ジャガーさんの屋台とあいつ  再放送編

攻撃色@S二十三号

第1話


>>No.501004980 ~手書きハシビロコウちゃんへのレス

>これはかわいいほっこりする…

彼女はよほど空腹だったのか、牛丼の特盛りセットを俺より早く平らげてしまった。

そして…俺が食べ終わるあいだ、急に健啖が恥ずかしくなってしまったようでそわそわ

していた。駅で見たときは微動だにしない石像のようだったのに。

恥ずかしげなハシビロコウも可愛かったが、あまりいじめるのも可哀想で、俺は。

「…えっ、おみやげ? 家に持って帰る、ぶん? それも…? その、ありがと……」

彼女がおどおどしている間に、俺は店員さんに持ち帰りを注文。

その俺の前で…彼女は少し顔を赤らめて、指を二本、立てていた。

そうして。持ち帰り特盛り弁当が二つ来るころに、ようやく俺も食い終わる。

「…今日は、その…ありがと。ごめんなさい、こんなにたくさん……」

「…うん、大丈夫。友だちの部屋に、冷蔵庫があるから。帰ったらそこに入れて…」

「明日その友だちの、カメレオンといっしょに食べるの。…ううん、レンジはないけど」

「フライパンで焼くとね、焼き飯みたいで美味しい… うん、じゃあ… また、ね」

…彼女は飛ばずに、小走りで深夜の街並みに溶けて、消えていった……





再1 1

熱帯夜の風に雨の匂いが混じって、よどむ。月曜日、駅裏の通りには何もない、闇…

 ごはん ……。…ん? 赤い提灯…ごはんの文字。ジャガーさんの屋台がやってる!?

月曜日は、仕入れの関係で休みのはずなのに…?

提灯と裸電球の灯りに吸い寄せられた俺の前には…もう何度見たかわからない、光景。

「あ… やあ、とし。いらっしゃい! …うん、どうしたの? びっくりした顔して」

「んもー。前、言ったじゃない。今度から、その。日曜日休みにするって…」

客のいない丸椅子の並び、つけ台の向こうで少し恥ずかしそうに笑っているのは…

…ジャガーさん…! …ああ…!

…疲れてるな、俺… なんだ…なんかちょっと謎の涙が出た。

そんな俺の前に、水に濡れた瓶ビールとキリンのグラスが並び、

「とし、ごはんまだなの? じゃあねえ… うん、仕入れは下宿の子に頼んだんだー」

ジャガーさんは楽しそうにコンロに火を入れ、鉄鍋をいい音でかき鳴らす。

「としって、コツメに会ったことあったっけ? カワウソの子。あの子がね…」

「お年寄りに知り合い多いから、そっち系の産直でいろいろ仕入れてきてくれたんだ」

楽しそうに話す、ジャガーさん…





再1 2

「ごはんは、焼飯でいい? あ、先におつまみだすね」

 手際よく動くジャガーさん。その瞳の中のヒスイに、裸電球の灯りが遠い花火の

ような…二度と同じ色、二度と同じ形のないきらめきを踊らせていた。

…やっぱり、めっちゃ美人だ…

性懲りもなく何度目かの恋に落ちた俺の前に、揚げ物の皿が出る。

「んふー。今日はねえ… としに、めっちゃ野菜食べさせる日だから」

ねこっぽく笑った彼女が出してくれたのは…何かの長細い揚げ物の、山。

食べててみて、わかった。さやいんげんにたっぷりの衣をつけて揚げたやつだ。

カレー風味の衣がパリパリで…それを生姜の千切りが入った出汁で、食べる。

…うまい。油の味から、みずみずしい野菜の甘さが現れたと思うと、もう胃へ落ちる。

揚げ物が消えると、今度はピーマンの中にモヤシとひき肉、コリアンダーを詰めて

煮浸しにしたのが出て…気づくと二本目のビール瓶が死んでいた。

「焼飯は辛くないほうがいい? うん、ビールね。 …え、私も? …ありがと」

俺は、三本目のビールをジャガーさんにご相伴してもらい、ゆっくり夜を過ごす。

…焼けた鉄鍋の中、イカの身と鶏肉、青唐が破裂しながら香った……





再2 1

誰かが言った「俺の人生みたいな雨だ」そんな雨の夜。だが駅裏には ごはん 提灯。

薄暗い駅の改札から出たころには、雨は止んでいたが…蒸し暑さがぶり返す。

俺が急ぎ足でジャガーさんの屋台に向かうと、提灯の明かりから先客の三人組が出ていく

ところだった。

「いらっしゃい、とし。ちょうどよかった、さっきまで少しいそがしくって」

つけ台とコンロの向こうから、ジャガーさんのヒマワリみたいな色の紙と、そして先が

黒くてかわいい耳がひょこひょこ動いてから。彼女の顔が現れ、笑ってくれる。

「けっこう食べるお客さんだったから、お皿がたまっちゃって」

ジャガーさんは屋台の奥で、下げた皿を新聞紙で拭ってからそれを水バケツに沈める、

そんないつもの水音が…今日は少し寂しげに聞こえていた。

「ごめんね、とし。じゃあ… 今日はなんの気分? お肉? お野菜、どっちもあるよ」

じゃあ、ジャガーさんがいいな。

…妄想は一瞬で来るが、それを口に出せるわけもなく…親の顔より見た気がする瓶ビール

とグラスを前においてもらいながら、俺は食べたいものも決めかねるクソザコナメクジ…

ジャガーさんはいつもどおり、鉄鍋を火にかけ…





再2 2

コンロの火が鉄鍋を焼くあいだに、ジャガーさんは屋台においてあった古いCDラジカセの

スイッチを入れ、眠っていたCDが回り出す。

…このラジカセは、俺がプレゼントしたやつ。そしてCDは、俺が死ぬ気でジャガーさんを

夜デートに誘ったらあっさりOKで…ふたりで、雑貨屋100円コーナーのCDを見ながら

買った、そのときのやつ…

…夢じゃないよな…俺、たしかにジャガーさん誘って、彼女も来てくれて楽しくて…

…想い出はいつも甘い逃げ場所。まさにそんな俺の前で、いつの間にか鉄鍋が景気のいい

音をたてていた。油でうま味が焼ける音と香味が飛んでくる。

「疲れてるみたいね。そういうときは… 肉と野菜、どっちも食べないとね」

うっすらと汗で化粧したジャガーさんの笑顔が出してくれたのは…

平たいどんぶり、そこに赤いスープとたっぷりの具、そしてスープの熱さに負けていない

新鮮なネギの千切りとコリアンダー。漂ってくる酸味の香りで、胃袋がハッとする。

「とし、酸辣湯、平気だったよね? 麺はどうする? 揚げようか、そのままがいい?」

…ジャガーさん、俺の好みとか覚えていてくれる…

…やっぱり、あの夜は夢じゃない……





再3 1

一日中、冷たい小雨が街を濡らした夏の、夜。それでも駅裏には ごはん の提灯。

…最近は例の青いやつ、少し前まで「未確認物体・青」と呼ばれていたセルリアン対策の

ため、どこも節電で、電車の本数も朝夕以外は一時の半分ほどに減っていた。

…会社も節約モードで、サービス残業の無言の圧力でぺしゃんこになった俺。

それでも。

この街の戻ってきてジャガーさんの屋台で一杯やって、美味いごはんを食べて、そして…

ジャガーさんの笑顔ひとつで十分ですよ、と、どこかの企業戦士も言っていた気がする。

そんな俺が屋台のある路地裏に入ると、提灯の ごはん の時が見えると同時に、屋台

から漂うマサラと焼き物をしたオガ炭の匂いがここまで漂い、残っていた。

…ジャガーさんの屋台、忙しかったかな…?

