26 咆哮


 暴走組の襲撃を退けたあと、僕等は偽りのない気持ちを曝け出し、これからも一丸となって頑張っていくとを固く誓い合った。

 ただ、心を一つにすることには成功したのだけど、とてもとても残念なことに、心身ともに一つとなることは叶わなかった。

 というか、それについては、一凛にそそのかされてその気になったことで、氷華からしこたま怒られることになってしまった。


 一凛のバカっ! 氷華のケチっ!


 まあ、それは良いとして、僕達はこれからこの世界を生き抜くために、少しばかり非情になるべきだと話し合った。

 そう、お人好しでは生きていけないと判断した。

 この世界では、魔獣のみならず、人の心も狂ってしまっているという結論に至ったからだ。

 だから、これからは害をなす者に対して容赦なく立ち向かうと決めた。


 そんな僕等は、現在、ショッピングモールを囲む店舗で休んでいるのだけど、それは襲撃を受けた場所とそれなりに離れている。

 というのも、あの無残なしかばねが散乱する建物でのんびりと休めるはずもなく、夜な夜な別の店舗へと移動したのだ。

 ただ、その屍をどうするかで色々と悩んだのだけど、魔獣が集まる可能性や病原菌のことを考えて建物ごと燃やした。

 実際、周囲に炎が移らないように、氷華が氷壁を張っての作業となったことから、かなりの時間を要してしまった。


 今はココアに見張りを頼んで――というか、無理やり押し付けて、少しばかり寝坊することにしたのだけど、その見張り番の声で目を覚ますことになった。


 ああ、ココアに関しては、いまだ盛りの所為か、見事に人間体となっている。

 どうやら、盛りの間は未明帯になると人化してしまうようだ。

 それを見越していたのか、二人はココアの洋服も用意していた。

 そして、人化知るや否や、あっという間に彼女の大きな胸を隠蔽いんぺいしてしまった。

 こういう段取りを用意周到というのだろうか。その速さたるや、嫉妬心がそうさせてるのではないかと思うほどだった。

 ぶっちゃけ、それが正解なのだと思うけど、間違っても口にできない。

 僕だって、できる限り長生きしたいのだ。というか、童貞のまま死ぬのは絶対に却下だ。


「フシャーーーーーーーー!」


「ん? ココア? もしかして、敵!? 二人とも起きて!」


 既に日が高くなり、猫型に戻ったココアが警戒の声が耳に届いた。

 寝ぼけながらも直ぐに起き上がると、直ぐ近くで寝ている氷華と一凛に声を掛ける。


 とはいったものの、僕等の周囲には氷壁が張られているので、ある程度の安全性と快適な涼しさが確保されていたりする。

 その所為で割と呑気にしていたのだけど、氷華と一凛は完全に寝ぼけているようだった。


「あと、十分だけ……」


「うおっ! もう食えんぞ!」


「ちょっ、ちょっ、二人とも寝ぼけないでよ。いや、寝ぼけるな!」


 昨夜、一凛から言葉遣いが男らしくないと指摘されて、少しばかり強い口調で言い直す。

 ただ、それは全く以て効果がないようだ。


「あ、あと五分……」


「ギブだ! 腹一杯……」


 氷華はまだしも、一凛はどんな夢見てんだよ……


 全く動じない二人を目にして、もしかしたら迫力が足らないのかも、などと考えてしまう。

 だから、心を鬼にして決意した。そう、脅しを掛けると。

 そんな訳で、さっそく実食……ちがった……さっそく実践じっせん


「さっさと起きないと無い乳もむぞ!」


「誰の胸が無いですって!」


「う、うちは氷華より大きいぞ!」


 それまで寝ぼけていた氷華と一凛が飛び起きた。


 うはっ、効き目グンバツじゃん! というか、揉むところじゃなくて、無い乳に反応してるし……てか、これってピンチ?


