布教作戦
とんとん、しゃらん
大地一面に揺れる黄金の麦穂に、お祭りばやしが響く
豊穣の神への供物の舞い
天まで届けと舞い踊る
ひらひらと舞子の絹布が重なる
ゆるりと肘をついて、天上より男が眺めている。
流れる黒髪、漆黒の双眸。
満足げに薄く笑みを浮かべ、時折恋人の口づけを受ける
つ、と、踊り手の少年が目に止まった。整った目鼻立ち
無垢で、汚しがいのありそうな…
ほほう。
「ちょっと、ルーイン様!?」
ぐっ、と、ルーインを抱いた腕に力がこもる
「いま下界の者に、不埒な欲望を絡めていたでしょう!?許しませんよ!私の腕の中にいながら他の男に目移りするなんてえええ」
「み、みていない」
ふいっと目を逸らすルーイン
「思い切り鼻の下伸ばしてたでしょう!」
「男の醜い嫉妬は好かぬ。」
「私が嫉妬の神になる程浮気しまくったのは誰です!?発情期の猫だってもう少し節操がありますよ」
ディレイの声がひっくり返る。怨嗟がこもっている
「ええい、そんなにうるさくては宴も楽しめんではないか。」
身をよじよじよじって下僕の腕を逃れんとするも、何度逃げても絡め取られる。しまいには主も諦め、腕の中で嘆息する事となった。
「ぬう、我への供物なのに見るなというならば、それ相応の興を用意しているのだろうな。さあ、お前が我を愉しませよ。ほれ歌でも歌え。」
ぽぬりと胸に頭を埋めて催促する。ディレイがたじたじと躊躇うのが、余計に主の興味をそそる結果となった
「はやく歌わぬか、それとも我の命令が聞けぬのか」
有無を言わさぬ口調が下る
とうとう下僕が観念して唇を開いた、音が舌の上で弾けて空気を彩る。
キラキラっと主の瞳が潤む
クスクス。
「へたくそー。」
「お、音痴なのは私が一番わかっております!もうご勘弁ください」
「いいや許さぬ。こんなに良きものを隠していたとはな」
悪戯な子供のように笑って、頬をつんと突く
「気に入った。今日よりお前の音は我にだけ捧げよ。他のものには決して聞かせるなよ」
艶っぽく笑う。唇から色気が溢れる。自分がこの世で最も美しいと、知り尽くした笑み。
ああ。
ディレイは恍惚に包まれる
たとえ我が身朽ちようとも、付いて行きます。
***
「さあ!主様!召し上がれ!」
とろりと銀の瞳をきらめかせてディレイが笑む
今朝にも勝るとも劣らない豪勢な献立。びっしり食卓に並べられたお皿の数々。
彩り豊かで細やかな包丁細工が光る。庶民のトンカツから鯛の舟盛りまで。
このファンタジーな世界でどうやったのか、見事な和食だ。しかも、なんと総てディレイの丹精込めた手作りときた
もしかして、私がお母さんの和食が食べたいと言ったから、わざわざ作ってくれたのだろうか…。
「料理は得意ですよ。煮るのも焼くのも剥くのも。一番好きな食材はルーイン様です」
微妙に不穏な末尾は聞かなかったことにする
「……。ネギ嫌い。お母さんの揚げ出し豆腐が食べたい。」
ぴきっ!とディレイの眉間に青筋が走る。笑顔のまま
「わがまま言っちゃいけません。なんでも出されたものは好き嫌いなく食べましょうねえ。全部その可愛らしいお口でもぐもぐごっくんしましょうねええ!!」
「もがもが、もがー!!!」
強制的にお口あーんされてしまう。問答無用でつっこまれる海老天。もごもご真っ赤な尻尾がはみ出る。
咀嚼まで縛られる世界で一番夢のないあーんがここに
す、少しでも優しいやつかもと絆されかけた私が馬鹿だった!
や、やっぱりこんな変態嫌いだー!!!
