77 お約束の展開
飢えに飢えたと言わんばかりのマンティコアは、巨大な羽を器用に動かし、氷華が作り上げた巨大な氷壁を易々と越えてきた。
人間などいとも容易く飲み込んでしまいそうな口が大きく開かれ、鉄をも穿つのではないかと感じる鋭い牙が露わになっている。
おまけに、まるで僕達をメインディッシュと勘違いしているのか、溢れんばかりの唾液を撒き散らしながら襲い掛かってくる。
しかし、一人で先行した眞知田さんは、全く臆することなく腕を振っている。
「くたばれ! このライオンもどき!」
確かにライオンみたいだけど、もどきはどうかと思う。だって、こっちの方が凶悪なんだからね。
彼女が腕を振る度に、ファンネルからはエネルギー波が放たれ、マンティコアの巨体を容赦なく貫く。
その攻撃は、奴等に呻き声を上げさせ、身を捩らせるほどの苦痛を与えていた。
ただ、奴等の巨体から考えると、その攻撃はかすり傷に等しいかもしれない。
まるで、群がる蚊を鬱陶しいと感じる人間であるかのように、苛立ちを露わにしているものの、戦意をそぐほどの効果は出ていない。
拙いかな。彼女の攻撃は確かにヒットしてるけど、あれじゃ、焼け石に水みたいだね。ここは範囲攻撃が得意な氷華に頑張ってもらおうかな。
「氷華!」
「任せなさい。貫け、氷槍!」
僕と同じことを考えていたのか、名前を呼んだだけで、彼女は氷の槍を降らせる。
彼女が華麗に腕を振るう度に作りだされる氷の槍は、一つ一つが電柱くらいのサイズなのだけど、それがマンティコアの群れに向かって局所的に降り注ぐ。
その数は......ん~、あんまり多くて、数えられないや......
「来たのか、ジャリ、って、与夢、来ちゃダメだって言ったよね?」
マンティコアを串刺しにする氷の槍を目にして、僕等が来たことに気付いたのだろう。眞知田さんが振り返るのだけど、どうやら僕まで来ているは考えてなかったようだ。
それにしても、僕に対してだけ、あからさまに態度が違うよね? 口調まで全く違うし......
態度を豹変させる眞知田さんに呆れてしまう。ただ、彼女は怒っているみたいだ。眉間に皺を寄せて僕を睨みつけてくる。
なんか、僕だけ
それはいいとして、いい加減、僕は不機嫌そうにする眞知田さんの間違いを訂正する。
「あのね。僕はそう簡単にやられたりしないから。気にしなくてもいいんですよ」
なるべく棘がないように説明してみたのだけど、どうやらそれが拙かったみたいだ。
「もうっ! そんなこと言って! 背伸びは命とりなのよ」
背伸びって......ああ、そういえば、最近、背が伸びてきたんだよね~って、違うか......まあいいや、今は説明している時間もないし、さっさと片付けようか。
「一凛は、氷華と眞知田さんの護衛をお願い」
「え~~~~~っ! 乳牛もかよ」
「いがみ合ってる場合じゃないよね?」
「ちぇっ! 分かったよ」
遠距離攻撃を不得意としている一凛に護衛を頼むと、あからさまに不服そうにするのだけど、僕が本気だと感じたのか、渋々ながら頷く。
でも、僕等の会話が聞こえたのだろう。眞知田さんが片眉を吊り上げた。
「あたいは護衛なんていらんぞ。与夢を守ってろ!」
「うるさい。黒鵜がうちらのリーダーだからな。お前が何をいっても意味はないんだよ」
「リーダー? 与夢が?」
「そういうこと。ほらっ、来たぞ! さっさと撃て!」
不満を口にする眞知田さんを一蹴し、一凛は攻撃を急かす。
よし! これで何とかなるかな。残りはっと......ん~、あんまり減ってないね......よし! って、全然よくないや......
氷華の攻撃を食らって、少なからず痛手を負っているはずなのだけど、動けなくなっている個体はそれほど多くない。
まずっ!