 二人の反応は完全に予想外だった。

 というか、二人とも身体を起こすだけではなく、まなじりや眉毛まで吊り上げている。

 明らかに危険な状態だ。


「ねえ、誰が貧乳ですって?」


「氷華と一緒にするなよな」


「ちょっ、それってどういうことよ! 一凛も大して変わらないじゃない」


「なんだと!」


 危機的状況だと判断したのだけど、なにやら風向きはこちらにではなく、二人の間で渦巻いたようだ。

 どういうつもりかは知らないけど、お互いが相手の胸をペシペシと裏手で叩き合っている。


 ん~、僕も混ざりたいな……


 自分もスキンシップに参加したいとか考えたのが拙かったのか、二人はキッとこちらに視線を向けてきた。


「私と一凛のどっちが大きい!?」


「うちの方が大きいよな!」


 何を血迷ったのか、二人は胸を突き出すと、究極の選択を迫ってきた。


 ちょ~~、眼福じゃない上に、どう答えても踏み絵レベルじゃんか……これって完全に踏んだり蹴ったりだし……くそっ、実践なんてするんじゃなかった……


 脅しを掛けたことを後悔しつつ、氷華と一凛を交互に見遣る。


 二人は、怒りの形相を向けてくるのだけど、その瞳は自分の方が大きいと言えと語っていた。

 しかし、そんなのは僅差であり、競馬でいう鼻差みたいなものだ。

 だから、ビデオ判定か計測でもしなければ判断がつかないレベルだと思う。

 でも、そんな事実は口が裂けても言えない。ただただ神を呪う言葉を心中で吐き出す。


 どうして僕ばかりに試練を? やっぱり神様なんて居ないんだね。ああいいさ、僕に屍になれっていうんだね。


 絶望的な気分で自分の結末を思い浮かべたのだけど、なんと、神は居た!


「フニャーーー! フニャーーー! フニャーーー!」


「きゃ! ちょっ、ココア、くちゅん!」


「あっ、ダメ。ココア様、そこ引っ掻いちゃダメ!」


 何を思ったのか、ココアは行き成り飛びついてきた。

 慌てて彼女を抱くと、鼻先に迫っている氷華と一凛の胸に猫パンチを食らわせた。


 もしかしたら、五十歩百歩の分際で黙れと言いたいのかもしれない。

 確かに、目くそ鼻くそを笑うレベルかもしれない。

 ただ、二人に鞭打つ――猫パンチするココアを見て、こんなことをしている場合ではないと気付く。


「あっ、て、敵が、胸の話はまた今度ね。敵が来てるんだ」


「敵?」


「なんだと?」


 今更以て、氷華と一凛の二人が氷壁へと視線を向ける。


 だから、初めからそう言ってるのに……てか、敵にしては大人しいけど……


 氷壁に薄っすらと映る人影に視線を向けながら、敵ではないのかもしれないと考え始める。

 そう、数人の人影が映っているのだけど、なにやらボソボソと会話をしながらも戸惑っているように見える。


「あれが敵なの?」


「敵じゃなさそうだな。てか、そうなると、ここに来そうなのは、正義君たちくらいだな」


 一凛の言う正義君とは直樹や蔵人のことだ。

 彼女は何事も行き過ぎると害だと毒を吐いていたりもする。


 ん~、直樹達が何の用なんだろ……


 確かに一凛の言う通りだ。でも、その直樹達が再び会いに理由が気になる。

 ところが、そこに居たのは直樹ではなかった。


「あ、あの、あの~、クロっち、そこに居るの?」


 氷壁の向こうから葛木くずのきのおどおどした声が聞こえてきた。

 ただ、その声を聞いた途端に、氷華が眉間に皺を寄せて舌打ちする。


「ちっ、あの女……何しに来たのかしら」


 ま、まただよ……なんで氷華はあんなに葛木を嫌ってるんだろ……


 一気に機嫌の悪くなった彼女を不可解に思う。だけど、それを棚上げして返答する。


「葛木? 僕ならここに居るけど、どうしたの? こんなところに来たら危ないよ」


 そう、いつなんどき魔物が現れるか分かったものではないのだ。

 だから、危険を冒してまで彼女が訪問してきたことを疑問に思う。

 ただ、こっちが推察するよりも早く、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「大丈夫だ。私達が護衛しているからな」


