アンプラグド17

十一

パームミュート

 人生がのろくなった。


 カチッ、コチッと一定のリズムで動き続ける時計の針を眺めていると、時の流れは、過去から現在、未来へと向かい、変わることのない速度で一直線に進んでいるように思えるけれど、実際に人間が体感する時間はそんなに分かりやすいものじゃない。その場で足踏みをして遅々として進まなかったり、逆に、猛スピードで駆け抜けていったりする。そのときの気分や環境なんかの諸条件によって遅くもなれば速くもなる。


 主観によって伸び縮みする時間のことをカイロス時間と呼ぶのだと二つ上の姉がまえに言っていた。ポケモンの名前と同じなので印象に残っている。時計が刻む一定速度の客観的な時間にも名前がついていたはずだけど、そっちの方は忘れてしまった。少なくともストライク時間でなかったのは確かだけど、はっきりした名前は思い出せない。ともかく、そのカイロス時間が、ゆっくりになった。一時間や一日、一週間、一月なんて単位でじゃない。もっと長いスパンでだ。


 人生なんて言葉を使うのは、おおげさ過ぎる気もする。たとえばこれが、五十年、六十年と歳を重ねてきた人間であれば、経験に裏打ちされた言葉は相応の重み帯びていて、人生という単語も自然に響くはずだ。あるいは、一流のスポーツ選手のように、ひとつの物事に打ちこんで結果を出してきた人物であれば、人生とはうんぬんかんぬんといった発言だって様になる。一部上場企業の社長だとか、テレビに解説員として出演している学者といった肩書きのある偉い人でもたぶんそうだ。


 けれど、僕は違う。突出した才能もないただの高校生だ。どこにでもいるありふれた学生でしかなく、胸を張って誇れるようなものなんてなに一つとしてありはしない。勉強ができるわけでもなければ、とりわけ運動神経がよいわけでもない。ルックスだって十人並みといったところ。平均的な体型の平均的な高校生。下手をしたら平均よりも若干――特徴とならないくらいに劣ってさえいるかもしれない。


 それでも、十七年という決して短くはない時間を生きてきたわけだし、たとえ普通の高校生ではあっても今現在ここにこうして存在している以上それが人生であるのは間違いないのだから、なかば開き直るようにして思う。人生がのろくなった、と。


 スローモーションでうつろう歳月。つまらない授業ではなかなか終業のチャイムが鳴らなくて幾度となく時計を確認しては落胆し、弁当をつつきながら友達と雑談をして過ごす昼休みはあっという間に終わりまた落胆。退屈な時間は長く、楽しい時間は短くなるが、それは短いスパンの時間においての話だ。長いスパンにおいては、生活の芯とでも言うべきものの有無がその感じ方を左右するのではないか、と僕は考えている。仕事人間にとっては仕事、家庭を持つ人にとっては家庭、趣味に生きる人にとっては趣味。日々の生活の中心となるものが、人生を回す。生活に潤いをもたらし、また人生そのものを回していくエネルギーとなる。


 僕にとって生活のまんなにあるものはなにかと問われたら、間違いなくそれは陸上だ。


 僕は中学から陸上を始めた。

 入学当初、僕には所属したい部活なんて特になかった。『ホイッスル!』や『MAJOR』といったスポーツマンガの影響で、小学生のころから入る部活を決めていた友達もいたけれど、それほどまでに熱中したマンガはなかった。反対に、運動は苦手だから文化系の部活に入るしかないとぼやいていた友達もいたが、田舎の公立中学では、文化系と言ってもブラスバンドと美術の二種類の部活しかなく、楽器を演奏するのにしても絵を描くのにしても自分には合いそうにはなかった。文化系の部活は部員の大半が女子というのも入部をためらわせた。だから、入るのなら運動部のどれかになるのだろうなとなんとなく予想はしていたものの、漠然とそう思っていただけで具体的にどこに入部するかは決めかねていた。


