魔王さま降臨
「私の名はディレイ。貴方の眷属にして魂の恋人。」
切れ長の目を細めて銀の麗人ががほほ笑む。
糸目が伸び切って、ものすごく胡散臭い。
怯えきった類の膝元に傅いて、手のひらを包む
「はるか昔、あなたの魂はこの世界に君臨しておりました。恋人である私と共に、悠久の退屈に遊んでいたのです。ですがある時災禍に見舞われ……、愚かな人間どもの行いで魂は堕ち、極限まで傷つき、七つの世界をさまよい、一万年の時を経てようやく転生できるまでに癒えたのです。」
ディレイの眉根が忌々し気にくしゃりと歪む。
はい?転生?
七つの世界?一万年?
あ、あれか、まさか異世界転生とか言うやつ?
ネットとかアニメで千回くらい見たわ。
あれでしょ、
「乙女ゲームの世界で悪役令じょ…」
「違います」
きっぱりディレイが被りを振る
「きゅ、救国の聖女……」
「違います」
「モブ……」
「魔王です。」
ぐっとディレイが手に力を籠める
「貴方は魔王なのです。破滅の名を冠し、世界を恐怖と闇で染め上げる魔王ルーインです」
きっぱり言い切ったその瞳は、真っすぐ澄み切っている。
地平線を駆け抜けて朝日が拝めそうなくらい、一点の曇りもなかった
魔王。
勇者のこと生意気とか言っちゃうやつ。ヨシヒコにどうでもいいとか言われるやつ。ラスボスダンジョンでボコボコに叩きのめされるやつ。
聞いたことはあるが脳がどうも処理を渋っている。
なんだよ魔王って、花の乙女から二億光年ほど離れていないかあ!?
「ああ、ルーイン様。高潔なあなたが戸惑われるのはもっともな事。ルーイン様は元は豊穣の神でありました。それをあのいまいましき新興宗教……今のくそ神と、それを推した人間どもに敗北し邪教へ堕ちたのです。そして……ああ!!あんな悲惨な最期を遂げられるなんて!思い出すだけでもモツがねじくれ返りそうです」
ど、どんな最期だったの!?ねえ、どんな死に方したの!?知りたいけど知りたくない!!
「ううう、と、とにかく、そのルーインとかいう私の前世?は、今は魔王になってしまったけれどもとは神様なのね?」
「そうです」
ディレイがこくこくと頷く
よかった。とにもかくにも残虐非道な人殺しの魔王というわけではないようだ。
「そっか、良かった…。そのルーインさんって、人?は、どんな性格だったの。やっ ぱり私みたいに乙女?似てる?」
類の問いに、キラキラと輝く銀の瞳が答える
「はい、似ていますね。傲慢にして冷徹にして残虐。断罪と血の贄をもっとも愛し 、殺戮に心の安寧を求める嗜虐の王」
うんっ?
何だって?
ちょっと濁音多くて聞き取れなかったが妙に血生臭くないか。
っていうか一ミリも私に似ていない。掠ってもいないぞ。こいつの目に私はどう映っているんだ!?
「あのね、ディレイ、魔王さま堕ちしたルーインではなくてね、神様であった頃の優しーいルーイン様はどんな神様であったの?」
「ですからルーインさまは元から冷酷で痺れるほど暴君の荒神です。」
「なぜ神が清く優しいのです?神は気まぐれで残虐なものなのです。旧約聖書の神もソドムやノアの洪水で大虐殺を起こしましたし、ギリシア神話のゼウスだって貞操観念ゼロで奔放でしょう?ああ、ルーインさまも気まぐれに海を干上がらせたことがありましたね。懐かしいです」
思い出話のスケールがでかい
「ああ!また、ルーイン様と世界を引っ掻き回せるなんて夢のよう!」
歓びに張りつめ切った声。瞬く間にディレイが這いあがる。
ぎゅむりと抱きしめられてしまう。ふわりと銀の香にうずもれる。懐かしい香
一瞬のうちに蛇の様な指先が身体中を這って
すすすっと、長い指が太ももに滑り込む
ぎゃっ、と類は身が固まるのを感じる
し、信じられない!な、ななな、なんたる狼藉!
乙女の股間をにぎにぎするなど
……ん?にぎにぎ?
何だこの未知の感触は…
ひい
思わずばっと衣服をめくって確かめる
「ひぎゃーーーーーっっ!!!!!」
ついてるーーー!
乙女に絶対あるまじきものが
ついてる!!!
失神寸前で目を白黒させる類を、きょとんと小首を傾げてディレイが見つめる
「もちろん、ルーイン様の正しき魂のお姿でございますよ。完璧なルーイン様の」
とろりと瞳を細めてうっとりと見つめあげる
「ああ、あるじ様、愛しい愛しいあるじさま……漆黒の瞳小さな喉仏すべすべの膝小僧。何もかもが御可愛らしい。まつ毛の一筋から小指の爪半月まですべて私の物……」
冷たい指に頬を掬われて
ねろりと唇に柔らかな感触が灯る
粘膜
そして、にっこりと満面の笑み
ひっ
ざああっと血の気のひく音を聞く
「い、今キス、きすし、私、……男!今、わたしおとこ……」
「なんの問題が?」
ふっとディレイが笑う。あっ、嗤った、主様らしいのに鼻で笑い飛ばしやがった!