 この声は……確か、蔵人の方か……しかし、なんで葛木と蔵人が? てか、蔵人たちじゃ全然安全とは言えないよね……


 不審に思いながらも、視線を氷華に向ける。

 すると、厳めしい表情を見せている氷華が首を横に振る。多分、氷壁は解除しないという意味だろう。

 どうやら彼女は葛木や蔵人たちを信用していないみたいだ。


 そんな彼女を尻目に、再び問い掛ける。そう、まだ何しに来たかの答えを貰っていないのだ。


「それで、どうしたんですか?」


 今度は、葛木ではなく蔵人に尋ねると、直ぐに返事が返ってきた。


「昨晩、暴走組を退治したんだろ? 実は、そのお礼がしたくて」


 どうして暴走組を倒したことを知ってるんだろ……まあ、アレだけの騒ぎになれば、向こうからも見えるか……というか、別にお礼なんて要らないんだけど……


 蔵人の返事を聞いて不可解に思いつつも、すぐさま視線を氷華へ向けると、彼女は再び首を横に振る。

 やはり、彼女も理解できないらしい。というか、お礼なんて要らないと言いたいのかもしれない。


 さて、如何したものだろうか……いや、ここは断るべきだよね。でも、できる限り穏便おんびんに終わらせたいし……


 不可解極まりない誘いをどうやって断るかと考える。

 ただ、思考を遮るかのように、葛木の声が聞こえてきた。


「もうご飯の用意とかしてるんだよ。今日だけは豪華にしようって、直樹さんも奮発して食料を出してくれたんだから」


「豪華に……まじ?」


 彼女の誘いに、さっそく一凛が喰いついた。

 警戒心なく食い物に食らいつく辺りは、まるで養殖場の魚みたいだ。

 氷華がそんな魚った一凛をたしなめる。


「ちょっ、ちょっと、一凛! いくらなんても簡単に釣られ過ぎよ」


「あっ、す、すまん……寝起きでお腹が空いてて……クゥ~~~~! ふごっ」


 左手でお腹を押さえた一凛は、右手で頬を掻きながら謝るのだけど、お腹の方は謝る気がないらしい。

 あたいに飯を食わせろ! と、言わんばかりに遠慮なく主張している。

 さすがの一凛も、空腹を訴える腹を押さえたまま、少しだけ恥ずかしそうにする。

 どうやら、彼女にも恥じらいという気持ちが、少しばかりは残っているようだ。


 まあ彼女は良いとして、その誘いを素直に信じられない。

 抑々そもそも、直樹達が大切な食料まで出してまで、僕等に礼を言う必要がないのだ。

 だって、僕等が勝手にやったことだし、彼等にとっては棚ボタというだけであり、自腹を切る必要なんてないのだ。


 どう考えても不自然に思え、コソコソと氷華に耳打ちする。


「これって、絶対に裏があるよね? 何だと思う?」


「間違いないわね。でも、それが何かは分からないのよね。もしかして、用心棒として雇いたいとか?」


「ああ、ありそうだね」


「それはあるかもな。それなら飯をご馳走になってもいいよな?」


 氷華の考えに頷いていると、コソコソ話に耳を傾けていた一凛も頷きながら賛成してきた。

 ただ、彼女は完全に食い物の影響下にあるようだ。


 ダメだ。今回の一凛は当てにならない。さて、どうしよう。素直に尋ねて教えてくれるとも思えないし……でも、駆け引きなんて僕には無理だし……ええい! もう、めんどうだ!


 結局、考えるのが面倒臭くなって、率直に断ることにした。


「すみません。遠慮させて頂きます」


「えっ!? なんで!? ご馳走の用意までしてるのに……」


「な、なぜだい!?」


「ええええええええええええええええっ!」


 葛木と蔵人の疑問の声が上がるのは当然なのだけど、なぜか一凛が発した驚きの声が一番大きかった。

 情けない顔をする一凛に冷たい視線を向けつつも、葛木たちにその理由を告げる。


「礼を言われる理由がありませんから」


 その一言で彼女達は沈黙した。

 もちろん、一凛も沈黙していた。というか、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 その光景に呆れて嘆息すると、氷壁の向こうからコソコソと話しているのが聞こえた。

 ただ、話の内容までは分からない。

 だから、蔵人にツッコミを入れる。


「本当の理由は何なんですか? 暴走組を片付けたからといって、ご馳走まで用意して礼を述べるのは不自然ですよ」


 どうやら、この指摘は的を得ていたようだ。

 結局のところ、駆け引きをすることなく勝利した。

 他に誘う手立てがないと判断したのだろう。蔵人は渋々と呼び出しにきた理由を話し始めた。









 なんだかんだとあったのだけど、建物の外に出てみると完全に太陽が高い位置へと昇っていた。

 そう、お昼近くまで惰眠を貪ってしまったのだ。


 現在は、葛木、蔵人、その他の数人と共にショッピングモールの東棟へ入ったところだ。

 正直言って気が進まなかった。でも、取引なら今後のことを考えても役に立つかもという氷華の意見を尊重して話し合いに向かうことになってしまった。いや、よだれを洪水のようにしている一凛に負けたと言った方が良いだろうか。

