(偏)愛の日々

白と光に満ちた天上

神の暮らす白亜の宮殿で、今日も恋人たちが睦みあう


「ルーイン様、今日のご飯はハンバーグでございますよ」


気高き豊穣の神とその恋人


「ルーイン様、美味しいですか?」

「う、うむ……」

膝の上でもぐもぐする主を、慈愛に満ちた笑顔で見つめる銀の下僕

「はい、もう一口」

「うむ……」

じーーーーーーー

本当に本当に、穴が開くほど見つめられる……


「……? か、変わった味付けだな。なんの肉だ?」

「この前ルーイン様が褥で召し上がられていたクソ美青年でございます」


「げごほっ!!? げほげほごほっ」

「ああ、ルーインさま、いけない。むせちゃいましたね。背中をさすって差し上げますね」

「こんのド馬鹿がーーーー!!!!飲み込んでしまったではないか!」


どごっ!


下僕が奥歯ごと吹っ飛ぶ

銀ピカクソ野郎はしばし恍惚の表情で宙を舞って、前衛的に頭から着地する。

そのまま暫くピクピク余韻を楽しんでいる。


雲間より恐る恐る下界を覗き見てがっくりひざをつくルーイン


「あ、ああーーーー。やばい、下界の親が凄い歎き悲しんでる。いくら神と言えども死んでしまっては元には戻せぬ。ましてやハンバーグになってしまっては」

「ミンチですからねえ」

「うう、仕方ない。せめて星座にしよう……」


キラキラとハンバーグが輝きながら宙へ昇っていく……


「うう、なにが悲しくてこんな光景見ねばならぬのだ……」

「これに懲りたら浮気なんてしないことですね」


すりすりっと頬寄せるディレイ。


「うるっさいわ!こんのクレイジーサイコホモ野郎がーーーっ!!!」


ぼぐっしゃー


嫉妬を司る神がドゥルンドュルン回って吹っ飛んでいく。手足の方向がおかしい

収まらない怒りのまま雷撃も落としておく


こんがり焼け焦げた残骸を主はごりっと踏みつけて--

「お前の手料理は金輪際二度と食わん!!!!二度とだ!!!」


至極もっともな極刑を言い渡したのであった


***


「ルーイン様あっさでっすようあっさでっすよう、あったらしい朝ですよう。」

つやつやぴかぴか希望に満ちたディレイが無駄にふんふん張り切っている


「主様、あっさごはんですよーう」

「うう、太陽黄色い、お蒲団から出たくない、一生出たくない。現実と向き合いたくない」

「なあに寝言いってんですかっ。夢の檻に一生閉じ込めてしまいますよ!」

よれよれの主をおかん従僕がお蒲団からひんむく


「はいっ美味しい美味しい自家製ヨーグルトですよう!貴方のディレイのと・く・せ・いヨーグルトですよう!」


でろお


生産者の顔も名前もオープンなのに不安しかないヨーグルトの強制給餌。

おい、わざとぼとぼと零れる様に食わせてないか。やめろ舐めとるなやめろ!


思わずむががと抵抗すれば、締め上げる様に言葉の檻で縛られる。楽しそう

諦めて大人しくすれば、優しくとろとろに溶けるほど甘やかされる。楽しそう


どっちにしてもご機嫌なやつだ。いまいましい

いまいましいが、朝から無駄な体力消耗を避けるためにも大人しくお人形ごっこに付きあってやる。

いまにみてろよ。


視線だけでも抗議してやるとディレイを睨みあげて

穏やかな笑みをたたえた銀の瞳とぶつかる


縦長の瞳孔がさっくり割れた悪魔の瞳


なのにその瞳からは「大好き!」がだだ漏れで、慈愛に満ちていて。

女神に愛されたような錯覚すら覚える

思わずキラキラ輝く銀に見とれてしまう


ふっと照れたように銀の眷属の口元が緩んだ


「失礼、ルーインさまの尊い前立腺について思いを馳せておりました」


にっこり


「えっ、……ぜん? え? なに?」

「知らなくて結構でございますよ。優しくゆっくりみっちりねっちりと教育してさしあげますからね!ああ、ご母堂さま!ここまで汚れなく、純粋無垢培養な魔王に感謝いたします!真っ白な魔王様をべっとり汚す悦びを思うだけで今からノーハンドでキメれますよ」


な、なにを言っているのか全くわからないが不穏なことだけはビリビリ伝わる


ひい、キラキラの乱反射に目がくらんではいけなかった!

