75 空中戦?


 一凛の仕掛けた攻撃は、勝負の行方を決めると共に、彼女すら予想もしてなかった結果を生み出した。

 なにしろ、倉敷さんは自分の電撃を食らい、まるで末期状態であるかのように白目を剥いてピクピクと痙攣しているのだ。

 誰もが、対戦相手である一凛までもが、顔を青くして焦りを見せた。

 だけど、さすがは愛菜と称賛すべきだろう。倉敷さんは見事に彼女の再生魔法で一命を取り留めた。というか、きれいさっぱり元の状態に戻った。そう、チリチリになったパンチパーマも元のショートヘアに復帰している。


「ふ~っ。間に合って良かったです」


 魔法を完了させた愛菜が息を抜くと、心配そうな眞知田さんと大粒の涙を浮かべる穂積さんが、横たわる倉敷さんに声をかける。


「知世、大丈夫か? 生きてるか?」


「知世。返事をして! 大丈夫なの?」


「うっ......ん......んん......ここは! あっ、唯花、薫......私......フルーツパフェがいい」


「ばかっ! この混沌の世界に、うんなもんがあるか!」


「良かった......いつもの知世だ。生きてて良かった......」


 倉敷さんがよくわかんないボケをかますと、眞知田さんは怒鳴りつつも笑みを見せ、穂積さんは笑いながらポロポロと涙を零していた。


 うん。良かった良かった。一凛に悪気がなかったにしても、彼女が死んだら大変なことになったに違いない。

 でも、これで、こんな不毛な戦いは終わりだし、万事、丸く収まって良かったよ。


 あまりの惨事が起きたことで、この無意味な戦いに幕がおりたと考えていたのだけど、どうやら、それは僕の早計だったみたいだ。


「これで私達の力が分かったでしょ」


 ちょ、ちょ、ちょ~~~っ、氷華、そんな言い方をしたら......


 焦る僕は心中で悲痛な声をあげる。ただ、それは肉声になることなく、悲惨な結末だけが降りかかってくることになる。


「だまれ! ジャリ虫! 勝負はこれからだ」


 眞知田さんはこめかみをヒクヒクさせながら、ムキになって反論する。


 ほら......こんな戦いなんて無意味なのに......


「じゃりむし......誰がジャリ虫よ! この乳牛!」


「やかましい! 地平線!」


「むっかーーーーーー!」


 もはや、売り言葉に買い言葉だろう。ガックリと項垂れる僕を他所に、氷華と眞知田さんは頭突きをせんばかりの距離で、睨み合ったまま火花を散らす。


 だめだこりゃ......こうなったら、もう手が付けられないや......


 諦めの境地に陥った僕の心境など、知ろうはずもない二人は、さらにエスカレートしていく。


「なんだと、このぺちゃパイ小娘! 表に出ろ!」


 いやいや、眞知田さん、ここは表なんだけど......


「うるさいオバサンね。いいわよ。どこでも出てあげるわよ」


 だから、ここは外なんだって......


 怒りのあまりに、意味不明な言動を執る二人を見やり、呆れて肩を竦めてしまう。

 だけど、それすらも眼中に入らないのだろう。二人はズカズカと歩き始める。


「あたいが白黒つけてやるよ」


「ああ、さすがは乳牛ね。白黒は専売特許だものね」


 ちょっ、確かにホルスタインは白黒柄だけど、他の種類じゃ、ちゃんと茶色い乳牛もいるからね。


 思わず、氷華の罵りを訂正してしまいそうになるのだけど、ここで首を突っ込むと、藪蛇どころか、自殺行為になりそうだと思い、僕は慌てて両手で口を押える。

 しかし、そんな僕とは裏腹に、一凛は景気の良い声をあげる。


「うちが譲ってやったんだから、絶対に負けんなよな!」


「当ったり前じゃない。即行で終わらせるから、大人しく見てなさい」


 眞知田さんと睨み合っていた氷華が、チラリとだけ視線をこちらに向け、愚問だと声高に叫ぶ。

 もちろん、それは眞知田さんの耳にも入る。


「ぬおっーー! ほんとにムカつく無乳娘だ!」


「誰が無乳ですって!」


 ちょ~~、二人とも可愛いのに、何もかもが台無しだよ?