身体の至る所に氷の槍を突き立てられているはずなのに、マンティコアはまるで痛みを感じていないかの如く、氷華に向かって襲い掛かる。
「くっ、しぶとい奴だ! こいつは貸だぞ」
氷華はすぐさま氷壁を張ってマンティコアを阻もうとするのだけど、その前に眞知田さんがファンネルから無数のエネルギー波を撃ち放つ。
その攻撃が見事に頭を撃ち抜くと、さすがのマンティコアも白目を剥いてその場で力尽きた。
「ちょっ、勝手にやって貸になんて――氷槍!」
不服そうな氷華はすぐさまクレームを入れようとするのだけど、自慢げにする眞知田さんが視線を逸らした隙に、別のマンティコアが彼女に襲い掛かるのを察し、透かさず氷の槍を放つ。
極太の氷槍は、見事にマンティコアの延髄を貫き、呻き声もあげる余裕さえ与えない。
「これで貸し借りなしよ」
「ちっ......」
氷華は不敵な笑みを見せ、眞知田さんは顰め面で舌打ちする。
だけど、そんなことをやってる場合じゃないと思うんだ。ほら、じゃんじゃん来てるよ。
「大災害! 今はいがみ合ってる場合じゃないよ。早く倒さないと」
「そ、そうね」
「な、なに、なに、今の......今の魔法! 与夢の魔法!?」
次々に襲い掛かってくる敵を足止めするために、僕は周囲の破壊を気にしつつも、爆裂の上級版をぶちかます。
もろに食らった四体のマンティコアが上半身を微塵にぶちまけ、下半身だけを力なく地に転がしている。
僕の魔法を見慣れている氷華は、然して驚く子もないのだけど、眞知田さんは唖然とした様子で視線を向けてきた。
まあ、僕のことを勘違いしてたみたいだし、行き成りこの魔法を見たら驚くよね......
「やっぱり、黒鵜君の魔法じゃ、被害が大きいわ。大人しく見ていてちょうだい」
「やっぱり、被害が大きい? これが与夢の力なの? 桁違いじゃない。なんなの、この在り得ない力は......」
氷華が僕に規制をかけてくると、ただでさえ呆気にとられていた眞知田さんが愕然としていた。
でも、彼女には悪いけど、それに付き合っている余裕なんてない。
「眞知田さんも、もう少し気を引き締めないと。まだ戦いは終わってないんだからね」
「そ、そうだった。ご、ごめん。というか、与夢の魔法で全部終わるんじゃない?」
彼女は頷きつつも、僕の力を知ったことで、自分の戦いが無意味だと感じたみたいだ。
「まあ、僕の攻撃だと、奴等を殲滅できても焼け野原になるからね。僕としては、それでもいいけど......向こうの建物とか壊しちゃダメなんでしょ?」
「あ、ああ、あそこには、まだ物資が残ってるから、壊してもらっちゃ困るわ」
「それなら、僕が出張るのはあんまりよくないよ。それに、色々と事情があって、マナの量も制約があるんだ」
「制約? いや、今は戦う時よね」
「そうだよ。今はできるだけ被害を小さくしつつ、こいつらを片付けないとね」
「そうだぜ。さっさと終わらせて飯にしようぜ。腹が減っちまった」
動揺する眞知田さんを何とか落ち着かせ、戦いに戻ろうとしたのだけど、最後は一凛の悲鳴のような腹の音で締めくくられたのだった。
大空を駆け巡るファンネルからエネルギー波が放たれ、猛然と襲い掛かってくる巨大なマンティコアの脚を止める。
すると、次の瞬間には、人の三倍はあろうかと思える氷の槍が、容赦なくマンティコアの赤い身体を串刺しにする。
いい感じだね。数撃ちの精度と威力は眞知田さんの方が高いけど、一撃必殺の攻撃力は氷華の方があるから、この敵だと今の戦い方が良いみたいだ。
「ちっ、ここは華を持たせてやるさ」
「まあ、当然だわ」
「な、なんだと!?」
連携した戦いで敵を屠っている二人だけど、残念なことに、いがみ合いの方も続いている。
確かに、眞知田さんがフォローをしているような状況だけど、彼女の力は絶大だと思える。
その精度といい、攻撃の速さといい、かなりの強者だ。
だって、この状況だと、氷華一人じゃ対処できないはずなんだけど、それを認めるのが悔しいんだろうね。
二人とも、もうちょっと、素直になればいいのに......