***
地獄の強制晩御飯終了
「兎にも角にも先ずは魔王さまの勢力拡大にございます。」
思うたけ満足し、心なし肌の艶めきが増したディレイが作戦会議を開始する
メラッと銀の瞳が燃える。縦に割れた瞳孔が非常に悪魔らしい。
勢力拡大…
嫌な予感がぷんぷんする。あれか、やっぱり悪魔の軍団を率いて街を焼きはらえとか、そういうきな臭いやつなんだろうか。
ぴっとディレイが指を突き立てる
「悪魔教を布教いたしましょう!そしてあのくそ神を引き摺り下ろして返り咲きましょう。」
「布教?」
意外な単語にぱちくりする類
「ええ、神の力の源は人々の信仰心。信徒が増えれば増えるほど勢力は強大になり、神の勢力図は絶えず変わる。いわばルーインさまが起こすのは思想の戦い、宗教戦争でございます。」
し、宗教戦争!?ソニーと任天堂くらいしか思い浮かばない。無宗教の国の乙女にはちょっと壮大すぎるぞ。
「ああ、今こそ魔王様のお力でこの世界を覆う時!恐怖と欺瞞で支配し、世界を黒く染める。そして愚かな人間どもを家畜のようにいたぶり尽くしてやるのです。なあに、みせしめに街の二、三焦土にすれば、臆病な人間などすぐに改宗いたしますでしょう」
うおう、けっきょくそこに行き着くのか。
「ち、血なまぐさいのはちょっと……。もう少し穏便な方向で……」
できたらもう、山とか削らない方向で。
「む、仕方ないですね、ルーインさまがそういう甘ちゃん事を仰られるのならば、これは大変まことに遺憾なのですが……。もう一つ策がございます。恐怖に頼らずに人心を掌握する策が。本当にもう、おすすめしないのですが」
「そっちで!!!そっちでお願いします」
ええいこの際何だっていい。人とか殺さないで済むなら何だっていい。
「それでしたら…」
ディレイの瞳が細く伸びきって、口元がにんまり弧を描く
涙目で食らいついた類の鼻先に、ぺっと一枚の紙が突き付けられた
デカデカと異国の文字。しかし不思議なことに読める。そしてもっと不可解なことが書いてある
『情音48新ユニットメンバー募集』
「………………………。なにこれ?」
「人気絶頂アイドル情音48の新メンバー募集広告でございます」
にこにこ。にこやかーに言いきるディレイ。悪魔にあるまじき爽やか~な笑顔であった。
「この世界で人の心を最も魅了するものはなんだと思います?」
固まり切った類などお構いなしで、嬉し気に問いかけるディレイ。
「歌です。ここは情熱と音楽の世界、人々の信仰の寄る辺は神を讃える歌。ときたらもちろん心惑わせるのもまた魔の調べ……そこで!!アイドルです!」
ぐっと拳を握りしめて高らかにディレイが言い放った。自信に満ち満ちている
わからない。
何を言っているのか何もかもわからない。
凄い。
もう価値観とか文化の違いとかそういうの飛び越えてる。
宗教戦争とか恐怖で人々を支配とか、ドシリアスなワードから一体何がどう捩じれればアイドルに着地するのか
「アイドルって何かわかりますか、偶像です。崇拝されるものなんです。わかりますか偶像崇拝です。音楽とルーイン様のフリフリドレス。可愛らしい太ももで狂信者をバンバン増やして悪魔教に洗脳です!ああー歌って踊れる魔王さま、最強です!」
破滅の魔王の世界征服手段がアイドル……
あまりの無茶振りに、ツッコミをいれる気力は類にはもうなかった。
ただ、頭の隅でぼんやりと「この人足フェチだよなあ…。」と考える
「ひらひらフリルを纏ってくるっと回る魔王さま、その度にけしからん丈のスカートから宇宙が垣間見えそうになって……ああちょっと待って、考えるだけで鼻血が出そうです。」
どんどん幸せな妄想を加速してぎゅんぎゅんときめく従僕と、うつむき、ぷるぷる小刻みに震えてひたすら黙りこくる主
非常に対照的である
恐るべき魔王さまの世界征服作戦は、本人の意思を全く無視して進行するのであった……
***
呆然自失のままあれよあれよと馬車に揺られて、ぐっと人の多い街へと移動する。ほぼ連行である
ごちゃごちゃと軒を連ねる繁華街を見物する
「この街は法具の街。風変わりでマニアックな者が多い街でございますから、邪教も布教しやすいでしょう。」
む。確かに立ち並ぶお店には不思議な商品が並んでいるし、お客さんもディープな感じだ。日本の某電気屋街的な雰囲気か。
滞在先は当然のように街一番の最高級ホテルのスイートルームであった。
凄い、マリーアントワネットがマカロン食べてそうなお部屋。豪華かつ装飾華美な家具。金の蔦の絡む猫足のソファ。真珠でデコレーションされた天蓋付きのベッド。
一体何なんだディレイの謎の財力は?