「ああ!どうして性別などといった瑣末なことに人間はこだわるのでしょう?愚かです。我々悪魔は魂の資質に焦がれるのです。肉体の檻など、魂の交歓の歓びの前では塵に等しい。」
ディレイがくるくると類の髪を弄ぶ。
腰をとろかす美声に、星一つ滅びそうなほど凄絶な笑み。
だがそんなこと気にしている場合ではない。
全身の産毛を逆なでされたような悪寒が走る
「うああーーっ、寄るな来るな触るなあ!!!!」
どんっ
とにかく危機から脱せんと思い切り突き飛ばす。張り手だ
「ああ!!!」
無抵抗に弾かれたディレイが床に寄ろばう。身体をかき抱いて身を捩る。
まるでじっくりと味わうかのように……悦んでいる
「もっとです!もっと無慈悲に蹴ってくださいませ!」
ひ、ひいい!?!?
「あ、あなたもしかして変態…?」
「何をおっしゃるのです?ルーイン様の折檻に恍惚を感じぬものなどおりません。ああ、侮蔑の瞳がたまりません!早く!早くその踵でグリグリしてください。」
へ、変態だーーー!!!!
嫌だ!
百億歩譲って転生だろうが魔王だろうが受け入れても、つ、つ、つ、付いてる上にこんな変態に迫られるなんて嫌だーーーー!神様助けて!
ああ、しかし魔の王たる類に神の加護など、あるわけもなく
さらなる無情が類を襲う
ぐぐぐ。
!?
類の片足が上がる。持ち主の意志に全く逆らって。
か、体が勝手に動いている!?必死に力を籠めるも全く別の生物の如く動く
そして……向かう先は、ディレイの美しい顔
ぐにゃり、と裸足の足がディレイの頬にめり込んで歪む
ふみふみ
一瞬の間をおいて伝わる、柔らかな肉の感触と体温
「いやああああ、なんでどうして、いやああ、」
「こ、これは……!?ああ!何という事でしょう!」
恍惚をいっぱいに湛えたディレイが類の足の下で叫ぶ。類の足を頬張りながら
「ルーイン様の魂を招いたことで、私が召喚者と定められ、問答無用で魂がくみじかれてしまったようです。ルーイン様は世界の理によって拘束され、私の舌の上で意のままに操られる……、ああ、なんたること!ルーイン様の御魂が下賤な私の心の意のまま!許されざることです!!!」
ああ!っと嘆くディレイから、隠しきれない舌なめずりが覗く
ひいいい、いいい
「い、いやー!こんな変態悪魔の言いなりなんて、絶対いやあ!!!」
「心配ご無用ですとも。決して無理強いなど致しません!ルーイン様の御魂は、高貴で決して不可侵なのですから。私は永遠に貴方に忠誠を誓い、麦穂よりも深く頭を垂れるのでございますよ。……ですからまずは、この健気な下僕めの頬にご褒美の平手打ちを!ああー!下賤な豚の私めを張り倒して魅惑の土踏まずでぐりぐりしてください!」
先ほどと言っている事が全く同じであった。一ミリもぶれていない
「やめろーいくら綺麗だからって、男の頬をぶったり踏んだりする趣味はないー!いやああああ」
類の絶叫虚しく、ディレイの言霊が類を支配する。身体がぐぐぐと勝手に蠢いて、ぐりぐりとつま先に体重をのせる
「ああ、なんと恐れ多き事を私はしているのでしょう。しかしどうしても堪えきれません。哀れな豚をお許しくださいませ。ああ。許さなくていいからもっと蹴って!最の高です」
ディレイが喉を絞って懇願する。その全身は恍惚に酔いしれ、銀の瞳は歓びに蕩けきっている。
嫌だ。見たくない、美麗の変態が足の下で滂沱する光景何て見たくない。
だめだ、心は力いっぱい抵抗しているのに、その声で乞われたら……!
力が抜け、意思が飛ぶ
ふみふみふみふみふみふみ
「ああっいいです最高ですキュンキュンしますほっぺが緩みます涎が溢れます」
「うああ、やめてえ、こーさまの声で変態的要求をするなああ!!」
「こーさまって誰ですかまーた浮気したんですか。許しませんからねえっえ。わたくしの愛でねっちりねろねろ上書きして差し上げます……!」
「うぎゃああああ」
ああ、この世界の恐怖の代名詞、破滅の魔王ルーイン
一体誰がこのようなおそるべき魔王降臨を予想しえただろうか……!?
阿鼻叫喚の地獄絵図。
容赦のない下僕の愛は、主が泣きべそをかいても止まらない
二つの月の空を切り裂いて、新生魔王の絶叫がこだまするのであった。
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