59 新たな目的


 どうして、どうして、どうして、こんなことになったのだろうか。

 揺られるシートに座ったまま、窓から見える外の景色を眺めている僕は、自分の置かれた現状について改めて振り返る。

 というのも、現在の僕はこの世界に転移してしまったワゴン車に乗って、人族の国――ヒューリアンの王都へと向かっているのだ。


 ワゴン車が見つかるなんて運がいい、いや、ご都合主義だと誰もが思うはずだ。

 ただ、これはそんなレベルではない。なにしろ、至る所に色んな物が転移されているのだ。

 例えば、電車の車両だったり、銅像だったり、船なんて物も転がっていたりする。更に特殊なものになると、自由の女神が立っていたりした。

 それも砂漠か荒野かと言わんばかりの更地にポツンと立っているのだ。彼女もさぞかし寂しいことだろう。

 そして、それを目にした僕は、思わず猿の惑星を思い出してしまった。


 まあ、色んな物がアイノカルアに転移しているのは良いとして、運よく燃料が満タンの車を見つけた僕等は、それに乗って出発したのだけど、問題はなにゆえヒューリアン国の王都へ向かっているかということだ。

 それは、戦いを終えた後に輝人が口にした己の事情から始まった。


「実をいうと、妹も一緒にこの世界へやってきたんだよ。でも、原因不明の病気になってしまって......薬もないし、医療設備もないし、困り果てていたんだ。そこに、あのトリニシャが登場してさ。魔族が持つ秘宝があれば治せると聞かされたんだ。ああ、勿論、魔族が非道で悪魔のような存在だと聞かされなかったら、こんなとこまでノコノコやってきたりはしないよ」


 話すにつれて、輝人はどんどん暗い表情になっていく。

 誰もがそんな彼を悲しそうな面持ちで見やるのだけど、愛菜だけは違った。


「わ、私が何とかしてみせます」


「ほ、ほんと? さっきから見てたけど、凄い治癒能力だよね?」


 僕の治療を終わらせた愛菜が力強い声をあげると、即座に輝人が食いついた。

 確かに、あの再生魔法を見れば、なんでも治せると勘違いするだろう。

 だから、僕は誤解しているであろう輝人に真実を伝える。


「ま、愛菜! 気持ちは分かるけど、病気だよ? 怪我じゃないんだよ? 輝人さん、愛菜の魔法は治癒魔法じゃ――いてっ!」


 本当のことを口にしようとしたら、行き成り頭を叩かれた。

 それに不満を抱きつつ暴行犯に視線を向けると、実行犯である氷華が無言で顔を顰めていた。


 ああ、まだ彼等を信用するには早いって言いたいんだね。それは分かったよ。とてもよく分かった。でも、叩くことはないと思うんだよね......


 氷華が見せる言葉よりも物申す視線から読み取って、彼女の思うところを理解するのだけど、一ミリたりとも不満が解消されることはない。

 そんな僕と氷華のやり取りを他所に、優里奈が会話に割って入った。


「ごめんなさい。私の治癒魔法がショボイせいで......」


「いや、優里奈は良くやってくれているよ。君が居なけりゃ、萌は今頃......」


 落ち込む優里奈を慰めているはずなのだけど、なぜか輝人も一緒になって、二人が地縛霊と化していく。

 というか、萌とか素晴らしい名前だけど、実物が萌えてなかったらどうするのかな? 年寄りになって萌だと、少し恥ずかしそう......てか、僕も人のことは言えないか......だって、アトムだもんね......

 なぜか、僕まで鬱な気分になっていく。


「おいおいおい! しんきくせ~! そんなことより、まずは萌を助け出さないと、どうにもならんだろ!?」


「ん? 助け出す? どういうこと?」


 僕まで地縛霊化していると、快が地面と同化し始めた輝人と優里奈に苦言をぶちまける。

 ただ、その内容が気になる。しかし、直ぐに氷華が溜息を吐いた。


「黒鵜君。そんなの聞かなくても分かるでしょ? 病人の妹を戦場になんて連れてこれないわよね? オマケに離反したのよ?」


「うぐっ......」


「やはり、妖精さんは賢いわ」


 痛いところを突かれて呻く僕を他所に、己の色を取り戻した優里奈が瞳を輝かせて褒め称える。


 いやいや、妖精じゃないんだけど......てか、賢いのも確かだけど、凶暴なんだよ? 僕がどれだけ暴行を受けてるか教えてあげたいよ......これが、一昔前の地球なら前科何犯か分かったものじゃないからね。って、それを口にできない僕の弱さも問題か......


