第4話 自称本妻は遅れてやってくる

「ほらマチ、マッチ十箱売れたぞ」

「……」

 マチは口をポカーンと開けている。

 恐らく、今のがマッチが初めて売れた瞬間なのだろう。

 事態を理解してきたのか、少しずつ目に涙がたまってきている。

 マッチ売りの少女の人生を思うと無理も無い、泣きたくもなるだろう……けど、

「おいマチ、嬉し泣きするのもいいが、周りから見たら俺が女の子いじめてるみたいだから、ここは笑顔でお願いしますよ」

 そう、笑って言った。

「……グス、スン……はい、そうですね!」

 可愛らしい顔によく似合う、とびっきりの笑顔で彼女も答えた。

 うん、宣伝の給料はこれで元とれたな。

 ……俺は決してロリコンじゃないぞ、笑顔はいいものだ。

「森林さん、その、ありがとうございます。脅した身で言うのもおこがましいとは思いますが、本当に、本当にありがとうございます」

「私の悲願を、叶えてくれて……」

 ペコリ、と頭を下げながらそう言った。

「その件はもういいよ、俺もやっとマッチ売れて嬉しいし、何だかんだ楽しいしな。最初はアレだったが、ちゃんとお礼言えるなんて偉いじゃないか。可愛いやつめ」

「――っゴホッ! ゴホゴホッ! そそそうですね……」

 マチが顔をマッチみたいに赤くして返事をする。

 視線がこっちを見ていない。

 ははーん、さては俺に惚れたな?

 きっと長年の願いを颯爽と叶えたから、ハートキャッチしちゃったに違いないな!

 ……思い上がりもやめとこう、痛い目にあうのは自分だ。

「ま、まあこのまま勢いに乗って何事もなく終わるといいですね」

 マチがそんなお決まりな台詞を言い出す。

「ばっかマチ、そういうフラグ立てるのは禁忌だって学校で習わな――」

「真木君こんなところで何してるの?」

 ぎゃああああああああああああ!!

 その声を聞いた瞬間、体中から汗が出る。

 叫び声を心の中に留めておけただけでも自分を褒めてあげたい。

 落ち着け俺、まだ”あいつ”とは決まったわけではない、聞き間違いの可能性が……。

 声の主のほうを見る。

 俺と同じ制服、黒のショートで、綺麗な整った顔をした女の子がそこにはいた。

 ……あ、あああああ、あああああああああ!!

「ぎゃああああああああああああああ!!」

「まあ! そんなに私と会えたことが嬉しいのね! 私もとっても嬉しい! 後で何故叫び声をあげたのかについてゆっくり、ゆーっくり話合いましょう?」

 しまった、余りに現実を否定したくてつい声に出てしまった!

「し、静風!? 進路相談で帰りが遅いんじゃなかったのか!?」


 彼女の名前は静風しずかぜ 京香きょうか

 家が近所で小さい頃からよく一緒に遊んでいた幼馴染だ。

 お互い中学生になったら、男女の違いを気にして疎遠になるというよくある展開になるかなと思っていたが、そんなことはなくむしろあちらから積極的にきてくれて、高校生になった今も一緒に帰る仲だ。

 俺としても静風と仲良く出来ることを大変嬉しく思っているのだが……


「私の真木君が別の子とフラグを立てているような気がしたから、私の順番来てたけど思わず抜け出してきちゃった。えへ、えへへへ。でも仕方ないよね。私の進路はもう決定事項なのに、その進路が無くなっちゃいそうなら止めるべきだよね、ね?」

 何かもう仲が良いだのなんだのというレベルではなくなってきている気がする。

 というか今、後半すごいこと言ってた……ん?

 待てよフラグって何だ?

 もしかしてやっぱりマチと俺のフラグのことか!?

「おいそうなのか!? しずか――」

「ところでこの子は誰なの? 私が知らないってことは帰り道に出来た新しいお友達? 私は学校で一人寂しかったのに、真木君はこの子と放課後二人っきりで仲良くしてたんだ? そっかあ、うん別に悪いことじゃないよ? 私は何か言える立場でもなんでもないもんね? でも教えるくらい良いよね? 私だって仲良くしたいもん」


「この子はだあれ?」


 さっきまで照れ顔だった静風が、急に真面目な顔で俺に問い詰める。

 ああ、俺の死亡フラグでしたか……。

「いやその、これにはマリアナ海溝並みに深い事情がですね……」 

 うーん何かこの状況を打破する方法は……。

「ねーねーおにーたんこのびじんなおねーさんはだれなの?」

 ぶほっ!!

 余りの衝撃に、目の前に小さな虹が出来ました。

「マチいきなり何言って……ハッ!」

 これはもしや、無害なまだ幼い子どものフリをするマチの作戦……!?

「マチ、このお姉さんは俺の幼馴染の静風さんだよ。ほら、マチも自己紹介しような?」

「うん! わたしのなまえはマチ! しずかぜおねーさんよろしくね!」

 マチが屈託ない笑顔で静風に話しかける。

 頑張れマチ、お前に俺の人生がかかっている。

「この子は遠い親戚の子でな、今こっちに遊びにきているんだ」

「そんなはずはない。私はいつか来る日に備えて、真木君の親戚の顔と名前は全て把握しているよ」

 マチのフォローをしようとしたが見事な墓穴だった。

 何でこの人俺の親戚の顔を覚えているんだよ恐いよ……。

「……マチちゃんと言ったかしら?」

 静風がマチに狙いを変える。

「私と真木君は誰にも邪魔できない固い絆で結ばれているの、分かる?  残念だったね、私は幼い子でも女なら容赦しな――」

「ふたりはすっごいおにあいだね! しずかぜおねーさんはきっと、おにーたんのいいおよめさんになるよ!」

「あら~真木君可愛いね~この子~。今日から私の妹分ね!」

 ちょろい。

 余りにもちょろすぎますよ静風さん、俺の努力なんだったんですか。

 それにしても、作戦を本当に成功させるなんて……マチ、なんて恐ろしい子なんだ……!

「やっぱり私たち周りから見てもお似合いかあそうだよねだって私と真木君は赤い糸で……いやもう縄そう縄よ引っ張っても千切れない赤い縄で結ばれているのよ! でも待ってそれなら刃物で切れてしまうわどうしましょうやはりここは赤い鎖で――」

 静風は両手を頬に添えてくねくねしながら妄想にふけっている。

 お邪魔にならないよう、こっそりマチに話しかける。

「助かったよ、ありがとうマチ」

「礼には及びませんよ。……森林さん、私、まだ諦めてませんからね」

 その返事に、つい、マチの顔を見てしまう。

「マチ、それってどういう……」

「で、結局二人で何してたの?」

 マチに真意を聞く前に、静風に遮られてしまった。

 ……まあ、深くは聞かなくてもいいか。

「それはだな、かくかくしかじかで……」

 俺は静風に、マチの正体をうまく隠しながら説明した。


「なるほどね、……じゃあ私も手伝――」

「いや、お前は進路相談に戻れよ」

「……うよっ!」

 くそぅ、強引に押し切られた。

 まあ、本音は猫の手も借りたいところなので仕方ない、ありがたく手伝ってもらおう。

 静風は進路相談がほんの数分で終わるくらい頭いいし、普段の素行もいいから優しい先生達なら笑って許してくれるかもしれない。

 先生すみません、と心の中で謝り。

「さあマチちゃん、このしずかぜおねーさんに任せなさい!」

「はい! よろしくおねがいします!」

 マッチ売りを再開することにした。

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