 陸上部だって運動部のひとつなわけだけど、当時の僕は陸上部という選択肢を視野の片隅に入れてさえいなかった。陸上なんて発想自体なかった。運動部と言われて浮かぶものが、野球、サッカー、バスケット、それにかろうじてバレーや卓球が加わるくらいだったのだから仕方ない。自分の通う中学に陸上部があることすら、オリエンテーションで部活紹介があるまでが知らなかった。


 部活紹介は、体育館を半分に区切り、ステージ側のスペースで先輩方が部の活動に基づいたパフォーマンスをしたり勧誘の演説をしてたりとそれぞれの持ち時間内でアピールを行った。僕たち新入生は、入口側のスペースにクラスごとに整列して座ってそれを眺めていた。陸上部のものはお世辞にも目を引くような代物ではなかった。いくつも種目があるというのをウリにしているらしく各種目の代表者が並んで新入生の獲得のため弁をつくしていたけれど、実際にラリーを披露し小気味よい音をリズミカルに響かせていた卓球部なんかと比べると見劣りする。


 そしてなにより、語られる内容に興味が湧かなかった。どれだけ種目数があろうとも、煎じ詰めてしまえば走る、投げる、跳ぶという三つの動作をやっているだけだ。ひとつの動作を追及するため余計な要素をそぎ落としたストイックなスポーツと言ってみれば聞こえはいいけれど、やっているの単純極まりない運動でしかない。フィールド種目にしたってトラック種目にしたって変わらない。ゲーム性のかけらさえないものに、面白みを見出せというのが無理な話だ。


 どの部活も決め手に欠ける気がしてオリエンテーションが終わっても候補をひとつに絞れないまま、そのまま入部届けの提出期限までずるずる悩むことになった。


 最終候補にあがったのは、野球、サッカーの国民的二大スポーツ。一般的であるのだから馴染みもある。小学校のころ放課後にグラウンドで興じたスポーツいえば野球とサッカー、そして合いの子のフットベースだった。どうせやるのならば親しんできたものを部活にと考え両者を天秤にかけたが、どちらも決めに欠け針は振れっぱなし。


 候補にすらあがらなかった陸上部に唐突にくら替えをしたのは、決めあぐねている僕を見かねたのか、それとも最初からいっしょに入部する仲間を探していたのか、口説きにかかってきたクラスメイトがいたからだ。クラス内のグループがまだ完全にできあがっていない時期、昼休みなんかは同じ小学校出身のものでなんとなしに集まることが多かった。そんな場面で、部活の話題から僕が選びかねているという話になり、チャンスとばかりにある友達がまくしたてた。


 大所帯のところに行ったってレギュラーになれるわけないぞ、どうせ部活やるんなら試合に出たいだろ。野球とかサッカーなんて絶対補欠だって入れっこないって。考えてもみろよ。メジャーなとこ入ったって出場できるのは部員の半分くらいなんだぜ。部員の中で上位半分の実力に食い込まなきゃダメ。しかも、小学校のときからクラブやってたような奴らと競い合わなきゃならん。どうだ? こんなの勝てるわけないっしょ。けっきょく真面目に練習したとしても、試合には出られっこない。出られる可能性があるとしたら、引退試合に温情で出してもらえるくらいだ。それに比べて、陸上はなんたって種目が多い。ということは、それだけ分散するってことだ。上手く行けば誰とも争わずに代表選手になれるかもしれない。円盤投げとかマイナーな種目なら部内でひとりしか選手がいないとかじゅうぶんあり得るぞ。な、それなら大会出るのも夢じゃないだろ。これは陸上部やらない手はないって。おまえもそう思うだろ。


 だいたいそのような内容を彼は口にした。なおもしぶっている僕に、円盤投げなんてやったことがないから才能が眠っている可能性だってあるだろとけしかけ、自分の台詞に自分でに納得するように言葉を重ねるたびに彼はどんどんと語調を強めていった。はじめのころこそ控え目だった表現は、最後には、お前には円盤の才能があるからと無根拠なのに自信満々の断言にまでなっていた。