 まあ、どちらにしろ、彼等と折り合いをつける必要があると感じた結果、気乗りはしないものの話し合いのテーブルに付くことにしたのだ。


「それにしても派手に壊れてるな」


 一凛が瓦礫を眺めて楽しそうにしている。

 いったい何が楽しいのか分からないのだけど、それを尋ねる空気でもないので聞き流す。


 僕等が寝ていた店舗は南側だったこともあって、飛竜が暴れた正面玄関から入ることになったのだけど、その有様は彼女が口にした通り、無残の一言だった。

 まあ、その破壊の殆どは僕の爆裂魔法によるものだけに、それに関してあまり触れたくないというのが本心だ。

 もしかしたら、一凛はそれを揶揄やゆしてニヤニヤしているのかもしれない。


 気持ち悪い笑みを浮かべる一凛を無視して、ガラスやコンクリート片を避けながらショッピングモールの中を進む。

 何を考えたのか、前を歩いていた葛木が暫く進んだところで声を掛けてきた。


「ねえ、クロっち。暴走組って完全に始末したの?」


 何を聞いてくるのかと思えば、昨夜のことについてだった。

 それに関して、不審に思うことなく有りの侭を伝える。


「それは分からないよ。そもそも、襲ってきたのが暴走組全員かどうかなんて知らないし」


「それもそうだね」


 自分に知り得ない情報であるが故に、首を横に振って見せた。

 彼女は自分が尋ねておいて、然も興味がないと言わんばかりの返事をしてきた。

 その態度を少しばかり不可解に思う。ただ、それを考える暇すらなく新たな質問が飛んできた。


「クロっち、そもそも、ここに何しに来たの?」


 何しに来たと言われると答えは一つだ。


「ん~、何か物資があるかと思ってさ。でも、君が居るとは思わなかったよ」


「やっぱりそうなんだ……」


 特に隠し立てする必要もない。これについては、直樹たちにも話した無いようだ。

 ところが、彼女は脚を止めて振り向いた。

 それを見た途端、思わず驚きを露わにしてしまう。

 なぜなら、彼女の表情は激怒とも呼べそうなほどにけわしくなっていたからだ。


「どうしたの? てか、何を怒ってるの?」


 その表情はまさに緊迫や嫌悪の色を宿し、どう見てもこちらを睨みつけているように思える。

 これまで、葛木のそんな顔を見たことのないこともあって、険しく刺々しい雰囲気を放っている理由を尋ねる。

 だけど、彼女はそれに答えることなく別のことを口にする。


「じゃ、次は私達を始末して物資を奪うのね」


「はぁ?」


 彼女の口にした言葉が意味不明だった。そして、それを理解する暇もなく、抱いていたココアが僕の顔に飛び掛かってきた。


「うわっ!」


 突然のことに、尻餅を突いてしまったのだけど、次の瞬間、呻き声が耳に届く。


「うぐっ……くあっ……」


「きゃっ……氷へ――ぐふっ」


 嫌な予感を感じつつ視線を向けると、一凛と氷華が転がっていた。

 その光景を目にして、完全に思考が停止した。

 だって、彼女達は服を赤く染まっているのだ。

 一瞬、その光景が何を意味するのか分からなかった。

 だけど、止まった時間が動き始める。


 ま、まさか……血なのか……そ、そんな……


 そう、それはトマトケチャップでもなければ、赤いペンキでもない。

 動き始めた思考が、その赤色が紛れもなく彼女達の鮮血だと告げる。


「氷華! 一凛!」


 二人を赤く染める液体の正体が何かを察し、何が起こったのかに気付く。そう、騙されたのだと、嵌められたのだと。

 そう理解しつつも戦う判断が出来なかった。


 ダメだ。彼女達を助けなきゃ……これ以上やらせる訳にはいかない……


 正常な状態なら無意味なことだと考えただろう。

 だけど、完全に混乱した思考は、すぐさま彼女達を庇うことを選択する。


「やらせない! 彼女達に手を出すな!」


 焦りを隠せないまま、二人を自分の身体で覆い隠そうとする。

 そんな愚かな行動を執った途端、右脚に激痛が走る。


「ぐあっ……くそっ……」


「く、黒鵜君! だめ、にげて……」


「く、黒鵜、に、にげろ……」


 思わず苦悶くもんの呻き声を上げると、僕の下で苦痛に顔を歪めている氷華と一凛が、自分達を見捨てて逃げろと告げてきた。

 だけど、そんなことが出来るはずがない。

 一緒に頑張ろうと決意したばかりなのに……


「バカ言ってんじゃないよ。仲間を置いて行ける訳ないじゃん……いや、大切な仲間を傷つけられて黙ってはいられないよ」


「黒鵜君……」


「く、黒鵜、む、り、するな」


「ぐあっ……ちくしょう……」


 新たな激痛が左腕を襲った。

 呻き声を上げつつも、歯を食いしばって痛みを堪えて視線を葛木へと向ける。

 そして、想像もしてなかった光景を目にする。

 彼女は険しい表情を解き、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 そう、彼女は至高の時と言わんばかりに、これ以上ないほどの恍惚な笑みを見せていたのだ。