「ああ、とし。おつかれさま、いらっしゃい! ふう、ちょうど今、お客がはけたとこ」

屋台の裏手から、ジャガーさんの笑顔。そこだけ、花が咲いたみたいで…

「ごめんね、今日… ごはんが終わっちゃった」

「もう少したくさん炊いてこないとだめかな… あ、でも焼麺ならできるから」

ジャガーさんは俺に瓶ビールを出してくれながら、食材を見…





再3 2

ジャガーさんは焼台にオガ炭を足すと、串を打った鶏肉とナスを火にかける。

「最近、雨ばっかりだね。こういう冷たい雨のときは夏風邪に気をつけてないと」

少し心配顔で、手際よく焼き物を続けるジャガーさん。…この顔もかわいい…

…などと思っていた俺は、今ごろ。気づく。

…?? …なんだ? つけ台の角に、花束が…オサレなバラの花束カード付きが?

セルリアンを直で見たときだって、ここまで俺はキョドらなかった。その俺に、

「ああ、それ? …うん、さっき来たお客さんがねー」

「ほら、前にフレンズ写真集で人気だった、ジャガーのやつがあったでしょ?」

「私、その子とはフレンズ違いだって言ったんだけどねー。それ置いてっちゃった」

…憎しみで他人が殺せたら。

…俺以外の男がジャガーさんに!んんん許るさん! …とは思っても、別に彼女は

俺の恋人でも何でもなく…お情けでデート1回してもらっただけで。…鬱だ氏のう…

すっかり萎んだ俺に、だがジャガーさんは少し恥ずかしげな笑みで、

「…でもね。私に…好きって言ってくれたのは、としだけだよ」

身を乗り出し、言ってくれた。…あ、胸が両腕の間で…ギュって …生きよう……





再4 1

今年は冷夏と誰かが言っていた。曇り空の日々。駅裏には ごはん 提灯。

…最近はジャガーさんの屋台に客が増えた。ネットの味ログにでものったか…?

できれば彼女とサシで飲み食いしたいお話したい俺は、なるべく遅い時間を

狙うようになっていた。残業ザビ残どんと来いで、いつも帰りは終電間際…

その日も、セルリアン警報で遅れた電車にギリ間に合って、戻ってこれたのは

日付の変わるころ、深夜。…それでも、路地裏には… …あった。赤い提灯。

「いらっしゃい、とし。いつも遅い時間までおつかれさま!」

…ねこ目で笑ってくれるジャガーさん、唇からチカっと見える長くて白い犬歯も

まぶしい笑顔。…彼女に半分、ウソをついている俺はクソザコナメクジ気分…

そんな俺の前にも、水で冷やされ汗をかいた瓶ビールとキリンのグラスが並び、

ジャガーさんはコンロに火を入れてくれる。

「今日ね、ごはん多めに炊いてきたら…おつまみの注文ばっかりでさあ」

「ごはん、いっぱいあまっちゃった。あはは、むずかしいよねえ」

きれいな眉毛だけで困って、にっこり笑うジャガーさん。

釣られて笑った俺も、シメごはんを予約して…おつまみは、おまかせで。





再4 2

俺が一杯目のビールを干すころ。揚げ物の鍋で煮えていた油が、衣で隠されて

謎めいた具をたくさん入れられてプチプチ音を鳴らす。

「はい。衣に味ついてるから、塩でもいいよ。出汁はちょっとまってね…」

…出てきたのは。開いた小ぶりな魚の揚げ物と、何かの野菜天ぷら。

魚は…これ、ハゼかな。カレー風味の衣がたっぷりの野菜は、サヤインゲンと

輪切りの玉ねぎだ。…塩でも美味いし、大根おろしたっぷりの出汁でも、うまい。

「このハゼ、コツメにもらったんだ。あの子、ホームで介護のお仕事していてさ」

「そこで知り合ったおじいさんに、車で隅田川まで乗せてってもらうんだって」

二本目の瓶ビールを出してくれながら、ジャガーさんが首のタオルで汗をぬぐう。

「私はよくわかんないけど…あの子、釣りとか得意でさ。ルアー?で釣るんだって」

…なるほど。夏なのに、いいサイズのハゼなわけだ。

虚子も、まさかフレンズの女の子がルアータックルで今年鯊をひらひら釣って、

たーのしー!しているとは思うまい。

ジャガーさんはハゼの日干しも作っているそうで、それも楽しみだ。

…やばい、もう腹がふくれてきた。…焼飯はお持ち帰りにしようか……





再5 1

最近、真夏の灼熱を見ていない。そんな夏の日。駅裏には ごはん 提灯。

今日は少し少し早めに仕事が上がって、どこかで買い物でもしてからジャガーさんの

屋台に行こう…と思っていたら。品川のあたりでセルリアン出現があったらしく、

電車の本数が減っていて。…いつもの街に戻ったのは、10時前だった。

…それでも一時期よりはマシだ。セルリアンが出た最初の頃は、首都圏の交通が1日

マヒして戒厳令直前だったりした、が…最近は、化け物じみた大型セルリアンが出ない

限りは機動隊と警察の特殊部隊で鎮圧できているらしく、犠牲者の数も減っている、

という話だった。

…だが、景気は落ち込んでいる…節電もあって、街の雰囲気も暗い。戦時中ってやつ?

