67 荒野での結末


 僕の願いは叶った。

 僕の切実な想いは受け入れられた。

 僕の懇願は、間違いなく聞き届けられた。

 良かった~。異世界とはいえ、美少女戦士になんてなった日には、一生が台無しだと思う。間違いなく黒歴史になっちゃうよ。


 ああ、その手に興味のある人なら問題ないかもしれない。

 でも、僕にとっては違う。ヒラヒラスカートも嫌だけど、ブラジャーやパンティなんて装着させられたら、戦いどころではないと思うのだ。


 だけど......これはないんじゃない?


「なんか、特撮ヒーローモノみたいね。まあ、格好悪いとは言わないけど、私達とマッチしてなくない?」


 僕が変身した姿を目にして、腕を組んだ氷華が少しばかり不満な表情を見せた。


「かっちょえええええ! キカ○ダーみたいじゃんか」


 ミニスカートがヒラヒラとめくれ上がるのも気にならないのか、一凛は腕を振って僕の姿を称賛してくれた。

 ただ、残念なことに、スカートがめくれあがっているはずなのに、下着が見えることはなかった。


「頭がメラメラって燃えてますけど、熱くないのですか?」


 可愛らしい美少女戦士となっている愛菜は、少しばかり不安そうな表情で、僕の頭について言及してくる。

 でも、熱くない。どれだけ燃え上がっていても熱くない。いや、心は少しばかり冷え冷えとしている。


「はぁ~、もういいや。取り敢えず、美少女戦士じゃないだけマシだよね」


 左が赤、右が青に近い緑色、頭からは炎が上がり、肩に取り付けられた緑のマントは、風もないのにはためいている。

 そんな姿の僕は、溜息を漏らしながら視線をヤギ顔の悪魔へと向けた。


「ああ、待たせて悪いね。これからが本番だから。てか、この格好、恥ずかしいんで、さっさと終わらせてもらうよ」


「なんと忌々しい奴だ。我を軽んじておるのだな。許さぬ」


 こいつ、思ったよりもいい奴だね。変身している最中に攻撃してこなかったよ。案外、律義な奴なのかな? それとも、もしかして、変身シーン時には攻撃しちゃいけないって暗黙のルールを知ってるのかな? まあいいや、早く終わらせて変身を解除してもらおう。


「爆裂! えっ!?」


 サクッと終わらせようと考えた僕が、いつものように爆裂の魔法を唱えると、まるで火山の噴火の如き猛烈な爆発が起こった。


「ちょ、ちょっと~! 黒鵜君、こほっ! こほっ! やり過ぎ!」


「ぬあっ! けほっ! けほっ! 黒鵜、死ぬかと思ったぞ!」


 爆風で吹き飛ばされた氷華と一凛が、即座にクレームを入れてきた。


「うわっ......泥まみれです。お風呂に入らないと......」


 地壁のお陰で吹き飛ばされなかったものの、頭の上に山のような土を乗せた愛菜が愚痴をこぼした。


「ごめん。僕もこんなことになるとは――」


『すげ~ぜ! やっぱ竜神は最高だ!』


『いいな~、いいな~、私もって......もう終わっちゃった?』


 泥まみれになっている三人に謝っていると、超絶ハイテンションのチャッカと羨ましそうにするウイラの声が、どこからともなく聞こえてきた。いや、頭の中で響いているのだ。


 なに言ってんのさ。ちょっとやり過ぎだよ!


 僕は心中でチャッカにクレームを入れるのだが、どうやらそれは彼女達に伝わるようだった。すぐさま反論されてしまう。


『お前こそ何言ってんだよ。やるときゃ、気合いを入れるんだよ。でなきゃ、やられるのはこっちだ』


 まあ、確かにそうだけどさ。これで終わったんじゃないの?


