57 人族の駆逐


 全ては僕の甘さの所為だ。

 輝人に甘々だと指摘した自分が恥ずかしい。僕自身が全くなってないのに、他人に説教とはおこがましいにもほどがある。

 そう、輝人が倒れた時、止めなどと言わずに、全てを吹き飛ばせば良かったのだ。

 杖の勇者も、槍の勇者も、弓の勇者も、嘘つき女も、隠れながら寄ってきていたであろう敵兵も、何もかもを吹き飛ばし、焼き尽くしてしまえば良かったのだ。いや、まだ遅くない。今からでも間に合うはずだ。


「逝け! 爆裂!」


 即座に、愛菜に弾丸をぶち込んだ兵どもを吹き飛ばして黙らす。勿論、もう二度と起き上がることはないはずだ。いや、絶対に起き上がらせない。地獄の底に叩き落としてやる。


 我を忘れそうなほどの怒りを感じながらも、僕は左腕に抱いた愛菜の様子を確かめる。


 酷い......こんなに胸を赤く染めて......ちくしょう......許さない......


 真っ赤に染まった愛菜の身体を抱いたまま、縦割れの瞳から零れ出る涙を右腕で拭い、彼女の後ろに立っていたミロラの無事を確かめる。

 どうやらミロラは愛菜が盾になっていた所為か、怪我一つない状態だった。しかし、目の前で愛菜が撃たれたことで酷くショックを受けているのだろう。何が起きたかも理解できないと言わんばかりに呆然と佇んでいた。

 次に、視線をロンロンに向ける。彼女やミロラの母親も無事なようだ。ただ、だからと言って安堵できる状況ではない。


「愛菜、大丈夫だよ。これを飲んで!」


 他の者の無事を確認した僕は、自分の右手の指に歯を立てる。そして、そこから流れ出てきた僕の血を彼女の口に注ぎ込もうとする。

 しかし、それを邪魔るかのように、僕の背中で衝撃が起こる。

 恐らくは、夏乃子の矢が突き立ったのだろう。背中どころか、胸が酷く痛む気がする。


 くっ......邪魔な奴だね! ちゃんと後で始末してやるから、少し大人しくしてくれないかな......


 身体の痛みよりも、胸の中に渦巻く怒りが僕の心を支配する。

 自分では見ることができないのだけど、呼吸が苦しいところからすると、背中が抉れて肺や内臓までやられてるのだろう。

 それは、本来なら耐えられないほどの苦痛だと思う。いや、生死に関わるはずだ。しかし、ベヒモスを燃やした紅炎プロミネンスの如く胸の内が燃えたぎっている所為で、その痛みすらも気にならない。


