブレベルに対して、狼の外套ウルフマントはレベル帯の低い装備である。

性能値ステータスアップや、染色せんしょくが可能になる高品質ハイクオリティ品を作って売るにしても、今は旬を逃しており、市場マーケットでの売れ行きはあまりよくない。

③自分用に作るとしても一本、失敗したにせよ二、三本もあれば十分。ダース単位は必要いらない。


 以上のことから推察すいさつして修練レベルあげだと判断したらしい。

 さらにミレニアムはこんなことも申し出た。


Millennium:もしよろしければ、レベル上げのサポートをしましょうか?

Sky:え? いいんですか?


 この世界ゲームには上級者が自身よりも製作クラフト修錬値レベルが低い冒険者プレイヤーに対して支援サポートをすることにより、多少の修錬値スキル上昇アップ修練値スキルポイントの取得量上昇ボーナスが付く状態ステータス付与ふよさせる仕様システムがある。

 仲間パーティに誘われミレニアムと仲間パーティを組むと、スカイの画面に《Millenniumからの修練値アップの支援を受けますか?》と通知が出る。

 《はい》をクリックし選択すると、『修練値アップ』の上方効果バフが付与されたことを示す画像表示アイコン画面上ディスプレイに表示された。


Millennium:これで、2時間ほどステータスアップの効果が得られるはずです。それでは、私はもう少しここで布を織っていますので

Sky:ありがとうございます! 俺もここでレベル上げをしていきます


 手を振り、店の奥へ消えるミレニアム。

 スカイはその場で材料を選択し、製作クラフトを開始する。


 この世界ゲーム製作クラフトは、製作品アイテム水準レベルによって設定せっていされている作業値タスクを決められた数値すうちまで、製作技能クラフトスキルを使用して上げることで製作品アイテムが完成する。

 それに加えて、品質値クオリティという数値すうちもあり、これも製作技能クラフトスキルを使って上げることにより高品質ハイクオリティ品が完成する割合かくりつが高くなる。

 ただし、製作品アイテムによって柔靱度フレキシビリティが定められており、製作技能クラフトスキルを使える回数が限られている。品質値クオリティだけかせいでも作業値タスクが決められた数値すうちたっしなければ製作クラフトは失敗、材料は消失ロストする。

 

「えーと、とりあえず作ってみるか」


 俺は適当てきとう品質値クオリティを上げる製作技能クラフトスキルを使用してみる。

 ボフン!

 と爆発の視覚効果エフェクトが発生。失敗だ。


「う~ん、この製作技能クラフトスキル成功率せいこうりつが低いからしょうがないか……、こっちのを使おう」


 ボフン! さらにボフン! 失敗を連発する。


「……おかしい、この製作技能クラフトスキルは成功率90%のはずなのに、こんなに失敗するわけがない」


 躍起ムキになってあらゆる製作技能クラフトスキルを使うが、景気よく爆発音が響き渡る。

 失敗連続そんなこんな柔靱度フレキシビリティが低下、いつの間にかあと一回しか製作技能クラフトスキルが使えない状況になっていた。


「……!! 品質値クオリティを上げることにばかり気をとられてて、作業値タスクを上げるのを忘れてた!」


 切羽詰まテンパって額から汗が噴き出る。


「あと一ターン作業値タスク最大マックスまで上げる方法は……、何か……、何かないのか……?」


 偶然たまたま戦闘兵器スーパーロボットに乗り込んではみたものの、操作方法うごかしかたがわからず、さらに偶然たまたま説明書マニュアルがあったので必死にひーこら操作方法うごかしかたを探す普通ただ一般人しゅじんこうの如く、画面ディスプレイに表示されている製作技能一覧スキルウィンドウにらみつける。


「これだ!」


 製作技能クラフトスキル神の手ゴッドハンド

 制作者プレイヤー製作クラフト修錬値レベル製作品アイテム水準レベルを照らし合わせて、それに準じた確率により、一手いっぱつ製作クラフト完成フィニッシュさせることのできる、まさに『神の手かみスキル


「さあ、頼んだぞ!」


 俺は震える手で『神の手ゴッドハンド』の絵記号アイコン押下クリックする。

 ボフン! そして、パリーン……

 と、非常に寂しく悲しげな効果音サウンドはっし、材料がくだけ、破片はへんが飛び散る。

 呆然ぼうぜんと画面を見つめる。


「……そうだ、これは運が悪かったんだ。なにより、失敗する方のが難しい製作技能クラフトスキルをあれだけ失敗してたんだから……」


 気を取り直して次の製作に取りかかる。


「よし、今度は最初から、確率の高い製作技能クラフトスキルを使って……」


 品質を上げる製作技能クラフトスキルを使う。

 しゅぴ~ん!