一瞬女神のように見えたのは朝陽の逆光の見せた幻だ。


「一からいーっぱいお勉強しましょうねルーイン様! 楽しみですね!」

小刻みに震える主をぎゅうっとくるみこんで、お背中をとんとんあやす


穏やかな陽の光の元で

(一方的な)恋人の甘い朝のひとときが過ぎていく



***


この世界に放り込まれてからカオスカオスの連続であったが、やっぱりお仕事現場もカオスだった


「よいこのみんなーあつまれー、魔王ルーインさまと一緒にきょうもたのしく歌いましょうねえ!」

「だぶあー」


お返事ありがとう。歌うどころかまだずり這いもおぼつかない乳児よ


新生児から小学生までとにかく子供は放り込めといったスタンスのアバウトさ

良く言えばおおらか悪く言えばいい加減極まりないこの世界の人々である


いやしかしこの現場新米アイドルにどうしろと


「魔王ならどうにかできるでしょ」

できません


カオス、カオスすぎる収録現場


ボンゴがぽこぽこエレキがギュイーン赤ちゃんがずり這いでだあー。ディレクターは酒飲んでる

放牧された赤子たちの群れの中でたちつくす魔王

もはやアイドルという趣旨からも外れかかっている


なぜだ、なぜ私はこんなところで赤子のおしめを変えているんだ。粉ミルクをシェイクしているんだ。そしてどんどん手さばきが流暢になっていく


宇宙は混沌より晴れあがりを経て秩序がもたらされたというが、ここはいまだ世の理の通じぬ混沌の隷也

いっそ滅ぼしてすべて無に……

いやいやあぶねー、諦めたら世界終了である


魔王が張り付けた営業スマイルで混沌に立ち向かう


「寝ない子だーれだー?おねんねしない子にはこわーいルーイン様が来ますよー」

真っ赤なリボンを角に見立ててぴこぴこゆする


「おねーさん怖くない」

「そこはポーズでいいから怖がってね、お姉さんだってこれが仕事だから嫌いややってるんだからね。お仕事嫌がる魔王様には超怖い悪魔が笑顔で迫ってくるんすよ……」

毎夜悪魔に迫られる魔王様の目は死んでいた


「恋のおねんね体操を歌いましょうねー」

恋するんだか寝るんだか体操するんだかどれかにしろという感じの歌のイントロがずんたか流れ始める


ぴぎゃあああえ


ずんたか楽しげなBGMガン無視で、この世の終末の如く泣き叫ぶ赤子

類のこめかみにキーンと響いて瞳から星が飛ぶ


「な、泣いたら駄目ですよおー、魔王なんて泣いても誰も助けてくれないむしろもっともっとと啼かされるんですよお。ほーら、いないいない……お姉さんの自尊心もいないいない…もうない…」

「だばあ」

「うっ、う」


赤子は笑ったが代わりに涙が頬を伝う類15さいの春である


***


「はーい今日のゲストは情音46期待の新生魔王ルーインちゃんでーす」


ロケ弁掻き込む間もなくスタジオダッシュ。現場をはしごして音楽番組に放り込まれている。アイドルに休憩の文字はない

ひっそり46人の中に埋没したいのになぜかまさかの最前列

グラサンとマイクの持ち方が妙―に既視感覚える司会のおじさんが笑う


「えー魔王ルーインと言えば復活早々レイラック山脈を根こそぎ破壊したというお話しなんですが、今日は噂の真相をご本人に直撃しちゃいたいとおもいまーす。」


「どうなの、山削っちゃう感じ?」

「はあ、ちょっと加減間違えまして」

「あー間違えちゃったんだー。あるある」


ねーーよ!!!

