19 心地悪い目覚め
木々の焼け焦げた臭いが鼻を突き、その異臭で意識が覚醒していく。
ああ、気を失ってたみたいだ……えっ!?
覚醒する意識の中で、自分の状況に疑問を感じた。
というのも、身体の奥底から沸き起こる猛烈な苦しみが最後の記憶だったのだけど、それ以前に瀕死の状態だった筈なのだ。
だから、自分の意識がある理由を考え始める。
あれ? あの世って、焦げ臭いのかな? てか、まさか異世界転生なんてオチ?
いまだ朦朧とした意識の中で、素っ頓狂なことを考える。
だけど、次の瞬間には、ザラりとした感触が頬を
「ん、んん~~ココアか? くすぐったいから止めてよ」
頬に伝わる感触から、条件反射で制止の声を放つ。
その途端だった。聞き馴れた声が耳に飛び込んできた。
「く、黒鵜君! 生きてる? 大丈夫なの?」
「黒鵜! 大丈夫か! 何があったんだ?」
あれれ? まさか、ココアも、氷華も、一凛も、みんな巨竜にやられたの? 結局、全員であの世行き? 全員で異世界転生とかどんなチート?
三百パーセント死んだつもりだったこともあって、聞き覚えのある声を耳にした途端、思わず悲しい結末を想像してしまう。
ところが、突如として身体に柔らかい感触が伝わってきた。そして、その拍子に瞼が開く。
「あれ? 氷華? どうしたの? ここは?」
己が胸に抱き着く氷華を目にして、疑問の声を上げつつ、横たわったまま頭を左右に振って辺りの様子を確かめる。
「あれ? もしかして、僕って生きてる?」
いまだ全く状況が理解できないのだけど、焼け野原と化した周囲の雰囲気やススだらけになった氷華や一凛の顔を見て、まさかと思いつつも疑問を口にする。
ああ、ココアに関しては、元々が真っ黒なので、ススだらけなのかも分からない。
「ああ、生きてるぞ。森が急に燃え上がったかと思ったら、暫くして巨竜が飛んで行くのが見えたんだ。だから、慌てて戻ってきたんだぞ。まあ、ココアが先に戻っちゃったんで、慌てた、慌てた」
「そうよ。火を消しながら黒鵜君を探したんだから! お陰で私は魔力が空っぽよ」
生きていることを教えてくれた一凛は、頭を掻きながら状況を説明してくれた。
その様子からして、ココアに逃げられたことを申し訳ないと思っているのだろう。
ところが、そんな一凛を他所に、氷華は涙ぐんだ瞳で罵った。
ただ、彼女は何に驚いたのか、急にその潤んだ瞳を見開く。
「黒鵜君、どうしたの、その目!」
「えっ、目がどうしたの? 普通に見えるけど?」
彼女は返事を聞くと、ごそごそと自分のポケットを
さすがは、女の子というところだ。世界がファンタジー化しても、女性の
まあ、一凛の場合は世界がどうあろうと、きっと持ち歩いていないだろう。
それはそうと、彼女はコンパクトを開き、丸い鏡を向けてくる。
「えっ!? なにこれ……」
「だから言ったじゃない。なんか、左目だけがトカゲか猫みたいな瞳孔になってるわよ?」
自分の左目の状況を知って驚きを露にすると、氷華は自分の感想を口にする。
それに答えることなく、氷華を退けながら上半身を起こすと、すかさずコンパクトを受け取って自分の瞳をマジマジと確かめる。
ほんとだ……左目だけが縦割れの瞳孔になってる……なんでだろう。
片方の瞳が変化したことに疑問を抱きつつも、なぜか身体に頼りなさを感じる。いや、頼りなさというよりも解放感を感じたのかもしれない。
ただ、上に乗っかっていた氷華が居なくなったことで、自分の身体があられもない状態であることを目にする。
「うわっ! なに、これっ! な、な、なんで、裸なの!?」
自分が素っ裸であることに気付き、慌てて両手で股間を隠す。
その慌てぶりに、氷華は顔を赤くして目を背け、一凛はニヤリとしていた。
「黒鵜って、貧弱に見えたけど、ナニは凄いんだな」
「な、ななななな、何言ってるんだ! 今は起きたばっかだから……」
「ああ、アレって、朝じゃなくても起きるのか」
一凛が楽しそうに茶化してくる通り、目覚めたばかりの所為か、下半身も見事に起き上がっていた。
な、なんで、こんなことに……彼女達にラッキースケベが起こってもしょうがないじゃんか!
