第一幕 悪役令嬢は好かれなくても気にしない その2
主君に剣を向けられているのに、ベルゼビュートもキースも
それでもアイリーンの
「確かにわたくしにも至らない点はあったでしょう。それは認めます。でもだからってあんな仕打ちを受けて、一生めそめそ泣いていろとでも?
「……ゴミ屑。ずいぶん手厳しくなるんだな」
「ええ。女は
「
冷めた目のクロードに、アイリーンはできる限り美しく
「愛していると言い続ければ、その内本当になるらしいですわ。
「なるほど」
少しも
「つまり君は、魔王を口説きにきたと?」
「くどっ……」
かあっと
しかしうろたえるなんて弱みをさらすことはできない。
「え、ええ。そ、そういうことになりますわね」
「……。声が
「き、気のせいです」
「口説けるほど男慣れしてるように見えな」
「わたくしを
力いっぱい言い切っても、クロードは無表情だった。ただ頭のてっぺんから足の先まで、しげしげと
いつも通り
(や、やたらと美形な人が目の前にいると
この時代、完璧な装いこそが女性の
「きゅ……求婚しにきたのに、お見苦しい格好で失礼しました。もう一度、出直しますわ」
「出直す必要はない」
クロードがぱちんと指を鳴らした。魔物でもやってくるのかと身構えたが、ふわっと優しい風が
(……
ぱちりとまばたいたアイリーンにそっけなくクロードは告げる。
「これで二度とこなくていいだろう。帰れ」
「……。わたくし、この服、宝物にしますわ」
「は?」
「だって魔法がかかったドレスなんですもの!
目を
不思議で、アイリーンは無表情のクロードに
「今、花が
クロードは何も答えない。その
「やはり女性がいらっしゃると部屋が
「そう、思い出しましたわ! 道中のカラスのことです」
「……僕は帰れと言っているんだが、聞いていないのか」
「聞いていますがお断りしているだけです。それであのカラスなんですけれども、あれはクロード様の部下なんでしょう?」
「この森に入った者に対して警告するのはいいとは思いますが、
「なぜ君にそんなことを言われなければいけない?」
「
「そもそも僕は君の婚約者になった覚えはないんだが」
「それと、ベルゼビュート様の格好が破廉恥です。品がありませんわ」
ベルゼビュートが目を白黒させ、キースが腹を
ベルゼビュートは上半身は長いベストを羽織っただけで
「きちんとしたものを仕立てましょう。あとは
「おい、人間の
「クロード様の
「……。片腕」
ベルゼビュートが心なしか
「キース様は……同じ服をずいぶん長く着回してらっしゃる感じですわね。物持ちのよさは好ましいですが、
「あー、数年前に仕立てたのがありますねえ。というのもですね、アイリーン様、聞いてくださいよ。私、高官のはずなんですが、クロード様の味方しすぎて給料ゼロなんですよ!
「まあ」
横領だろうか。顔をしかめたあとで、アイリーンは考えこむ。
「……わかりました。となると、クロード様にもお金はないんですのね?」
突然、花瓶に活けてある花が
「クロード様、傷つかなくていいですからね。私めは、十分人生楽しいですからね」
「王よ、そもそも金銭が必要ならば我々が
「二人とも
「あら、そんな小さなこと気になさらないで。わたくし、クロード様を養うくらいの
無表情のままクロードがうなるような声を上げた。
「……どうしてそうなる。口説きにきたんじゃないのか」
「口説くよりそちらの方がわたくしの性に合います」
ラスボスを飼う。いい展開ではないかと、ほくほくアイリーンは微笑む。
クロードが冷ややかにそれを見返した。
「口説く方がまだましだとわからない君の感性はおかしい」
「
「うわあ、新手の宗教
「クロード様。わたくしへの見返りは、あなたの愛だけで十分です。それがどんなに難しいことなのか、わたくしはどこかのゴミ屑男のおかげで思い知りました」
クロードが顔を上げた。ほんの少しだが、感情が出ている気がする。
頷かせてしまえばこっちのものだと、アイリーンはクロードに
「あなたは
「……」
「わたくしはわたくしを
クロードの