 とまばゆひか視覚効果エフェクトが出て成功。


「よし、今度は大丈夫そうだ」


 しゅぴ~ん!  しゅぴ~ん!


「よし!今度は調子いいぞ!」


 連続で成功し、気を良くするが


「おっと、柔靱度フレキシビリティもちゃんと気にしておかないと」


 柔靱度フレキシビリティを見てみるとまだ半分くらい残っている。


「まだ余裕あるけど作業値タスクも上げなくちゃな」


 作業値タスクを上げる製作技能クラフトスキルをしっかりと成功確率せいこうかくりつの高いものを選んで使用する。


 しゅぴ~ん!


「思ったほど作業値タスクびは良くないけどこのままいけば成功しそうだ」


 あと一ターンで完成というところで最後の一押しクリックをする――――が、


『CCが足りません。アクションは実行できませんでした』


 ――の文字が警告音とともに表示された。


「なに~い!」


 製作労力クラフトコスト、略してCC。

 製作技能クラフトスキルにはそれぞれクラフトコストが設定されており、冒険者プレイヤーの持つクラフトコストの数値の分だけ製作技能クラフトスキル使用可能つかえる

 柔靱度フレキシビリティに余裕があってもクラフトコストが足りなくなれば限られた製作技能クラフトスキルしか使用できなくなり、製作クラフトが失敗ということもありる。


「くそ! この製作技能クラフトスキルは――だめだ、クラフトコストが足りない。こっちは――これもだめか……」


 俺の目に、ある製作技能クラフトスキルが飛び込んできた。

神の手ゴッドハンド

 この製作技能クラフトスキルクラフトコストが0でも使用しよう可能できる

 まさに『神の手かみスキル


「今度こそたのんだぞ!」


 神に祈る気持ちで『神の手ゴッドハンド』の画像表示アイコン押下クリックする。


 しゅわんしゅわんしゅわ~ん!


 豪勢はで音響効果サウンドまばゆひか視覚効果エフェクトが画面全体に広がる。


「おお! やったか?」


 ぱり~ん……


 期待感きたいかんあおりまくった、どん底に突き落とす玉入遊戯パチンコを思わせる幻影えんしゅつ


 かなしげな残響音エコーを残しながら材料が砕け散った。


「お……お……」


 放心状態ほうしんじょうたい半開はんびらきの口を痙攣けいれんさせ、TFLOの冒険者プレイヤーにはお馴染なじみののろいのが喉から出掛かるが、ぐっとこらえ、ひとつ深呼吸した後に、さとりをひらいたかのごと真顔むひょうじょうになる。


「……よし、わかった」


 もうひと深呼吸しんこきゅうをすると、三度みたび製作クラフトを開始する。


「ここは無理に品質値クオリティを上げるのはやめて、作業値タスクを上げることに専念せんねんしよう」


 手堅く成功確率の高い製作技能クラフトスキルを使用して作業値タスクを上げていく。


 しゅわ~ん!


Skyは“ウルフマント“を完成させた!


 途中、何回か製作技能クラフトスキルは失敗はしたが、小気味良きもちよ視覚効果エフェクト音響効果サウンドが発生し問題なく製作クラフトは成功。


「なんだ、余計なことしなければ簡単じゃないか」


 次の製作クラフトに取りかかる。


 しゅわ~ん!  しゅわ~ん!  しゅわ~ん!