 地団太を踏む眞知田さんと発狂寸前の氷華を目の当たりにして、千年の恋も冷めそうだと感じる。

 だけど、そんな僕など誰も見ていない。それどころか、穂積さんと倉敷さんが、喚起の声を放った。


「唯花、油断しちゃダメよ」


「こいつら、半端ないわよ。気を付けてね」


「心配すんな。あたいがこんなジャリに負けるかよ!」


 どうしてこうなるんだろう......僕等って、九重さんから説得を頼まれたはずだよね?


 助けを求めるかのように、愛菜へと視線を向けるのだけど、彼女は僕の眼差しに気付くと、ゆっくりと首を左右に振る。

 それは、間違いなく諦めろというサインなのだろう。

 その隣では、萌が「やっちゃえ! やっちゃえ!」とか騒ぎながら腕を突き出している始末だし、何が狂ってこうなったのか、僕は愕然としつつ頭を抱え込むことになるのだった。









 土と瓦礫からなる荒れ地に、二人の女性が向かい合っている。いや、その年齢から考えて、少女二人と言った方が妥当だと思う。

 その向かい合う少女二人の距離は、二十メートルくらいだろうか。

 片方は、僕の仲間であり、彼女である氷華だ。

 彼女は顰め面のまま、向かい側に立つ眞知田さんを睨みつけている。

 眞知田さんと言えば、既に戦闘モードに突入したのか、怒りというよりも冷たい眼差しを見せていた。


 こりゃ、倉敷さんとは桁が違うかも......


 僕の直感が、彼女は強いと告げてくる。

 だけど、氷華なら大丈夫じゃないかとも思えてくるのが不思議だ。

 きっと、これは勘ではなく、これまで共に死線を潜り抜けてきた信頼だと思う。


「あの乳牛、結構やるかもな......」


 どうやら、一凛も感じるものがあったのだろう。僕の隣でボソボソと呟く。


 だから、こんなこと、止めればいいのに......どっちが強いかなんて争っても意味ないじゃん。だいたい、得手不得手とか、相性なんかもあるだろうし、単純にどっちが強いかなんて測れないと思うんだけど......


 未だ戦いに納得できない僕は、言葉にこそしないが、心中でブツブツと愚痴を零す。

 ただ、一凛は僕の考えを察しているようだ。


「まあ、戦うことが無意味なんてことはないさ。九重さんの頼みも忘れてないぞ。だいたい、これで氷華が勝ったら、奴等にうんと言わせられるだろ?」


「確かにそうだけど......死んじゃう危険性だってあるよね? だいたい、再生魔法だって、万能じゃないんだから。てかさ、一凛は自分が戦いたいだけなんじゃない?」


 一凛の考えは理解できるのだけど、だからって力で解決するという方法は、これから襲って来ようとしている無法者と同じだよね?


 いまいち納得できない僕が、ジト目をむけると一凛は顔を引き攣らせる。


「うぐっ......まあ、そういうな。時には力を見せつけるのが大切なことくらい、お前だって知ってるだろ?」


「そうだけどさ......」


「ほらっ、始まるぞ!」


 ちぇっ......都合が悪くなったらこれだもん......


 僕との会話を打ち切って、彼女は視線を氷華と眞知田さんに向ける。

 その途端だった。眞知田さんが羽織っていたローブを広げた。


「で、でかい!」


「どこ見てんだよ!」


「いたっ!」


 思わず、大きなダブルパイの感想を漏らしたら、一凛から頭に拳骨を食らってしまった。

 両目から火花を散らしつつも、一凛にクレームを入れようと思ったのだけど、その前に萌から怪訝な声が発せられた。


「あれって、なんだろ?」


 ん? まさか......


