04 関東乱舞

68 生還


 ゆっくりと流れる美しい水面。

 そよ風に揺らされる青々とした草木。

 そんな懐かしい荒川の様子が目に映る。

 その光景は、緑の色合いが違うものの、僕等が知る景色と、全く変わっていないように見える。


 ああ、僕は帰って来たんだ......なんて感動すると思った? そう思うのなら甘々だ。


 なんでこんなピンポイントに帰れるの?

 これが精霊王の力なら、行くときは、なんであんなに極寒の僻地へきちだったの?

 ねえ、教えてよベラクア。そもそも、氷華と一凛を復活させるためにアイノカルアへ行く必要だってなかったよね? もう、何もかもが信じられないや。


 僕の心は約二か月振りの懐かしさよりも、様々な不信感で埋め尽くされているんだよ?


「なんとか無事に戻ってこれたわね」


「そうだな。だが、今一番大切なのは、やっぱ飛竜の焼肉だろ!」


「あはは。ですが、身体を元に戻すのが先ですよ?」


 不快感を露わにする僕の両肩から、氷華と一凛の感想が聞こえてくる。

 ただ、氷華はまだしも、一凛の感想は少しばかり残念だ。いや、これもいつものことだと思えば、それはそれで安堵できる。

 それでも、笑いのツボにハマったのか、愛菜は笑顔でツッコミを入れた。


 そんな僕の可愛い彼女達......そう、彼女達が僕の心を和ませてくれる。


 ほんとにいいのかな? 三人とも彼女で......普通は複数の彼女なんていうと、大問題だと思うんだけど。


 僕は彼女達と約束した時のことを思い起こしながら、一気に三人もの恋人ができたことに、嬉しくも不安を感じている。


 そう、あの日、アイノカルアで悪魔を倒した日、愛菜、一凛、氷華の三人から告白されて、僕は返事に困ったのだ。


 ああ、氷華に関しては、恥ずかしいみたいで、ハッキリと告白してきたわけではないのだけど、自分こそが彼女にふさわしいと憤慨していたので、まず間違いないと思う。


 そんな訳で、行き成り三人から告白されたのだけど、僕としては、三人とも好きだし、他の人達よりも彼女達と一緒に居たいという気持ちは、簡単に表現できないほどに強い。

 でも、三人の中から一人を選べるほどに優劣があるわけでもない。だから、めっちゃ格好悪いのだけど、その気持ちをそのまま伝えた。

 すると、愛菜は嬉しそうな表情で頷いた。


「分かってます。私は黒鵜さんの大切な存在の一人で構いません。ですが、絶対に忘れないでくださいね?」


 やばっ、これ、めっちゃ可愛い。こんな可愛い女の子のことを忘れるなんてあり得ないよ。なんて感動していると、今度は頬を赤く染めた一凛が、僕の頬を小さな拳でグリグリしてきた。


「今回は大目にみてやる。惚れた弱みだ。だが、次は無いからな?」


 惚れたなんて......いいのかな? めっちゃ幸せなんだけど......


 一凛の言葉に胸を熱くしていると、氷華が頭の上に乗ってきた。


「こ、これは、ちがう、ち、そう、血よ。黒鵜君の血の所為だからね。格好いいとか、頼りになるとか、胸が熱くなるとか、そんなんじゃないんだから。黒鵜君の血が、私達を惹きつけるだけなんだから」


 僕の血......確かに、この三人には与えたけど......やっぱり、僕の血って何かあるのかな。でも、そのきっかけって......


 自分の血に変化が生まれたきっかけを思い出せないのだけど、僕は三人から好きだと言われて、そんなことなど、どうでも良いほどに幸せだった。

 ただ、その幸せも長くは続かなかったりする。


「これが荒川? 想像よりもめっちゃきれいね」


 そう、美しく生まれ変わった荒川を眺め、感動している彼女の所為だ。


「元々はそうでもなかったんだけどね。それよりも、本当に良かったの? 輝人さんが悲しそうだったよ?」


「もう、その話は決着したよね? ダーリン。あたしは子供じゃなんだから、お兄ちゃんは私のことよりも、優里奈さんを幸せにしなきゃ」


 ぐあっ......ダーリン......


