第22話 演劇場の怪

 ――ルルカは受け身も取れぬ状態で頭から真っ逆さまに落ちてきた……しかし。


「お姉様ッ! うにゃあああああーッ!!」


 咄嗟にベネットがルルカが落ちてくる地点に駆け出した! 瞬時に法力の緩衝材を自分の上半身に生成し――――受け止める!! 


「ブミャッ!!」

「きゃああっ!!」


「ルルカ! ベネット! 大丈夫……みたいだな…………」


 ベネットは見事、突然落ちてきたルルカを受け止めた。衝撃で二人は折り重なる。ラルフは突然の出来事に動揺したが、心から胸をなで下ろした。


「うう。ご、ごめんなさい、ベネット! 大丈夫?」


「…………」


「……べ、ベネット?」


 心配するルルカに対し、ベネットは蕩けるような眼差しでルルカを見つめ、恍惚と語る。


「……大丈夫どころか、これほどの幸せはございませんにゃ。貴女あにゃた様の生命を助けさせていただき……こうして貴女様とこうして肌を重ねている……貴女様の温もり。貴女様の息遣い。貴女様の鼓動。それを直に確かめられることに……僧侶として、いや、ソウルメイトとして至高の幸福ですにゃ……おねぇさまあ…………」


「……まあ……ベネット。わたくしのことをそこまで……? 嬉しい…………!」


「……お姉様ぁ……」

「……ベネット……」


 ――見つめ合う二人。そこには単なる性愛を超えた、大きく強い、そして優しさに満ちた愛が光るように放たれていた。


「……むう。ロレンス。君のことだ。魔術をしくじったわけではないんだろう?」


「は、はい……確かに魔力の練り方、放ち方に手応えがありました。なのに、ルルカ殿は危険な高さの空中に…………」


「……空間や次元がねじ曲がるような場所だ。案外――敵の差し金かもしれないな。もう門番は目前だぞ」


「……ぬう……進めば進むほど……どこまでも下劣な真似をする賊共ですな…………!」


「……ま、まあ、ルルカもベネットも無事だったからいいけどさ。アレ……ほっといていいの……?」


 冷静に起きた現象の分析をするラルフにウルリカが指差し、困惑している。


「……まァァァ……こういう愛の形も俺ァァァ知ってるからこそ、カンタンに踏み込んじゃアアいけねェってのは解るがよォオオオ……」


 ここまでフリーダムに振る舞ってきたセアドですら、目の前の神聖なプラトニックラブに臆している。


「……道が開いたから、今は先に進まなくてはな――――あの〜……ルルカ、ベネット。大丈夫か? 大丈夫なら、先に進みたいんだが。」


 ベネット同様とろん、とした目をしていたルルカは、ハッと我に返り、飛び退いた。


「ごっ、ごめんなさい! 私ったら、人前ではしたない……」


「……チッ。こ〜れにゃから真面目一徹なオトコは好きになれにゃいにゃ…………」


 逢瀬を邪魔され、ベネットは露骨に毒づく。


「ベネット。今は仕方ないですわ。……無事にこの件が終わったら、宿でゆっくりしましょ? うふふっ」


「ひみゃっ! ホントですにゃ、お姉様♡ よっしゃーッ!! どんどん行くにゃよー!!」


 一言で機嫌を直し、奮起したベネットは、我先にとヴェラとブラックが待つ場所へ向かい、皆が続いた。


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「♪Sky blue〜and Sea green〜ここから〜オレたちは来た〜そして これからもお〜♪」


 ヴェラは変わらず歌い続けていた。ブラックは何やらヴェラが立つステージの周りに等間隔で試験管なり測定装置なりを置いて……顎に手を当て楽しそうに考え込んでいる。好奇心を刺激された誰にでもある知性の輝きをその目に光らせながら。


「ヴェラ、ブラックさん! 無事だったようですね。仕掛けは解きましたよ。先に進めます」


 ラルフが声をかけると、ブラックは何やら喜色満面で振り向き笑みを零す。


「おお、そちらも無事で何よりだ。僅かな時間だったが、こちらも面白いことがわかったよ」


 年甲斐もなく小躍りするようなテンションのブラック。


「何がわかったのよ?」


「ヴェラの歌声だがな。どうやら……魔物の類いを遠ざける効果があるらしい! 正に奇跡の歌声だ……! 見たまえ、この波長! 通常の人間の声ではまず出ない波長を感知した。この特殊な波長には負の霊的エネルギーを持つ魔物が嫌う効果があるのだ。彼女の周囲3メートルに設置した負の霊的因子を持つ微生物を見たまえ、皆おしなべて活動が弱体化している! これは生物学における願ってもない新発見だよ! 実に研究のし甲斐がある!!」