「飲んで! さあ、早く! 愛菜! 飲むんだよ! これを飲めば絶対に助かるから――」


「ダメよ! もう自分では飲めないわ」


「しゃ~なしだ。黒鵜、接吻を許すぞ」


 必死に僕の血を飲ませようとするのだけど、全く反応のない愛菜を見て、氷華と一凛が慌てた様子で助言してくる。


「そうか、僕も吐血してるし、その方がいいよね......でも、その前に、これ以上は邪魔させない。炎を前にして念仏でも唱えてて、炎壁!」


 僕は胸に渦巻く怒りのままに、自分の背後に巨大な炎のカーテンを作り上げる。本当なら焦土の魔法で焼き尽くした方が効率的なのかもしれない。

 でも、今の僕は奴らの悲痛な顔が見れないと気が済まないのだ。

 だから、暫く大人しくして貰うために、炎の壁で奴らとの間を遮ることにした。


「愛菜。ごめんね。僕が弱いから......僕が甘いから......」


 邪魔の入らない状況となったところで、僕は謝りつつ愛菜に優しく口づけをする。

 何度も、何度も、僕の血が彼女の身体の隅々まで行き渡るように念じながら、いつまでも口づけを交わす。


「もういいんじゃない? 血色が良くなってきたわ」


「黒鵜、もういいぞ! これ以上は必要ない!」


 氷華と一凛がもう大丈夫だと――もうやめろと告げてくる。

 しかし、愛菜を失う不安に押しつぶされそうな僕は、彼女の瞼が開くまでやめる気になれない。


「ちょっと、そんなに愛菜とキスしたいの? いい加減に離れなさい」


「お、おいっ! 空気を読めよな! いつまでも悲劇のラブシーンをやってる場合じゃないだろ」


「いたっ!」


 背中に攻撃を食らっても気にならなかったのに、なぜか僕の頭を捉えた氷華のパンチと一凛の蹴りは痛いと感じる。


「ちょ、ちょ~、二人こそ空気を読んでよ。愛菜が危険なんだよ」


 愛菜との口づけを中断して二人に向けて不平を述べると、彼女が身動きしたのが僕の身体に伝わってきた。


「愛菜! 大丈夫? って、大丈夫なわけないよね......」


「黒鵜さん......私......あれ? なんで生きてるんですか? うっ、身体が痛い......」


 愛菜は僕の顔に視線を向け、不思議そうに見つめてくるのだけど、直ぐに弾丸を食らった痛みに顔を顰めた。


「細かいことは後だよ。早く自分の身体に再生魔法をかけて」


「は、はい。いたたたた......」


 とにかく今は急いでいるのだ。僕は事情の説明を後回しにして、彼女の回復を優先させる。


 良かった......本当に良かった......


 愛菜が目覚めたことで、僕は心底安堵する。彼女が無事だったことで、先程まで何もかもを焼き尽くさんばかりに燃え滾っていた怒りも、幾分か和らぐ。

 ただ、そこで、ここに居ないはずの者――イリルーアの声が聞こえてきた。


「こ、これはどういうことですか? もの凄い炎の魔法。こんな強烈な魔法を見たのは初めてです」


「ちょ、ちょ~、なんで戻ってきたのさ。いや、ちょうどいいや。愛菜を頼むよ」


 僕はイリルーアに文句を言おうとするのだけど、彼女の登場は、実のところグッドタイミングだと思い直す。


「ん? うっ、す、凄い怪我......これで生きてるなんて、さすがは竜の巫女。わ、分かりました。カラク」


「は、はい」


 僕の頼みを聞いたイリルーアが酷い怪我をしている愛菜に気付き、自分の疑問すら忘れてしまうほどの衝撃を受けているようだ。自分の問いを口にすることなく、愛菜が生きている事実に感嘆の声をあげた。


 なんか勘違いしてるみたいだけど......まあいいや。それよりも......


 僕は愛菜をカラクに預けてホッと一息つく。だけど、直ぐに視線を轟音を立てて燃え上がる炎壁へと向けた。

 そう、奴らに報復する時間の始まりなのだ。


「この炎は竜神様の魔法なのですか?」


「うん。それより、取り敢えず愛菜達を連れて離れてもらえるかな。また狙われたら困るから、建物の陰とかがいいかも」


「えっ!? 竜神様はどうするつもり――」


「ん? 勿論、人族の駆逐だよ。奴らは生きてはいけない存在だと感じたんだ」


「えっ!? 駆逐......まさか、根絶やしにする気ですか?」


「当然だね」


「あぅ......」


 イリルーアの言葉を遮り、僕は自分の正直な気持ちを口にした。

 その言葉にイリルーアは驚きを露わにする。どうやら、彼女は魔族を守りたいと考えていても、人族を滅ぼしたいと考えてはいないようだ。

 そんな彼女に僕は告げる。自分の存在が何かを......