 彼の言葉で調子づいたわけではないのだけれど、僕は入部届けの空欄に陸上部の名を記した。口車に乗せられた形だが、あながち不本意な選択を強いられたわけでもない。中学生活は初めて経験することが多く、部活動はその代表格だ。部活という未知の世界へ踏みだそうとしていた僕は、一緒に入部してくれる誰かを欲していた。旅は道連れってわけだ。熱心に誘い、そしてともに歩んでくれる彼の存在はある意味で渡りに船だった。

 こうして陸上部に所属することになったわけだけれど、けっきょく円盤はやらなかった。


 やることになったのは短距離。我が中学の陸上部では、練習メニューの編成は顧問の先生が行っていた。メニューノートに記された内容は基礎トレーニングを主としたものだ。種目ごとの練習時間が設けられている日や中長距離用に別メニューが用意されている日もあるにはあったが、たいがいの日はアップ後に基礎トレーニングをみっちりとやり、百や二百のタイムを何本か取ってダウンをして終了という流れで、短距離に傾いた練習になっていた。中長距離に抜擢されない限りは短距離特化のメニューをこなしているだけで毎日の部活は終わる。天候が悪くてグラウンドが使用できなけらば校内の廊下で筋トレなり階段上りなりの雨の日用の体力づくりのメニューだ。フィールド種目の練習は、大会前に申し訳程度にやるくらいで、跳躍、投擲でエントリーをしなければ大会前もいつもと同じ内容だ。調整用に少し軽めの内容にはなるがそれとて量が減るだけでメニューにたいした変化はない。他校の練習がどのようになっていたのかは知らないけれど、ともかくうちの中学はそういうシステムになっていた。


 だから、短距離を選択したというよりは他の種目を選択しなかったという表現のほうが正しいのかもしれない。スポーツテストの結果からしてジャンプ力も肩の力も自慢できたものじゃないのだからそれでよかったのだろう、たぶん。


 中学の陸上部に所属していた約二年半の間、僕は短距離一筋だったけど良い結果は残せたとはたとてもではないが言えない。リレーのメンバーになれないのは当然として、部内ではいつも下位、底辺でもがいているようなありさまで、県大会では毎度フィールドの外に張ったテントの陰から選抜メンバーに声援を送ったりビデオ係を務めたりしていた。記録会であればエントリーさえするば出場できるけど、それにしてもただ出るだけだった。大会新など夢のまた夢。


 ぱっとしないながらも三年間部活を休まずにつづけてこられたのは、陸上が、個人の記録が出る競技だったからかもしれない。結果が数字として表れるからこそモチベーションを保ってこられた。他人の記録など関係なかった。自分自身との戦いだ。前回よりも少しでも速いタイム、ただそれだけを目指して邁進する。そういうのが存外に自分の性に合った。


 部活紹介の際、ストイックで面白味がないと感じたその第一印象は今も変わらないし、事実、鍛錬鍛錬の連続で、地味な練習の積み重ねが、トラックを駆け抜けるたったの十数秒に集約されてしまうのはストイックとしか言いようがない。

 けれど、だからこそ、その努力が報われたときの爽快感、充足感はひとしおだ。


 自己ベストを上回った瞬間、心は爆発する。意識をゴールに集中させそこへ向かうことだけを見据えて張りつめていた精神はゴールを跨ぐとともに、締めつけから解放されてゆるむ。力がほどよく抜けた状態の脚を殺しきれなかった勢いに任せて動かして流し、そして、タイムを目にする。