 ブラックは普段の落ち着いた様子とは打って変わって、学者特有の知的好奇心を刺激された興奮に酔いしれ、捲し立てるようにウルリカたちに語る。


「うう。わかった、わかったわよ……」


「そーいえば、ヴェラの歌声って精神と肉体の力を高める効果があったにゃね。40のクールぶったおっさんがハッスルしてるにゃ……」


「それが事実なら、ヴェラにはなるべく歌ってもらった方が余計な戦闘を避けられるかも知れませんね」


「だろう!? 音源は既に幾つも収録した! これを元に持ち歩ける発音機を開発すれば……くふふ……魔物による人的被害を大幅に減らせるぞ……そうは思わんかね!? 夢のようだ…………」


「ン〜ンンン? そいつが上手く行きゃあアアア、所謂ひとつの、特許ってやつかァよォぉぉぉぉ? お医者さんセンセ。発音機も含めてカネがガッポガッポだァなああああ……ケケケ。この発明王ゥ!! 俺様が生きてるうちにそんな光景見たかったぜぇえええ〜」


 己自身が手に入らなくとも、人が他者に益のある何らかの事業で大成功するのは見ていて爽快なのか、セアドも沸いている。


「それはそれとして……ヴェラ。先に進めるぞ――」


「♪ドライブするぜ エンジンを焼き切れ 炎を上げろ〜 もうたまらねえ〜♪」


 話しかけたラルフだが、ヴェラは歌うことに夢中だ……。


「……まあいいか。ブラックさん、実は仕掛けを解く時に――――」


 ラルフは取り敢えず、ブラックに先程のレバー切り替えで先へ進めるようになったこと。そして転移魔法が突如失敗し、ルルカが危険な目にあった現象について伝えた。


「……ふうむ…………」


 無事だったとはいえ、人命が損なわれかけた現象。ブラックはすぐに冷静さを取り戻し、現象について考察を行なう。


「――罠だな。賊共は宝玉を奪ってから既に数日はこの遺跡に潜伏している。となれば、遺跡全体に宝玉が与える次元の歪みの影響もある程度把握している可能性が高い。ならば……歪みによって変異した遺跡の仕掛けも全て侵入者を退けるために利用していることも充分ありえる。ルルカが意図せぬ位置に転移したのならば、賊が攻勢に出たと見て間違いないだろう」


 ルルカが宙に投げ出されたのは、敵の攻撃の可能性が高い。それも、その可能性に気付けなければ侵入者同士の落ち度で死人が出た、と錯覚させるような攻撃を。


「……おのれ。今更ながら何と卑劣な賊共だ…………! 捕らえたら我が王国では極刑も辞しません……!」


 ロレンスは自分の落ち度で仲間を死なせかけたかもしれないことは勿論、死なせてしまった場合の責の感情も利用して混乱を起こそうという賊の悍ましい策に憤りを隠せない。


「……全くだな。敵はこちらを既に何処からか見ているはずだ。愚劣な輩を懲らしめてやろう……と言いたいが……進めば進むほど敵の凶悪さは増している。今まで以上に警戒が必要だな」


 ラルフは改めて一行に気を引き締めるよう、声をかけた。


 しかし、相変わらずヴェラだけはその剣呑な空気を感じることもなく歌い続けている。


「――言の葉と戯れる精霊よ。しばし彼の者から音を奪え」


「♪〜……んっ!? ぐ……ん、んんん……」


 ロレンスの術者の詠唱を妨げる魔術によって、一旦ヴェラは強制的に歌うのを止められた。


「……ヴェラ殿、失敬! 今から先へ進まねばならぬのです。それもこれまで以上に凶悪な賊のもとへ。……独断専行は身を滅ぼします。従っていただけますな?」


「……っ」


 ヴェラは一瞬怒気をロレンスに向けたが、憤る彼の表情を見て、また自分の取り柄である声を奪われて首を縦に振らざるを得なかった。


「心配ないさ、ヴェラ。君の役目はこの遺跡の一件が終わっても、恒久に続くさ。ふふふ」


 研究対象として、ひいては人命を著しく救える可能性を持つヴェラに、ブラックは含み笑いを贈った。


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 ワープゾーンがあった場所を通過し、狭い通路を進むと……大きく拓けた場所に出た。


 ここにも、何やらステージがある。


 しかも、先程のお立ち台よりも何倍も大きく、左右には幕が垂れている。


「……何だここは? まるで演劇場だな……」


 ――そうラルフが呟いた次の瞬間。


「――よぉーくぞここまで辿り着いたァーッ!! 侵入者諸ォォ君ンンンンー!!」


 何処からともなく、この遺跡には不似合いな演劇場に男の金切り声が響き渡った――――

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