 不満を持ちつつも、それを口にできないもどかしさに歯噛みする。

 しかし、氷華は僕の様子など気にせずに、輝人へと問いかけた。


「それでどうするの? 妹さん、そのままだと、色んな意味でピンチなんじゃないの?」


「そうなんだよね。ボクは萌を迎えに行くよ」


「わ、私も行くわ。一人でなんて危険すぎる」


「勿論、オレもいくぜ」


「ふぐふぐぐぐぐぐぐっ」


 妹を助けるという輝人に、優里奈と快が賛同する。すると、芋虫のようにロープでグルグル巻きとなった夏乃子も何やら言いたそうに暴れている。しかし、布で口まで縛られている所為で言葉にならない。


「なあ、あれは......」


「ああ、あれなら気にしなくていいぞ。今は解毒とお仕置きの最中だ。それよりも、黒鵜っていったかな。悪いな。手伝ってもらって」


 地面に転がる夏乃子を見やり、一凛が冷たい視線を投げかけると、快は事も無げに放置でいいと告げてきた。

 ただ、あとに続いた言葉は、僕が許容できる内容ではなかった。


 いやいやいや、まだ協力するなんて一言も口にしてないんだけど......


 決定事項であるかのように口にしながら、快は僕の肩を叩いてくる。

 勿論、僕は即座に拒否する。輝人の事情も分からなくはないけど、僕等にもやるべきことがあるのだ。


「いや、ちょっと待ってよ。僕には僕の目的があるんだよ。だから、はいそうですかって訳にもいかないよ」


「目的って?」


「氷華と一凛を元の人間に戻したいんだ。それには精霊王の許可をもらう必要があって......」


『それなら問題ないよ』


 輝人に答えた途端だった。どこからともなく女性の声が聞こえてきた。


「えっ!? なに今の?」


 僕が素っ頓狂な声を発しながら周囲を見回していると、地面から黒い霧が沸き起こる。


「な、なんなの? 地面から黒いものが!」


「きゃっ! な、なに! これ!」


「うわっ、なんだ! 黒い霧か?」


 黒い霧の近くに居た輝人、優里奈、快の三人が飛び退く。

 勿論、芋虫のように転がされている夏乃子は放置状態だ。

 愛菜に関しては、驚きを露わにしつつ僕の腕にしがみ付く。ただ、どこかわざとらしい気もしないでもない。


「ちょっ、ちょっと、愛菜、なにどさくさに紛れてるのよ」


「こらっ! 離れろ! 不純異性交遊だぞ」


 愛菜の行動を看過できなかったのだろう。氷華と一凛が僕の肩の上でクレームをあげる。しかし、そんな僕等を他所に、黒い霧は次第に人の姿を形成していき、あっという間に黒いドレスを着た少女の姿となった。

 その見た目は、氷華や一凛と同じ年頃で、どうみても可愛らしい中学生にしか見えない。

 しかし、その少女は驚く僕等を気にすることなく話し始めた。


『竜神さん。ご苦労様。少しやり過ぎな気もするけど、まあ、仕方ないよね。ベラクアも過激だって言ってたし......』


「ヘルラ。こんなところまで? 竜神様、こちらは闇の精霊王ヘルラです」


 可愛い少女――ヘルラに見惚れていると、近くに居たイリルーアがその少女の紹介をしてくれた。


「えっ!? こんな若くて可愛いの? いてっ! いてっ! いてて!」


 思わず本音を口にしたら、氷華から頭を叩かれ、一凛から頬にパンチを食らい、愛菜に腕を抓られてしまう。


 やきもちを焼いてくれるのは嬉しいんだけど、暴力的なのは頂けないんだよね。というか、愛菜まで冷たい視線で見上げてくるのだけど、こんな子じゃなかったはず......ま、まさか! 僕の血が......命を救うために飲ませた僕の血の所為なのか!? 僕の血でグレたのか......


 黒いドレスを着た少女を前にして、僕は全く違うことを考える。そう、彼女達が暴力的になっている原因の共通点を見つけたのだ。

 いまだ、その裏付けはないのだけど、急に愛菜までが暴力的な行動を執り始めたことで、自分の血がそうさせるのではないかと思い始めた。

 なにしろ、愛菜と言えば、何があっても僕に手をあげるような女の子じゃなかったはずなのだ。


 そうか、僕の血が......てか、これまでずっと保留にしてたけど、僕の血って、いったいなんなんだろう? いや、それよりも、今は精霊王との話の方が重要だった......


