第28話 冒険者ギルド レチア王国支部・受付の雑想

 ――段々と陽も傾いてきた。


 ここ、レチア王国は自然が豊かで、海や空を見て黄昏ることはよくある。平生、私はそうしているわね。


 何故なら……仕事がまるでないから。


 王国との連絡で小耳に挟んだけれど、盗賊団が遺跡に何やら盗んで潜伏してるとかしてないとか。そんな程度しかめぼしい情報はないのよね。


 さっきまで私と同じようにここで退屈そうにしてた赤毛の冒険者のコも、昼前にはなんかオトコ3人と出ていった。ナンパでもされたのかしらね。なかなかカワイイ女の子だったし。


「はあ~あ~……」


 暇。


 荒事で仕事が無い時は、本当にこの仕事は暇だわ。そりゃあ溜め息も一つや二つで済まないっての。


 まあ、それだけこの王国が平和ってことなんだけど。お陰で私は書類を整理したり、冒険者へ渡す報酬の手入れをして、あとは他のギルド支部と連絡する程度で仕事が終わっちゃうから……それだけでそこそこ給料貰えちゃうんだけどね。やり甲斐はそんなにないけど、いい商売ね。


 あーあ。


 今日もこれで一日終わりかしら。


 青春の無駄遣い~……、なんて言うような歳でもないけど……このまま時間が経って、老け込んでいくのかしらね~……。




「……ん?」


「失礼します。報告したいことがあるので来ました」


 入って来たのは……さっきのオトコ3人の……藍色の髪の、ちょっと変わった雰囲気の兄さんか。


「いらっしゃい……報告って?」


 報告、ねえ。ま、どうせ大したこと無いでしょ。迷子犬でも保護した、とか、ひったくりをひっ捕まえたとか。


 いっそ、さっきの赤毛のコとよろしくやってます~、とか惚気のろけてくれた方が面白いかもねー。あはは。彼氏いない私には笑えないけど。


「はい。実は……ここより南の遺跡で潜伏中の盗賊団の一員を捕らえました。」


「――――はい?」


「む、ここにも手配書があるな……いずれの賊もかなり傷んでいますが、生きています。抵抗できぬよう厳重に捕縛し……既に北の牢獄に引き渡しました。」


 え……あ…………へ? もしかして、事件??? 


「手配書は……あった。これです。破戒魔術師の『ジャミル』、風水師の『ミラディ』、そして……自称・美術館ミュージアムの召喚士『ガギル』。あとは取り巻きの盗賊が何人か……ご確認を。」


 固まってる私に……藍色の髪の兄さんは冷静に壁に納めた手配書の棚から取り出してくる。


「――ええ!? ちょ、ちょっとま……いや……少々お待ちください!」


 慌てて手配書を確認する。


 『ジャミル』。元々は近隣国出身の魔術師だったけど、ある時から魔法を盗みや詐欺に悪用。同じく魔法による殺人により盗賊に身を堕とした……ランクC、賞金額100000ゴールド。


 『ミラディ』。やや東方の風水術の巫女として生を受けながらも、幼少より風水術、および罠の類いを多用した殺人や自然破壊、金品の強奪などを繰り返し、麻薬の密売・濫用も常習。自身も重度の麻薬中毒者……ランクA、賞金額400000ゴールド。


(※風水術とは魔術的素養のある人間が鍛錬によって編み出す魔法とは違い、先天的な血統や霊的センス、儀式などで発現する超能力。予め指定した箇所に罠のように仕掛けられることが特徴。魔法との併用も可能。)


 ……『ガギル』。出自は不明ながら、高い魔力を悪用した略奪、殺人はもちろん……被害者の多くを『芸術』と称し肉体改造、麻薬漬け、私的な欲望を以て凌辱の上、虐殺を繰り返してきた世界的にも稀に見る極めて危険な悪魔的猟奇凶悪犯BRUTE・OF・BRUTE。IQ196の高い知能を以て政財界との癒着の噂もある。平生は紳士的とも言えそうな態度と価値基準を持つが、すぐに激昂しては手段と目的、価値基準ごとたやすく下水道の害虫が避けて流れそうなほどドス黒い自己中心的なものに入れ替わるというランクSS、賞金額1000000ゴールド。




 こんな極悪な連中を捕らえたですって!? 


