第12話

 けれど、その矛先が了に向かないところが、不思議だ。

 どうやら、ヴァンパイアは冷酷非情な生き物だと思っているらしい。

 悪魔の血にふさわしい、悪魔的な性格の持ち主。

 たしかに、それが栗栖ならば、期待どおりのヴァンパイアができあがっていただろう。

 でも、了ですから。

 了は自分の性格をいじらしく思った。

 三人兄弟の真ん中って、ホントに気苦労が絶えない。

 それに親が親だから。

「さ、荷物を下ろして。フロントに行って、藤堂と言えばキーをくれる。部屋に入ったら、食事以外、外をうろうろしてはだめだ。だれが来ても入れたりしてはだめだ。たとえ、藤堂と名乗っても、だ。わたしはくるまえには必ず電話を入れる。わかったかね?」

 了は我に返ると、いそいで返事をした。

「彼を起こして」

 了はいつの間にか眠ってしまった栗栖を起こすと、藤堂の車を見送った。

「藤堂におまえの正体を言ってやりたいよ」

 口が聞けるようになった栗栖が、憎々しげにつぶやいた。

「おまえがこんな体にしたのに、まだひどい仕打ちをするつもりなのかよ?」

「僕はおまえのエサなんだろ? おばあちゃんみたいにジワジワ食うつもりなんだ」

 了は悲しげにその言葉を聞いた。

「食うつもりじゃなかったんだ……」

「食うつもりじゃなかった? へぇ、あんなこと、僕にしといて?」

 栗栖は了を突き飛ばすと、よろよろとひとりで立った。

「でも、栗栖……俺の気持ちを知ってて、おまえが利用した結果なんだ。おまえは墓穴を掘ったんだよ」

「じゃあ、クソしてみろよ! クソしたら、おまえが僕を食うつもりじゃないって、信じてやるよ!」

「栗栖ィ、どうしておまえって、そんなムチャクチャ言うの? したくっても出ないもんはしようがないだろ?」

 ベルボーイが不審げにふたりを見ている。了はその視線に耐え切れず、

「なぁ、ホテル入ろうぜ。なんだか、冷えてきたよ」

と、頼んだ。

「最初っから冷え切ってるくせに、これ以上冷えることなんかあるわけ?」

 ああ、なんとかこの口を黙らせたい。

 了は痛切に感じた。

「なぁ、わかったから、困らせないでくれよ」

 栗栖は黙ったまま、じっと了を見つめた。

 そのとび色の髪の下のおつむで、またとんでもないことでも考えているのだろう。

 そんなことくらい、栗栖と付き合っていて、分からないようではまだまだ未熟だ。

 栗栖こそ、ヴァンパイアの似合う男なのだから。

 そうならなかったのは、運命の皮肉だ。

「オーケー、じゃあ、僕、先に部屋で待ってるよ」

 フロントでチェックインしたあと、了は荷物を栗栖に預けて、ホテルの売店へ行った。

 了は買い物を済ませ部屋へ戻った。

 ルームキーはカード式だった。了はしみじみとカード式キーを眺めた。

 カードと名のつくものなんて、QUOカード、オレンジカード、テレホンカードくらいしか手にしたことがない。

 なぜだか、カードになると、すべてのものがかっこよくなったような気がする。

 スーッ カチャ

 ドアは静かに開き、了は遠慮しなくてもいいのに、恐る恐るなかを覗いた。

 部屋は真っ暗だった。

 栗栖は疲れて眠ってしまったのだろうか?

 了はそっと部屋のドアを閉めた。

 じゅうたんのふんわりとした感触を、靴底で感じる。

 靴を脱がなくてもいいのだ!

 生まれてこの方、ホテルに泊まったことのない了は、それすらも感動の一ページに刻み付けた。

 了はふたつ並んだベッドを見た。

 ヴァンパイアは夜目が利く。

 ふたつのベッドは乱れもせず、栗栖の姿はどこにもなかった。

 了の荷物だけが、チョコナンとドア側のベッドのうえにおかれていた。

「……」

 了は打ちのめされて、口も聞けなかった。

 栗栖の……爆弾男めー!