いくら切望しても起こらなかったラッキースケベは、まるでそんな想像をした罰であるかのように、氷華と一凛に訪れた。
やばい……お婿に行けない身体になってしまった……
「まあ、まあ。見られても減るもんじゃないし、めっちゃ立派な持ち物だし、気にすんなよ。いや、それは自慢できるかもしれんぞ!」
「いやいや、僕は気にするんだよ!」
面白がる一凛に憤慨するのだけど、彼女は気にした様子もなく、あっけらかんとしている。というか、まるでロックオンしているかのように、下半身から視線を外さない。
ただ、横で
「でも、大きい方がいいって話を聞いたことがあるわよ?」
それって、フォローなの? もしかして、フォローのつもりなのかな? 全くフォローできてないって分かってる?
彼女にとっては、気を遣った発言だったのだと思う。でも、それは「しっかりと見たわよ?」と同義だ。
ただ、今更以て文句を言っても始まらない。だから、彼女達に別の要望を投げかける。
「はぁ……てか、何かない? 隠すような物」
「タオルならあるわよ?」
氷華は自分が背負っていたリュックを降ろし、中から大きめのバスタオルを取り出した。
「ちょ~~~~~っ! タオルがあるなら掛けといてよ!」
そうなのだ。タオルがあるのを知っているのなら、さっさと隠せるはずなのだ。
それなのに、裸のまま放置していたということは、明らかに確信犯だとしか言いようがない。
黒だ。完全に黒だ! そう、どれだけ声を高々に
彼女達の行動を不服に感じて視線を向けると、氷華は黙したまま一凛に視線を向ける。
すると、一凛がまさに眼福だと言わんばかりに、隠すことなく最高の笑顔を見せた。
「クククッ、そんな勿体ないことができるか! せっかくのラッキースケベなんだから、少しくらいは満喫させろよな。ニシシシシシ!」
がーーーーん! オ、オカズにする気だ! きっと、そうに違いない。ちくしょう~~~~! この変態女! 僕の裸をオカズしたら許さないからね! くそっ、こうなったら、君もオカズに……いや、卒業式を手伝わせてやる……てか、手伝ってください。
一凛の態度にムカつき、心中で悪態を吐くのだけど、彼女はニヤニヤしつつも、真面目な問い掛けをしてきた。
「ところでさ、なにがどうなったんだ? 巨竜は居なくなるし、子竜の死体も無くなるし、お前は生きてるし、オマケに裸だし、巨モツだし」
ちょ、ちょ、巨モツは余計だよ!
まるで、生きていてはおかしいような物言いだけど、彼女達だけ眼福で腹立たしいけど、確かに彼女の言う通りだ。
「ほんとだ……子竜の死体が無くなってる」
腹立たしく感じながらも周囲を確認したことで、子竜の死体があったであろう場所が唯の焼け野原であり、バラバラになっていた筈の子竜の姿がないことに気付く。
それを不審に思って、気を失う前のことを振り返る。
確か、巨竜の尻尾でぶっ飛ばされて、骨がバキバキって……あれ? どこも折れてない?
腕や脚を動かし、ゆっくりと立ち上がる。そして、どこも痛まないことを知って首を傾げた。
「おかしいな~、巨竜の尻尾でやられて、全身骨折状態だった――いや、瀕死だったはずなんだけど……」
「えっ!? あの巨竜の尻尾で叩かれたの?」
叩かれたという表現が適切かどうかは分からないけど、氷華が驚くのも無理はない。
なんてたって、あの巨竜の大きさは、大型トラックよりも大きく、その尻尾の太さはゆうに電柱の数倍はあったからだ。
「マジで、あれでやられたのか? でも、なんとも無さそうじゃん。服がない以外はな。クククッ」
氷華に続き、一凛が驚きを露にするが、すぐさまクスクスと笑い始める。
「一凛、いい加減にしないと、君も脱がすよ! それはそうと、そうだよね。なんで裸なんだろ……」
一凛の言葉で憤慨しつつも、裸であることを疑問に思い始める。
もしかして、生まれ変わったとか? それなら裸なのも、死んでないのも頷けるけど、ファンタジー化で生まれ変わる法則でもできたのかな?
