椿 正臣

いっその事、君を攫ってしまいたい

…そんな勇気はないのだけれど。


僕では駄目なのだろうか、何故君の目に映るのはその人なんだろうか。






「また泣かされたの?」


「そう、悲しいけれど、でももう慣れてしまったの」


受話器越しの声、そっと目を瞑る。




慣れた、と言う声は掠れていた。

きっと泣いた後なのだろう。


恋人から裏切られた時、彼女はたまに僕に「きいて、」と連絡をよこす。




そう、決して毎回ではないのだ。

いつもは他に聴いてくれる女友達がいるのだろう、もしかすると他の男かもしれない。


僕は本当にたまに、君の愚痴を聴くだけの友人でしかない。









「いつまで経っても、約束を守ってくれないの」


- 僕だったら絶対に守るよ -





「きっと彼は私のことが嫌いなのかもね」


- 君をそんな気持ちにはさせない -





「私のことを、ちゃんと好きでいてほしい」


- 好きだよ、なんで -





「私じゃ駄目なのかしら」

- 僕じゃ駄目なんだろう -






なんだかんだ、彼女は彼とうまくやっているのだろう。

彼女の心には誰の付け入る隙もなく、何を漏らしても結局彼女は彼が好きで、二人は別れたりなどしないのだから。




そして、ひと通り話終えると、彼女はいつもつらつらと決まったように、こう述べるのだ。






「人って何かで怪我をした時はちゃんと手当てができるし、誰かで傷ついた時にはほかの誰かに愚痴ったり何かで発散したりしてそれを癒そうとするでしょう?


でも好きな人、大事な人、恋人で傷ついた時には、傷つけた本人に癒してもらうために性懲りもなくその人に近づくのよ。

だって好きなんだから、その人を癒せるのも傷つけることが出来るのも大事な人だけなのよ。

なんていうか、そういう、頭ではわかっているのに心がいつまで経っても学習できない、ただひとりだけを求める欲の沼みたいな、哀しさと恍惚が入り混じったズブズブで深いところに、あわよくばずっと触れていたいの。


自分が馬鹿なのは分かっているのよ。


でも、大好きな人から与えられた感情全部で自分を支配していたいの。

そうしていつか彼も、私の言動で一喜一憂して、切なさも、嬉しさも、苦しさも…

彼の全部が私のせいになればいい。

そうやって少しずつ、私は彼のものになって、彼は私のものになればいい」





この言葉にいつも「僕では駄目なのだ」と心を叩きつけられる。



たくさん泣いているはずなのに、どう転んでも彼女は彼を選ぶ。


彼女の心はどこか壊れていて、苦しいくらいに彼にしか向いていない。




その欠片でも僕に向くことはない事はわかっている。







苦しい。




たとえ彼が死んでも君の心は僕には向かない。


それが心地よくて、君からの連絡を待っている僕は、きっとどこか壊れている。


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椿 正臣 @tsubaki_masaomi

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