第2話 マッチ売りの少女は大人しくて良い子です

 背中が痛い。

 少女に一本背負いを決められた俺は、あの後に半ば強制で話を聞くことになっていた。

「私はマッチ売りの少女のマチ。本の世界からやってきました」

「まだ夏前なのに暑さでもう頭がやられたのですか嘘ですゴメンなさい」

 マチ? とやらがまた技をかけようと構えたので即謝る。

 小学生くらいの子に頭下げる高校生なんて情けないね、ははっ。

 何でマッチ売りの少女が柔道できるんだよ、とツッコミたいが我慢して話を伺う。

「それで、何の目的で?」

「ここ最近、時代の流れのせいで絵本や昔話が売れないのです。そこで本の世界の神様が、主人公達に現実世界で直接宣伝するように命じたのです」

 そう言ってマチが本を差し出したので、受け取って読んでみる。


 ――大晦日の夜。

 街の人々は、年越しの準備でせわしなく行き交っていました。

 おしまい。


 わずか三行の本って何!?

 時代が追いついていないな、と思っていた俺にマチが説明を付け足す。

「私はマッチ売りの少女代表でその本からこちらの世界へきたのです。その本の元は『マッチ売りの少女』です、私がこちらに来たことで話から私の記述が抜けてます」

 ほえー、すっごーい。

 数ページしかない本でも一から作るのにお金はかなりかかるから、冗談にしては手が込んでいる気がする。

「ふむふむ、全て理解した。後でサイン下さい」

「え? ……理解が早いですね? 普通こんな話簡単に信じませんよ。バカなんですか?」

 何で話についていったのにバカにされたの、酷くない?

「オタクは授業中と寝る前にいつも妄想しているからな。こういうシミュレーションはバッチリなんだよ」

 そう言うと、マチに残念な人を見る目で見られた。

 おい、やめろ、ちょっと俺から距離とるな、泣くぞ、いいのか、いい年した男子が道端で小学生相手に泣いてやるぞ。

 ……どう見ても自分の評価が下がるだけなのでやらないことにしました。

「ちなみに他の主人公は誰か来ているの?」

 ふと疑問に思ったことをマチに問う。

「もちろんいますよ、例えば桃太郎さんですかね。彼はこちらの世界には鬼がいないから、代わりに正義の名を振りかざしてリア獣を退治しまわってやるぜヒャハハハッ! って言ってましたよ」

 桃太郎何やってんだよ。

 超応援しよう。

「私たちも負けていられません、宣伝のために今すぐマッチを売りましょう!」

 マチはそう言って両手をぐっ! と握り締める。

 いやいやいや。

「何で手伝うことになってるの? 俺はマチさんからサイン貰った後は家に帰りたいんだけど」

「マチで良いですよ。私はこの世界に来てまだ日が浅いので、現地の協力者が必要なんです、お願いしますっ」

 ペコリと俺に頭を下げる。

 うーん、今日は特に予定無いから、家帰ってゴロゴロしたいんだよなあ。

「……俺、今日は帰って塾行かないといけないんだ。ごめんね? ホント残念だけど他を当たってくれ」

 お家ゴロゴロの欲求に負けた俺は全力でポーカーフェイスをする。

「息を吸うように嘘つきましたね、そんなこと言っちゃっていいのですか?」

「……森林 真木さん?」

 マチは顔上げると、笑顔でそう言った。

 ……あれ?

「え? 何で俺の名前知ってるの?」

 マチと話した間に名前を言った覚えは無いのだが……。

「本の世界の住人は、あらゆるお話や文章に干渉することができます。字がマイホームみたいなものですからね。住民票に卒業アルバムとあなたの情報なんてすぐですよ、すぐ」

 何それ最強じゃん、無敵かよ。

 というか、

「何かよく分かんないけど、そんなスゴイ能力あるなら俺手伝う必要ないのでは」

「この能力はこの世界には本来無いものだから、むやみに使っていけないのです。使ったのはさっきの一回だけですよ。……まあ、深夜に森林さんの家を放火するくらい簡単ですけどね?」

 マチはそう言ってクスクスと笑う。

 どうやら俺が引き受けそうに無いから強硬手段に出たらしい。

「お、おい。それ普通に犯罪だぞ、何なら今のも脅迫罪だ」

「森林さんが一言OKと言うだけで家が燃えずに済みますよ?」

 このマッチ売りの少女、偽者じゃないのか?

 本のイメージよりずっとたくましいんだが、絶対木かじってでも生き残ってただろ。

「残念だが見た目がちょっと可愛いからってなあ、俺は脅しには絶対屈しな――」

「森林 真木かあ、すごい!木が六個もあってとてもよく燃えそうな名前ですね!ちょっとテンション上がっちゃいます!」

 俺の言葉をマチが遮る。

 ……。

「俺知ってるよ、どうせハッタリなん――」

「真木もよく考えたら薪になるからもっともっと燃えますね♪」

 またもマチが言葉を遮る。

 ……。

「おい、母さんが『木のように真っ直ぐな子に育って欲しい』って願いこめた大切な名前に何てこと言うんだお前、しかも字は小学三年生までに全部習うから、小学六年生になっても名前書くとき不自然に平仮名が残って気持ち悪いのが無いん――」

「火の用心~♪マッチ一本火事のもと~♪」

 ………。

 俺はそっと日本で最大限の降伏を表すポーズを取った。

「ここで働かせて下さいいいいっ!!」

 こうして、俺たちのマッチ売りは始まった……。

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