「わたくしと結婚してくだされば、わたくしはあなたもあなたの大事な魔物も守ります。一人で背負わせたりしませんわ。これでも
クロードが
まばたいた
「もう帰れ」
それは言葉ではなく
とんと額を人差し指でつかれ、よろめいた瞬間ふわりと体が浮いた──と思ったら、次の瞬間、ぽすんと
ベッドの上だ。
「……やられたわ。もうひと押しだったのかしら……それともはずした?」
今一つ反応がつかめない人だ。
白のカーテンの
(
ヒロインに
その行動から推測すると、初日から結構いい線をいったのではないだろうか。
「まだ時間はあるし、明日はひかえめにいってみるべきかしら? アプローチも変えて……」
「失礼します、アイリーン様。アイリーン様……お目覚めですか?」
寝室を
「起きているわ。何か用?」
「
そういえば、今の自分は
(でも昨日の今日で立ち直れとか、相変わらずあのお父様は……)
アイリーンの時は当然だと思っていたが、なかなか
だがそれはそれだ。
「わかったわ。お父様に何かご
「旦那様はいつも通りでいらっしゃいます。ですが、セドリック様との婚約破棄の件で色々支障が出たようで……その件についてかと思います」
「そう」
そっけなくアイリーンは応じた。ならお説教も仕方のないことだと、気を取り直す。
「
「このままで行くわ。あとで朝食を持ってきてちょうだい」
どさりと
「なんなんだ、彼女は」
「あれ、強制転移させちゃったんですか? まさかとんでもないところに送ったり」
「してない。ちゃんと彼女の部屋に送り届けた」
目の前から消えた
目を開いたクロードの前に、キースがお茶を
「ならいいですけどねえ。いやー、朝っぱらからにぎやかでしたね」
「王がわざわざ送り届けずとも、俺が窓から
「それは死にますって」
「あれは殺しても死なない女だ」
真顔で断言したベルゼビュートに、キースは苦笑いを浮かべる。
クロードも否定はできなかった。
「あれはまたくるのでは? どうされる、王」
「
「あのお
「
真っ黒なカラスがテラスでばたばたと羽ばたきながら鳴く。おやおやとキースが笑った。
「今日はお客さんが多いですね」
「
クロードの言葉を聞いてカラスはすぐさまばたばたと飛び去っていった。それを見ながら、ベルゼビュートが進み出る。
「王。追い返すのであれば、俺が向かう」
「だめですよ。不戦条約があります。あなた方が魔王様のためとはいえ暴力を振るえば、それだけまたうるさく言われますよ、色々ね」
キースの
「本当に人間はおろかだ。王が命じない限り我らは人間を
「そういえばクロード様、アイリーン様はどうして城に入れてあげたんです?」
「自分の足で僕に会いにきたからだ」
だから、話くらい聞いてやろうと思った。それだけ。
(用件はくだらなかったが。ああ、でも……)
──あなたの強さを、尊敬します。
(だめだ、気を許すな。……魔物にまだ、なりたくないなら)
再度目を閉じる。この城とその周囲にある森を囲う
ここは、魔王の城なのだから。
ルドルフ・ローレン・ドートリシュといえば、エルメイア皇国一の切れ者
初対面の人は、全員が全員、あんな
「ああ、アイリーン。よくきたね。朝早くからごめんね、今しか時間がなくて」
「セドリック様の件は残念だったね」
「申し訳ございません、お父様」
セドリックとの
──この父親に影響があるかどうかはさておき。
「仕方がないよね。お前は明らかにセドリック様の好みからはずれていっていたから」
悲しそうに告げられて、アイリーンは真顔になる。そしてもう一度謝った。
「……本当に申し訳ございませんでした」
「それでも、ドートリシュの名前があればもつかと思っていたんだけれどもね。いやはや若者の愛は強い。お前も『セドリック様がわかってくれるからいいの』が
「本当に本当に申し訳ございませんでした」
「さすがに落ちこんでいるのかと思っていたんだけどね。引きこもっていると聞いたし」
ふう、と父親はそこで
「なのに思ったよりお前が元気で、お父様はがっかりだ……」
心底残念そうに言われて、アイリーンは
(相変わらずのドS!