 その数字を目にし疲労で痺れた頭がその意味するところを理解した途端に、硬くこごっていた心は歓喜によって一瞬にして解きほぐしされ、はちきれんばかりに膨れ上がる。固体から液体、気体へと。状態変化をなぞるかのように変転し肉体から抜け出しそうなほど軽ろやかになる。筋肉に蓄積した疲れもどこへやら、身体まで軽くなったような心地がする。そのくせ、一方では力を使い果たした身体には倦怠感が重くのしかかり、重みでその場にくずおれてしまいそうでもある。ふわふわとへなへなが同居したあの不思議な感覚、あれはなにものにも代え難い。カタルシスはそこに至るまでの地道な取組があるからこそもたらされ、カタルシスがあるからこそ、そこへ向かって努力をすることができる。


 ずっと陸上をやっていれば成長ばかりではなく伸び悩む時期もあった。

 特に一年の一学期から夏休みにかけてのころはまだ身体が全然できておらず、終始筋肉痛のにぶい痛みが巣食っていてコンディションがなかなか安定しなかった。タイムは計るたびに大きく異なった。百メートルのものなら、良いときと悪いときで二秒近い開きが出た。これでは、自分が遅くなっているのか速くなっているのかも判然としない。


 タイムの更新は、好調の波に乗ったからではないし、ましてや順調にのびて来たからでもない。降ってわいたように唐突に好記録がやって来る。まぐれみたいなものだ。あれ? こんなものなのと自分のタイムに自ら首をかしげたくなるほどで記録を更新したという実感は薄い。達成感なんて微塵もない。たまに良い結果が出ても、実になっているという感触がちっともなくて、このまま練習をやっていても無意味なのではないかと不安になった。練習が空しくなった。


 どうせ実にならないのならば部活に行っても仕方ないとさぼりの誘惑に駆られることも嫌ってほどあった。同級生のなかに成長期にさしかかり体格の変化に伴いタイムを大幅に縮めている奴がいたのも、ネガティブな感情に拍車をかけた。けして競っているわけではなかったけど間近で成長していく人間を見ていると自分がみじめに思え同じ場所にいることにどうしようもない居心地の悪さを覚えた。


 グラウンドから足が遠のきそうになりながらも部は辞めなかったのは、それは、きっと例の陸上部に誘ってくれた友達がいたからだ。彼が特別に何かしてくれたのではない。ただ、同じクラスの彼と連れ立ってグランドへ繰り出すのが日課になっていたので、僕ひとり帰るのも気がひけて、いちおう顔を出すだけ出しておこうと重い足で部活に参加していた。休日も、堤防を登ったところにある橋で待ち合わせて自転車をこぎこぎ二人揃って学校へ行くことになっていて自分だけすっぽかすのも気が咎めてサボることができなかった。それで、気づけば皆勤賞だ。もし彼がいななければ、あの時期に幽霊部員となっていたかもしれない。


 スランプでマイナス思考に陥っていた、その僕の意識を変えたきっかけは母の言葉だった。夏休み、炎天下での午前の練習を終え帰宅したものの、怠さのせいで食事を摂る気にもなれず冷房の効いたリビングのソファーに突っ伏して涼んでいた、だらしない恰好で休んでいた僕に母は言った。あんた、だいぶ筋肉ついてきたんじゃない、と。ソファーに肘を立ててクッションに沈めていた頭を上げて振り返ると、母は僕の脚を見下ろしていた。学校指定の体操服はハーフパンツ、汗で汚れたソックスは家についたら即脱いで洗濯機に放りこんである。だから、ふくらはぎはあらわになっていた。母はそのふくらはぎのあたりをしげしげと見つめていた。


 僕はそのまま上半身を起こして腰をひねり自身の脚を見下ろした。太くなっているのだろうか。自分ではよくわからない。筋トレはさんざんやってきた。アップからの一連のメニューに二人一組で行うレッグカールがあるし、なにより、さんざん走りこんできた。だから脚が太くなるのは道理だ。だというのに、不思議とそのときまで僕は自分の肉付きを意識したことがなかった。ふくらはぎならば裸にならずとも目にできる。太さを意識する機会はいくらでもあったはずだ。放課後の部活で自分の脚を目にする場面はいくらでもあった。靴を履くときは自然に視線が下がるしV字腹筋をすれば脚全体を眺めることになるし、全力疾走のあとばてて地面に手をつきしゃがみこめばうつむいた先に膝がある。脚なんていくらでも目にしていた。