 もうもうとした土煙が上がる中、あまりの規模の爆発を目にして、僕は戦いが終わったのではないかと思ってしまう。

 ところが、次の瞬間、ウイラの声が頭の中で響いた。


『上よ!』


 僕は上を確かめることなく、即座に地を蹴ってその場から移動する。

 その速度は尋常ではない。もはや僕の移動が人の目に留まることはないと思う。それほどまでの超高速移動だった。

 そして、次の瞬間には、移動前の場所には巨大な斧が突き立っていた。それは赤土の地面に巨大な地割れを作る。


「ふんっ! 元の姿となった我が、あの程度でやられるものか。だが、逃げ足は速そうだ。ならば、貴様を引き裂いてやるぜ」


 ヤギ顔が巨大な斧を肩の上に乗せ、氷華に向けて指をさす。


 ちっ、そう簡単にはいかないか......葵香も強いって言ってたし、気を引き締めなきゃ。てか、氷華を標的にするなんて、こいつ、絶対に許せない。


「あら、そう簡単にやられる気はないわ。さあ、出なさい。闇舞踏!」


 僕が自分に油断大敵だと言い聞かせつつも、奴に怒り感じていると、氷華が頭上に無数の黒い球を生み出した。


 ふへっ? あれってどんな攻撃なんだろ。


「食らいなさい!」


 僕の疑問を他所に、氷華はヤギ顔に向けて右腕を振り下ろす。

 途端に、頭上の黒球が奴に向かって降り注ぐ。

 しかし、奴は口元をニヤリと吊り上げる。


「愚かな。そんな攻撃など食らうものか」


 そう毒づいた途端、奴の姿がその場から消え、空振りとなった黒い球体は、地面を丸く抉り始めた。


 速い! どこだ! まずっ!


「氷華! 逃げて! 風――」


 姿を消したヤギ顔が瞬時に現れた場所を突き止め、僕は背筋が冷えるのを感じつつ、すぐさま魔法を放とうとする。

 そう、奴は氷華の背後に現れたのだ。

 しかし、まるで疾風のような速さで一凛が登場した。


「何やってんだ! 伏せろ氷華! 食らえ! このヤギ!」


 彼女は驚く氷華の頭を左手で押さえると、ヤギ顔に蹴りを叩き込む。


 ん? 一凛の脚が消えてる?


 それは、ただの蹴りではなかった。彼女の蹴り脚は黒い闇に覆われている。

 その攻撃がどんな効果をもたらすのかは不明だ。

 ただ、ヤギ顔はその蹴りを大斧の柄で受け止めた。いや、そのはずだった。


「なにっ!」


 ヤギ顔は驚きの声を放つと、即座にその場から消える。

 すると、一凛が渋い顔で愚痴をこぼした。


「ちっ、外したか!」


「くっ、小癪な! だが、まだまだ、ふんっ!」


 ヤギ顔の悪魔は、見事に柄の切り取られた大斧に視線を向けて歯噛みする。

 ところが、奴が気合いを入れると、大斧は元の姿を取り戻す。


 いったいどういう仕組みなのかな? 奴の力の根底って......それが分からないと倒せないんじゃないのかな。もしくは、圧倒的な力でねじ伏せるか......


「生意気な小娘が! さあ、肉片に変わるがいい」


 あっという間に大斧を復元させたのを見やり、どうやって倒したものかと思案していると、一瞬にしてその場から消えたヤギ顔が一凛の背後に現れた。


 こいつ、速いぞ。僕と変わらないくらいの速度だ! いや、それよりも、拙い......