 了はダンダンと足を踏み鳴らした。

 離れるんじゃなかった。

 今となっては、あいつがどこへ行ってしまったか、全く分からない。

 栗栖は置き手紙すら、言い訳すら、なーんにも残していかなかった。

 文字どおり、トンズラこいたのだった。

 了は身もだえて、ベッドにつんのめった。

 しばらく、ベッドに顔をうずめて臥せっていたが、パッと顔を上げた。

 了二だ……あいつしかいない。

 あいつの携帯にすべてを掛けるしかない……!

 了二を見つけるのは、それほどたやすいことではなかった。

 なにせ、アニキというのに、了は弟の行動パターンを把握していなかった。

 了の父親の会社に近い喫茶店といっても、数限りなくある。

 それでふだんなら考えられもしないこともしなくてはいけなかった。

「ちょっと、聞きたいんだけど」

 了は了二と同じ格好のスケボー少年に声をかけた。

「なにー?」

 声のトーンも軽く、少年は振り返った。

「この近くでさ、君たちみたいなのがよく集まる喫茶店、知らないかな?」

「……」

 スケボー少年はじっと了を見ると、

「知らねぇ」

と答えて、さっさと行ってしまった。

 何度か試したが、同じことだった。

 警戒心が強いのだろうか。

 それとも本当に知らなくて、無愛想なだけなのだろうか。

 たったの3つの差は、なんて大きな差を生んだのだろう。

 トホホ。と嘆いてもしようがない。

 奥の手だ!

 最初からそうすればよかったのだ。

 慣れるまで時間がかかる電化製品と同じだ。

 了は手頃なスケボー少年を捕らえると、その首を両手で覆った。

 叫び出しそうだった少年の顔が、しだいに和み、簡単に喫茶店の場所を教えてくれた。

 了も適当に軽食をすませられて、よかったよかった、と思いながら、喫茶店「トレモロ」へ急いだ。

「トレモロ」は、24時間営業甘味茶屋だった。

 スケボー少年が集団でおしるこを食べる。

 了には想像もつかない。

 とりあえず、入ってみよう、ということで、格子戸の自動ドアのまえに立った。

「イラッシャイマセッ、イラッシャイマセッ」

 女声の機械音が、了を迎えた。

 店内を見渡したが、了二の姿は見当たらない。

 店の隅に、数人のスケボー少年がたむろっている。

 了はツカツカと近寄っていった。

 了に気付き、少年たちは例の疑わしげな目付きで見返した。

「なぁ、了二って知らない?」

「……」

「小鷺田了二」

「……」

 少年たちはウンともスンとも言わない。

「……」

「……」

 これではさっぱり話が進まないじゃないか!

 了は業を煮やして、

「おまえら、立派な口があんだろ? なんとか、言えよ!」

「……」

 少年たちはそれでも何も言わず、のっそりと立ち上がった。

 170cmチョイの了と、ほとんど背丈が変わらない。

 茶パツとすわった目付きに、なにやら不気味な威圧感があった。

 ヒョエエェェ。

 了は舌を巻いた。

 うわぁ、了二、兄ちゃん、さすがに怖いよ。

 了は冷や汗をかきながら、たじろいだ。

「あんた、ナニサマ?」

 茶パツのひとりが、ボソリとつぶやいた。

 そりゃ、俺が聞き返したい。

 了も心のなかでつぶやいた。

「了二のアニキだよ」

「似てねーな」

 ひとりが言った。

「うん、似てねー」

 残りがうなずいた。

 了の肩をいきなりつかむと、有無も言わさず、トイレへ連れ込んだ。

 ダンッ!

 トイレの扉に向かって、了は突き飛ばされた。

「エラそーに、すんなよ」

 長髪の中坊がのたまった。

 了は、いつ俺がエラそーにした!? と苦笑った。

 が、反対に子供達の神経を逆なでしたみたいだった。

「気色ワリーな」

 ドンッ

 了二もたまにはこんな子たちに交じって、人間玉突きをしてんだろうか? と、了はどつかれながら、疑問に思った。

 ああ、どつかれてんのにも、飽きてきた。

 了はフゥッとため息をつくと、我ながら華麗に指をなびかせた。

 空気に触れるように、さりげなく、少年たちの生気を吸い取っていく。

 突然、元気がよかった少年たちのひざが折れ、次々に倒れていった。

「アガリー」

 了は得意満面にニヤリと笑った。

 ヨイショとしゃがみ、うめく少年のひとりの肩を揺さぶった。

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