「……本当に、この凶悪犯たちを? 俄かには信じ難いわね……捕えている牢獄に確認に行きます!」


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「うッ…………」


 ――久々に勤労精神が刺激されたわけだけど、ほんのちょっと後悔もした。


 如何に凶悪犯を打倒して捕らえる為とはいえ、ここまで見るも無残に痛めつけなきゃならなかったなんて……。


 ジャミルは凍傷と火傷だらけだし、ミラディはちょっと直視出来ないほどボコボコにされてあちこち複雑骨折し、歯も全部抜け落ちた上に大量に出血している。


 一番ヤバいのは――――


「――あぁ~あぁ~アァ~……吾輩はわがはいでワガハイのわがはいは耳耳耳みみ、ふげええ、わがはい、芸術。みゅーじあ、あ、あ…………」


 ――自称・美術館ミュージアムことガギル。こいつが一番の極悪人で、一切の油断も躊躇もしてはならない相手とはいえ、悲惨な末路な気がする。どうせ極刑だしね。


 全身の切り傷や裂傷は勿論、道中に抵抗されないように音波攻撃の類い(そう説明されたけど)で……鼓膜は辛うじて破れてないけど耳から絶えずドス黒い血が出てるし、とてつもないストレス、精神的ダメージで自我が崩壊している。意識も混濁したまま。気力を完全に失い、涙と涎と鼻水を垂れ流す姿は、もはやその巨躯が小さく見えるほどに廃人だった。


 私は、吐き気と悪寒を何とか堪えながらもラルフと名乗る兄さんに告げた。


「……確かに確認いたしました。血液検査結果や持っている身元証明になりそうな物品からも、間違いなく手配書の通りのジャミル、ミラディ、ガギルです。ここまで捕らえて連れてくることはさぞ骨が折れたでしょう。お疲れ様でした」


 賊たちの身体も精神もボロボロで、この状態じゃあ余罪とか聴取出来ないけど……まあ、そこは王国の検察が適当に治療したうえで何とか聞き出すでしょ。


「ありがとうございます。しかし、俺たちはまだ目的を果たしていません。装備を調え、休息を取ってから再び遺跡へ向かいます」


「そう……どうやら遺跡に潜伏しているらしい盗賊団は手強いようね。ギルドとしてももう少し情報を集めて人員を割くべきだったと反省しております」


「いえ……それは無理もない。王国からの勅命ですし…………俺たちで解決すべき問題だと、使命感のようなものを感じてます。」


 賊を引き渡してきたラルフさんの顔は、険しくも精悍な凛々しい顔立ち……イイ表情ね。私の好みとは少し外れるけど。そこは残念。


「そうですか。ではお手数ですがもう一度ギルドに来て頂戴」


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 久々に本格的な仕事モードに入る私……やだ。部屋が結構散らかり放題だわ。この件が済んだら大掃除ね。


「えー……まず……指名手配犯を捕らえた報酬を授与します。ジャミル、ミラディ、そしてガギル。3人合わせて……1500000ゴールドになります。現金でね。よいしょっと……ここの書類にサインしてね」


「はい」


 藍色の髪の兄さんは、そのクールだけれどどこか凄味がある雰囲気そのままの……知性的なんだけど力強い筆致でペンを走らせ、サインを済ませた。


 報酬授与者……ラルフ=フィルハート。なかなかこの辺じゃあ聞かない名前ね。


「はい、確かに。では受け取って――――よいしょっと」


 私が1500000ゴールドもの大金が入った麻袋を差し出し、兄さんはそれを持ち上げ、旅荷物に詰め込む。


「……うん。確かに受け取りました。では、これで――――」


 あ。


 そうだわ、これも訊いておかないと。


「ちょっと待って。……遺跡に行ってきたのよね? そしてこれからまた行く。王国が大昔に管理を手放した……実はね。王国が管理を手放したとはいえ、王国もあずかり知らない財宝や設備の類いが残されているのかもしれないの。若しくは、潜伏している盗賊団が新たに何か持ち込んでいる可能性も……何か、賞金首以外に有益な発見はありませんでしたか?」


