白昼夢

@ujin

第1話 忌み地

私は霊感の欠片もない男で、肝試しや心霊スポットに連れて行かれても「なにか見えた」とか「なにか聞こえた」といった心霊体験はほとんどありません。

そんな私ですが人生でたった3回だけ、魂が震えるような恐怖を体験したことがあります。

当時私は20代の後半、とあるメーカー系企業の営業職をしてました。営業とはいってもルートセールスで客先も気心の知れた人ばかり、プライベートでも一緒に飲みに行ったりスノボに行ったりして、変なストレスとは無縁の楽しい仕事でした。

まだ少し地価が上がってた頃で、里山を造成してニュータウンが作られてる東京近郊、それが私の担当地域でした。

季節は初夏、緑の美しい5月の月曜日、私は朝のミーティングの後、少しだけ早めに社用車に乗って支社を出ました。その日は寝坊して朝食抜きだったのと客先とのアポ時間まで少し余裕があったので、ドライブスルーで朝マックを買って途中で食べようという計画でした。

とはいっても朝っぱらから仕事もしないで、ハンバーガーをパクついているところを同僚や客先に見られたらマズいので、目立たないところで・・って考えて最近造成が入っている丘陵地に入って行きました。

ちょっと前まで藪っていうか里山で、道なんか無かったところが造成されて開けてるんだけど、さすがに何もない周りから丸見えの場所には停められないから隅っこのほう、まだ藪が残ってるところの隣に車を停めてエッグマックマフィンにかぶりつきました、旨かった。全部食べて一息つくと急に睡魔が・・・・

シートを倒してちょっとだけ・・いい風が入ってくるから運転席の窓は開けてました。

その時です・・・車の後ろ、ガラスの外から「何か」が覗き込んでいるのに気が付いたのは・・・

そいつは黒くて、形が定まらない塊でぐにゃぐにゃして大きい、例えようがないんだけど、ナウシカのマンガに出てきた皇弟ミラルパの幽体離脱してるときの「生きている闇」が一番近い。

光が吸い込まれて真っ黒なブラックホールみたいな塊に目が・・・物凄く冷たい二つの目が・・・じーーーっと運転席で寝ている私を凝視してる。

そして、そいつからは底知れない「悪意」だけが伝わってくるんだ、ホントに悪意だけの存在なの、うまく言葉に出来ないんだけど・・・わかるんだよ。

これは大変だ、逃げなきゃって思うんだけど体が動かない、というか目が開いてないんだよね私・・これが金縛り?金縛りも初めてでパニックだった。

(因みにその後も金縛りになったことはない)

そいつは車内に入って来ようとしてるんだけど、ガラスは通り抜けられないみたいで・・・でも気付かれたんだ、運転席の窓が開いてることに・・・

そして、回り込み始めた、車の後ろから右の側面に・・ズルッズルッって感じで窓の開いてる運転席目指して近付いて来るのが感じられるんだ。

これは人生最大のピンチって思った、逃げなきゃって思った、でも全く動けない。

そして、ついに運転席の隣まで来た、近くまで来たそいつからは湯気みたいに瘴気が出てた、そして舌なめずりしてるのが分かったんだ。

今、逃げなきゃ喰われる! 意思の力を最大限振り絞った時、、目が開いた!!

体が動く!? もがくようにギヤを入れてアクセルを踏んだ。

シートを倒したままなので前が良く見えず、20メートルくらい走って造成中のノリ面にぶつかって車は止まった。後ろを見る、あいつは??

目を開けて見回した世界は明るくて、鳥が飛んでやさしい風が吹いてた。

今のはなんだったんだ???

その日は何とか仕事をこなしたけど、社用車事故の始末書を書かされた。

しばらくして大学時代の友人にこの話をしたら、仕事をサボって寝てる罪悪感とかすぐ後にアポがあったから寝過ごさないで起きなきゃっていう強迫観念が生み出した疑似体験だとか何とか・・・そうかなぁって思ったけど強烈にリアルな体験だった。

そして、それから随分経った頃、客先の紹介で会った人が、その地域の古くからの地主だったので世間話のついでに問題の場所あたりの事を聞いてみたら・・・・

何でも江戸時代には古い街道が通っていた場所の近くで、高札場が有ったとか晒し首が・・とか、いわゆる忌み地だったらしい。今は造成されて新しい家が何件も建ってるけど・・大丈夫なのかな。











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