 そうなのだ。彼女こそが医療院で意識もなく横たわっていた、輝人の妹――もえなのだ。


「萌! ダーリンは、まだ早いわよ。それに距離が近いわ」


「そうだぞ。うち等は承諾してないからな。ストップ不純異性交遊だ!」


「もう少しお互いを知ってからの方が良いと思います」


 僕の左腕に抱き着く萌に、氷華、一凛、愛菜の三人が冷やかな視線を向ける。


 さて、なんで萌がここに、というか、ダーリンなんて呼ぶことになったのかというと、その理由は簡単だ。

 そう、僕の血を与えてしまったからだ。


 悪魔を倒した僕等は、無事にヒューリアン国の王都に戻り、何もかもが丸く収まった。

 ただ、そんな中で、唯一改善されなかったのが、萌の状態だった。

 愛菜や優里奈が懸命に手を尽くしたのだけど、彼女の容態は悪化する一方だったのだ。

 そんな時に、氷華の隙をついた愛菜が、最終手段を口にした。してしまったのだ。


「黒鵜さんの血なら、可能性が――」


 それを聞いた氷華と一凛が必死に反対したのだけど、輝人に土下座されては僕も断れない。

 最終的に、僕の血を与えることになり、その効果に誰もが腰を抜かすことになった。


 だって、あの時の萌は、行き成り飛び起きたんだもんね......


 それこそ、一瞬前まで意識不明の重体だったのが嘘みたいに、彼女は飛び起きると、「おはよう。お兄ちゃん、どうしたの?」と、凍り付く輝人に首を傾げて見せたのだ。

 おまけに、痩せ細っていた身体も、一気に健康状態になったものだから、驚かない方が嘘だと思う。


 まあ、それはいいのだ。彼女が回復したことは、誰もが嬉しく思えることだし、万々歳だといえた。

 ところが、萌は何を考えたのか、僕の姿を目にすると、行き成り抱き着いてきたのだ。


「王子様、会いたかった。マイダーリン!」


 彼女はそういうと、僕の唇を塞いだ。もちろん、彼女の唇でだ。


 ただでさえぶっ魂消ていた面々が、彼女の言動を目の当たりにして、凍り付くのも当然だろう。

 なんてったって、唇を奪われている僕ですら、混乱して棒立ちとなっていたのだから。


 結局、その後も色々とすったもんだしたのだけど、彼女は僕と離れたくないといい、アイノカルアで罪滅ぼしをするという兄――輝人を放置して僕達と一緒に日本へ戻ったのだった。









 やっとのことで、住み慣れた日本に戻ってきた僕なのだけど、それまでの苦労を思い出しつつも、周囲を眺めてあることに気付いた。


「ねえ、僕等が出発したのって十二月だったよね?」


「そうね。ちょっと、時差がありそうね」


「おいおい、浦島太郎は勘弁だぞ」


「えっ!? まさか、みんながお爺ちゃんやお婆ちゃんに?」


「ん~、あたしからすると、今更だよね? だって、ずっと寝たきりだったし......」


 僕が口を開くと、氷華は直ぐにその疑問を察した。

 それを聞いた一凛、愛菜、萌の三人が各々の感想を口にする。


 そう、僕等が向こうに居たのは、約二か月くらいだ。それなのに、荒川の様子はどう見ても春真っ盛りという感じだった。


「まあいいや、とにかくベラクアを呼ばなきゃ。ベラクア! 出てきてよ」


 待てど暮らせど、なにも変化がない。


「あれ? 居ないのかな? まさか、顔向けできないとかいうオチじゃないよね?」


 色々と僕等を騙していたので、出てくるのに抵抗があるのかもしれない。

 その後も、何度も呼び出すけど、全く姿を現さない。


 ちょ、ちょ、ちょ、それはないんじゃない? 騙した挙句に、戻ってきても応答なしとか、さすがに温厚な僕でもキレちゃうよ?