 次々と狼の外套ウルフマントを量産する画面の中のスカイ。


「うん、順調に修練値スキルポイントもあがってるし、このまま……、ん? 何か寒気が……」


 不意に異様な気配を感じとり、振り返る。

 奥の作業部屋と俺のいる店舗側の間に、腕を組んで仁王立ちする人影。

 作業部屋の窓から差し込むのぼりかけの陽光あさひがその人影に遮られおうぎ状に逆光線ゴッドレイが発生。

 それが威圧感を倍増させる。


Millennium:何をやっているんだ? お前は

Sky:え? いや、さっきも話したとおりレベル上げを……

Millennium:それはわかっている。私が聞きたいのは、私が与えた木綿糸をなぜそんなに無駄にしているのか? ということだ

Sky:え~と、だから余計なことをして材料を無駄にしないように完成させることに専念しようと……

Millennium:それが無駄なことだと言っている。レベル上げをするのならば、HQが作れないにしても品質値を出来るだけ上げたほうが修錬値は多く獲得することが可能だ

Sky:あっ、そうなんですか、それは知らなかった


 口調が違う。怖い! すごく怖い!

 この人本当にさっきと同じ人?

 画面の中のミレニアムさんは特に先ほどと変わったところはない。

 でも、口調が変わったのに表情が変わっていないのにものすごく違和感が……。

 このゲームは表情を任意で変えたりはできるけど、それをしながらしゃべるってのもそれはそれでちょっとおかしいかもしれないが……。

 それでも考えてしまう。

 この画面の向こう側にいる生身のミレニアムさん本人はいったいどんな表情で俺のことを見ているのだろうか? と。


Millennium:知らなかった、って、ウルフマントを作れるということは革製作スキルは30台半ばはあるはずだろう? それまでいったいどうやってスキルを上げていたんだ?

Sky:え~と、主にマーケットに捨て値で出されている装備品を買ったりして納品で……、狼の毛皮がその報酬で結構な数が貰えたのでウルフマントを作ってみようかと……


 この世界ゲームでは各都市や冒険拠点キャンプなどで任務ミッションを受け、その中には製品アイテムを納品することにより、各種経験値とともに製作クラフトの材料などの報酬が貰える任務ミッションがある。

 その製品アイテムは自分で作ったものである必要はなく、他人が作ったものでも、店で買ったものでも全く問題かまわない。

 俺が要求された製品アイテムも、戦闘職ファイター任務ミッションの報酬でもらえるもので、それは市場マーケット二束三文でやすく売られていた。

 俺はそれを大量に買い込み、今の今まで一回も制作作業クラフトをすることなくレベルを上げてきたのである。


 …………しばらくの沈黙ちんもく

 うう……沈黙ちんもくが怖い…。

 きっと画面の向こうのミレニアムさんは怒っているんだろうな……


Millennium:もう一度作ってみてもらえるか? 私が指導しよう

Sky:え?


 俺は予想外よそうがいもうおどろく。


Millennium:製作時のログを見てみたが、基礎が全くなっていない、ひどすぎると言っていいレベルだ

Sky:うう……


 基礎がないのはわかっているけど、ひどすぎるとまで言わなくても……


Millennium:特に“神の手“は主に製品を量産するためのスキルで、普通初手に使うものだ。柔靱度が残り少ない状況で使っても成功することは、まずあり得ない

Sky:そうなんですか、知りませんでした

Millennium:革以外のクラフトは他に何か上げているのか?

Sky:裁縫と板金が30くらいで、他は上げてないです

Millennium:そうか、わかった


 逃げたい、今すぐここから逃げたい。

 でも木綿糸をあれだけ貰っちゃった手前、逃げるのはちょっと忍びない……。


Millennium:クラフトレベルがどれかカンストしていれば“製作計画“と“仕上“のスキルが使えるが、ないのならば仕方がない


 『製作計画』? 『仕上』?

 製作クラフト若葉ビギナーのスカイには意味不明ちんぷんかんぷん単語スキルが並ぶ。


Millennium:お前は実行系のクラフトスキルをそのまま使っていたようだが、“集中“のスキルを使えばスキルの成功率を20%上げることが出来る

Sky:えーと、そんなスキルあったっけかな……

Millennium:実行系スキルのタブではなく、補助系スキルのタブを見てみろ


 スキルウィンドウを操作してタブを切り替えると、…あった。


Sky:こっちにもスキルがあったんですね。すみません、何も知らないもので……


 製作クラフトを開始、『集中』の技能スキルを使用する。

 きらめ視覚効果エフェクト効果音サウンドとともに、スキル成功率+20%の上方効果バフを示す絵記号アイコンが表示される。


Millennium:これを使えば成功率の低い初期スキルでも5ターンの間、ある程度成功率を上げることが可能だ。CCの消費を抑えつつ品質値を上げることが出来る


 いや、でもさっき俺、成功率90%のスキル連続で失敗してたけど…… と、口に出さないまでも思いつつ、一番CCコストが低く品質値クオリティを上げることのできるスキル『工作』を使う。