出所を聞いても意味深ににっこりほほ笑まれるだけだった。怖い。
お風呂も滅茶苦茶広かった。
大理石の浴槽に、黄金の獅子の頭からごぼごぼ湯が注がれる
「さあ!主様、オーディションに備えて全身磨き上げましょうね!全身の産毛を剃って差し上げます。全身くまなくつるつるに」
「結構です!!!!」
ぶくぶく泡風呂の中に潜って魔手から逃れる
うう、スカートをはけることがこんなに幸せだなんて
ふわっふわフリルの衣装に身を包む
でもなんか股がスースーして落ち着かない
はたはた
大きなハケがこしょばったい
睫毛の一筋まで執念深くメイクを施され、妄執的に磨かれる。
うっとりと完成品に見惚れる下僕。ぴしゃっと額をうって感極まる
「ああっ、ルーイン様!お可愛らしいです!このお可愛らしさで世界が千回は滅びます」
「うう、外見だけじゃなくて中身も女に戻りたい……」
「何言ってるんですか、こんなに可愛いのに剥いたら男の子なのが最高なんじゃないですか」
「ううう、ディレイ、私やっぱり男なんてやだ。女の子に戻る方法を探してよ。愛する主様の命令よ」
「いや女体はちょっと……」
手を翳し、すっと顔を背けるディレイ
おい、悪魔は性別になんてこだわらないんじゃなかったのか!?魂の資質とやらに焦がれるんじゃないのか
今思い切り肉の欲に囚われた発言をしたぞ
変態だ、いや、変態だとは思ってたけども
こんなとんでもねー変態悪魔と私の前世は、一体どんな恋人関係だったのだろう
全く想像がつかない…
***
オーディション会場は可愛い女の子でひしめき合っていた
きっとみんなアイドル目指してキラキラ何だろうなあ
ここまで心の死んでいる人間は私しかおるまい
ひんやりした石造りの壁を背もたれに、足をぷらぷら順番を待つ
「次の子どうぞー。お、かわいいね。じゃあとりあえず、志望動機からアピールしてくれるかな。」
プロデューサー巻のおじさんがにこやかに促す
おずおず、前に進みでる
「えっと、、、私魔王の生まれ変わりなんですけど布教のためにアイドルになりたいっていうかやらされてるっていうか、いえ全然なりたいわけじゃないんですけどとにかく悪魔のような眷属が怖くてっていうか実際悪魔なんですけど」
ええいヤケクソだこの際全部言ってやれ。そして落ちてやれ。立て板に水でまくしたてる
「おーいいねえ、そういう不思議ちゃんキャラの子欲しかったんだよねえ。魔王って言っちゃうところが痛可愛らしくてしくていいねえ。採用」
ひい、受かってしまった。しかも痛い子ちゃんキャラ枠で
受け入れがたい現実を脳がかみ砕く間もなく
間髪入れずにそこからはもう怒涛のレッスンレッスンレッスンの日々が開始される
「あなた何度間違えたら気がすむの!全然アイドルのスピリットが分かっていないわ!可憐な白鳥は水面下では必死に水を掻いているのよ!アンドウトロワ!」
鬼教官の鞭がピシピシ唸る
ひいい
なぜ私は泣きながらステップを踏んでいるのだろう。私は一体何をやっているのだ。
なぜ魔王のはずなのに泣きながらタンバリンをたんたんしているのだ
いくら情熱と音楽の世界とはいえ、おかしくないか!?
巻きあがる類の心の叫びも、軽やかな音楽と弾ける青春の汗の前に混ざって消える…
***
「ルーイン様ー!!!ルーイン様ー!!!こっちこっち!視線ください!ルーインさまあ!」
汗と涙の染み込んだ初ステージは、終始最前列にディレイが陣取っていた。
鬼気迫るファンたちにもみくちゃにされながら幸せそうに叫んでいる。よだれも出ている。
「ハアハア、下卑た人間どもの邪な視線がルーイン様の太ももに注がれている!たまりません!違う、万死に値します!あっ、録画録画。」
なんだその手に持ってるやつ!?カメラだ、明らかにハンディカムだ!この世界カメラあるの?すごくね
――ていうかただ単にこの悪魔は、主に倒錯的な格好をさせて、悦んでいるだけなのでは……?
ふと恐ろしい疑念がよぎる
ううう、だめだ!考えてはいけない!この世には気づかない方が幸せな事だってあるのだ……!
ぎゅっと目を閉じて踊りに集中する
コロコロと涙が宙に舞って煌めく
ううう、小さい頃アイドルになりたいなんて思ってごめんなさい。神様ごめんなさい、あっ、魔王だった。魔王は許されないかも。
「あの子泣いてるぞ!」
「そんなにアイドルになれて嬉しいのか!」
「かわいー!」
雄叫びと歓声が青空を揺らす
天上にまで届かんばかりの熱狂に包まれて今ここに
歌って踊れる魔王アイドルが誕生したのであった
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