「まあまあ。次が来たよ」
「ちっ! 今日は与夢に免じて目を瞑ってやる。食らえ!」
僕が宥めると、眞知田さんは悪態を吐きながらも、敵の動きを封じる。
すると、氷華はすぐさま目くじらを立てる。
「はぁ? 正直に言いなさいよ! 私の方が強いって」
「ほらっ! 氷華! お仕事だよ。それとも、僕が片付けようか?」
不満の声をあげる氷華だけど、僕が諫めると、頬を膨らせながら魔法を放つ。
「うっ......烈氷撃!」
ほんと、どうしてこの状況でケンカを続けるかな~。二人が協力すれば、凄い攻撃力になるのに......てか、残り八体くらいか......
氷華と眞知田さんのやり取りに呆れつつも、やっと終わりが見えてきたことで、僕は大きく息を吐き出す。だけど、直ぐに気を引き締める。
だって、既にマンティコアが脅威ではないと知りつつも、何が起こるかなんて分からないのだ。
「あと少しだね。気を抜かずにやろう」
「そうね。少し疲れてきたし、ここで息を抜いたら墓穴を掘りそうだわ」
「何言ってんだ。お前はいつも墓穴を掘ってんじゃんか」
確かに、氷華の墓穴は定評があるけど、一凛も負けてないからね?
「ん? どうしたんだ? 奴等の様子が変だぞ」
心中で一凛のツッコミに、秘技ツッコミ返しを浴びせていると、眞知田さんが怪訝な表情を見せた。
というか、彼女が訝しく思うのも当然かもしれない。
それまで遮二無二向かってきてきたマンティコアが、僕等から一定の距離を取ると、揃って遠吠えを始めたのだ。
なんか嫌な予感がするんだけど......
奴等の行動が何を起こすのかは定かじゃないけど、どうにも胸騒ぎが止まらない。
このパターンって、大抵はボス登場だよね?
「これって、もしかして、お約束なのかしら」
「ああ、親分を呼んでるんだろうな」
どうやら、氷華と一凛も同じことを考えたのか、遠吠えを続けるマンティコアを眺めつつ、自分達の予想を口にする。
ただ、二人の余裕の態度が気に入らなかったのだろう。
「おいっ、呑気にしてるばあいじゃないだろ! 厄介なことになる前に、さっさと片付けるぞ」
眞知田さんが不機嫌な様子を露わにした。
まあ、僕としても眞知田さんに賛成だ。
余裕をぶっこいて、あとあと大惨事なんて目も当てられないからね。
「そうだよ。呑気にしてる場合じゃないよ」
「分かったわよ。もうっ! 最近の黒鵜君って、完全に守りに入ってるわよね」
「ちっ、昔の黒鵜が懐かしいぜ」
「何を言ってるのさ。僕は昔から保守的だよ?」
心外な言葉を浴びせかけられて、氷華と一凛にクレームを入れるのだけど、やっぱり、そんなことをしている場合じゃなかったみたいだ。
建物を踏み壊しながら現れた存在を目にして、眞知田さんが驚愕の声を漏らした。
「な、なんだと! なんだあれは!」
さすがに、これは僕も驚きかな......
「ちょっ、これはさすがに大き過ぎない? 突然変異かしら」
氷華、そんな問題じゃないよね? まあ、大き過ぎるのには同感だけど......
「プロテインでも飲んだのか? なんか、ムキムキだぞ」
一凛、それも在り得ないよね? まあ、確かにムキムキだけど......
僕等が唖然と見上げる存在は、先程から襲い掛かってくるマンティコアと同種に見える。
ただ、大きく異なる点があった。
それは、その巨体が桁外れであり、やたらとムキムキしているのだ。
「これって、大型タンカーくらいある?」
「ん~、確かに、それくらいはありそうね。これは戦い甲斐がありそうね」
「でも、ベヒモスに比べりゃ、小さいもんじゃね~か。さっさと片付けちまおうぜ」
氷華も、一凛も、いい加減にしてよね。昔の僕ならまだしも、こんなの、どうやって倒すのさ......