 背後に回られたことで、さすがの一凛も奴を見失ってしまったようだ。

 慌てた僕が即座に魔法を放とうとするのだけど、今度は背後から声が聞こえてきた。


「させません! 地天昇!」


 そう、その声は愛菜であり、次の瞬間には、赤い大地から巨大な槍が生え、ヤギ顔に向かって突き立った。

 大地から生えた槍は、直径十メートルは越そうかという巨大さであり、これまでの彼女からは想像できないほどの攻撃だった。

 しかし、奴はそれを易々と躱したかと思うと、コウモリのような翼を使って空に舞い上がる。


「ふんっ! 食らうか! お返しだ!」


 奴が叫ぶと、突如として空間に無数のひび割れが起る。

 その様子は、縦になった瞳が見開かれるようで、背筋が凍りそうなほどに異様な光景だった。いや、それだけではない。そこから無数の化け物が現れる。


「なに、あの異形は! まるで悪魔そのものね。というか、数が......」


「なんだありゃ、魔獣なんてレベルじゃなさそうだな。こりゃ、手を焼きそうだぞ」


「うっ、気持ち悪いです。いえ、でも頑張ります」


 空を見上げた氷華が鋭い視線を向けながら息をのむ。

 その横では、一凛が少しだけ驚いた表情を見せたのだけど、直ぐにやる気満々といった様子で指を鳴らした。

 愛菜は、その異形の姿を目にして、少しばかり顔を強張らせる。でも、直ぐに両手で握りこぶしを作って己を鼓舞していた。

 ただ、敵の数があまりにも多いのだ。これを多勢に無勢とよばずして何と言おう。


「確かに、こりゃ完全にクトルゥフ神話級だね。それに凄い数だよ。空が見えないや」


「うふっ! でも、黒鵜君はこういう場面が得意でしょ?」


 そのあまりに多い異形の数を目にして、少しばかり怖気づいた僕が思ったままを口にすると、右側にやって来た氷華が笑顔を見せた。


 ん? 今日はちょっとデレてるのかな? あははは。


 氷華の笑顔は、いつでも僕に素晴らしき勇気をくれる。


「だな。黒鵜、いっちょ、どでかいのをかましてやれ!」


 僕の左側に立った一凛がニヤリとしながら、いつのも調子で景気をつける。


 うん。そうだね。この荒野なら遠慮なくやれそうだよ。


 一凛の不敵な笑みは、いつも僕の心に弾みをつけてくれる。


「黒鵜さん。私も頑張って戦います。黒鵜さんと一緒ならどんな敵とでも戦えます」


 僕の背中に抱き着いてきた愛菜が、少し震えながらも、そのきれいな瞳を輝かす。


 僕も本当は怖いよ。でもね。みんなが居るから頑張れるんだよ。


 愛菜の想いは、いつも僕の心を温かく包んでくれる。


「そうさ。僕は一人じゃないんだ。みんな、絶対に倒すぞ!」


「ええ! もちろんよ」


「ああ! 当然だな」


「はい! やっちゃいましょう」


 心強い仲間に頷き返し、僕は右手を空に向ける。


「いけっ! 大災害!」


 空を埋め尽くさんばかりの爆発は、激闘の始まりを鳴らす鐘のように、どこまでも、どこまでも鳴り響くのだった。









 僕の放った魔法の爆発は、恐らく核兵器級の代物だったはずだ。

 実物を見たことはないけど、視界の全てが爆発するその光景は、そうとしか思えないほどに非現実的なものだった。

 そして、それは奴にも同じ感想を抱かせたのだろう。

 ヤギ顔の悪魔は、バラバラになって地に落ちる異形達を、恰も凍り付いたかのように硬直したまま眺めていた。


「さあ、僕は行ってくるよ。残りの異形は任せたよ」


「ええ。存分にやってきなさい」


「ああ、まかせろ!」


「頑張ってください。えいっ!」


 僕がヤギ顔と戦うべく三人に声をかけると、氷華が微笑み、一凛がサムズアップしてくる。

 ただ、何を考えたのか、いつもは大人しい愛菜が僕の前に回り込むと、行き成り口づけをしてきた。


 うひゃ~。愛菜のキス......最高かも......


「こら! 抜け駆けはダメだって言ったでしょ!」


「えへっ、勝利のおまじないです」


 愛菜の熱烈なキスをもらい、宙を舞いそうなほどに浮かれていると、透かさず血相を変えた氷華がクレームを入れてきた。

 愛菜の方は、テヘペロしながら僕からゆっくりと離れる。

 氷華に怒られても、全く気にしていないようだ。


「ちっ、こりゃ一本取られたな。じゃ、うちも!」


 今度は一凛の声が聞こえてきたと思いきや、しっかりと抱きしめられて、ぶちゅ~とされてしまった。


「ちょ、ちょっと、一凛!」


「ん? 氷華はしないのか? じゃ、うちがもう一回――」


「何言ってるのよ! どきなさいよ!」


 一凛の態度が気に入らなかったのだろう。氷華は慌てて僕に抱き着く一凛を追いやる。

 そして、頬を染めながらブツブツと始めた。


「か、かかかか、勘違いしないでよ。これは飽くまでもおまじないよ。おまじないなのよ」


 そういうと、彼女は僕の首に腕を回してきたかと思うと、その柔らかい唇を重ねてきた。


 愛菜だけじゃなく、一凛に、氷華......やばっ、もう死んでもいいかも......