「僕は竜神なんかじゃないよ。人族にとって、死の執行人さ。そう、この世界で、僕は死神になろう」


 自分では決まったと思ったのだけど、僕の前で宙に浮かぶ氷華と一凛の吹き出す声が聞こえてくる。


「ぷぷっ、僕は死神になろう。ふふふ。いいわよ。存分に」


「かゆい、かゆい、いたい、かゆい、いたい、もう許してくれ。黒鵜、もう勘弁してくれ」


「ちょ~、せっかくシリアスに決めたのに、二人ともいい加減にしてよね」


 口元を手で隠した氷華から生ぬるい視線を浴び、体中を掻きむしる真似をする一凛が嫌らしい笑みを浮かべている。

 そんな二人に苦言を漏らした僕は、格好良く決められない原因が、二人の所為ではないかと考え始めるのだけど、気を取り直して足を踏み出す。


「もういいよ! 僕はいくよ! 二人はどうするの?」


 いつまでもニヤニヤとする二人に、チラリと視線を向ける。


「もち、いくわよ! 愛菜に手をかけたんですもの。懲らしめる必要があるわ」


「行くに決まってんだろ! 八つ裂きにしてやるぜ」


 あのさ、二人とも戦えないよね......ちゃんと理解してる?


 これから地獄が始まるというのに、僕は肩に降りてくる二人の言葉を聞き、少しばかり呆れてしまう。

 ただ、二人の所為で、いまだ燃え上がるような怒りを感じつつも、次第に頭だけは冷静になっていくのだった。









 いまだ鎮める手段を持たない炎の壁を前にして、我ながらお粗末だと考えていた。

 小さな炎なら消すことができるのだけど、僕はいまだに炎壁や焦土などの魔法を途中で消し去ることができないのだ。

 これは魔法使いにとって、少しどころか、かなり恥ずかしいような気がする。いや、それどころか欠陥魔法使いだと言われるかもしれない。


 ん~、このまま鎮火するのを待ち続けるしかないんだけど......そういや、マナの減り具合を見てなかった......はっ?


 燃え盛る炎を前にして、僕はマナゲージを確認したところで唖然とする。


 これって、やっぱり仮説が当たってるのか......てか、そうなると、僕のMAXはどんだけ? って、ことになるよね......


 そう、脳内マナゲージの針は微動だにしていなかったのだ。

 どうやら僕の考えた仮説が正しかったようなのだけど、自分のマナタンクの容量に唖然としてしまう。

 しかし、そこで状況の変化を氷華が伝えてきた。


「炎が収まり始めたわ。でも、いい加減に消去する方法を身につけないと格好悪いわよ?」


「ごほっ......そ、そうだね......」


 返す言葉もなく、僕はただただ彼女の忠告に頷く。しかし、一凛はそう思わなかったみたいだ。


「いいじゃね~か。どうせうち等は破壊専門なんだからさ」


「だ、だよね。さすがは一凛だ」


 一凛の出した助け船にすぐさま飛び乗ると、氷華が冷たい視線を投げかけてきた。

 しかし、炎壁が消えたことで、僕はこれ幸いと彼女に視線を向けないまま脚を進める。


「もうっ!」


 氷華の不服そうな声が聞こえるのだけど、これもスルーだ。今は視線の先で恐れ慄いている奴らに、目に物を見せてやるのが先だ。いや、あの世への引導を渡してやると言った方が適切かもしれない。

 ただ、僕の怒りは既に燃え盛る炎ではなく、ドロドロとしたマグマのような状態に変わっていた。

 それを分かり易く言い表すなら、頭は冷めているのだけど、恩讐のようなドロドロとした恨みが溜まっている状態といえばいいだろうか。


「さあ、張り切って始末しようか。取り敢えず、愛菜の痛みを百万倍返しで!」


「そうね。このままじゃ、魔族も皆殺しになる可能性もあるし、少し酷い目に遭った方が良さそうね」


「当ったり前じゃん。思いっきり後悔させてやれ!」


 僕に同意してくる氷華と一凛の声を心地よく聞きながら、冷静に奴らを根絶やしにする方法を考え始める。

 すると、背中の痛みが薄れていき、自分の髪が逆立つのが分かった。


 恐らく怒髪天となっているだろう僕は、視線の先に見える勇者やいつの間にか集まった敵兵に刀の切っ先を向ける。

 どうやら、大剣の勇者――輝人の怪我は大したものではなかったのだろう。顔を引き攣らせつつも、体調が悪そうには見えない。それに快の方も傷が癒えたのか、もの凄い形相で僕を睨んでいる。

 ただ、誰よりも僕を憎らしげに睨みつけているのは、夏乃子とトリニシャだった。

 夏乃子の怒り具合からすると、もしかしたら快は彼女の恋人だったのかもしれない。

 トリニシャに関しては、僕が自分達の野望を打ち砕く可能性があると考えての反応だろう。

 でも、僕にとって、そんなことはどうでも良かった。なにしろ、彼等彼女等は平等に死ぬ権利があるのだから......