…それでも。

「あ、とし…! よかった。…今日電車、遅れてたみたいだから心配しちゃった…」

提灯の明かり、屋台の前に立った俺にジャガーさんの笑顔。

その顔と瞳に、ホッとした切なげな色が残っている…これは俺の幻想かな…

…それでも、いつもと同じように丸椅子に座った俺の前に瓶ビールとグラス、そして。

「いらっしゃい。今日はねえ…お肉のいいのがあるよ」 俺の大好きな、笑顔…





再5 2

グラスのビールを飲み干すと、今まで忘れていた汗が吹き出してきた。

焼き台にオガ炭を足したジャガーさんは、串を打ったステーキ肉を火にかけた。

炭火の上で、塩コショウだけされた肉が煙をあげ…

…えっもういいの? というくらいの焙りで、火から降ろされた肉に包丁が入る。

「野菜は今から焼くからね。んふ、今日のごはん…お茶漬けで、いい?」

…俺はジャガーさんに生返事で…久しぶりの、肉!という感じの肉に歯を立てた。

カットされたステーキ肉、その上にはきざんだ青唐辛子の醤油漬けが散りばめられて

いて…肉の食いごたえ、その合間にプチっと弾ける青唐の辛みが口の中に広がって。

気づくと、肉は胃袋に。ハシが次の肉をもどかしくつまむ。

俺ががっつくのを満足気に見ていたジャガーさんが、焼いて生姜醤油をかけただけの

ナスとオクラを出してくれて… ビールも二本目。

その時。ジャガーさんがハッと何かを思い出し、ラジカセのスイッチを入れた。

「…きょう金曜日じゃない、忘れてた。カコさんのラジオ、始まっちゃう」

「とし、携帯でツイッターの方も見られる?」

そうだった。週末はパークの、遥香博士の広報放送があるんだった……





再5 3

政府広報 遥香カコのWeeklyWorld!! TOKYO FM


――極論を言えば、セルリアンは人類の敵ではありません。

“彼ら”は、サンドスターが生んだ未知の存在。フレンズが人類の新しい友人とする

なら、セルリアンは台風や地震と同じ地球の新しい自然災害、そのひとつなのです。

セルリアンは大きなエネルギーに志向する天然の半導体、のようなもの。

そのため原発の停止による節電、流通の制限などでみなさんは苦しい生活を強いられて

いる…しかし皆さんの協力で、我々はセルリアン出現を抑えることに成功しています。

私たちは、長い歴史の中で様々な災害に苦しめられ、そして克服してきました。

現状に不安や不満がある人たちがいらっしゃるのは当然です。

ですが、今回もきっと人類はこの苦難を乗り越えられると、私は信じています…

――北海道生物科学研究所及びセルリアン対策室 所長の雷沼です。

遥香教授のご高説のあとでは耳が痛い話だろうが、現在のセルリアン対策と制限政策が

失敗、あるいは行われなかった場合のシミュレーション結果が出た。

…5年で、人類は人口の7割と文明を失うだろう。…? おい樹林くん、なにをすr





再6 1

雨上がり。道路のアスファルトで陽炎が揺れた夏日。駅裏には ごはん の提灯。

…今日は少し早いかな? と思いつつジャガーさんの屋台に向かった俺は…

…そうだよ今日は土曜日だったよクソァ。

ジャガーさんの屋台は、遠目から見ても満員で…座りきれなかった男たちが皿を手に

焼麺や串焼きを食っていた。カメラのフラッシュらしき瞬きまで見える。

…一瞬、そこに常連ヅラして割って入って「よ!邪魔するぜ、ジャガー」などとやって

みようかと思ったが。…クソザコナメクジの俺にはオーダーきっつい。

…結局、終電間際の頃合いに路地裏に戻ると。

屋台の提灯は、中の灯りを消されていて。客は誰もいない。…やっべ、終わってる…

だが。未練たらしく屋台をのぞいた俺に、

「あ…いらっしゃい、とし。ごめんね、さっき来てくれたのに。今日忙しくて…」

洗い物を片付けていたジャガーさんが顔を上げ、にっこり笑ってくれる。

…あんな遠くからでも俺に気づいてくれた…よし、俺もう今日は帰って寝られる気分。

「なんだっけ、オフ会?の団体さんが来ちゃって。…もうぬか漬けしか残ってないよ」

すまなさそうに言ったジャガーさんに、それなら、と俺は…





再6 2

「…えっ、外でごはん? …うん、わかった。少し待ってて……」

明日は日曜、ジャガーさんの屋台はお休み。ならば、と突発の深夜デートを持ちかけた

俺に、彼女は少しだけ迷ってから。恥ずかしげにうなずき、言ってくれた。

…っしゃあ! 俺は後片付けを手伝いながら脳内シミュレート実行。

そして。屋台に戸板を立てて鍵をした、お金の入った巾着を持ったジャガーさんが。

「おまたせ、とし。…ねえ、今日はお酒…飲みたい」

…いつもとは違う、可愛いコサージュみたいな笑顔で言ってくれたジャガーさん。

…よし!(チャキ) 俺は、この日のために吟味しまくったバーやらパブを頭の中で…だが。

「行こう! とし」

そう言って、ジャガーさんは俺の手を取って…手つなぎで歩き出す。

…ふぁあああ。女の子の手、やーらけー。…いや違う、待て俺。こういう時は男が…

…だがしかし。俺がその手指に抵抗出来ないまま、連行されたのは。

繁華街の裏手にある、暗い通り。歩道にテーブルと椅子を並べているアジア風飲み屋。

「とし、ここでいい? ここなら遅くまでやってるし…」

…ここは、フレンズのバクさんがいる「白黒鶏飯」。…ええ、いいですとも……





再7 1

久しぶりに日中の酷暑が残った、熱帯夜。駅裏の ごはん 提灯は本日、営業終了。

…大繁盛だったジャガーさんの屋台を早仕舞いして。

俺は彼女を夜のデートに誘い、あっさり了承してくれたジャガーさんは、やはり女神…

「今日はお酒…飲みたい」 好きな子にこれを言われて舞い上がらない男は、いない。

…だが。オサレなバーやパブを俺が選ぶより早く、ジャガーさんは俺の手を引いて

繁華街裏のアジア料理店、フレンズのバクさんがいる「白黒飯店」へ直行…した。

「ここ、いつも混んでるねえ。…あ。…ごめん、ここでよかった…?」

空いていたテーブルに二人で座ってから、ジャガーさんがハッとして俺を見る。

…ここの鶏飯美味しいよね、と答えた俺に、彼女の顔に…もう何度も見た、そして

見るたび馬鹿な俺が恋に落ちる、あの南洋の花みたいな笑顔。

「うん、ありがと。とし。…ごめんね、あんまりおしゃれな店だと私、その…」

笑顔のあとに、子供っぽい困り顔。…女神かと思ったら悪魔かもしれん、このひと…

そこに。いつも眠そうな顔のバクさんがメコンウィスキーのボトルと氷、ソーダを

持ってきてくれる。

「誰かと思ったら。なあに、デート?」





再7 2

「そうよー。いいでしょ。…って、忙しいときにごめんね」

「今日はまだましなほうさね。料理はどうする? おまかせでいいなら早いよ」

バクさんが奥に戻ると。ジャガーさんは俺を見て…目を細める。

「ごめんね、とし。今日はごはん作ってあげられなかったから…」

俺は答えの代わりに、2つのグラスにウイスキーソーダを作って。乾杯。

「……。…おいし。とし、その…今日はありがと」

少しだけとろけた、ジャガーさんの笑顔。

甘くていがらっぽい酒を舐めながら他愛ない話をしているうちに、料理の皿が来る。

おなじみ、牛串に胡椒とマサラをまぶしたサテー。カレイの丸揚げ。あんかけレタス。

俺たちがハシをとったとき、席の横に人影が…立った。

「デートの最中、ごめんなさい。相席、いいかしら?」 …黒と、赤の曲線。

このセクシーは完全に合法です、と金木委員もニッコリなフレンズ、カバさんだった。

「あっカバ。もちろん、そっち座って」 …俺は大人しく酒を三つ作る。

「ありがと。…いいわねえ、男がいる子は。一晩くらい、私に貸してくれないかしら」

「ダメよ。としはもう私のなんだから」 …メッチャ、うれしいですジャガーさん……





再8 1

暑い。帰りの電車の弱冷房が効いていなかった夜。駅裏には ごはん 提灯。

…昨日、というか土曜の夜。ジャガーさんの屋台がひけるの待って、彼女をデートに

誘った夜。二人きりで、今日こそはキスを、あわよくばタクシーに乗せてお持ち帰り…

とか舞い上がってた俺の野望は、二日酔いだけを残して砕けて散っていた。

…そして月曜。会社帰り、習い性で駅裏へ。ジャガーさんの屋台に向かった俺。

「いらっしゃい、とし! …昨日、ごめんね遅くまで。あのあと大丈夫だった?」

…客は俺一人。ジャガーさんの、少し心配そうな顔。頭痛が残る俺の、やせ我慢。

「カバ、途中で帰ると思ったんだけど…結局、ずっと飲んじゃったね」

…はい。日曜日、起きたらもう夕方でした…

そんな俺の前に、ホッとする瓶ビール、グラスが並ぶ。

「…ごめんね、とし。今度は…としのいくお店、連れてってね」

…二人きりなのに、ジャガーさんの、そうっと隠すような声と笑み。

3秒ほどしてその意味に気づいて。俺は、二日酔いの頭痛が一瞬で飛んでいた。

「味の濃いもの、食べられそう? うん、じゃあねえ」

きょうの料理、おつまみは包丁の音がサッと通り過ぎて、すぐに出た。





再8 2

…その皿は。蒸した鶏肉をスライスしたやつに濃い色のタレがかかった、よだれ鶏。

口に運んでみると…花椒の風味が鼻をくすぐって、黒酢とラー油、生姜に醤油、

そして鶏のうま味がふんわり口に広がる。そりゃよだれも湧くさ。

「ごめん、お肉それで最後なんだよね」

冷やした料理なのに、食べていると汗が吹き出してくる。俺が二本目のビールと、

エビ焼きを頼んだとき、だった。

つけっぱなしになっていたラジカセの歌番組が、CMに代わったあと。

『…警視庁からのお知らせです。在留フレンズの皆さんにお届けしている広報はがきを

 ご覧ください。私たちに、あなた方の勇気と力を貸してください…』

…ん? なんだ今の? ??な顔をしている俺に、ジャガーさんが肩をすくめる。

「ああ、大したことないの。なんだかね…例の化物、セルリアン対策っていう…」

彼女の唇から、不穏、そして不吉な言葉がそっけなく流れた。

「なんでも、フレンズの中にはあの化物を倒せる力がある子がいるんだって。でも…

 私は、無理。野生開放の仕方だって知らないしね」 …開放? なに?

ジャガーさんは、この話は終わり、と笑って。俺にビールを出してくれた……





再9 1

夏が帰ってきた。酷暑、そしてゲリラ豪雨のあとの街。駅裏には ごはん 提灯。

終電間際。俺は、いつもの駅を出てジャガーさんの屋台がある路地のほうへ向かう。

…提灯のほの明かり。客は俺一人だけの予感。

「いらっしゃい、とし。雨、大丈夫だった? こっち、滅茶苦茶降ったよー」

…こういう雨上がりの日はジャガーさん、なんか機嫌がいい気がする。

いつもの瓶ビールとグラス、そしてスライスしたソーセージ?の皿が出た。

ニコニコして無言のジャガーさん。ということは、なんかめずらしいやつだコレ。

白っぽい薄切りを、付け合せの香菜をつけて食べてみると…もちっとした意外な食感。

五香粉の風味をまとったそれは…お餅? 肉の旨みたっぷりのちまき?

「糯米腸っていう向こうのソーセージだって。今日、知り合いからもらってさ」

ジャガーさんは焼麺の鉄鍋を温めながら、ニコッと、そしてどこか遠くを見ている

ような寂しげな色をその目に浮かべて…いた。…ドキッとした。

「フレンズのね、キンシコウっていうめっちゃ美人の子。こっちで、セルリアン退治を

 やってたみたいなんだけど…今度、中国に戻ることになったって挨拶にきたんだ」






再9 2

…キンシコウ。…ああ、美人でセクシー…

「あっちもセルリアンで大変みたいでね…日本の警察の、なんだっけ。そこの部隊で

 エースのキンシコウがさ、中国のお偉いさんから戻るよう頼まれちゃったみたい」

…なるほど。日本にいるフレンズは、あくまで異邦人…出国は止められまい。

…部隊のエース。聞きなれないフレーズ。…ああ。

…昨日、ラジオで言ってた警視庁の対セルリアン部隊、ってやつか…

しんみりしていた俺に、景気のいい音で鉄鍋を使うジャガーさんの目が、キラリ。

「でね、でね。セルリアン退治は、フレンズに人間の男のヒトがパートナーについて

 やるんだって。…キンシコウ、そのヒトと…決めちゃったんだって!」

どボンクラの俺の「え、何を?」という顔に。ジャガーさんの、テレ顔。ねこ笑い。

「ケッコン。…男のヒトの方もいっしょに中国、向こうへ行ってくれるんだって!