「負けたら承知しないんだから」


 ああ、これで死ねなくなったね。


「もちろんだよ。氷華、一凛、愛菜、三人も気を付けてね」


 三人が頷くのを見やり、僕は羽が生えたかのように空に駆け上がる。

 すると、見るからに気持ち悪い異形の一匹が襲い掛かってきた。


「これから忙しいんだよ。邪魔しないでくれるかな。爆――」


「黒鵜君の邪魔はさせないわ。消えなさい!」


 くねくねとした触手に塗れた異形に魔法をぶち込もうとしたら、氷華の声が耳に届いた。

 次の瞬間、異形は黒い球体をいくつもぶつけられて、あっという間に消滅する。


 氷華もやるね~! うん。この様子なら、異形は全て任せても良さそうだね。さて、僕はヤギの始末に専念するかな。


 僕はこれまでにないほどの高揚感に包まれて、宙に留まるヤギ顔の前に立ちはだかる。

 どうやら、ヤギ顔も僕が目の前に来たことで、正気を取り戻したようだ。


「ぬぬぬっ! これほどの力があるとは......」


「なに言ってんのさ。今日の僕は無敵だよ? お前じゃ僕に勝てないさ。ああ、フラグったけど、問題ないかな」


 氷華、一凛、愛菜の三人から勇気を分けてもらった僕は、神にでもなったような気分だ。いや、神が相手でも勝てそうな気分だ。

 だから、多少のフラグなんて、ちっとも怖くなかった。

 ただ、そんな僕に奴は火をつける。それも、特大の炎だった。


「あの三人はお前の女か? くくくっ、ならば、我が犯して犯して犯して、最後には食らってやろうぞ」


「はぁ? それって、氷華、一凛、愛菜のこと?」


「何を呆けてる。ここには他におるまい」


 このヤギ、何を血迷っているのかと思った。


 僕でもキスまでしかしてないのに、犯すだって? 食らうだって?