 荷物を担いで行こうとするラルフさんは振り返り、うーん、と少し唸って天を仰いだ。何か知っているのかしらね……。


「……それならば……演劇場がありました。」


「――――へっ?」


「さっき捕らえた美術館ミュージアム……ガギルは魔術でも駆使したのか、遺跡の地下2階に…………演劇用の舞台を拵えていました。俺たちも場を打開する為とはいえ慣れない芝居を強要されて大変だった――――あっ、そうだ。これも……」


 あまりにも意外な成果を話すラルフさん。言うなり近づいてきて、荷物袋から何やら――――大きな紙屑のようなモノを取り出した。


「え、なあに、この張りぼてみたいなのは――――うわっ!?」


 ――見た目は焼け焦げた張りぼてみたいなのに、渡されると……物凄く重い! 


「こ、この張りぼては一体……」


「……ガギルが、油断か慢心か知りませんが、俺たちに渡してきた全身鎧の残骸です。俺たちにもどんな代物なのかよくわからない……ただ…………」


「……ただ?」


「その張りぼてのような鎧は、見た目は紙の張りぼてなのに、とてつもない出力と頑丈さ、そして軽さを兼ね備えていました。噴射口に見える部分が正にブースターで、俺が『跳べ』と強く意識するとエネルギーを噴射してかなりのスピードで動けました。いにしえの兵器、オーパーツの部類かもしれません。残念ながら出力を上げると壊れてしまいましたが……お陰で仲間を救えました。そして壊れると途端に重金属のように重くなりました」


「う、おっ……オーパーツ…………ですって…………!?」


 確かに、焼け焦げた切断面をよく視ると、電子回路のようなモノが見える。まさか本当に――――


「ちょ、ちょーっと待ってて!!」


 私は急いで箪笥の肥やしならぬ、机の肥やしになっていたギルドのマニュアルを開き、対応法を確認した。


 『……冒険者が冒険の過程で一般市民に有益と思われる施設、設備、未確認生物、資源などを発見した場合……まずは冒険者にBランク相当の報酬を払い、のちにギルド本部に報告し……詳しく調査すること。然る後、真に有益な発見であると解り次第、本部から判定されたランクに相応する報酬を進呈すべし。特に――――古代遺産ロストテクノロジーの類いは我々人類の歴史の発掘と、更なる進歩の糧となる可能性を鑑み、極めて丁重に扱うべし。オーパーツらしき片鱗でも確認できた時点で、冒険者にはB+程度の報酬は支払うこと』


「…………」


 施設とオーパーツ。2つとも該当している……。


 演劇場とやらは直接遺跡で確認するまで分からないけど……少なくとも、舞台を拵えたというガギルを治療して聴取出来るようになれば、すぐに事実確認は出来る。そんなすぐにばれる嘘は言っていない。


 この張りぼてみたいなのも……表面の材質はどう見ても紙か何かなのに、明らかに紙ではない質量と、見たこともない電子回路や装置らしきものも確認できる。


「わかりました。すぐにギルド本部へ報告しておくわね。この2つの発見が真実だと確信したら……追って連絡と報酬を授与します…………受取先は、貴方……ラルフ=フィルハートでいいかしら?」


「いや。確かに俺もギルドの免許ライセンスは持っているが……飽くまでこの王国の領地内で見付けたモノです。俺の仲間たち、そうだな……王国に属するロレンス=フォン=ワインズ名義でお願いします。」


 ロレンス…………王の側近が直々に盗賊退治に……そんなに大きなヤマだったなんて…………。


「了解致しました。ひとまず、BランクとB+ランクの報酬、渡しておくわね」


「ありがとうございます。引き続き遺跡の探索と盗賊団を追う為に活用させていただきます。」


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 充分な報酬を手渡し、ラルフさんは去っていった。


 渡したお金も装備も、自分の為でなく仲間にあげるみたい。酒場で待っているらしい。


 ――――人の為に生きて、戦って、何も見返りを求めないなんて。


 まるで聖人ね。人間的な感じがあんまりしない人…………。




 でも。




 何だか気が引き締まったな。








 よし。





 今日から、気を改めて仕事しようっと。ああいう人に恥じないように。私もがんばろっと。

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