 『工作』の成功率は60%、これに『集中』による成功率アップの20%を加え、成功率は80%となる。

 『工作』の絵記号アイコン押下クリックする。


  しゅぴ~ん! ――成功だ。


Millennium:スキルのそろわないうちは、これを繰り返すのが良かろう。もちろん、柔靱値に気をつけて、作業値を上げることも忘れないように

Sky:わかりました。やってみます


 さらに『工作』を使用、ぼふん! 失敗。

 しかし、加工している材料が光り輝く。


Millennium:それは工脈だ

Sky:工脈?

Millennium:このときに品質値を上げるスキルを使えば、通常時よりも品質値を多く上げることが出来る

Sky:なるほど


 『工作』を使用するために画像表示アイコン押下クリックしようとすると……


Millennium:ちょっと待て!

Sky:はい?

Millennium:クラフトレベルが30あるのなら“調整“のスキルが使える。これは“工作“よりもCCは多く消費するが、成功率が70%で品質値も多く上がる。工脈を見つけたときはこのスキルを使った方が効果的だ

Sky:なるほど、やってみます


 『調整』のスキルを押下クリックすると しゅぴ~ん! と豪勢はで視覚効果エフェクトが発生。品質値クオリティが大幅に上昇アップした。


Sky:おお! すごい! たくさん上がった!

Millennium:CCと柔靱度に注意しながら、工脈を見つけたときにはより効果的なスキルを重ねる。これがクラフトの基本になる。覚えておくように

Sky:わかりました。ありがとうございます!


 ミレニアムさん、言動いいかたはちょっときついけどやっぱりいい人なのかも? 

 しゅぴーん! しゅぴーん! たまにぼふん! と繰り返しているとHQ率は64%と表示されている。

 柔靱値フレキシビリティも残り少なくなり、作業値タスクをあげる作業に取りかかる。


「えーと作業値タスクをあげるスキルにも『集中』は効果あるんだよな?」


 最初レベル1から使えるスキル『製作』は成功率80%『集中』を使えば合わせて丁度100%の成功率になる。

 『集中』の効果が継続していることを確認し、『製作』の絵記号アイコン押下クリックする。

 しゅぴーん! と成功。

 作業値タスク進捗表示ゲージ1/3さんぶんのいちほど進む。柔靱度フレキシビリティも十分、さらに『製作』を連続で押下クリックする。


 しゅぴーん! しゅぴーん!


 と連続で成功、そして、


 しゅわんしゅわんしゅわ~ん!


「おお! 今度はどうだ?」


 きらり~ん!


 ――通常よりも豪勢はで完成視覚効果エフェクトが発生する。


Skyは〝フェンリルマント〟を完成させた!

Sky:おお! やった!

Millennium:やったな。それはHQ品だ。NQ品に比べて性能がアップ、そして、NQ品では出来ない染色が可能になる。

Sky:おお! そうなんですか、初めてHQ作りましたよ


 そもそも製作自体まともにやったのも今回が初めてなんだけど。


Millennium:HQを作るには、今のように品質値を上げて完成させる必要がある。そしてクラフターとして稼げるようになるにはレベルがカンストしてからがスタートラインだ

Sky:はい、ありがとうございました!


 先ほど同様、手を振り店の奥に消えようとするミレニアムさんに


Sky:あ、そうだ。今日PBCありますよね? ミレニアムさんも見ますか?


 と、声をかける。


PBCとはProducerプロデューサー BroadCastブロードキャストのことで、TFLOのプロデューサーをはじめとした、開発者がネットの生放送ライブで開発状況を説明するもの。

 次期パッチバージョンに実装されるコンテンツの紹介などが主で、プレイヤーがいち早く新情報を知ることが出来る貴重な放送でもある。


Millennium:いや、見ない。あいつ嫌いだから。

Sky:あいつ? おさPのこと?