 奴の言葉を理解した時、僕の怒りは限界を超え、ただただ可笑しくなってしまった。


「あははは、あははははは、あははははははははははははははは」


「なんだ? 気でもちがったか?」


 腹が痛くて堪らない。あまりに愚かな台詞だと思った。

 奴が不思議そうにするのだけど、そんなことはどうでも良かった。

 この時、僕の中では虚無の文字だけが浮かんだ。そう、虚無だ。


「あはは、犯す? くらう? 僕の女を犯して食らう? うんなこと、できるわけないよね? だって、お前はここで無になるんだもの。そう虚無になるんだよ」


 その言葉を口にした途端、僕の身体は炎の竜巻に囲まれた。それはしだいに収束し、僕の身体はメラメラと燃える炎の鎧に包まれた。


「さあ、消滅させてあげるよ」


 僕の怒りは、何処までも、何もかも、それが屈強な悪魔でも、全てを焼き尽くす炎と化したのだった。









 どれほどの時間を戦い続けたのだろうか。

 既に、異形の魔物はいない。

 残っていた異形の半分以上は、僕とヤギの戦いに巻き込まれて消え失せた。

 辛うじて残った異形も、おそらく氷華達に始末されたのだろう。

 真っ赤な荒野は、抉れ、裂け、窪み、僕等が来た時の原型など何処にも残ってはいない。

 そんな大地に、異形の残骸が散らばっている。

 ただ、転がっているのは残骸だけではなかった。


「ぬぐ......化け物か」


「ああ、そうだね。僕は化け物かも。でも、お前に言われたくないんだよね」


 片角、片目、片腕、片脚、身体の殆どが片方になったヤギ顔が、赤き地面にころがったまま苦悶の表情で毒を吐く。

 炎の鎧を纏った僕は、そんなヤギ顔を仁王立ちで眺めつつ、そっくりそのままお返ししてやる。

 そう、僕の怒りはいまだに収まっていないのだ。


「な、なあ、助けてくれ。もう、悪いことはせぬから......なあ、頼む」


 もはや動けぬ状態となったヤギ顔が、今度は命乞いを始めた。


「何を言ってるんだか。自分のやって来たことを考えてごらんよ。誰がそれを信用するのさ」


「本当だ。こ、この世界からも出て行く」


「ああ、無理無理。僕も人のことは言えないけどさ。ちゃんと償いをすべきだよ。そう自分の命を以てね」


「当然だわ」


「生きる価値ナシだな」


「残念ですが、償いは必要です」


 僕が肩を竦めていると、背後から声が聞こえてきた。

 もちろん、氷華、一凛、愛菜の三人だ。


「本当だ。我は嘘を言わぬ」


 このヤギ顔は、とことん僕を笑わせてくれるようだ。


「あのさ。お前、嘘しか言ってないじゃん」


「ぬぐっ......いや、今度は本当だ」


 もう、呆れて物も言えないのだけど、僕は肩を竦めて頷く。


「あっそっ! 分かったよ。一度だけ信用してげるね」


「黒鵜君!」


「黒鵜!」


「黒鵜さん!」


 声をあげる氷華、一凛、愛菜の三人に、僕はニヤリと笑みを見せつつ、下手糞なウインクをする。


「まあまあ、いいじゃん。一度くらいは信用してあげても。ね!」


 すると、僕の意図を察したのだろう。すぐさま氷華が乗って来た。


「そうね。仏の顔も三度っていうし、一度くらいはいいかもね」


「じゃ、今度から、黒鵜の顔も一度にするか」


「えっ!? 私はずっと見ていたいのですが......」


 氷華が話に乗ってくると、一凛も笑顔でくだらない冗談を口にする。

 愛菜に関しては、少しばかり頬を染めて、素っ頓狂な発言を口にした。


「ほ、本当か? 見逃してくれるのか?」


 僕等の言葉を聞いたヤギ顔が、驚きを露わにするので、もう一度だけ答えてやる。


「ああ、本当だよ。さあ、疲れたし僕等は戻ろうか」


「そうね」


「そうだな。腹減ったぞ」


「そうですね」


 氷華、一凛、愛菜が頷くのを見て、僕は踵を返して歩きはじめる。


 でも、どうやって帰るのだろうか? ああ、ヘルラに頼むしかないのかな?


 帰る方法を考えながら、暫く歩いた時だった。愛菜が僕に話しかけてきた。


「馬鹿な奴らだ。必ずこの世界を葬り去ってやる。だそうです」


「まあ、そうなるよね」


 今の愛菜は、遠見だけではなく、声すらも聞き取れるようだ。

 本当は背後から攻撃されるものとばかり思っていて、少しばかり拍子抜けしたのだけど、僕は愛菜の言葉に頷き、パチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、僕等の後方で炎の柱が上がる。そう、僕の最高で最強で最悪な魔法、紅炎ぷろみねんすが発動したのだ。


