頭上の気配

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話

 嫌だな、と思ったのは坂の下に来てからだった。


 当時、住んでいた住宅は、地山を切り崩して造成した住宅街の中にあった。ゆえに


段々畑のように家々が立ち並んでいた。私が住んでいた家は、頂上よりやや下にあ


り、家に帰るまでは、長く急な坂道を登って行かなくてはならなかった。


 住宅街の中は、夜間になると人通りもめっきり少なくなる。もちろん、街灯もまば


らだ。そこかしこに闇が溜まっていて怖かった。その闇から何かが現れるので


はないかといつもビクビクしていた。


 ある日、塾での行事のため、帰りが遅くなった。


 長い坂道の下まで来たが、すぐ坂をあがるのを躊躇した。なぜだかわからない。


あたりをキョロキョロと見渡してみる。誰か同じ坂を登っていく人が来ないかを探す


ためだ。しばらく待ってみたが、そんな日にかぎって、誰も現れなかった。この坂道


を通らなければ家には帰れない。しばらくじっと闇の中の坂道を眺め、意を決して一


歩踏み出した。


 坂道をあがってすぐに、奇妙な違和感を感じた。


 頭上に何か気配を感じたのである。しかし、振り仰いで見る勇気はなかった。


暗がりを通るたびに、心臓が早鐘のように鳴り、そのたびに不吉な想像が頭を駆け


巡る。とてもじゃないが、上を見ることはできない。


 坂道に人影は見えず、自分ひとりだ。すぐ横に人家があるが、明かりはおろか物音


ひとつしない。聞こえるのは自分の荒い息だけであった。いつの間にか早足になって


いた。


 前方に街灯がポツンと立っているのが見えた。そこまで行けば、家に着くまでち


ょうど半分の距離を来たことになる。街灯の明かりがあたりをぼうっと照らし出して


いた。そこであることをしようと決心した。そう、頭上を見ることだ。この妙な気配


が自分のたんなる勘違いである、ということを確認したかったし、なにより臆病者で


ないと、自分自身に示したかった。


 街灯が照らし出す光の輪にはいる。息を整える。3、2,1と心の中でカウントす


る。


 上を見上げた。


 頭上に緑色の巨大な火の玉が浮かんでいた。大人の一抱えほどもある大きさだ。


 「あっ」と思った瞬間、火の玉の中から、小さいがこれも同じ色の火の玉が、尾を


引くように四つ同時に飛び出した。


 そして、音もなく全て消えた。


 後には、夜空と白熱灯に照らし出された世界があるだけであった。


 我に返ると一目散に逃げ出した。


 その後、幾度もこの道を通ったが、後にも先にも、こんな体験は一度きりであっ


た。


 これは私が子どもの頃、実際に体験した話です。


 

 

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頭上の気配 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi

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