「これは尋常じゃね~だろ。でも、逃げる訳にもいかんし、取り敢えず、ぶち込んでみるか......食らいな!」
僕が二人の彼女に呆れていると、眞知田さんは焦りつつも、大空を舞うファンネルで集中攻撃を食らわした。
だけど、悲しいかな、その攻撃は見事に弾かれてしまった。
というか、その光景は、まるで車に爪楊枝でも突き立てているかのように感じられる。
「うはっ......」
「全然、効いてないんじゃない?」
「今、欠伸したよな?」
「うぐっ......」
まるで動じていないマンティコア親玉を目にして、僕が思わず驚きの声を漏らすと、氷華と一凛も呆れた声を発した。
攻撃を仕掛けた眞知田さんはと言えば、がっくりと肩を落として呻き声を漏らすのだけど、氷華と一凛の言葉が気に入らなかったのだろう。
すぐさま、反撃を浴びせかけた。もちろん、敵にではない。
「うっせ! ジャリ。だったら、お前がやってみろ」
真っ赤な顔をした眞知田さんの様子が悦に入ったのか、氷華は微笑を浮かべながら一歩前に出る。
そして、我に敵なしと言わんばかりの表情で、右手をマンティコア親玉に向けた。
ただ、彼女が口にした言葉は、少しばかり恥ずかしい。
「ふふふっ、とうとう乳牛が泣きを入れたわよ。見てなさい。これが氷の女王の力よ!」
「ぷぷっ、自分で言うかよ......痛すぎるぞ」
当然ながら、一凛からのツッコミが入る。
「そこっ、うるさいわよ! 氷塊弾!」
一凛に文句を言いつつも、氷華は凶悪な魔法を発動させる。
ちょっ、ちょ~、なんて魔法を使うのさ!
彼女が魔法を放った途端、僕は空を見上げる。
すると、大空には巨大な氷の塊があった。
そう、彼女が放ったのは、巨大な氷塊を敵にぶつける魔法なのだ。
その大きさはというと、ビルかマンションかと思えるほどに巨大であり、僕等も慌てて退避する。
「やばいっ! 一凛、眞知田さん、さがって! 氷華も――」
「この考えなしが!」
「このジャリ、アホか!」
僕が撤退の声をかけると、一凛と眞知田さんが罵声を吐き出す。
でも、魔法を放った本人は、とても満足そうだ。
「ふふふっ、あはははははは」
氷華、笑ってる場合じゃないよね?
高笑いを続ける氷華の腕をとって、大学の敷地近くまで戻った僕は、呆れて物が言えないのだけど、それよりも結末が気になってしまう。
なにしろ、あまりに巨大な敵、あまりに大きな味方の攻撃、どちらも正気を疑う状況なのだ。
「きたきたきた! うわっ!」
巨大な氷塊が落下するのを見て、一凛が顔を引き攣らせているのだけど、僕はその光景を見て唖然としてしまう。
というのも、マンティコア親玉は、巨大な羽を羽ばたかせて宙に舞い上がると、氷華の作り出した氷塊を軽々と蹴飛ばしてしまったのだ。
「凄いキックだ。あれって、中川まで蹴り飛ばされたんじゃない?」
「くくくっ、あはははははははは。蹴飛ばされてやんの。あはははははははははは」
「さすがは氷の女王様だな。なんて、軽い攻撃だ。でも、被害がなくて良かったぞ。くくくっ」
僕が氷塊の行方を気にしていると、一凛が爆笑し、眞知田さんが呆れた顔で肩を竦める。
「ぬぬぬぬぬ! な、何を笑ってるよ! ピンチなのよ!」
それまで高笑いしていた氷華が、真っ赤な顔で逆切れするのだけど、確かに、彼女の言葉は尤もだ。
さて、このピンチをどう打開する? なんてのんびり考えている暇もなさそうだね。
大空から一気に急降下してくるマンティコア親玉を見やり、僕は覚悟を決める。
「三人とも退避して! 氷華は大学に氷の結界を張ってね」
「こうなったら、仕方ないわね。分かったわ」
「おっ、やっと黒鵜がやる気になったな。さっさと終わらせてくれ。もう腹が限界だ」
僕が方針を伝えると、氷華が肩を竦め、一凛は空腹具合を訴えてきた。
だけど、眞知田さんは、僕の考えが理解でないのだろう。顔を青くして手を伸ばしてくる。
「な、何を言ってるの? 与夢が残って何をする気なの?」
「まあ、ここは僕に任せてよ。それと、眞知田さん、ごめんね。少し被害が出るかもしれないけど、勘弁してね」
「ま、まって、与夢、ダメ!」
「氷華、一凛、あとはお願い」
引き留めようとする眞知田さんに謝りつつも、僕は後のことを二人に任せて大空に駆け上がるのだった。
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