 私たち、ヒトとは籍入れられないけど、でも…なんか、素敵じゃない!ね?」

少女のように笑顔を輝かせるジャガーさん。…俺はといえば。

 ジャガーさん。俺たちも結婚――

…まだキスもしていないクソザコナメクジ童貞の俺に言えるわけがなかったよ……





再10 1

街に染み込んでいた長雨の湿気が吹き飛んだ、猛暑日の夜。駅裏には ごはん 提灯。

…今夜はジャガーさんの屋台に客は俺だけ。…最近、混んでて二人きりは貴重…

「あ、いらっしゃい。とし。…ちょうどよかった、さっきまで混んでたんだー」

…やはりジャガーさんは女神。俺と二人きりになっても、ニッコリ笑ってくれるし…

たわいない話をするあいだに、俺の前には瓶ビールとグラス。そして、

「前にカワウソが持ってきてくれたハゼ。今日の陽気でやっと仕上がったよ」

ハゼの日干しをサッとあぶったのが、ナスのぬか漬けといっしょに出る。

パリパリほくほくの身を噛みしめると、やさしい油がのったうまさがじんわり、来る。

…なんだろう。これを食べてると、田舎でも思い出すのか…ジワッと涙がにじむ。

「おいしい? よかった。漬け物、まだあるよ。ミョウガと、オクラとぉ…」

上機嫌のジャガーさんがコンロに火を入れたとき、だった。

「こんばんはー。お疲れ様ですー。遅い時間にすみません」

…こんな時間に、客が来た。スーツ姿のおっさん、かと思ったらその男は。

首から区役所職員のIDカードを下げた、人畜無害そうな眼鏡のおっさんだった。






再10 2

ジャガーさんは馴染みらしいその男に、ども、と挨拶。

「フレンズさんのお店を回ってまして。すみません、これ来月分のシールです」

おっさんは、屋台に貼ってある営業許可のシールをジャガーさんに手渡す。

「いやあ。最近、外国の観光客からも、フレンズのお店どこ?って問い合わせが…」

「いつもありがと。へえ、外国のお客さんかー」

「僕らの間じゃ、第二次フレンズブーム来るんじゃないか?って。…ああ、そうだ」

おっさんは頭を下げながら…何かの電子機器を取り出した。

「すみませんねえ。いちおう、種族ご本人確認を…目のお写真、よろしいですか?」

「ああ、いつものね。おねがい… って、ごめんね、とし。騒がしくて」

…俺がわけも分からず、うnと答えると。

そのおっさんは、手にした機械でジャガーさんの右目をカチ、と接写した。

「えー…。個体、確認です。ありがとうございます。…すみません、お邪魔を~」

職員のおっさんはニコニコお辞儀をして…行ってしまった。

「ごめんね。…ほら、ジャガーって、私以外にも写真集出した子、いるじゃない」

…その写真集持ってます…でも… あの子より、目の前のジャガーさんが好きです……





再10 3

――その男は、深夜の公園へと進み、常夜灯がほの暗く照らすベンチに腰を下ろす。

男は区役所職員のIDカードをしまうと、鞄から出したタブレットに網膜認証カメラの

データを移し、光る画面を手早く操作する。

「……。ほう、あの猫。まだ野性解放も知らない“おぼこ”ちゃんか。まあいい」

その男は薄笑いを浮かべた口で独りごちると。画面に写った何人ものフレンズのデータ、

そして画像をまとめて、公安部のツールで圧縮、鍵をかける。

「…遥香教授の仰るとおり。地にある病には必ず薬が、業魔をうつ剣がある、か…」

男はネットにアクセスし、何重ものパスを入力したあと…防衛庁、市ヶ谷駐屯地の

情報保全隊クラウドに圧縮したデータを投げ込み…タブレットの電源を落とした。

「…さて。どこが薬に一番、高値をつけるかな」

その男はベンチから立ち上がると。背広の隠しからコンドームに密封されていた小型の

携帯を取り出してゴムの皮膜を破り、メモリを使わず、記憶している番号を押した。

「…。 …瀋陽朋友幇、金蝉大人弁公室…? 我是、東京火伴……」

…暗闇の中、聞きなれない言語に… 闇に潜む小さな猫たちの瞳が、動いていた。






再11 1

先週の長雨が懐かしく感じるほどの、猛暑。そして熱帯夜。駅裏には ごはん 提灯。

…こんな暑い日は。コンビニで氷しこたまとフルーツサワーを買い込んで。

俺は色男気分で…遅い時間の、屋台の一人客になる。

「……。あ、とし。いらっしゃい。…その、ごめんね。ぼーっとしてた」

一瞬、ジャガーさんの目が泳いで、そして…いつものようにニッコリ笑ってくれる。

…何、今の間。…今日、疲れてるのかな…?

「ああ、ごめんね、氷とお酒… ありがと。 …うん、じゃあいつもの。ね」

ジャガーさんは、ジョッキ2コに氷を詰め、俺用の発泡酒を注ぐ。

数秒の、間。彼女はハッとして。自分のジョッキにサワーを…注いだ。

…あれ? なんか様子が変… なんか、ジャガーさん考え事してる…?

「じゃあ、いただくね。…あ、先に飲んでて。おつまみ、出すから…」

…あれ。…前は、二人で汗かきながらジョッキで乾杯して、ふたりでプハー、したのに。

一人でジョッキを傾ける、というか舐める俺の前に…

あ、俺の好物。ジャガーさん風の鳥わさ、サッと茹でた鶏もも肉の切り身とネギに、

スダチと醤油、コリアンダーの花… …おいしい、けど。 …なんだろう…





再11 2

…ジャガーさん、悩み事? …こういう時こそ、男を上げて距離を縮めるッ…!

だが。俺が動く前に、

「…とし、お腹すいてる? …うん、あとですぐ焼飯、だすね。……。その…」

…不意に。屋台から出たジャガーさんが、俺の隣にストっとジンーズのお尻を降ろした。

ジャガーさんのぶっとくて長い、可愛いしっぽ。…それも、心なしか元気がない。

…しばらく無言の、彼女。…冷たい、おいしい水っぽいジャガーさんの体臭が…する。

「…ごめん、ね。その… としって、やっぱり…結婚して、子供もほしい…よね…」

……。えEE!? あ、あの、いきなり童貞にそういう質問はッ…

「としが私に好きって言ってくれたとき…すごく、うれしかった…」

「…私も、ね。…その、としのこと… すき……」 ……!!!?

その言葉に。俺はハラの中でカレーメシのように宇宙まで飛ぶ、が。

「でも…ごめんね、私… わからなくなっちゃったの… 私、畜生だから…」

…ジャガーさんが、ひどい言葉で自嘲し、働き者の両の手できれいな顔を隠した。

「…ごめんね…もう、今日は帰って… とし、ごめんね…」

…結局、その夜…俺は彼女に何も言ってあげられなかった……





再12 1

朝の通勤だけで汗まみれになる、夏日。…ああ ごはん 提灯が目の裏にチラつく。

…昨夜、ジャガーさんの屋台でケンカ別れ、というか。泣き出す彼女に何も出来ない

ままだったクソザコナメクジの俺は、前日の鬱を引きずったまま仕事場へ。

「…双葉、くん。キミにお客さん、なんだが…」

…? ハゲ課長が俺にゴニョゴニョ言う。…俺に来客?

なぜか、お偉いさんの使う商談室に通された俺を待っていたのは。

「初めまして。双葉君、だね。お仕事中に申し訳ない、自分は…」

俺を待っていたのは、いい仕立てのスーツを着たガッシリ体格の壮年。

神社にある大木のような凛々しい男が、俺に名刺を差し出す。

…若屋、利明? 俺と同じ名前か。…? 自衛官?三佐? 情報保全隊…?

なんで、自衛官の少佐が俺に? キョドる俺に、モシヤというその男は。

「…いま、日本が。いや人類が直面している危機は、説明するまでもない」

「セルリアン対策は、もはや人類生存を賭けた戦いだと…君も理解していると思う」

…セルリアン? それが俺に、何の… ふと、猛烈に嫌な予感。

「単刀直入に言おう。双葉君、俺たちと一緒に戦ってくれないか」 …なにそのラノベ…





再12 2

若屋三佐は、熱い志を語ったあと。…ネクタイに触れ、悩んでから。

「…腹を割って話そう。…我々人類だけでは、セルリアンには無力…だ」

「セルリアンは近代兵器で攻撃しても効果が薄いどころか学習し、反撃してくる…」

「その怪物と戦える、唯一の利剣…それがフレンズだ。…もう説明は要るまい」

…俺の嫌な予感は、目の前で現実に、言葉になっていた。

「政府は、セルリアン撃滅のためのチームを警視庁に編成した。君と、君の恋人…

 ジャガーのフレンズ、二人でそこに来てほしい。一緒に、戦ってほしいんだ」

…なんで、俺だ? …なんでジャガーさんなんだ…

「警視庁警備二課、警察犬を運用している部署だ。…政府にとっては、フレンズはまだ

 そういう扱いで…すまない。だが君たちの待遇は公務員二種を保証する」

「これまでの観測で、セルリアンと戦える力を発揮できるのは…その…。

 ヒトの男と、絆…を結んだフレンズほど、強い力を出すというデータがある」

「だから、あのジャガーの彼女。そして君。二人の力が、我々には必要だ」

熱く語り、俺を勧誘する若屋三佐。…だが、俺は。

…昨日のジャガーさんを思い出し、吐き気じみた予感…





再12 3

「フレンズは基本、ヒトに好意的だ。だが…恋までゆくケースは…ごく一部」

「仮にあのジャガーだけを採用しても、彼女が全力を出すのは難しい。…だから、君だ」

「命がけの任務になるが…双葉君、考えてほしい」

…たぶん、若屋さんは人類の未来を真に憂う者であろう。

…だが俺は。俺にこう来た勧誘、というか強制が、フレンズのジャガーさんにどんな

形で行われたか、薄々気づいて…いた。

「まだ、発表はされていないが…政府は在留フレンズ特措法を改正する。いままで、

 フレンズはパーク在住扱いで国籍が無かったが…改正法では、日本国籍が与えられる」

「その条件は、日本国籍を持つ男子と入籍すること。…正直に、言おう」

「日本は、いや世界中の国がフレンズを武器として欲しがっている。今、彼女たちを

 外国に持ち出…すまない、連れて行かれるのは不味い。だから、君には彼女と是非…」

…わかった。…ジャガーさんが、何に悩んでいたのか…在留と国籍をエサにされて…

その日。若屋三佐は話だけで、帰ってくれた。…俺は、早退して家に、駅裏に急ぐ。


――宵の口の駅裏。ジャガーさんの屋台は暗く。「本日休業」の札が風に揺れていた……





再13 1

他人が吐いた口臭じみた、真夏の夜、都会の風。駅裏には… ごはん 提灯が…ない。

ジャガーさんの屋台は戸板が立てられ、真っ暗で。「本日休業」の札だけが風に揺れる。

…その墓石じみた暗い屋台の前で、俺はガックリ、潰れた。

…週末に、ジャガーさんが屋台を閉めるなんて。…否、違う。

…ジャガーさんに、嫌われた…俺と会いたくないから屋台を…

俺が。彼女の弱みに付け込む、と思われてしまったか。

国籍とか、在留許可とか。フレンズの弱みに、俺がつけ込むと思われた?