下半身にタオルを巻いた状態で、腕を組んだまま首を傾げて考え込む。
なんか風呂上りみたいな恰好で、少しばかり落ち着かない。
そのタイミングで、膝を突いていた氷華が何かを拾って立ち上がる。
「これって、もしかして、黒鵜君が着ていた革ジャンの残骸?」
彼女が拾い上げた物は、ハンドタオルサイズでボロボロの黒い物体だった。
どうやら、僕が横たわっていた場所に、下敷きとなった状態で残っていたみたいだ。
「ボロボロに焼けこげてるけど、確かに革ジャンの背中部分だね」
「革ジャンがこれなのに、なんで黒鵜君は傷一つないの?」
「さあ?」
氷華の問いに、首を傾げる他ない。なんといっても、自分自身が訳の解らないことだらけなのだ。
ただ、そんな訳の解らない事象の解明は、一凛の一言によって打ち切られた。
「なあ、それよりも、一旦戻らないか? その巨モツをいつまでもアピールされるのは、さすがに目の毒だ。あ~~~ムズムズしてきた~~~~」
そう、下半身は未だに存在感を知らしめるかの如く、スカイツリーのようにそそり立っていた。
ま、まさか、オカズにするきなの? 止めてよね。オカズなんて止めて、実物を癒してよ……って、僕ってこんなに大きくなかったはずだけど……
思わず黒い欲望が心中で渦巻くのだけど、そんなことなど口にする勇気のない。慌ててタオルで隠した下半身を更に両手で覆う。
ただ、そのサイズが元よりもかなり大きくなっていることに気付く。
結局、疑問と恥ずかしさの所為で、いつの間にか、死を前にしてココアが登場したなど、すっかり忘れてしまうのだった。
昨今のコンビニには様々な物が売られ、これまでは大いに満足していた。
ところが、本当に切羽詰まってみると、足らない物が多々あることに気付く。
「ねえ、黒鵜君。いつまでパンツ姿で過ごすの?」
少しばかり恥ずかしそうにする氷華が、視線を下に向けないようにしながら問い掛けてくる。
そんな彼女に向けて、不機嫌な態度を露にする。
「だって、仕方ないじゃん。これしかないんだから」
そう、コンビニに残っていた物資には、肌着や靴下といった下着類しか存在しなかった。
それは、誰かが持ち逃げしたとかといえば否であり、初めからその程度の商品しか置かれていないのが正解だ。
「まあ、いいじゃん、アレが乾けばいいだけだし」
一凛の言葉で、外に干してある服に視線を向ける。
そこには、当初、このコンビニで倒れていた自衛隊官の特攻服が吊るされていた。
本当は少しばかり嫌だったのだけど、どれだけ探しても服がそれしかなかったのだ。
そんな訳で、仕方なくその服を着ることにしたのだけど、さすがにそのまま着る気にはなれず、ついさっき洗濯したところなのだ。
「それはそうと、これからどうするの?」
いつまでも戦闘服を眺めていると、氷華が疑問の声を零した。
現在は、焼け野原となった戦場を後にして、ベースキャンプたるコンビニへと戻っていた。
そこで、服をどうするかという問題に行き当たったのだけど、それも何とか解決した。
ひと段落ついたところで、気分が落ち着いたのか、彼女は今後の行動予定が気になったみたいだ。
ああ、当然ながら、僕の下半身も落ち着いている。ただ、少しだけ捕捉すると、彼女達がそれに貢献した訳ではない。いや、妄想の配役となって手助けしてくれたので、全く貢献していない訳でもない。
それはさて置き、自分の考えをそのまま伝える。
「予定通りさ。まずはショッピングモールにいこう」
これまで調味料を欲していたのだけど、巨竜との戦いで文字通り丸裸となったことから、今は服を欲していた。
自衛隊服も格好いいのだけど、さすがに僕の体型だと似合うとも思えない。いや、それこそダボダボの服を着たラッパのような姿となるだろう。
それはそれで恰好良さげなのだけど、どう考えてもマッチングやイメージは最悪となりそうだ。
「そうね。それがいいわね」
「でもさ、あの竜がまた来たりしないのかな? さすがにあれと戦う気にはなれんぞ。まあ、眼福がまた起こるのはいつでもカモーンだが」
同意する氷華の横で、一凛が身震いを抑え込むように両腕で身体を抱いたあと、ニヘラと嫌らしい笑みを浮かべた。
まあ、僕も二度と会いたくないけどね……てか、丸裸とか二度と起きて欲しくないけどね……てか、次は君らの番だよ!?
