82 自業自得
白銀の世界とは、まさにこの光景をいうのだと思う。
瓦礫は白く凍り付き、至る所に大きな霜柱が立ち並んでいる。
ただ、それを近くで見ると、唯の霜柱ではないことが分かる。
なんてこった……人柱が……みんな氷漬けになってるじゃんか!
「氷華! なにやってるのさ」
立ち竦む敵は歩行者用信号の止まれの如く凍ったまま突っ立ち、逃げる者は進めの姿勢で凍り付いている。
そう、どちらも分け隔てなく見事に凍り付いているのだ。
「ん? 黒鵜君、どうしたの?」
あまりの惨状に焦って噛みつくと、彼女は
その態度に不満を感じて、すぐさま過剰攻撃だと指摘する。
「どうしたのじゃないよ。やり過ぎだよ! みんな氷漬けにしてどうすんのさ。これじゃ築地のマグロと変わんないよ」
「あはははは。面白いことを言うわね。座布団三枚ね。確かにマグロみたいだわ」
「笑い事じゃないんだけど……大虐殺でもするつもり?」
できれば、氷華や一凛に人の命を殺めさせたくないのだ。
もちろん、それはエゴであり、独善の押し付けだと思う。
だけど、できるなら彼女達の手を血で汚したくないと思っているのだ。
でも、そんな想いなど知らない彼女は、苦言を斬って捨てた。
「大丈夫よ。瞬間解凍したら、元に戻るはずだから。そう、新鮮そのまま真空チルドよ?」
瞬間解凍って……戻る保証なんてないんじゃない? てか、その冗談、ちっとも面白くないよ? あのね。最新冷蔵庫の宣伝じゃないんだから、新鮮そのままでも、死んでたら意味ないじゃん……だいたい、真空の時点で死んじゃうじゃんか……
正直言って、人生でこれほど笑えないジョークを聞いたのは初めてだった。
あまりのぶっ飛び具合に、言葉すら見当たらない。だけど、愕然とする意識を奮い立たせ、脱力する脚に力を入れる。
そして、なるべく角が立たないように言葉を選びつつ、笑顔で彼女を
「あのね、氷華。四月一日はもうとっくに過ぎたからね。それに冗談を言ってる場合じゃないよ」
ところが、冗談ではないと首が左右に振られた。
「何言ってるのよ。冗談なんて言ってないわよ? それに、台東区から攻められた時も、みんな元に戻ったし、大丈夫よ。まあ、凍傷で大変だったみたいだけど……というか、黒鵜君、なんか顔が歪んでない?」
うぐっ 顔が歪んでいる? いや、それよりも、今のが冗談じゃないんだ……そうなんだ……てか、凍傷で大変って……全然、大丈夫じゃないじゃん。だいたい、春に凍傷とか、ここはいったい何処なのさ。
「ぼ、僕の顔は良いんだ。それよりも――」
動揺する心を落ち着かせ、改めて釘を刺そうとしたのだけど、彼女は肩を竦めつつ言葉を被せてきた。
「そんなことよりも、向こうはピンチみたいよ?」
そんなことって……僕にとっては……はぁ!?
彼女の発言に不満を感じつつも、促されるままに視線を別方向にやると、そこでは逃げ惑う人達を容赦なく攻撃する者達の姿があった。
こ、この人達、マジ? マジでここまでするの? これが同じ人間のすることなの?