「あの、ヘルラ。それで何が大丈夫なんですか? というか、聖樹の場所を教えてくれるの?」


 全く違うことを考えていたのだけど、頭を切り替えて本題に移る。

 本来なら、相手が精霊王であることを考えると、敬称を付けるのが当然な気がするのだけど、ベラクアの怪しい言動から、精霊王に敬称を付ける気になれなかった。

 しかし、ヘルラは気にした様子もなく、ニコニコしながら頷いてきた。


『いいよ。許可してあげる。でも、私が場所を教えてあげることはできないの』


「えっ!? それってどういうこと?」


『全ての精霊王が認めると自ずと道は開かれるのよ。じゃ、許可を出すわ。それっ!』


「自ずと道が開かれるって......」


 いまいち話が飲み込めない僕を他所に、彼女は許可を出すというと、両腕を広げて掛け声をあげた。


「えっ!? なにこれ! 力が漲るわ」


「うおーーーーー! これなら何でもやっつけられるぞ」


 許可を出すというヘルラの行動は全く意味不明だったのだけど、彼女が掛け声をあげた途端に、僕の肩に乗る氷華と一凛が宙を舞った。


 なにそれ!? ユンケルでも飲んだの? なんか元気溌剌になってない? いったい、何をしたのかな? なんか、ハエがツバメに変身したみたいだよ?