何周考えても無しよりのなしだろ。いくら大御所だからってトーク受け流しすぎだろ


「えーとルーインちゃんはなんでも本格的な魔王パフォーマンスが大人気だとか。先日街角ゲリラ布教を行って話題になったんだよねー?」

「騙されて脅されて仕方なかったんです。魔王も眷属も悪魔教もくそです」

「そんなこと言って大丈夫?本物の魔王に怒られちゃわない?」

怒られるも何も私が本物なんです


「うっぅ、私だって嫌なんですう。魔王なんてやめたいんですう。」

「そっかあ、嫌だよねえ魔王だもんねえ。でも一度事務所で決めたキャラはやめちゃダメだからねえ。この業界、キャラ転換はすごーく難しいからねえ」


いなされている、完全に痛い子キャラでいなされている。そして芸能界ハウツーを優しく諭されている。やめて、どんどん惨めになるから優しくしないで。早く次の子にトーク回して!

メンバーの同情の視線が痛い


類の心の叫びむなしく、いたたまれない魔王キャラいじりトークは大幅に尺を取って泣くまで延長されるのであった


***


そんなこんなでどうにかこうにか、アイドルやったり魔王やったりな日々が幾日すぎた


なんか風の噂ではお姫様が王子様と結婚するらしい。そうかこの世界居たのか王子。なぜ私の所にはこなかったんだ王子。なぜ変態悪魔が押しかけて来たんだ。いまからでも切実に要チェンジ!ついでに性別もチェンジ求む。


その変態悪魔は至福の表情で魔導カメラ動画をエンドレスループ再生している


「ああールーイン様の今日のステージも最高でした。立派に成長なさられて…私思わずホロリとしてしまいました。我が子を運動会で応援する父親の心境ってこんな感じなんでしょうね」

おめーはずーっと太ももばーっか撮ってただろうが。こんな邪な父親がいてたまるか


そして関係者以外立ち入り禁止の控室にどうやって入った

「貴方が呼べば世界のどこからでも駆けつける魂の恋人ですから」

呼んでない


鏡ごしに目が合った悪魔がニンマリ笑う


「あーるじーさまー」


後ろから腕を回して抱かれる。同時にふわんと香る甘い芳香。


ふさり


「愛する主様に差し入れです」


視界に広がったそれは大輪の……


「わあ、綺麗なはちみつ色の薔薇!」

「黄色い薔薇の花言葉を知っていますか? 嫉妬です。私は嫉妬を司る悪魔なのですよ。ルーイン様は歯の末梢神経からお臍の胡麻まで私のものですからね」


薔薇は綺麗なのになんかすげえ怖い



フードを深く被ってほてほて帰宅。

実はこれが毎日結構楽しみだったりする


露店のイワシパンを半分こして食べたり。路上楽団に耳を傾けたり、汽笛の響く夜の漁港に寄り道したり。


笛吹くジプシーに跳ね踊る人々。悪魔が紛れても誰も気にしない。

音に溢れる夜の街は見ていて飽きない。


だから別にこの、いつも絶対に迎えに来やがる自称恋人と並んで歩くのが、楽しみな、わけではない。断じて。


意外にも信者はぼちぼち増えている


「当たり前です。ルーイン様には魔性の魅力がありますから。やはりルーイン様の崇高さ邪悪さには愚民どもも抗えぬのです。魂から屈服してしまうのです。」

とディレイは言い張るがどこまで本当か怪しいものだ、


少なくとも私の耳に入って来た声援は、


「無理な魔王設定を、健気にやらされてる感が、憐憫をあおる」

「魔王のはずなのに必死にビラ配りしてるギャップ感が可愛い」

「キャラを弄られてマジ泣きしてたのがグッとくる」

「魔王とかどうでもいいけど可愛いから入信した」

「洗剤が欲しかった」

である。ひどすぎる


「うう、そんなんでも応援してくれるファンを破滅させてしまうなんて、罪悪感で死にそう」

「まあーだグチグチ言ってるんですか?そんなにお嫌なのでしたら、これから作り替えていけばよろしゅうございますよ。世界は貴方の思いのままなのでございますから」


む、そうか? そうなのか。

よく考えれば、私が魔王で教祖なわけだから、これからじゃんじゃん変革していけば良いのか。

おお、ちょっと内政ものっぽいかも?