巨竜との戦いを思い出し、思わず身震いしてしまう。というか、全裸事件を思い出して震えあがる。
ただ、氷華は竜に関して別の意見を持っているようだ。ああ、全裸についてはどう考えているのか読み取れない。
「もう来ないんじゃないかな?」
「どうして?」
「なんでだ?」
自信なさげな氷華に、僕と一凛が二人で食いつく。
すると、彼女はおずおずとそう感じた理由を口にする。
「子竜の死体が無かったでしょ? もしかしたら、あの子竜、生きてるんじゃないのかしら?」
「ま、まさか……僕の攻撃でバラバラになったはずだよ?」
「そうそう、黒鵜の魔法で木っ端微塵になってたぞ? まあ、うち等も吹き飛ばされたけどな」
ヤバっ、藪蛇だったか……
自分達が爆風で吹き飛ばされたことを思い出し、一凛は冷たい眼差しを向けてくる。
「あうあう、でも、あの時は……仕方なかったんだ。不可抗力……そう、不可抗力だよ」
何が仕方なかったのか、全く以て説明できないのだけど、必死に弁解を始める。
ただ、一凛は追い打ちを掛けてくることなく、ニヤリと嫌らしい笑みを見せると、直ぐに話を戻した。
「まあ、いいものを見せてもらったからチャラにしてやるさ。それよりも、氷華が言いたいのは、もしかして、竜って不死身とかいうオチか?」
「そう。それ。この世界って、完全にファンタジー化してるわよね? 想像だけで魔法が使えたり、どこからともなく魔物が湧いたり、そう考えたら、竜が不死身でもおかしくないんじゃない? だって、黒魔石も出なかったんだから」
「ああ、確かに、僕も黒魔石が無くておかしいと思ったんだ。今までだったら魔物を倒すと必ず出たからね」
話を続ける内に、どんどん氷華の言うことが正しいのではないかと思えてくる。
そうだよね。飛竜の時だって黒魔石は出たんだし、巨竜だけ黒魔石が出ないというのは不自然だよね。そうなると、竜は親子で逃げ去ったのかな?
「ねえ、一凛。巨竜が飛んで行くのを見たって言ってたけど、親子で飛んでったの?」
「いや、そこまでは分からない。遠目だったし、うち等もそうとう焦ってたからな」
そうなると、真偽については不明か……でも、このままジッともしていられないし……
結局、巨竜については結論がでないまま、これからの行動を決定することになった。
「気を付けながら、当初の目的通りに進めようか」
「そうね。それがいいわ」
「そうだな。うち等も色々と生活用品が要るし、氷華にきちゃったし、それでいいぞ」
「もう、一凛のバカっ! 余計なこと言わないの!」
一凛の無神経な発言に、氷華が激昂する。
どうやら、女の子週間の始まりのようだ。
実際、その事実は知ってはいても、面と向かって言われると、聞いている方も恥ずかしくなるので止めて欲しい。
何と言っても、とても居心地が悪いのだ。
視線のやり場に困ってキョロキョロしていると、氷華が直ぐに話し掛けてきた。きっと、話題を代えたいのだろう。
「ところで、黒鵜君、ほんとに何ともないの?」
彼女は僕の左目が変化したことで、色々と気になっているのだろう。
だけど、特になんの変化もない。いや、少しばかり変化したことがあった。
それは、目が良くなったことだ。
その一言で終わらせると、全く意味不明だよね。
そう、変化は二つほどあった。どちらも眼に関することなのだ。
一つは、これまでよりもかなり遠くまでハッキリと見えるようになった。
もう一つは、夜目が利くようになったのだ。
どうせなら、壁を透視できるとか、服が透けて見えるとか、そんな力の方が良かったのだけど、間違いなく神様はそんな不純な力を授けたくなかったのだろう。
まかり間違ってそんな力を得たら、絶対に報復に走るからだ。そう、氷華と一凛の裸体を脳内メモリに永久保存版として収めるはずだ。
まあ、それは良いとして、当初の予定に戻ることになったのだけど、そこで元気のない者に気付く。
「ココアどうしたの?」
「ニ~」
声をかけると、閉じていた瞼を上げ、縦割れの瞳をこちらに向けてくる。
日陰で丸くなっている彼女がいつもよりも元気がないと感じて、元気付けるために奮発することにした。
「明日からまた戦闘だろうし、今日はワイルドボアのバーベキューにしようか」
「フニ~~~」
バーベキューと聞いた途端、ココアはその場に立ち上がる。
その様は、これまでの元気の無さが演技だったかのように感じるほどで、彼女はそのまま駆けてくると、遠慮なく飛びついてきた。
「ウニャ~~~ン!」
ただ、その鳴き声は、いつもと違って少しばかり甘ったるい。
それを見ていた一凛が、なにか気付いたかのように手を打ち鳴らした。
「あ~、なんか見覚えがあると思ったけど、それって盛りじゃないか?」
どこかで見たのか、それとも彼女の家で飼っていたのか、どちらかは不明だけど、一凛はココアがおかしな理由を断言した。
「これが盛りなの?」
「ウニャ~ン!」
首を傾げていると、ココアは僕の胸に頭を擦り付けてくる。
「ああ、間違いね~、これは盛りだな」
猫の盛りがどんなものなのか知らないこともあって、身体を捩りながら甘えてくるココアを眺めつつ、僕はどこか不安な気分にさせられるのだった。
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