 なのに、僕は母に指摘されて初めて気づいた。いや、気づいたというより母の言葉ではじめてそこに関心が向いたと言うべきだろうか。それまで足回りのサイズの計測は愚か、風呂上りに体重を図る日課すらなかったのだ。だから、本当に筋肉をまといふくらはぎが一回り大きくなったのか確認できる方法はない。


 ただ実証はできずとも、母がそう感じたという事実が僕には励みとなった。母の見立て通りに太くなっているのならば、それはつまりタイムには現れずとも日々の運動が筋力という実態ある形として結実している証だ。また、たとえ母が言うほどにはふくらはぎに変化がないのだとしても、母がそう感じたのは、猛暑であろうが大雨であろうが真面目に練習へ行っている僕の姿を見てきたからこそであり、とりもなおさずそれは僕の地道な努力に対しての評価だ。へこたれずに部活をやってきたのを認められたのだ。


 どういう形であれ努力は報われる。単純な事実が僕に勇気を与え自信を取り戻させた。秋口に出た自己ベストに後押しされ、継続は力なりが僕の信念となった。


 努力は裏切らない、結果はいずれ着いてくる。その念をさらに強めたエピソードがある。

 中学三年の、たしか最後の大会の直前のことだった。アップを開始する前の弛緩した空気のなかで顧問の先生が入学当初のことを回顧しながら僕を褒めてくれたことがあった。直接的に褒められたのではない。話の枕にされたようなものだ。先生には目をかけている生徒がいた。ハードルをやっていた痩身長躯の男子で僕の同級生だった。彼は才能があるしセンスもいいのだがいかんせん怠け癖がある、それさえなくもっと地道に練習を重ねてきたらいまよりさらに素晴らしい選手になっていたと先生はぼやき、その引き合いとして出されたのが僕だ。優秀ではないが勤勉な生徒の例だった。


 先生はどこからともなくノートを取出し入部当初のタイムと三年時のタイムを比較し、これだけ成長したのだと語った。そして、目をかけている生徒に向かい、だからお前もこれから一生懸命にやれ、将来を期待しているというようなことを言って話を閉じた。その時分には自分の才能のなさ自覚していたので、引き合いに出されたてもさほど不快にはならなかった。むしろ、才能がなくとも練習を続けていれば能力が向上すると保障されたように感じられた。入学当初のものと自己ベスト、二つのタイムの開きに自分の歩んできた二年半の道のりを見たような気がし僕は密かに胸を張った。


 中学を卒業するころには陸上なしの生活など想像できなくなっていた。

 陸上であることに必然はない。楽器の演奏者が運指トレーニングをして難しいフレーズを弾きこなそうとするように、僕は身体を鍛えより速く走ろうとする。自分を高める手段として何があるかの違いだけだ。僕は陸上という競技に出会ったからそこに力を注いでいるだけだ。


 仮に、入部したのが吹奏学部だったとしたら、より鮮やかな音色を響かせようと燃えたはずだ。完全な個人種目の短距離走とは異なり、合奏することにより全体でひとつのものを生み出すという要素があるけれども、それとて個人の力量があってこそだ。きっと基本は変わらない。

 どんな形態であれ、どんなものであれ僕は打ちこむべきものを見つけ、技術を磨き自己の向上に努めていただろう。単にそれが陸上であっただけでしかない。


 友達に勧められてたまたま始めた陸上は、高校生になったいまでは欠かすことのできない生活の芯となっている。


 なのに、僕はそれを取り上げられてしまった。

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