政府と、俺の言うことを聞かないとどうなる?と。 …俺は、昼間の勧誘を思い出す。

…そりゃ嫌われるよな。…そっか、俺。ジャガーさんの連絡先も知らないや。

今の俺は。もうここには二度と来ません、と彼女に伝えることも。

好きなのは本気です下心なんて…! と言い訳することも、もう出来ない。

…気づくと、俺は。埃ゴミのように夜をさまよって…いた。

ジャガーさんを探そうにも…俺は彼女の連絡先も、下宿も知らない。居場所を知らない。

…あんなに毎日会っていたのに、暗闇の中ではもう違う他人。

…こんなことなら告白らなければよかった。逢わないほうがよかった…




再13 2

…そんな俺が、繁華街の外れにあるコンビニの灯りのほうへトボトボ進んだ、とき。

「おい。そのこのおまえ。モテなさそうな顔したおまえ、おまえでち」

知らない声が、おしゃまな女の子の声が俺を呼び止めた。

振り返った俺の目に…知らないフレンズの子だ。しかも二人、ちいさな…ねこ?

「あいかわらずシケたつらでちね。つか、スーツ似合わないでちねー笑えるでち」

「……。よう、元気…ねえな。しゃきっとしろ、とし!」

…え? 誰、この…俺、知らないぞ。こんな…チビねこと、モフモフねこ… 誰?

小さなその二人相手にうろたえている俺の背後、いや上空で。風がふわり舞う。

「…としあき、さん。…ああ、やっぱり! …その、おひさし…いえ、ごめんなさい」

…また、誰?? いきなり上空から現れたのは、野鳥の眼光。灰色の…鳥のフレンズ?

…あの。どなたですか?

やっと言った俺に。鳥とモフねこたちが、ほほ笑み。そして悲しげな目で…

「気にすんな、でち。…こっちの都合、あっちのハナシでち。…元気してたでちか?」

「…としの馬鹿野郎。やっとこっちで見つけた。まだ私たちは借りを返してねえんだぞ」

…え? 何言ってるのこの子…






再13 3

フレンズ三人に囲まれる…そんな有様の俺。

その俺に、鳥の子が可愛らしい声で。

「驚かせてしまって、ごめんなさい。ジョフ、マヌル、そして私は…あなたの味方…」

「としはこっちを知らなくて当然だ。だが、今からは…またよろしくな」

意味不明のことを言われる…

「色々あってな。私たちは、あっちのお前のことを知ったまま、こっちにいる」

「…図書館にあったのは、代替わりの記憶、それを繋ぐ式だけじゃなかったんです」

「あっちを知ってるのはこの三人だけでち。まあ…こっちには先客、いるっぽいでちが」

…わけわからん、が。俺は、あのコンビニのほうへ顔を。

「え? ファミチキ買ってくれるでちか。さっすが~、ゼブラ様は話がわかるッ!でち」

「…ははは、相変わらずフレンズには甘い野郎だな。…ジャガーが妬いて、叱られるぜ」

え!? 今、なんて? ギクッとした俺に、

「…行ってあげて、としあきさん。…あの子、不安で、おびえているんです。きっと」

「いいこと教えてやるでち。ジャガーは今日も働いてるでちよ。悲しいおんなのSagaなのでち」

そこまで聞いて、俺は夜の中を走り出していた。まさかあの店… ジャガーさん……!





再14 1

街の夜景、きらびやかな灯り。だがその真下は、ひどく暗い。市街の外れ、真っ暗な夜。

…墓石のようだったジャガーさんの屋台でボッキリ折れ、夜をさまよっていた俺は…

いきなり現れて、イミフなことを言うフレンズたちに会って。

…だが。そのおかげか。腹の中は熱い酒でも飲んだように…燃えていた。

…ジャガーさん…! 彼女が今いる場所に、俺はなぜ気づかなかったんだろう。

…それよりも。なぜ、彼女から目を背けようとしていたのだろう。

俺は自分の馬鹿さとクソザコナメクジさに激怒した。走った。

繁華街の向こうにある、あのお店を目指して。暗い道を…

真っ暗な公園、不良の溜まり場になっていて、ふだんの俺は間違っても近づかない。

その公園の中へ、暗闇の中を駆けた…ときだった。

…なぜか、見えなくてもそいつらが居るのが…わかっていた。

「わざわざ、ひと目のないところに来てくれるとはね。畜生オタク野郎」

…十人ほどか。ごつい体格の男たちの影。その真中にいた眼鏡の男が、俺にツバを

吐くようにして言った。…見覚えがあるな、コイツ。…ああ、屋台に来た役人。

「貴様はここで…オヤジ狩りにあって、打ち所が悪くて死ぬんだ」





再14 2

その眼鏡のおっさんが手で合図をすると、凶器を持ったヤクザだかゴロツキだかが

俺の方へ進んでくる。…いつもの俺なら、ビビってへたり込みそうな状況…

…だが。…ヒトの男、悪党ってのは。こんなにショボい、出来損ないのサルだったか?

…なんで、こんなものが怖い? あれ…? 俺ってこんなキャラだったか?