 おさPとは長田おさだプロデューサーのこと。

 一時期低迷したFLOを立て直し、一年前にゲームそのものを一新、『真生』し、TFLOとして立て直した立役者である。


Millennium:そうだ、あいつのせいで私の世界はぶち壊され、仲間たちはみんないなくなってしまったんだ

Sky:そうなんですか


 相づちを打ってはみたもののそこから先はさすがに踏み込みづらい。

 何があったのか知りたくもなくはないが……。

 

 …………俺の手が止まりほんのわずか沈黙が流れる。


Millennium:すまない、邪魔をしたな。私は奥でもう少し布を織っている

Sky:いえ! 俺の方こそ変なことを聞いちゃってごめんなさい。


 そう言うとミレニアムさんは奥の作業部屋に消えていった。


「よし、まだ皮も残ってるしもう少し作っていくか」


 俺は気を取り直し、製作クラフトを再開する。


 ぼふん! しゅぴ~ん! ぼふん! ぼふん! 


 ……先ほどより失敗が多い気がする。


「う~ん、成功率80%だよ? 失敗多くない?」


 柔靱度フレキシビリティを半分ほど消費したところで、品質値クオリティはゲージの1/5ごぶんのいちほどしか進んでいない。


「今回はHQは無理かなぁ」


 ぼふん! と失敗したところでまた材料が光る。

 ……いや、光る? というか……虹色? 

 その光は目まぐるしく様々な色に明滅めいめつしている。


Millennium:それは最工脈だ!

Sky:え?


 そう言われて振り向くと、奥の部屋に行ったかと思っていたミレニアムさんが後ろに立っていた。


Millennium:それは普通の工脈よりもはるかに効果のある最工脈だ。その状態を決して見逃してはいけない!

Sky:わかりました!


 キーボードを打つ手にも力が籠もる。


「えーと、残りCCクラフトコストも十分、『集中』の効果も掛かっている。よし! いける!」


 慎重に状況を確認し、『調整』の絵記号アイコン押下クリックする。


 しゅぴぴ~ん!


 普通の工脈にスキルを合わせたときの成功視覚効果エフェクトよりもやや派手めな視覚効果エフェクトが発生。HQ率は98%と表示される。


Sky:おお! すごい! 品質値が一気に上がってHQ率が98%になりましたよ!

Millennium:まだ油断してはならない。0%と100%以外は誤差の範囲内と思え。作業値、柔靱度、CCは十分か、あと一押し、品質値を上げてHQ率を100%にする余地は残っているか?


 そう言われて俺は各種数値パラメータを確認する。


Sky:えーと、 作業値はあと一回スキルを使うだけで完成。CCもあと一回作業ができるくらいです。柔靱度もあと一回分かな? 品質値を上げるだけの余裕はないと思います。

Millennium:そうか! ならば、フィニッシュだ!

Sky:はい!


 震える手で『製作』の絵記号アイコン押下クリック

 同時に 


 しゅわんしゅわんしゅわ~ん!


 とお決まりの音響効果サウンドまばゆひか視覚効果エフェクトが画面を覆い尽くす。


「よし!」


 両の拳を握りしめ、勝利のガッツポーズ。

 勝利を確信する。


 ――しゅわ~ん!


Skyは“ウルフマント“を完成させた!


「やった!」


 ……しかし何か違和感が。

 完成品のアイコンを確認すると、HQ品には一目でわかるようにアイコンの枠に光り輝く目印マークがついているが、これにはそれがない。

 そして先ほどHQになって名前が変わった『フェンリルマント』ではなく『ウルフマント』である。


「……あれ? ウルフマント? え~と、これは……NQ品!?」


 その結果に呆然と画面を見つめる。


 Millennium:残念な結果だが、落ち込むことはない。98%でNQになることなんて私も何度も経験している。98%だからといって過信してはいけない。先ほども言ったように0%と100%以外は誤差の範囲内だと思ったほうがいい


 しかしその結果に納得のいかない俺の脳裏に、先ほどはなんとか押さえ込んだあの三文字が再び浮かび上がる。


「お……」


 それはTFLOプレイヤーにとっては神の名であり


「お……」


 時には歓喜の言葉として発せられ


「お……」


 しかしこの世界ゲーム冒険プレイしている際には呪いの言葉として発せられることの方があるいは多いのかもしれない。


Sky:おさだああああああああああ!!!!!!!


 その絶叫は天を衝き、空間を超え、遙か遠くの俺の同胞なかまにまで響き渡った。

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