「でましたね。魔族の手先が! いえ、きっと奴らが召喚した悪魔でしょう。さあ、勇者様、悪魔を倒すのです」


 まるで親の仇でも見つけたような視線を向けてくるトリニシャが、またもや在ること無いこと吹きまくる。

 その言葉に、輝人は少しばかり顔を顰めるのだけど、夏乃子は同感だと言わんばかりに頷き、即座に矢を放ってきた。


「死ね! この悪魔!」


「ダメだこりゃ......まあ、改心してもらう気もないからいいけどね。風刃!」


「えっ!? 私の破魔矢が......」


 とことん狂気に冒されている夏乃子が放った矢は、僕の風魔法でものの見事に粉砕される。

 その光景は、彼女にとって衝撃だったのだろう。口をあんぐりと開けたまま固まっている。


「愚かだね。愚かすぎて開いた口が塞がらないよ。ああ、それと先に言っとくね。僕は悪魔じゃないよ。勿論、魔族でもない。そう、人族を滅ぼす死神だよ。あなた達は自分で自分の首を絞めたんだよ。大陸の覇者になろうなどと考えなければ、滅亡なんて報いを受けずに済んだはずなんだけど、もうやっちゃったものは取り返しがつかないよね。さあ、ここから人族滅亡の始まりだ。この死神黒鵜が愚かな人族に死の恐怖を与えよう。風刃!」


 もはや人を死に追いやることをなんとも思わなくなってしまった僕が、左手を翳して魔法を放つと、薄緑の刃が人族の兵士に襲い掛かる。

 腕が、脚が、首が、胴が、まるで切れてるチーズのように分断される。


 そういや、父さんが好きだったな~、切れてるチーズ......


「さあ、もう一発! 風刃!」


 呻き声、苦痛の声、驚きの声、嘆きの声、さまざまな声が渦巻く中、僕は自分の父親が好きだったチーズを思い出しながら、容赦なく魔法を放つ。


「泣け! 叫べ! 呻け! 嘆け! 後悔して! 自分達の行いが愚かだったと後悔しながら逝ってよね。さあ、次だ。風――」


「やめろーーーーーーーーーー!」


 まるで作業の如く三度目の風刃を放とうとしたところで、輝人の叫びが聞こえてきた。


「ああ、あなたには悪いけど、やめる気はないよ。風刃!」


 少なからず輝人には好感を持っている。ただ、それと人族に情けをかけることは別の話だ。

 彼の制止を無視して、更に魔法を放った結果、人族兵の殆どがバラバラになって地に転がっている。

 まさに、バラバラの屍で地面ができているかのような状態だ。

 生き残った者も阿鼻叫喚を実演するかのように、恐怖に怯えてガタガタと震えいてる。


 ああ、まだ震える余裕があるんだね。まだまだ元気みたいだ。


「なぜ、なぜ、こんなことをするだよ」


 恐怖に怯える兵士の姿を見て、少しばかり温かったと感じていると、輝人の悲痛な声が聞こえてきた。

 彼からしてみれば、僕の行いは尋常ならざる悪行なのだろう。でも、僕にとっては全くそうではない。


「なぜ? なぜって......ねえ、輝人さん。戦いを起こせば、少なからずこういうことが起こるよね? ここまでバラバラになるかどうかは分からないけど、少なからず痛い目に遭って死ぬ者達が沢山でますよね? そう、戦争なんて、所詮は強い方が弱い方を蹂躙する野蛮な行為だよね。この状況を悲惨さと思うなら、戦争なんて起こさなければいい。そもそも、宣戦布告をしてきたのは人族だよね?」