「あ、なんか失敗したなあ~と思ったらリセットで焼き払っちゃえばいいんですよ。文明ごと。」


シ○シティで最後に隕石落とすやつだ


緩やかな大河にさしかかる。河の終わりと海の始まりが混ざる

対岸を縁取るようにカンテラ露店が煌々と並ぶ


ひらり


懐かしい粒が類の小鼻をこしょぐる

見上げれば、二つの月の夜空を仰いで満開の


「この世界にも桜は咲くのね」


天まで届けと枝を一杯に伸ばした大桜


この欲張りな花粒たちは空を彩るだけでは満足しないようだ

びょうと風が舞えば綿雲のように千切れ落ちて、河辺を存分に染めあげる

街のカンテラに照って水面に揺れる花びらは、光の泡の様にも見えた


水に散ってなお美しい


「思い出深き花です、私と主様が感動的な再会を果たしたのは、この美しい花の満開の下でありました。感慨深いですねえ」

「おかしいですねえ。私は貴方にぶっ殺されたような気がするんですがねえ」

「あの弱く脆い肉の檻からお救いすべく、やむなくあのお身体を死に至らしめました。お胸に腕を、こう、ざっくりと突き刺しまして、心臓をずぐりと引き抜いて握り潰し魂を抽出」


予想の百倍くらいすごい痛い死に方してた


思わず胸に手を当てて鼓動があるか確かめてしまう。


「悪魔でも心は動きますよ」


ぷにりと冷たい指先に頬を押される。見上げれば夜に透ける銀の瞳。

そのまま前髪を掬ってすんすんと嗅がれてしまう


「ルーイン様、愛しております」


ううむ

その言葉一つで、なんで憎めないかなあ


「……ルーイン様ちがう、類」

「…ルイ……さま」

「さまも無し、トライアゲイン!」

「……るい。……あいしています」

「敬語じゃなくて! あいして、る!」

「るい、あいして……る」

「よし。手を繋いでしんぜよー」


桜吹雪の中にぱっと乙女の笑顔が花開く


……あれ?


「……。侮辱された気分です。私の愛はこんな綿菓子みたいにふわふわじゃなくて重くて

崇高なのです。」


いや、顔真っ赤だし。切れ長の目がとろとろに溶けてるし。唇噛んでるけど口の端にやけてるし。

まさか照れてるのか。こやつ羞恥という概念があったのか。


「ねえ、これって普通の乙女のデートに見えるかな」

「屈辱です」

「魔王と眷属じゃなくて」

「屈辱です」


本当に屈辱なのかいつもの変態的生意気さがない。心なし細い吊り目もへんにゃり垂れている。


……ぎゅう


無言。まさかの無言。って言うか悪魔のくせにお手て熱いな

まさか、超絶照れてるのかこの悪魔は!?


ほーおふーん、

学術的探究の余地がある。

ではでは、


先ほどつつかれたお返しに、ほっぺたにキスをして進ぜよう


「……!」


凄い勢いで顔を背けられてしまった。

まるで平手打ちでも食らったように、頬を覆ってプルプル震えている


「度し難き屈辱です」


銀の悪魔の首筋が、夜の青でも隠せぬほど紅に染まる

おお、意外な弱点発見。やり込め成功

面白い。


もう一度


酔い舞う花びらを追うように


もう一度



淡い宵の河辺に街の光が滲んで


二匹の悪魔の肩にしんしんと花粒が降り積もる





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