 物凄い速度で縦横無尽に宙を飛び交う氷華と一凛を見やり、僕はその元気さに驚きつつも、直ぐに視線をヘルラへと戻す。

 しかし、彼女はニコニコと満足そうな笑顔を浮かべたかと思うと、そのまま地面へと消えていく。


『これでよしっ! ちょっと竜神さんはやり過ぎだからほどほどにね。その代わり、精霊体にも力を分けといたからね。それじゃ、頑張ってね』


「ちょ、ちょ~~、それだけ!? まだ聞きたいことが! あ~、消えちゃったよ......」


 彼女の振っている手が地面に消えたところで、僕は何をやっても無駄だと感じて力なく項垂れる。

 すると、嬉しそうな快の声が聞こえてきた。


「これで決まりだな。じゃ、出発しようぜ」


 色々と思うところはあったのだけど、最終的は輝人が見せる懇願の瞳に負けて、僕は渋々ながらも頷いたのだった。









 魔国を出発して既に三週間が経っている。

 そして、改めて文明の利器がいかに素晴らしいかに気付く。

 なにしろ、馬車で三ヶ月はかかるというヒューリアン国の王都に、あと数日で到着するのだ。

 やはり、車の威力は半端ないということだろう。


風漸剣ふうざんけん! そりゃ!」


 輝人が剣を振ると、その剣線に沿って風の刃が放たれる。

 その一撃は見事に巨大な木を切り裂く。

 斜めに切り裂かれた大木は轟音を響かせて地に倒れた。

 すると、快が倒れた大木に向かって槍を突きだす。


雷撃槍らいげきそう! うりゃ!」


 鋭く突き出された槍からは、煌めきが放たれたかと思うと、けたたましい音を立てて大木を撃つ。

 稲妻をぶち込まれた大木は、なんで俺がと言わんばかりにもうもうと煙を上げている。


「二人とも良くなったね」


 二人が持つ武器は普通の剣と槍であって聖器ではない。

 そう、聖器はあの時にトリニシャから奪われたままだ。だから僕は彼等に魔法を教えることにしたのだ。

 その魔法とは、身体能力強化や攻撃魔法を取り込んだ戦い方だ。

 というのも、彼等はなぜか攻撃魔法のみの戦いが上手くできなかったのだ。

 もしかしたら、これまで聖器で戦っていた弊害かもしれない。

 そこで、美静みすずのことを思い出した僕は、武器を使った魔法を提案した。

 すると、二人とも上手い具合に発動できたことから、武器を使った戦い方を身につけるようにしたのだ。


「何度やっても信じられないや。やっぱり、黒鵜くんの教え方がいいお陰かな」


「我ながら、マジすげーぜ。黒鵜、お前はやっぱり大魔法使いだぜ」


「いやいや、誰でも使えるんだって......要はどれだけ想像を具現化できるかだけなんだよ」


 構えを解いた輝人が剣を確かめつつも、嬉しそうに話しかけてくる。

 それに続いて、快も少しオーバーに身振り手振りしながら僕を褒め称えてくる。

 だけど、僕は単に要領を教えただけなのだ。だから、この力は彼等が自分の努力で得たものなのだ。


「やってるな。でも、そろそろご飯らしいぜ。優里奈が早く来いってよ」


「ありがとう。直ぐ行く」


「やった~、腹がペコペコだぜ」


 腹ペコ魔人である一凛が宙で仁王立ちすると、夕食であることを告げてきた。

 それを聞いた輝人は礼を述べ、快は腹が減って死にそうだと告げる。

 ただ、彼等はとても恵まれていると思う。

 なにしろ――


「優里奈さんは料理が上手でいいよね」


「黒鵜。それはうちにケンカ売ってんのか?」


「いや、そ、そういう意味じゃないんだ......てか、叩かないでよ~」


 ――なんて感じで、僕における料理とは、誰でもない僕の作業であって、女の子が作ってくれるものではないのだ。


 ケンカ上等の一凛は僕の頭の上に舞い降りると、そこに胡坐をかいて座り、まるで僕の頭が太鼓であるかのようにポコポコと叩き始める。


「君も大変そうだね。でもね。優里奈も初めは大変だったんだよ」


「そうそう。あの物体Xを食べろと言われた時は、さすがにあの世逝きかと思ったぜ」


 輝人は少しばかり焦りの見える表情で、快はまるで毒でも食えと言われたかのように、昔のことを口にする。

 どうやら、優里奈の料理も初めは破壊的だったみたいだ。


「えっ!? でも、上手だよね? 普通に美味しいし......」


「それはあれだ。愛する輝人を毒殺すわけにはいかね~だろ!? 必死に練習したんだよ。まあ、いまだにレパートリーはお察しだが......」


「ちょ、ちょっと、快! そんなんじゃないよ」


 輝人は慌てて弁解しようとするのだけど、どうも彼と優里奈は恋人同士であるようだ。

 この時とばかりに、快は輝人を弄り始める。


「だって、魔王と戦ったあとも、怪我が治ってるのに、みんなに黙って二人でイチャイチャしてただろ」


「あ、あれは、イチャイチャじゃなくて、戦争を止めさせたくて時間を稼いでたんだよ」


 なるほど、勇者がショボイわけでも、治癒魔法がショボイわけでもなかったんだね。

 戦いの前に疑問だったことが解明されて、少しだけスッキリした。ただ、僕は直ぐに別のことを口にする。


「夏乃子さんはどう?」


「ああ、まだ寝てる。一応、愛菜が必死に魔法をかけてたんで、きっと治るはずだけどな」


 一凛は少しばかりションボリしながら答えてくる。

 そう、夏乃子は戦いのあと、暫く芋虫のようになっていたのだけど、そのあとも僕を悪魔と呼び、輝人たちを悪魔憑きだと罵り続けた。

 その異常さからして、魔法や薬を使った洗脳が施されているように思えた。だから、愛菜に再生魔法で治癒を頼んだのだけど、それっきり寝込んでしまったのだ。


「ちくしょう! 奴等......いや、あの嘘つき女、絶対に許さね~」


 いまや様々な情報を得た快が、怒り露わに槍の石突きで地面を叩く。


「まあ、嘘くさいとは思ってたんだけど、ここまで嘘で固められてるとは思わなかったよ。悪かったね、黒鵜くん」


「いえ、この状況じゃ仕方ないと思うよ。だって、突然、異世界に来て右も左も分からないんだもの」


「そう言ってくれると助かるよ」


 申し訳なさそうにする輝人が僕に頭を下げるのだけど、正直、あの状況で何とかできる者なんていないと思う。

 逆に、輝人が良心的で善良な人間で助かったと思うほどだ。


「そんな辛気臭い顔してると、飯が拙くなるぞ。いいじゃん。これから何とかすればいいだけさ。まだ手遅れじゃないだろ?」


 テンションの下がる僕等に、一凛は相変わらずの元気さを見せつけてくる。


「そうだね。気落ちしてる場合じゃないよね」


「おう。もりもり食って頑張るぜ」


 一凛から叱咤され、輝人と快が明るい顔を取り戻す。

 それを見やりながら、僕はこれからについて、一人思い悩むのだった。


 これからどするんだろう。まだ、何にも計画なんて立ててないんだよね......

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