「奴等を人として対処するのか、魔獣と同じだと思って対処するのか、その違いでしかないと思うわ。いえ、私からすると、魔獣以下の価値だと思うわ」
僕の表情から何かを察したのか、氷華は無抵抗な者を容赦なく屠っている男達を睨みつけ、奴等は人ではないと言ってのけた。
確かに彼女の言い分も分かる。
逃げる北板のメンツが男だと、容赦なく魔弾がぶち込まれ、無残な屍と化してる。
そして、女だと……
ダメだ。この人達、許せないや……
「そうよ。いい顔になったじゃない。多分、私達のことを気にしてるのだと思うけど、それは杞憂よ。だって、奴等を人間扱いする必要なんてないもの。なにしろ、武器を向けてくる者に情けをかけると、自分だけじゃなく、大切な人すら守れないものね」
そうだけど……いや、いまさらだよね……
「分かったよ。でも、あまり無茶はしないでね」
「分かってるわ。それよりも、急いだほうが良さそうよ? 女の人が次々に捕まってるわ」
「うん。行ってくるよ!」
「いってらっしゃい! 手加減は無用よ?」
「うん。分かってる」
「ふふふっ、そうみたいね。氷結!」
彼女が何を感じ取ったのかは知らない。だけど、微笑みを向けてくる彼女は、こちらに向かってくる後続の敵に魔法をぶちかました。
その容赦のない一撃は、氷結の魔女の二つ名に恥じることのない結果を作り出す。
一瞬にして、瓦礫ごと敵を氷漬けにしている。
さあ、それじゃ、ちょっと暴れることにするかな。いや、無残に殺された人達の無念を晴らしてこよう。
凄惨な光景を目の当たりにして、僕は怒りの炎を燃え上がらせつつ、ゆっくりと足を踏み出すのだった。
その光景を言い表すならば、間違いなく阿鼻叫喚と呼ぶだろう。
まさに地獄絵図と言わんばかりのその有様に、恐怖よりも怒りを覚えてしまう。
「風刃!」
面白くないジョークを放ちながら、なんでもかんでも氷漬けにしている氷華のことなど、既に脳裏から消え去り、目の前の現実だけが執るべき行動を決定する。
あなた達は獣以下なんだね。もう良心よりも自分の欲望の方が尊いんだね。だったら、僕も鬼になってもいいよね? あなた達に苦痛を味合わせることになっても仕方ないよね?
疾風の如く一気に駆け抜け、敵の前で足を止めた途端、女性を抱える男の腕を有無も言わさず切り落とす。
もちろん、抱え上げられた女性に傷ひとつ付けてはいない。
「ぐぎゃーーーーーー!」
「きゃっ!」
腕を斬り飛ばされた男は、鮮血を撒き散らせながら絶叫をあげ、地に落ちた女性は驚きの声をあげる。
その光景は酷く凄惨なのだけど、全く罪悪感を抱いていない。いや、寧ろ笑みを零しているかもしれない。
自業自得だよ。ああ、僕のことは恨んでもいいけど、悔やむなら自分の所業にしてね。さあ、次だ! 風刃!
敵が絶叫に意識を奪われている間に、次々に捕まっている女性達を解放していく。
当然ながら彼女達を捕まえていた男達は、風の刃によって五体満足ではなくなっている。というか、痛みの所為で地面に転がってもがき苦しんでいる。
「さあ、ここは僕が食い止めるから、逃げるんだ」
「えっ!? あ、あなたは?」
「通りすがりの魔法使いさ。そんなことよりも、みんな、早く逃げて」
「ま、魔法使い? あっ、は、はいっ! あ、ありがとう」
少し格好をつけてみたのだけど、どうやら不発だったみたいだ。不思議そうな表情の女性達からガン見される。
ただ、彼女達もそれどころではないと気付いたのだろう。