「ああ、安心しろ。あの猫にはな、買い手がついた。飼い主の男はこちらであてがう」

「だから、貴様はここで死ね。マヌケな畜生オタクが」

あの眼鏡が、せせら笑いながら犯行動機を自白する。…俺は。

――殺すな。あとが面倒くさい。

それだけ、闇の中に言った。その俺に、なっ?と眼鏡と、悪党たちが一瞬、揺れ。

…殺れ! 眼鏡が闇の中で叫んだ。それが、合図になって。

悪党たちが、凶器を振り上げ突進…できなかった。

先頭のデカブツが、蹴つまづくように倒れて…小さなねこに脚を極められ、大腿骨を

内側骨折する音と苦悶の絶叫が響く。他の男たちがギクッとしたときには。

「アホはよく飛ぶのでち」 「殺すほうがぜんぜん楽なのよね」 「…ごめんね…」

投げ落とされ、殴り倒され、頭蓋をひねられ。…数秒で、ほぼ終わっていた。





再14 3

逃げようとした男の顔面を俺はつかんで、地面に叩きつけて黙らせる。

「き、貴様!? あの猫のほかに畜生を手なづけ…!? ! ぎゃア!」

眼鏡の男が、拳銃を抜いていたが。その手は、背後に立っていた赤と黒のフレンズ。

オナ禁から地の利を奪うカバさんにつかまれ、拳銃は指ごともぎ取られていた。

「フレンズが集まっていると思って見に来たら。としだったの。意外と浮気者ね」

俺は手短に、カバさん、そしてあの三人に礼を言う。

「この眼鏡、前に中国語でフレンズを売る電話をしててな。マヌケめ」

…なるほど。若屋さんが焦るわけだ。 …ジャガーさんが…悩むわけだ。

「…こいつは裸にして、適当な鉄塔の上に捨ててくるね」

灰色の鳥、そうだハシビロコウだ。彼女が、眼鏡の男を夜空へと連れ去り消える。

「さ。お行きなさい。ほんと、ジャガーも貴方も不器用で面倒。お似合いかもね」

カバさんがニッコリ言って、そして俺はもう一度、礼を。

俺は公園を、真っ暗な街路を駆け抜けた。目の前には、この街の繁華街。

その向こうに…ジャガーさんが居る。…俺は、もう逃げない。

その俺の目に、道端にテーブルを出した白黒鶏飯の看板が見えてきた……





再15 1

夜の繁華街を抜けると、暗い街路。歩道に並ぶテーブルと椅子。「白黒鶏飯」の看板。

日本語通じ無さそうな客で埋まった席を抜け、俺は店のほうに進む。

そこに、白と黒の立ち姿。

「ああ、らっしゃい。…てか、やっぱり来たんだ。てか、来るよねえ、そりゃあ」

この店で働くフレンズのバクさんが、いつもの眠そうな目でヤレヤレと笑う。

「行くあてがないから。じっとしてられないから働かせてくれ、って言ってきてさあ」

白い前掛けをしたバクさんは俺の前で、もにょもにょ。

そのお尻を酔ったおっさんが触ってる、と思った次の1秒後には、バクさんの前掛けの

後ろに差してあった四角い大包丁が ドン! と音を立ててテーブルに突き立っていた。

「少来!忘八蛋。 ほら。この店、客層悪いからさあ。 …奥の、厨房のほうだよ」

バクさんが小首をかしげた先。そこには…

 「…………」 …! ジャガーさん!!