 僕は自分が目にした物体に嫌な予感を抱く。

 というのも、眞知田さんが大きく開いたローブからは、まさにカリオストロのルパンが如く、沢山のロケットが放たれたのだ。


「ミサイル攻撃ですか?」


 空に飛び立った物体を目にした愛菜が首を傾げるのだけど、僕の勘は違うと叫んでいた。いや、もし彼女の言う通りなら、なんら心配することはないのだ。

 だって――


「氷壁!」


 ――氷華には鉄壁の守りがあるんだよね。


 無数に放たれたミサイルを防ぐつもりなのだろう。氷華はいつものように宙に氷の壁を展開する。

 ところが、ミサイルは一向に降り注がない。それどころか、空を縦横無尽に飛び交っている。


 どういうこと? あれって、ミサイルじゃないの? 違うとしたら、いったい、なんなの......


 不可解に感じて、地上の眞知田さんに視線を向ける。

 すると、鋭い眼差しで氷華を見据えていた眞知田さんの口元が、途端に吊り上がった。

 その不敵に思える笑みで、僕はピンときた。


「ダメ! 氷華! それって――」


 空を飛び交うミサイルの用途に気付き、焦って声をあげたのだけど、それは少し遅かった。

 氷華の死角に回り込んだミサイルが空中で静止すると、そこからエネルギー波を放ったのだ。

 多分、美静の能力と近しいものだろう。弾のない銃やランチャを撃つのと同じ原理だと思う。

 ただ、僕にはそれを宙から放つ発想はなかった。

 それは......それこそは......


「おいおい、どんなアニメ仕様だ!」


「あれって、ファンネルなんだ」


 そう、一凛と萌が呆れの声をあげた通り、ご都合主義、もとい、ファンネルだった。

 ただ、今はご都合主義云々を語っている場合ではない。

 瞬く間に、光の矢が氷華に降り注ぎ、容赦なく彼女の身体に突き立ったのだ。


「ちっ!」


「うわぁ!」


「ダメーーーー!」


 一凛、萌、愛菜、三人の悲痛な声が上がる。

 だけど、焦っている僕は、三人が声を放つと同時に飛び出していた。


「氷華----!」


 僕は鼓動を高鳴らせながら絶叫を上げ、一気に氷華へと向かおうとするのだけど、思わず足を止めてしまった。

 なぜなら、攻撃を食らったはずの氷華が、来るなと言わんばかりに、僕に向けて右手を伸ばしていたからだ。


「えっ!? 大丈夫なの?」


 僕の声が聞こえたかどうかは分からない。だけど、彼女はチラリとだけ視線を僕に向けると、ニヤリと笑みを見せた。


「うちらの位置からじゃ、分からなかったが、どうやら食らってなかったみたいだな。黒鵜、さがるぞ」


 いつの間にか僕の横に現れた一凛が、ホッと安堵の息を吐きながら、僕の右手を引っ張る。

 多分、邪魔になっていると言いたいんだろう。


「避けたの? あれをどうやって避けたのさ」


「しらん。でも、ぴんぴんしてるんだし、問題ないんじゃないか?」


 いまだに理解できない僕を、一凛は強引に元の位置に連れ戻す。

 引かれるままに後戻りするのだけど、僕はそこで疑問を抱いた。


 あれ? どうして、みんなあのエネルギー波が見えるの? あれって、僕の目だから見えるんだと思ってたんだけど......


 実際、射出されたエネルギー波には色があるはずなのだけど、それは人間の目で視認できないはずだ。

 多分、波長が可視光よりも長いのだと思う。

 ところが、僕の横に並んで観戦している一凛、萌、愛菜、三人とも見えてるみたいなのだ。あの攻撃を避けたことからして、おそらく氷華にも見えているのだと思う。

 ただ、それを問いかける暇すら与えてくれない。そう、仁王立ちしている眞知田さんが声を発したのだ。


「ジャリの癖して、あれを避けるとはやるじゃないか。だが、次は外さんぞ」


 ニヒルな笑みを浮かべてはいるけど、少しばかり顔が引き攣って見える。

 多分、避けられるとは思わなかったのだろう。


 てか、あんなもんをぶち込むなんて、眞知田さん、やり過ぎだよ......


 ファンネルからの攻撃を思い出し、僕は少しばかり憤慨するのだけど、氷華は全く気にしていないみたいだ。

 まるで、女王様のような雰囲気で、一歩前に右足を出すと、なぜか自慢げに薄い胸を張った。


「あれくらいはお茶の子さいさいなのだけど、まあ、いいわ。私も本気で相手をしてあげるわ。フェアリーモード!」


 ちょ、ちょ~~~、フェアリーモードって......勘弁して......


