紡いで織って

@Pontakorin

藪からシャーペン

「ねえ、弘明」

3時間目、現代文。多くの生徒が目を閉じ、こくりこくりと不規則に頷いていた。素晴らしい理解力である。

となりに座る雪葉も、睡魔に冒されおかしくなったのだろうか、よく分からない提案をしてきた。


「あなた、この消しゴムを先生に投げてみてくれないかしら」


その意図を汲もうと、一瞬考えるがわからない。観念して答えを求める。


「いや、なんで…」


「分からない⁇ 例えばテスト中、自分が突然大声をあげて暴れ出したら、周りはどの様なリアクションを取るのだろう、とか。思ったりするでしょう⁇」


「ああ、まあ、分からなくもないが…」


「それならこの消しゴム、投げてくれるかしら?」


「交渉下手くそかお前は。今のところ俺にデメリットしかないんだけど。怒られるだけだし。」


「あら、それは早計ね。あなたが先生に叱られるとは限らないわ。あの先生がドMの可能性だって」


「いやいやいやいや、仮にドMでも授業中に性癖さらす教師なんていないだろ…確率として怒られる可能性が高いのは確かだ…。せめて、何かしらの報酬をくれ。」


「そうね…今度パンケーキをご馳走するわ。これでどうかしら?」


「よし、乗った」


正直報酬なんてどうでも良かったが、対等な立場関係が壊れてしまったら今後が大変だ。オレは筆箱の中からシャーペンを取り出し、立ち上がった。


「おや、弘明くん、どうかしたかね?」


教科書を読んでいた先生がこちらを向く。ああ、ごめんなさい。オレは黒板に向かって全力でシャーペンを投げた。




「タァアアン!」


全力で投げたシャーペンが思い切り黒板にぶつかった。地面に落ちるシャーペン以外、全てのものの時間が止められてしまった様だった。


うん…なんというか、やってしまったな。最初に時間が戻ったのは、先生だった。


「え、ええと…ど、どうかしましたかね⁇」


怯えているが、教師としての体面を保とうと必死なのがみて取れる。ああ、なんて答えようか。


「すみません…蚊がいたので…あはは笑」


「蚊……」


「はい、蚊…」


「そ、そうですか、蚊ですか。いやはや、とても驚きましたよ…。言ってくだされば私が処理しましたのに。シャーペンを投げるというのは、今後は控えてくださいね、はい。いやあ、びっくりしました…」


「おっけーです!」


我ながらヒドい嘘であったが、なんとか乗り切ったようだ。先生はシャーペンを拾い、わざわざこちらへ持ってきた後、再び授業が始まった。全ての生徒が目を開けているということ以外、先ほどまでと何1つ変わらない授業であった。






「あなた、何考えてるのよ…」


放課後、雪葉が呆れ顔で話しかけて来た。


「いや、お前の命令に従っただけだが」


「消しゴムって言ったんですけれども…はあ、まあいいわ。実際やってみて思ったけど、何も変わらないわね」


「そうだな…時間が止まったのは2、3秒。そのあと先生と話したり、シャーペンを拾ってもらったりして、あとはいつも通り。」


「ええ、だれか死ぬわけでもなく、世界が滅ぶわけでもなく…当たり前だけど、少し残念。」


「世界が滅ぶって、お前はなにを望んでたんだ…滅んだらさすがのオレも泣くぞ…」


「たしかに…世界が滅んだらあなたの報酬は失くなる。私の一人勝ちってことになっちゃうものね。」


「ごめん、冗談なのかマジなのか分からん…オレ、お前のことが怖いわ。」


「私だって、授業中にシャープペンシルを投げるあなたが怖いわ。」


雪葉はフフッと笑い、教室から去って行った。


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