感謝の言葉もそこそこに、敵と反対方向に走り始める。
あぅ、思いっきり外しちゃったよ。格好なんてつけるんじゃなかった……
必死に平静を装いつつも自分の発言を後悔していると、男達の怒声が響き渡る。
「こ、このガキか!」
「てめ~! よくも!」
「こいつ、能力者みたいだぞ」
「関係ね~! こんなクソガキ、撃ち殺せ!」
いまだ健在な男達が、やっと僕の仕業だと気付いたみたいだ。
でも、やはり十六才じゃ貫禄もなければ、驚異的にも思われないみたいだ。
というか、奴等は罵声もそこそこに、容赦なく銃を撃ち放ってきた。
魔弾か……やっぱり、武器を使った能力の方が、魔法よりも取っ付き易いのかもね。
「風刃乱舞!」
縦割れの瞳は、奴等の魔弾を易々と捉える。
こんなものは、見えてしまえば何も怖くはない。
慌てることなく、風刃の乱れ撃ちで放たれた魔弾を霧散させる。
「な、なんだと!」
「こ、このガキ、魔弾を無効化しやがった」
「かまうこた~ね~! みんなで撃ち捲れ!」
一瞬は怯んだものの、奴等は直ぐに気を取り直して弾幕を浴びせかけてきた。
「ん~、無駄無駄! 風刃乱舞」
魔弾を避けるために空へと舞い上がり、奴等にお返しのカマイタチの嵐を食らわせる。
その攻撃は、奴等の腕や足を易々と切り飛ばし、空気を真っ赤に染め上げる。
「うぎゃーーーーー!」
「あぎゃーーーーー!」
「う、腕が! お、オレの腕が!」
「あ、あし、足、足……」
五体満足でなくなった者達が悲痛な叫びをあげるのだけど、全く同情の余地もない。
そう、氷華の言う通り、敵を屠らんとする者は、己が屠られても文句など言えないと思う。
だから、全く気に病むことなく男達を殲滅していく。
もちろん手加減はしている。その気になれば、声を出す暇さえ与えずに灰へと変えることすらできるのだ。
でも、まだ捕らわれている女性も居るみたいだし、やたらめったら焼き尽くす訳にもいかないんだよね。
地面に転がって呻く男達から視線を外し、いまだ捕らわれている女性に視線を向ける。
捕まっているのは、あと十人くらいか……敵は……五十人以上はいるかな……う~ん、人質にされると厄介だね。どうしようかな……
再び地に降りつつ、女性を助け出す方法を考える。
そして、一つの結論に辿り着いた。
よし、ちょっと周りの人には痛い目に遭ってもらおうかな。
周囲を見渡し、離れたところから僕を狙っている集団やいまだ北板の者達に襲い掛かっている者達、そんな敵の状況を確認する。
そして、周囲の者達には申し訳ないのだけど、少し見せしめになってもらうことにして、目の前の男達に忠告する。
「ねえ、死にたくないよね? だったら、さっさと逃げた方がいいよ」
「なんだと! このクソガキ、調子に乗りやがって!」
「ぬっ殺してやるぜ!」
「ちょっと能力に芽生えたからって、偉そうにするガキが気に入らね~んだよ!」
「死ね! この厨二!」
どうやら、忠告は火に油を注ぐ結果となったみたいだ。
まあ、こういう奴等は、自分達の方が強いと思ってるからね。それが幻想だと分からせた方が早いか。少し可哀想だけど……
「馬鹿だな~。さっさと逃げ出せば、痛い目に、いや、死ななくて済むのに。あなた達を皆殺しにするなんて、とても簡単なことなんだよ? 大災害!」
息巻く男達に向けて
その途端に、爆音と衝撃波が放たれ、数十人の男が空を舞った。
お~っ、飛ぶ飛ぶ! めっちゃ飛んだよ?