わからない問題があると言えば喜んで横で観察され、何かに負けて
そう考えると、セドリックにふられた原因はこの父親にあるような気がしないでもない。
「お父様はもう、いつお前がフラれるかと毎日毎日楽しみにしていたのに」
「……わたくしがフラれると毎日毎日確信を得てらしたんですね」
「これ以上はあまりないなっていうくらい、みじめなフラれ方をしたのに……ああ、なんて
「そういう
「なのにお前ときたら、すっかり元気そうで。使用人達が止めるから
「わたくし、すっぱりセドリック様のことは忘れることに
「そうかい。まあ、それがいいね。まさかあそこまで
「でもアイリーン。かといってお前の立場が正当化されるわけでも、家の
「……わかっております。ドートリシュ公爵家に
「じゃあ、本題に入ろう」
にこやかに父親が指を組んだ。楽しそうだ。
つまり、アイリーンにとって
「お前、事業を
「? はい。ドートリシュ公爵領を産地とすることで原材料をおさえ、流通を
ドートリシュ公爵領は広く豊かだ。だがその豊かさは平均値であり、土地が広い分、地方と格差が生じている。そのため、豊かではない地域──要は土地があるだけのだだっ広い
実はエルメイア皇室の財政は見た目ほど豊かではない。だからせめて自分が
「お父様にも
「それらはすべてセドリック様に引き
「は……?」
ぽかんとしたアイリーンに、皮肉な笑みを浮かべて、ルドルフが告げた。
「お前、事業のために設立した商会をセドリック様との共同名義にしていたね。薬というのは毒物でもある。国の
流通の確保、販売路から薬の
「売り上げだけ横取りですか!?」
「リリア様がお前に任せっぱなしではいけないと進言なさったらしくてね。セドリック様がやる気になられたそうだ。セドリック様も商売をすることで
「いえいえいえいえ、横取りですよね!? いいところだけとっていったってお話では!?」
「これはお前の落ち度だよ、アイリーン」
「本来なら一方的な
「い、いたらなくてすみません……!」
「本当にお前は母様そっくりで男を見る目がないうえに、可愛いのに
非難の
「しかもね」
「まだあるんですか」
「あるんだよそれが」
半ば
「招待状を昨日、いただいたんだよ。二ヶ月後の夜会だ」
「夜会? 今のわたくしにですか」
夜会は集団見合い、結婚相手を探す場所だ。婚約破棄されたアイリーンは当分自粛するのが
「一体どこの空気が読めない
「セドリック様とリリア様からだ」
めまいがした。
「あ、手紙も入ってるよ。リリア様から直筆の。
「……そう、ですわね……わたくしも、見習いたいですわ……」
「この夜会ではお前から
──つまりもう一度、
(……どうしても、わたくしをやりこめたいのね。それとも、自分達が
あり得そうで笑えない。
「さらに、事業
「……つまり、欠席したらセドリック様の慈悲をはねつけたことになり、出席したら会社を乗っ取られ公衆の面前で再度の婚約破棄をされる。どちらにしてもいい笑いものですわね」
「それで、お前はどうする?」
普通に考えれば
「出席致します。
あれだけ
「いいねえ。それでこそドートリシュ
この父親なら泣き
「常識知らずとお父様も悪く言われるかもしれませんが」
「
「なんのリストか聞きませんが、お父様がよろしいのならそれで」
「じゃあ夜会までに、ドートリシュ家が受けた損失を取り返すだけの利益もあげてね」
なんでもないことのように言われて、
「さらっととんでもない要求をつきつけないでください。利益って、また新しい会社でも起ち上げろと? わたくしはお兄様達ほど優秀ではありませんのよ。しかも二ヶ月でなんて」
「それは自分で考えなさい。
にこりと笑う父親の目が本気だ。
ふと背筋が寒くなった。夜会で欠席を選び、家と自分の
セドリックは皇太子だ。アイリーンはいずれ
(確か、ゲームでも平民に落ちる展開があったような……うっすらとしか覚えてないけど)
そもそも、
(あとはクロード様ね……それも
腹は
──が、その夜。夜中に飛び起きたアイリーンは
「夜会に出席の方が下町に放り出されるフラグじゃないの! なんなの、この
真っ暗な
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