 ただでさえ不信感と鬱憤が溜まっているのに、一向に姿を現さないベラクアに僕はキレはじめる。


「分かったよ。だったら、ここを焦土に変えればいいんだね。焦――」


『ま、待ってください。そんな無体なことは止めてください』


「うわっ、めっちゃキレイな人!」


 僕が脅しをかけると、これまで通りの感情の薄い表情をしたベラクアが現れる。

 ただ、少しばかり顔が引き攣っているように見えるのは、僕の気のせいではないだろう。

 それでも、彼女の美しさは損なわれていなかった。その証拠に、彼女を目にした萌が驚きを露わにする。


 僕は溜息を吐きつつも、隣で騒がしい萌を無視して話を進める。


「はぁ~、どうして、さっさと出てこないのさ」


『お、乙女には色々と準備があるのですよ......』


 乙女って......あんた精霊だろうに......まあいいや。


「言いたいことは山ほどあるんだけど、取り敢えず氷華と一凛を戻してよ」


『分かりました』


 彼女が頷くと、氷の棺がきれいな水面から浮上してきた。


『リリ、ララ、こちらに』


「はい」


「おう」


 ベラクアに呼ばれて、氷華リリ一凛ララが自分の身体の上に飛び乗る。

 ただ、ゆっくりと胸の上に乗る氷華はまだしも、どすんと自分の身体の上に飛び降りる一凛はどうかと思う。


 まあ、自分の身体だし、復活した時に痛くても自分の所為だからね......間違っても僕に文句を言わないでよね。


 自分に火の粉が降りかからないことを祈っていると、ベラクアが両腕を広げる。

 その途端に、氷華と一凛の身体が発光しはじめた。


 目を眩ますほどの輝きは、一瞬にして収まり、すぐさま氷華と一凛の姿が露わになった。

 ただ、起き上がる二人の姿は、素晴らしい状態だった。


 ナーイス、罪滅ぼし! そうだよね? ベラクアの僕に対する罪滅ぼしだよね?


「うほっ!」


「黒鵜さん! 見ちゃダメです」


 生まれたままの姿を晒す氷華と一凛を目にして、思わずゴリラのような声を漏らすと、背後に回り込んだ愛菜が両手で僕の目を塞ぐ。


 あっ、こら、愛菜、なんてことをするんだよ......せっかくのラッキースケベなのに......


 両目を塞ぐ愛菜に心中で苦言を漏らしていると、自分達の姿に気付いたのか、氷華と一凛の驚きの声が耳に届いた。


「うきゃ! ちょ、ちょっと、服は何処に消えたのよ」


「うおっ! なんで裸なんだ! てか、腹が痛い......なんでだ?」


 ああ、その痛みは自業自得だからね。てか、普通、気付くでしょ? どうして気付かないのさ......


 案の定、腹の痛みに苦言をこぼす一凛を他所に、氷華のクレームが放たれる。


「ねえ、ベラクア様、私の服は?」


『それなら、これまで通り自分達で何とかできるはずですよ。あなた方は、既に精霊と融合してますから』


「ああ、なるほど......へんし~ん! おりゃ! どうだ? 黒鵜!」


 ベラクアの返事を聞いた一凛が、なにやら怪しい声を放つと、すぐさま僕に声をかけてきた。


 ああ、精霊の時みたいに変身できるのか......てか、もうサービスタイム終了なの? 残念......


 変身による着替えが終了したと思い込んだ僕は、愛菜の手をどけて氷華と一凛を見やる。


「ちょ、ちょっと、まだよ! バカ! わざとでしょ!」


 う~ん、一凛の変身は完了していたのだけど、氷華はいまだにすっぽんぽんだった。眼福、眼福。でも、わざとじゃないからね。唯のラッキースケベだよ?


「ご、ごち......ごめん」


「今、ごちって言ったわよね?」


「き、気のせいだよ。気のせい」


「ふんっ、もういいわよ」


「はぁ~~~~? ちょ、ちょ、ちょ、ちょ~~~~」


 氷華の返事を聞いて、僕は改めて二人を眺めたのだけど、その姿はぶっ飛んでいた。


「二人も、マジでその格好で過ごす気なの? 恥ずかしくない?」


「えっ!? どこかおかしい? てか、ちょ、ちょっと、一凛、なんでビキニアーマーなのよ。だいたい、寒くないの?」


「動き易くていいじゃんか。てか、氷華こそなんなんだよ、そのミニの着物。厨二ぽくて恥ずかしいぞ」


 氷華と一凛は、お互いの衣装にケチをつけるのだけど、僕からすれば、どちらも頭のねじが一本どころか、大量に抜け落ちていると思える。

 だって、氷華はラブ○イブに出てくるようなミニ裾の振袖だし、一凛に至っては、完全にネトゲもののコスプレだ。

 おまけに、ビキニアーマーなのに、胸のボリュームが足らないから、見ている方が寒くなってくる。


 なんか、アイノカルアに初めて行った時よりも寒気がするんだけど......