さすがに、人間が爆発で吹き飛ぶ光景には度肝を抜かれたのだろう。女性を捕らえている男達が唖然としたまま立ち竦んでいる。
だけど、それに構ってやる暇はない。
「はいっ! そっちも吹き飛んでね! 爆裂!」
先程とは別の場所で、逃げる者を追っている男達にも爆裂を食らわせる。
「さて、これでこの辺りに残ってるのは、あなた達だけになったけど、どうするの? 風刃!」
「ぐぎゃーーーーー!」
呆けたまま立ち尽くす男達に問い掛けつつも、女を捕まえている男の腕を斬り飛ばす。
男は鮮血と絶叫を撒き散らしながら地面をのたうちまわる。
だけど、全く気にすることはない。いや、ここで容赦したら、奴等の思うツボなのだ。
「さあ、次は誰がいい? う~ん、あなたにしよう。風刃!」
「あぎゃーーーーー!」
「うるさいな~! 次は~~~~」
またまた、女性を捕まえていた男の腕が飛ぶ。
更に、次なる獲物に手を向ける。
さすがにそうなると、残りの男達は慌てて女性から手を放した。
そして、恐怖で顔を引き攣らせたまま罵り声をあげる。
「こ、こいつ、狂ってやがる」
「や、やばいぞ! このガキ、完全にイカレてるぞ」
「に、逃げろ!」
「このガキ、基地外だ!」
「だから、厨二に能力なんて与えるべきじゃないんだ。こ、こら、置いていくな!」
うわ~、なんかムカつく! こいつら、めっちゃ失礼だよね……いっそ、みんな吹き飛ばしてやりたいな。だいたい、自分達のことを棚の上にあげて何言ってんのさ。
無性に大災害を叩き込みたくなるのだけど、爆裂で勘弁してあげることにした。
「ありがとうございます」
「ほ、本当に助かりました」
「感謝します。あ、あの、あなたは?」
逃げる敵が空中遊泳を始めると、助かった女性たちが集まり、涙を零しながら感謝の言葉を伝えてきた。
ただ、助けてはくれたものの、僕の存在が気になるみたいだ。
誰もが、不安げな表情を向けてくる。
「ああ、大丈夫ですよ。僕は助っ人なので。それよりも、早く帝京大学に避難してください」
そう、助けなければならない者は、彼女達だけではない。
まだ、あちこちで戦闘が行われていて、多くの者が被害に遭っている。
だから、彼女達に逃げろと告げ、そのまま宙に駆けあがる。
「うわっ! 空を飛んでるわ」
「すごい!」
「なんか、超かっこいいかも」
「頑張ってください」
「ありがとうございました」
そう? 格好いい? えへへへ。
助けた女性からの声が届き、少しばかり浮かれた気分になってくる。
ただ、ここでニヤケていると、氷華から撃ち落とされるかもしれない。だから、彼女達に軽く手を振って終わりにした。
そして、次なる場所を決定するために、少し高い場所まで上がる。
あそこと、あそこ、それと……なんか、寒気がするんだけど……うはっ! 氷華、やり過ぎだよ……
敵の分布状況を確認していると、視界に氷の世界が入り込んできた。
その光景は、台東区から襲ってきた者達と戦った時の比ではなかった。
まさに氷の世界であり、凡そ五百メートル四方が白銀の世界に生まれ変わっている。
道理で寒いと思った……てか、驚いてる場合じゃなかったんだ。
ヒンヤリとした冷たさを感じて、思わず身震いしてしまう。
ただ、逃げ惑う者達の叫び声を耳にしたところで、直ぐに主目的を思い出す。
一凛も大丈夫そうだし、もう少しだね。それじゃ、あの本隊らしきところを攻めるか……ああ、その前に……風刃乱舞!
氷の世界の向こうで、時折見え隠れする黒球を見やり、一凛が健在なことに安堵の息を吐く。
そして、上空から眺めて一番敵の多そうなところに目星をつけるのだけど、そこへと向かう前に、いまだに逃げ惑う北板の者達を追っている敵に向けて、刃の嵐を進呈する。
う~ん、ちょっとやり過ぎたかな……これじゃ、氷華のことを言えないや……でも、自業自得だよね。さて、次はあっちかな。
鮮血が舞うだけではなく、人の腕や足が斬り飛ばされる光景を見やり、少しばかりやり過ぎかと考えつつも、気を取り直して、北板の面子に襲い掛かる部隊を虱潰しにしていくのだった。
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