「どういうつもりなの? どうして騙したのさ」


「はぁ? ばっかじゃないの?」


 友達だと思っていた葛木に疑問をぶつけると、物の見事に嘲笑あざわらわれた。

 それは、これまでに見たことがない彼女の顔だった。どう見ても虫けらを見るかのような視線だった。

 まさに悪人の如き形相となった彼女は、何を考えたのか、急に腹を抱えて笑い始める。


「くくくっ、あはは、あはははははははは、あはははははははははははは」


「うぐっ……な、何が可笑しいの? 人が苦しんでるのに、なにがそんなに楽しいの?」


 更なる苦痛が身を焦がす。それでも、黙ってはいられなかった。

 狂ったように歓喜の声をあげる彼女を問い質す。

 腹を抱えた彼女は笑いを収めると、侮蔑ぶべつの眼差しで毒を吐き始める。


「ちょっと能力を持ったからって、調子に乗るからこうなるのよ。だいたい、あんた達の考えなんて分かってるつ~の。このショッピングモールに居る人を皆殺しにして物資を奪う気だったんでしょ。ゴミのくせして調子に乗り過ぎよ!」


 彼女から罵声を吐き付けられて唖然としてしまう。だけど、直ぐに頭が働き始めた。


 ああ、そうか……暴走組がやられたからか……次は自分達がやられると思ったんだね。だから嘘で呼び出して始末することを考えたのか……最悪な奴等だね。いや、まだまだ僕等が甘かったということか……


 奴等の行動に怒りつつも、己が甘さを悔いる。

 だけど、後悔している場合ではない。一凛は咳き込むと、真っ赤な鮮血を吐き出した。


「がふっ……やば……もしかして、もうダメなのか……エサにづられだのがまずがっだのがな……」


「一凛! 一凛? 一凛、一凛――」


 己が反省を口にした一凛は、そのまま力が抜けるかのようにまぶたを閉じた。

 それを目にした途端、心臓が壊れそうなくらいに暴れる。

 必死に名前を呼ぶのだけど、赤く染まった彼女は微動だにしない。

 思わず叫びそうになる。だけど、氷華の行動がそれを止める。

 彼女が血濡れた手で頬を撫でてきたのだ。


「氷華? ひ、氷華? 氷華――」


 頬が濡れる感触を感じながらも、力無く撫でてくる彼女に不安を抱く。

 思わず名前を連呼すると、彼女は薄っすらと笑みを浮かべて己が気持ちを伝えてくる。


「た、たくさん意地悪してごめんなさい。でも、沢山構って欲しかったの……ありがとう。くろ……うく……ん。だい……す……」


 言葉の途中で彼女の腕から力が抜ける。まるで、美しき花がしおれるかのように、彼女の腕がぱたりと落ちた。

 そして、彼女は最後の言葉を告げないまま、瞼を開けたまま鼓動を止めた。


 氷華の心音が伝わってこない。一凛の鼓動も感じない。ダメだ。ダメだ。ダメだダメだ。ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだーーーーーーーーーー!


「ひょうかぁ? ひょうか? ひょうか! いちか! ひょうーーーーーかーーーーー! いちかーーーーーーーー!」


 己が意志とは関係なく、嗚咽と絶叫が響き渡る。

 未だに新たな激痛が増えているのだけど、それを感じる神経すら停止したように思えた。いや、すでに何も感じなかった。

 ただ、あるものは胸の奥から込み上げてくる悲しみと怒り。そして、燃える盛るような、ぐつぐつと煮えたぎるような、どす黒い憎しみが支配する。


「お前等……ゆるさねーーーーーーーーーーーー!」


 身体の至る所から鮮血を流す僕が無意識に放った絶叫は、まるで怒りの咆哮ほうこうとなってショッピングセンターの中に響き渡る。そして、それは悪鬼を生む叫びとなるのだった。

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