「この前より制御できてるわね」


「ほんとだ。範囲が絞られてるぜ」


「綺麗ですね」


 紅炎ぷろみねんすが作り出す炎の柱を眺めつつ、氷華、一凛、愛菜の三人が思い思いの感想を口にする。

 すると、突如として僕の前に光り輝く少女が現れた。


『あなたが竜神ですか? アイノカルア様から話は聞いていましたが、こんなに早く助けて頂けるなんて、本当にありがとうございます。お陰でやっと解放されました』


 白銀の如く白く輝く少女は、僕の前で深々と頭を下げると、感謝の言葉を口にした。

 その様子を見て、僕は葵香の言葉を思い出す。


「ん? もしかして、光の精霊王?」


『はい。光の精霊王シャラナです。あの悪魔に捕らわれてましたが、竜神が倒したことで解放されました。本当に、全て竜神のお陰です』


「おおっ。それは良かった」


 微笑むシャラナを見て心から喜んでいると、身体から一気に力が抜けていく。

 それにつれて、炎の鎧のみならず、キカ○ダーみたいな変身も解けた。


『よかったじゃね~か! これもオレと竜神の力だからな。感謝しろよ』


『なに言ってるのよ。私も力を貸したじゃない』


『うっ......ウチは......』


『あはは、心配しなくても、アスノもちゃんと活躍したよ』


 チャッカが自慢げに胸を張ると、ウイラが不服そうに物言いを入れた。

 アスノは少しモジモジとしていたのだけど、それをヘルラがフォローする。

 どうやら、精霊王同士は仲がいいみたいだ。


「取り敢えず、これで一件落着かしら」


「そうだな。取り敢えず、腹減ったわ」


 精霊王達の微笑ましい姿に胸を温かくしていると、僕の両肩から氷華と一凛の声が聞こえてきた。


 ありゃりゃ、元に戻っちゃったんだね。う~ん、残念......って、ちょうどいいじゃん。


「あのさ、急で悪いんだけど、僕の目的を知ってるよね?」


 ベラクアを除いた精霊王の全員が集まっているのだ。ここで願いを聞いてもらうのが一番だと思う。

 そう感じた僕は、即座に話を切り出した。

 すると、シャラナだけは首を傾げたものの、残りの四人は頷いた。


「じゃ、聖樹までの道も――」


 精霊王達がにこやかにしているのを見て、これは上手くいくだろうと胸を躍らせる。

 ところが、僕の予想に反して、ヘルラが首を横に振った。


『ああ、それなら無理だよ』


「えっ!? どうして? だって......」


 驚きを露わにする僕に、ヘルラが少しばかり申し訳なさそうな表情を見せる。


『実を言うとさ、私達も知らないんだよ。聖樹の場所』


「ななな、なんだって!? じゃ、僕はどうすればいいの?」


 あまりの返事に、僕は五人の精霊王を次々に見やるのだけど、誰もが首を横に振った。


「ちょっと、それはあんまりだよ。約束が違うじゃん。もう! この世界を僕が燃やっしゃうよ?」


 とんでもない事実に憤慨し、僕は怒りを露わにする。

 すると、ヘルラが慌てて僕を制止する。


『ちょ、ちょっと、早まっちゃダメだよ。大丈夫。世界樹の道は分からないけど、世界樹の種はベラクアに送っといたからね』


「はぁ~? なにそれ」


「えっ!? それって、どういうこと?」


「あ~、うちらって初めから嵌められてるんだな」


「そういうことだったんですね......」


 僕と氷華は首を傾げたのだけど、一凛と愛菜は気付いたようだ。

 実のところ、僕等がこの世界に来るきっかけを含め、全てがベラクア、いや、葵香――アイノカルアの作戦だったのだ。

 そう、僕等はこの世界を救うために、葵香の策略に嵌められたのだ。


「はぁ~、まあいいか。氷華も、一凛も、元に戻れるんだし」


「そうね。ちょっとした異世界旅行だと思えば......」


「じゃ、さっさと帰って飛竜の肉でも食おうぜ」


「わ、私は......黒鵜さんと恋人になれて良かったです」


 呆れ果てた僕が、溜息と共に心境を吐き出すと、氷華も己を慰めるかのように心の内をこぼした。

 一凛は、一凛で、いつもの食欲魔人に戻ったのは良いのだけど、そのあとの愛菜の発言が拙かった。


「愛菜! また抜け駆けかしら?」


 またまた氷華が愛菜にクレームを入れるのだけど、一凛は完全に開き直ったのかな?


「もういいじゃん。お前も素直になれよ。黒鵜! うちはお前のことが大好きだぞ。くはっーーー! 言っちまった。はずかしーーーー!」


「あっ、なに、どさくさに紛れて告ってるのよ。わ、わ、わ、私は......だめ! 言えないわ、ぬああああああ」


 顔を真っ赤に染めた氷華の絶叫が、夕暮れの荒野に響き渡る。


 今更ながらに騙されていたと知った異世界の旅は、こうして終わりを告げた。

 まあ、色々と大変だったし、腹が立たないと言えばウソになるけど、氷華、一凛、愛菜の三人と心を通わすことができたことを考えると、僕にとっては、とても幸せな旅立ったのかもしれない。


 そう、僕はいまだにきゃぁきゃぁと騒ぐ、氷華、一凛、愛菜、大切な仲間、いや、恋人を眺めて、これ以上ないほどに胸を熱くするのだった。


 あれ? これって、もしかして三又? 四角関係なのかな? いや、ハーレムだ。そう。これぞハーレムだーーーー! いたっ! だから、叩くのは止めてってば!



―――――――――――――――――――――――――――――――――

いつも読んで頂いてありがとう御座います。m(_ _)m


この話を以て、第三章を終わりとさせて頂きます。


今後のお話ですが、異世界から日本に戻った与夢が大暴れ? というわけで、まだまだ続きます。

ただ、またもやストックが尽きてしましました......そんな訳で、暫く書き溜めの時間を頂きたいと思っています。

大変申し訳ありません。


それでは第四章で会いましょう。

これからも宜しくお願い致しますm(_ _)m

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