「はずっ! めっちゃ、恥ずかしいぞ、氷華!」


「ぷぷっ、フェアリーモードだって!」


「ちょ、ちょっと、一凛姉さん、萌、聞こえたら氷河期がきますよ?」


 あまりにも恥ずかしいワードを耳にして、僕が顔を引き攣らせていると、一凛が両手で自分の身体を抱いて身震いを始めた。

 その隣では、萌が必死に笑いを堪え、愛菜が二人を窘めている。

 ただ、運の良いことに、氷華には聞こえなかったようだ。というか、彼女は発光中だったりする。そう、変身シーンに突入しているのだ。


「おいおい、どこのセーラー戦士だ? 戦いの最中に変身する奴があるか!」


 驚くよりも、呆れた様子の眞知田さんが、変身シーンにケチをつける。いや、このタイミングで変身することに批判的だった。

 おまけに、味方からもダメ出しが生まれる。


「やっちまった......恥ずかしい......あれを格好いいと思ってるセンスがヤバいよな」


 いやいや、一凛のビキニアーマーもどうかと思うよ? こういうのを目糞鼻糞を笑うっていうんだよね......


 思わず、一凛のボケにツッコミを入れたくなるのだけど、後が怖いので必死に我慢する。

 ただ、戦場では、氷華が負けじと、眞知田さんのことを腐し始めた。


「何言ってるのかしら、乳牛のマスカレードとファンネルよりは、遥かにいいわよ。だいたい、ファンネルとか、どこの厨二かしら、いえ、フリーダムなの? それともササビーかしら」


「うっせ! それを知ってるお前の方が厨二だろうに」


「ひぐっ......」


 あっ、氷華が墓穴を掘った......


 花柄の美しいショートの着物ドレスを纏った氷華が、厨二を見破られて顔を引き攣らせる。

 だけど、気を取り直したみたいだ。直ぐに胸を張ると、右手を空に向けて振る。


「ふん。乳牛のファンネルなんて、全部、撃ち落としてあげるわ。氷結!」


 彼女が魔法を発動させた途端に、空には無数の氷の矢が生まれる。

 そして、途端に、空を舞うファンネルに襲い掛かった。


「ちっ、こしゃくな」


「ふんっ! まだまだ! 氷雨!」


 歯噛みする眞知田さんに対して、氷華は不敵な笑みを見せると、さらに氷の雨を降らせ始めた。

 ただ......


 ちょ、ちょ、ちょ~~~~こっちにまで降ってるじゃん! 氷華のバカ!


「土壁!」


 心中で考えなしの氷華を罵っていると、愛菜が地属性の魔法で土のカマクラを作ってくれた。


「あのバカ! 少しは考えろっての」


 いやいや、考えなしは、君も一緒だからね。倉敷さんが感電死するところだったし......


 僕からすれば、氷華も一凛も大差ないのだけど、どうやら本人達からすると、そうではないみたいだ。


 まあ、それは良いとして、今度は氷華が優勢な状況になったみたいだ。


「くっ、なんだ、この氷の数は!」


 眞知田さんは眉間に皺をよせて悪態を吐く。

 どうやら氷の雨に阻まれて、ファンネルを上手くコントロールできないみたいだ。

 というか、空を縦横無尽に飛び交っていたファンネルが、氷の矢で撃ち落とされていく。


「ふふふっ、これで勝負ありかしら」


「なにくそっ! まだだ」


 眞知田さんは食い下がっているのだけど、もはや形勢逆転は難しいだろう。

 それを察したのか、氷華が勝者の笑みを湛え、眞知田さんが渋い表情で歯噛みする。


 よかった。今回は無事に終わりそうだね。


 安堵の息を吐いたのが拙かったのかもしれない。

 僕等の後方から悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「大変だーーーーーーーー! マンティコアが、マンティコアが群れでやってきやがったーーーー!」


 やっと対戦が終わるかと思いきや、心の声がフラグになったのか、僕等は新たな問題に巻き込まれることになるのだった。

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