 結局、二人の異様な姿の所為で、復活の喜びを表に出す機会を失った僕は、ベラクアに対する苦言もそこそこにして、北千住へと向かうのだった。









 どこに行こうとも、何をやろうとも、必ず一波乱が起こることを不思議に思いつつも、僕は北千住の本拠地へと帰ってきた。


 この波乱はいったい誰が呼んでいるのかな?


 それはそうと、季節の違いに関しては、ベラクアから二カ月くらいだと聞いて安堵し、氷華と一凛の衣装に関しては、変身用に取っておいた方が効果的なんじゃない? と誤魔化して、普通の格好に着替えてもらった。

 そんな訳で、氷華はミニスカートにパーカー、一凛はショートパンツとトレーナー、そんなシンプルで活動しやすそうな装いとなっている。

 ただ、春とはいえ、少しばかり寒そうだ。


「ここが北千住の活動拠点なんだ~、でも、なんか静かだね」


 大学を利用した活動拠点を目にして、萌が首を傾げている。


 ああ、彼女の出身は千葉なので、東京について詳しく知らないとのことだった。

 ただ、彼女の感想は、氷華に何かを感じさせたようだ。


「確かに、へんだわ。いつもなら、もっと活気があるはずだけど......」


「ん? あ~テニスのおばちゃんが居るじゃん。聞いてみようぜ。おばちゃ~~ん、元気だったか!?」


 氷華の疑問を耳にした一凛が、自ら門番を買って出るテニスおばちゃんに声をかける。


「あれ!? 炎獄じゃない。それに、愛菜ちゃん、氷華ちゃんに、一凛ちゃん。帰ってきたのね。良かったわ~って、直ぐに知らせなきゃ」


 黙々と素振りをしていたおばちゃんは、僕等に気付くと、喜びもそこそこにラケットを脇に挟んでスマホを取り出した。

 どうやら、誰かに連絡しているみたいだ。


 てか、毎日、素振りに精が出るね。どんだけ好きなのさ。


「ねえ、炎獄って?」


「いや、知らなくていいから......」


「ぷっ」


「くくくっ」


「ああ、おばちゃん、僕等は学長室にいくから」


 炎獄の魔法使いという二つ名を知らない萌が尋ねてくる。

 それに首を横に振り、僕は隣で笑っている氷華や一凛に冷やかな視線を向けつつも、そそくさと移動し始める。


 都合の悪いことを穿り返される前に、勝手知ったる我が家の如くスタスタと足を進めていると、向こうから愛菜の兄である大和が慌てた様子でやってくる。


「黒鵜くん! 愛菜! それに、氷華ちゃん、一凛ちゃん、良かった。無事に戻って来たんだね」


 僕等の前で足を止めた大和は、とても嬉しそうしつつも、大きく息を吐いた。

 おそらく、愛菜が無事で安堵したのだろう。


「はい。長い間、留守にしてすみません。色々あったけど問題なく二人を復帰させられました。ありがとうございます」


「ごめんなさい。でも、無事に戻ってきました」


 無事にって......かなりヤバかったんだけどね......でも、こうやって戻ってこれたし、良しとしようか。


 兄に頭を下げる愛菜を眺めつつ、僕も安堵の息を吐くのだけど、直ぐにこっちの様子を尋ねる。


「あの~、明里あかり千鶴ちづる、生徒会の面々が居ないようですが。ああ、あと、生織いおりさんも」


 大和が一人で現れたことを不審に思い、そのことを率直に尋ねると、途端に大和の表情が曇った。


「そう、そのことなんだけど......戻ったばかりで悪いんだが、直ぐに台東区方面に向かってくれないか」


 異世界アイノカルアから戻ってきて、念願の氷華と一凛の復帰を叶えた僕は、意気揚々と北千住に戻ってきたのだけど、その途端に、この街で起こっている危機的状況を知らされることになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る