油で汚れたガラスの向こうで、ボウっと炎が立ち上り…大きな鉄鍋を軽々と回して

何かのスープを作っているのは…ジャガーさん! …目の輝きがない、沈んだ顔の…

…ジャガーさん! 思わず声が出て走った俺を…ギクッとした彼女の目が、見た。





再15 2

油で曇ったガラスの向こう、ジャガーさんは…こっちを、俺の方を見て。

その目、瞳に。曇りの向こうでもわかる、ヒスイの色をした涙を浮かべて…泣きそうに。

だが、あっぱれなことに作りかけのスープにぱぱっと香菜を入れ、それを器によそって

からジャガーさんは鉄鍋をおいて。その手で、瞳を…顔を隠してうつむく。

…バクさんがスープを運び、俺がジャガーさんの名を再び声にすると。

「…………」 ジャガーさんが顔を手指でこすりながら、店から出て来た。

…そして。俺の前で、ジャガーさんは立ち止まって。涙で、湿った声。

「とし…私… ごめん、なさい…」

少しして、ジャガーさんが顔を上げる。…子供みたいに泣いて、顔がぐずぐず、鼻水も

出ているジャガーさん…でも、めっちゃ可愛い、めっちゃきれい。

「…! あ…… とし…」

俺は店先で。他の客のど真ん中で。ジャガーさんの体を引き寄せ、抱きしめていた。

…ジャガーさん。本当に逃げるなら、もっと違う場所に居ただろうに。働いたりして…

…俺に見つけてもらいたかった? いや、もうそれはどうでもいい…

…もう俺は逃げないし、もうこのひとを逃がさない。 … おっぱい、大きい…





再15 3

「…私、怖かった… としに、変なふうに思われて嫌われたらどうしよう、って…」

「…国籍とか在留カード欲しさに擦り寄ってるって、思われたらどうしようって…」

俺とジャガーさんは、抱き合い…

…なんてこった。賢者の贈り物かよ。

お互い、あり得ない疑惑ってやつに不安になってすれ違って、いた。でも…

今なら、それを笑える。二人の思い出話にして、この先、何度も何度も話せる…

俺たちは、また抱き合って。ジャガーさんの熱い声が、俺のシャツを貫通して、しみる。

「…でも…私、フレンズだから…その、け…結婚しても、子供できな…い …あ…」

俺は返事の代わりに強く、彼女を抱いて。 …気づくと。

周囲から、日本語じゃない歓声や罵声、口笛、拍手が飛んで俺たちを包んでいた。

「もうその猫、連れてっちゃってよ。そしたら今日の給料、払わないですむからさぁ」

バクさんも笑ってくれる。ジャガーさんが泣きながら、お礼を言っていた。

そして俺は。店先を通りがかったタクシーを停め、え?なジャガーさんを押し込む。

――池袋北口まで。 俺が運ちゃんに行き先を告げると。

少ししてジャガーさんの顔が 船堀! みたいに赤くなった……





再16 1

真夏の深夜。街には嵐のような雨が降った。駅裏の ごはん 提灯。今日はお休み…

…その代わりに。

ジャガーさんをタクシーに押し込んで、ラブホに連れ込むという暴挙をおかした俺は。

…大雨の音がしっとり響く部屋の中、二人で童貞と処女をシーツの鮮血にして失い…

…一晩中、お互いの名前と、好き、くらいしか言わずに。若さにまかせた、セックス。

そして翌朝。二人して寝不足で、それでも俺とジャガーさんは目が痛いぐらいに青く

晴れ上がった夏空の下、池袋の街でデートをした。

露天で、玩具みたいな銀の指輪を二人で買って、それをお互いの指にはめて。

ビルの中にある水族館を二人で観て、暗がりで指をからめ、何度もこっそりキスをして。

そのあと食事をして、昼から少し飲んで。これからのことを二人で色々と話して。

休憩のつもりで別のラブホに入ったが、やっぱり当然、全然、休憩しなくて。

…その日は、二人でいつもの駅、俺の部屋に戻って。

俺とジャガーさんは薬指の指輪をからめあった指でカチカチと鳴らし、子供のように

それを続け、ほほ笑みあい、キスをして…眠気がくるまで抱き合って。

翌日、月曜日。俺たちは日常に…戻った。





再16 2

その日。俺は会社、そして若屋三佐に「セルリアン対策班」への志願を伝えた。

即日、若屋さんの部下が来て手続き。俺は会社を休職扱いで、警視庁警備二課へ出向と

いう形になった。

――セルリアン対策装備フレンズ係 通称SAFT(Special Assault Friends Team)。

俺はそこで、2ヶ月という超促成の訓練を受け…

本来は、ペアのフレンズ。ここではバディと呼ばれる彼女たちと訓練を共にするのだが

俺の場合は少々、特殊だった。

「…フレンズと絆を結んだヒトは、一対一の関係…そうしないと力が出ないというのは」

「それ、デマカセよ。私たちを国籍で縛りたい役人とお抱え学者のふいた、ガセね」

…俺の前で。困惑している若屋さんたちの前で。

「それはそれとして。どこかにいい男。落ちていないかしら」

童貞絶対殺す目セクシーエッチ科カバ属さんがけちょんと言ってのけ、そして渡されて

いた拳銃を彼女はあっさり握り潰して見せた。だが余裕なのはカバさんだけで…

その背後にいるねこ二人、ハシビロは少し不安そうに…俺の方を見る。

俺は「複数のフレンズをバディにする程度の能力」をもってSAFT隊員となった…





再16 3

都会の夜、宵の口。柔らかな風の中に、秋の気配が香る夜。駅裏には ごはん 提灯。

SAFTの訓練と配置を終えた俺は、久しぶりにいつもの街に戻り…そして。

「いらっしゃい、とし。…ごめんね、今日…忙しくなっちゃう、たぶん」

屋台の裏手で、俺とジャガーさんは短く見つめ合い、短くキスをして。

…ひさしぶりにジャガーさんの料理を食べてから、俺の部屋で…という野心は砕けて

散った。激しく儚いエッチの記憶…だが、俺は満足…

――俺は、ジャガーさんをセルリアン対策班には入れなかった。

彼女には変わってほしくなかった。戦ってほしくなかった。

ジャガーさんには、ここにいて欲しい…帰る場所であって欲しい、という俺のわがまま。

最初は彼女も反抗したが…だが性格的に、戦いよりもみんなのために働くことが好きな

ジャガーさんは、この屋台のお店を続けることにしてくれた。

…俺が危険な目にあったり、手に負えないセルリアンが出たら駆けつけることを条件に。

そうして俺は。少しでも時間が出来たら…ここに来る。帰って、来る…

「今日ね、昔の…パークのガイドさんたちが来るの! 久しぶり…」

ジャガーさんは眩しい笑顔で言った。





再16 4

そして夕方頃、予約の団体客。ジャガーさんの知り合い、若い女性客の群れが…来た。