「そ、それは、そうだけど......これは惨すぎないか」


「えっ!? どうして? 騙し討ちをするような人達だよ? それも弱い女の子を狙うような卑劣な奴らだよね。生きる価値なんて全くないと思うけど? これは戦争だよ。弱いものが痛い目に遭って死ぬんだよ。それのどこがおかしいの?」


「そ、それは......」


 輝人は僕の問いかけに答えられずに口ごもる。いや、反論などしても何の意味もない。だって、何を言われようと、僕の考えは変わらないのだ。


 別に追い打ちをかける気ではないのだけど、恩讐のようなドロドロとした怒りに取り憑かれた僕は、ついつい己が想いを吐き出す。


「輝人さん。僕はあなたのことが嫌いじゃない。あなたが愛菜達に手を出させないと言ってくれたことは嬉しい。でも、あなたの力は全く及ばなかった。現に愛菜は大怪我をして死ぬところだった。僕にとって、それだけでも卑劣な人族は死に値するんだよ。少なからず人間の良いところ悪いところは理解してるつもりだよ。だけど、この世界は人族が居なくてもやっていける。いや、今よりも上手くいくはず。だから、僕が死神となって人類を除去するんだよ。ああ、これは魔族の意向じゃないよ。僕の勝手な独断だから、魔族を逆恨みしないように。まあ、生きて帰ることはないのだから、逆恨みもできないか......それじゃ、残りも逝ってもらおうかな」


「ま、まって、わ、わかった。人族軍は退く。もう魔族を攻めたりしない。だから、やめてくれ......」


 僕の吐き出した毒を浴びた輝人が、大剣を手放して土下座する。

 どうやら、彼は真剣に何とかしたいと考えているみたいだ。

 しかし、そうでない者も居るようだ。


「何をしてるのよ、輝人! こんな悪魔の言うことなんて、何一つ真実なんてないわ」


「そうです。こんな悪魔に屈してはなりません。ここで屈せば、人族は滅びてしまいます。あの悪魔を滅するのです」


 鬼の形相を作った夏乃子が不満の声をあげ、般若となったトリニシャが僕に指を突きつけてきた。

 ただ、僕にとって二人とも死すべき存在であり、聞く耳など持っていない。

 だけど、輝人には僕の考えを伝える。


「輝人さん、あなたには申し訳ないのだけど、さっきも言った通り、あなたにそこまでの力はないよ。あなたがどれだけ頑張ろうと、人間の欲望とは愚かな方向に進むんだよ?」


「だけど、これはあまりにも惨い」


「これが惨い? 確かにそうかも......でも、それを人族は魔族に強いるつもりだったんだよ?」


「うっ......分かった。ボクが何とかする。人族に敵対してでも魔族には手を出させない。ボクもこの戦いは不自然だと思ってたんだ。なんとか止めてもらいたかったんだ......」


 どうやら、輝人はこの戦いを不満に思っていたようだ。冷たい眼差しでトリニシャを射抜く。

 すると、トリニシャがムキになって食いつく。


「勇者殿、何を言っているのですか。全ては人族のためなのです。あの悪魔を葬らずして人族の未来などありません」


「何を言ってるのさ。トリニシャ。君の捏造話がいつまでも通用すると思ってるのかな? ねえ、黒鵜くん、お願いだ。みんな上の者に言われて振り回されているだけなんだ。人族を根絶やしにするなんて止めてくれないか」


 眦を吊り上げるトリニシャに向けて、輝人は首を横に振る。きっと、以前から彼女の言葉を怪しんでいたのだろう。彼女の嘘はもう真っ平だと言わんばかりに反発する。


 できれば輝人には生きていて欲しいし、不幸な人生を歩んで欲しくない。少なからずそう思えるのだけど、今の僕は誰にも止められない。

 僕は懇願する輝人を無視して、残った兵士を始末すべく右手を突き出すのだけど、次の瞬間に放たれたトリニシャ言葉で、この戦いは予想もしていなかった方向へと転がり始めるのだった。


「悪魔の囁きに惑わされるとは......勇者輝人は悪魔憑きとなりました。あれは敵です」

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