「…いらっしゃい! ミライさん!みんな…! ひさしぶり! みんな、元気…?」

その団体客は、ジャガーさんがパークにいた頃のスタッフたち。

今はセルリアン禍でパークを放棄せざるを得なくなった、フレンズ振興会の女性職員。

「ひさしぶりね、ジャガー。元気そうね、よかったわ」

…彼女たちのボスは…やばかった。俺に眼鏡属性があったら即死だった。

…博士、ミライさんと呼ばれているその女性は、なんというか気持ちのいい美人。

…ほかの子も可愛いな…とか思っているうちに、宴会は始まる。

…俺は挨拶だけして、あとはジャガーさんの手伝いで大忙し。

…フィールドワークの職員だけあって、このひとたちめっちゃ食う、鬼のように飲む。

どうやら今日は、いちおうまだ同盟国のアメリカにフレンズ交流とセルリアン対策の

ノウハウを教授にゆくパーク職員、その壮行会だった。…ダム穴のように酒が消える。

「…あの、ミライさん。飲み過ぎでは…?」

「何言ってるのナナちゃん。ビールはお酒じゃないのよ」

…あの眼鏡の美人。ザルというか枠。…なるほど独身か…





再16 5

丸椅子全部に、椅子代わりの石油缶まで出した、ジャガーさん屋台過去最大の宴会。

俺はこっそり2回めの酒買い出しにコンビニへ向かう。

その俺の背後、賑やかで、まさにかしましい声が揺れた。

「…カコさんはまだお体がね…あの人はこの国を離れられないから、私たちが…」

「いーい、ナナちゃん。これ!って決めた相手がいたらねえ…ためらったら、負け!」

「こう!って決めたらすぐ告白しないと駄目よ。じゃないと…  …私のばか……」

…俺がこそこそと駅の高架をくぐろうとしたとき、だった。

…?? 誰か、いる? 俺とは別の場所、高架の陰の暗がりの中に…男の姿が、あった。

…その男は。遠目でもわかる、男の俺がハッとするほどの美形の、青年で。

…その男は。ジャガーさんの屋台を、かしましい宴会を優しい瞳でじっと見つめていた。

…その男は。ゆるく握った手の中で、輝くレンズのようなものを揺らめかせていた。

…誰だろう。俺が、その男に声をかけようとしたとき。

 ――千度繰り返して、否

その男の声だろうか。それが響いたとたん、男の姿はバチッと揺らめいて。消える。

…後には、ささやかな幸せを抱いた夜闇だけが残っていた……






                                 おしまい



















だそくてき

天気予報では、夜半から明け方から雪になると言うことだった。

都会の片隅、冬空の下。繁華街の外れにある、静かで古びた街区。

その地区を抜ける路地には、昔ながらの飲み屋や食堂が軒を並ぶ。

その路地を、革靴の音を響かせて進む一人の男…彼は、ふと足を止めた。

すりガラスの向こうのほの明かり。赤いのれんには めし 小料理 の字。

店先に出された置き看板のライトには ほだか の筆文字が浮かび上がっていた。

男は、自衛官のコートを着た凛々しい体つきの壮年は、店の引き戸を開け…客になる。

その男が居酒屋「ほだか」のカウンターに進むと、その奥で白い割烹着姿が、動く。

「ふわぁあ。いらっしゃい。…あれぇ、若屋さんじゃないの。おひさしぶりにぇ」

この店の女…フレンズ主人のアルパカが、愛嬌のある声で客を迎える。

ご無沙汰してます。笑って言ったその客はコートを脱ぎ…スーツ姿を椅子に沈めると

ひと心地ついたような息を吐く。その彼の前に、

「お仕事、大変でしょ。ニュースで見たよぅ」

女将のアルパカが、ぬるい燗をつけた地酒の二合半徳利とぐいのみを男の前に置いた。

…うまい。一杯めを飲んだ男の声に、女将がにっこり笑う。






ラジオから、昭和の歌謡曲が流れる中…静かな、やさしい空気。

客の自衛官が、酒で胃の腑の緩んだ息を吐くころあいで、

「何か食べたいものがあったら言ってねえ。火はまだ落としてないからにぇ」

そう言って女将が出したのは、ブリの煮こごり、そこに柚子の皮を散らした

可愛い生け花のような器。男はそれに箸をつけ、満足そうに口を緩める。

「女将さん、すまない。そういえば…最近、矢張くんはここに来ているかい?」

少し遠慮したような男の声に、アルパカは笑い、手をひらひらさせながら。

「最近も何も。トシなら、さっきまでそこに座ってクダまいてたよぅ」

彼女は、どうやら常連客の居場所になっているらしき隅の席を見、言った。

「今日はねぇ、私が泊めてやらないって言ったもんだから。酒のんでスネて帰ったよぅ」

「…そうだったか。入れ違いだったかな。少し話があったのだが…」

「ごめんねえ。あの甲斐性なしの宿六、まーた若屋さんにメイワクかけてんでショ」

「いや…彼と、彼のバディはセルリアン対策班のエースだよ。…ふふ、本当だよ」

「んもー。若屋さんはあの駄目男に甘すぎだよぅ」

女将は、旬のボラを刺し身に切り、包丁を動かす…






…クッソ寒い。半端な酒で胃袋がだるい。金もないヤニまで切れた。最低の夜だ…

俺はカラになったゴロワーズの箱を握りつぶし…薄暗い路地をトボトボ歩く。

…今日は、アルパカの店で飲んで、あいつと風呂でも入って温まってから久々にあの

ふかふかのフレンズボディをやりまくろうと思ってたのに…あの偶蹄目め。

クソ、思い出したらズボンの中がイライラしてきた。…帰って、シコって寝るか。

トボトボ、夜道を歩いていた俺…その前に、小柄な女の影が…立っていた。

「……。今日は非番じゃないですよ、トシ。どこ行ってたんですか」

その影が。少年のような凛とした体のラインに、丸くて大きな耳、ふたつ。

…くそ。セルリアン狩りの、俺のバディ。フレンズのリカオンが、冷たい目と声を向ける。

「…ちょっと飲んでただけだよ。宿舎に戻る途中で…なんだよ、うっせーなすみません」

「今朝、ボスから注意されたばかりですよね。…まったく。仕方のないヒトだなあ」

「はいはい。俺なんぞ、お前がいてくれないとあっちゅーまにクビですよー、だ」

「…スネてかまってもらえるのは若いうちだけですよ、トシ」

「…うっせえなあ。…なあリカオン、タバコ持ってねえか」

不釣り合いな二つの影は、小雪の舞いだした夜空の下を寄り添い、歩いていった……


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ジャガーさんの屋台とあいつ  再放送編 攻撃色@S二十三号 @yahagin

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