夏の憂鬱
桜水城
第1話
「あづーい」
「暑いねえ……」
「だりぃー」
「だるいねえ……」
「海行きてぇ」
「海行きたいねえ」
実家の近所にある河川敷、橋の下で陰になっているところでぐだっている俺と元カノの千歌(ちか)。
千歌と俺が出会ったのは中学校で、付き合い始めたのは高校に入ってからだ。そして大学受験を機に別れた。だからといって彼女のことを嫌いになったわけではなかった。受験勉強で忙しくなり、なんとなく疎遠になって……というような感じだ。
無事に県外の志望大学に受かって二年目の夏、久しぶりに帰って来た実家は、少しだけ景色が違って見えた。去年はバイトやら課題やらで忙しく、帰省する余裕はなかったのだが、今年はそのバイトも辞めたし、親に「たまには帰ってきなさい」と言われたのもあって、八月の半ばに帰って来たのだ。そして、中高生の頃はよく来ていたこの河川敷の橋の下でぼーっとしていたら、たまたま元カノの千歌が通りかかって、ぐだっていた俺に付き合ってくれているのだ。
「今年も海行けなかったなあ。行きたかったなあ」
そう俺がこぼすと、千歌は意外そうに首を傾げた。
「行けば良いじゃない。今からでも」
千歌は軽い口調でそんなことを言うが、小さい頃に両親に連れられてよく海水浴に行っていた俺は知っている。
「この時期だともう土用波が立つし、クラゲも出るから危険なんだよ、海は」
心配性な母親に言い聞かせられた話でよく知っている。スマホが使えるようになってからも検索で調べて本当なのだと確認している。
すると、千歌は口をとがらせながら言った。
「太雅(たいが)なんて土用波にさらわれちゃえばいいのに」
「ひっでぇ……。いくら冗談でもひどくね? それ」
いくら俺が彼女の元カレとは言え、そこまで言われるほどのことを俺はしたのだろうか。まあ、女っていうのはよくわからないことで根に持つとかいう話もあるから、俺に自覚がなくてもそういう恨みってのもあるのかもしれないが。
「ふふ、ひどい冗談だったね、ごめんね」
微笑む千歌は相変わらず綺麗だった。俺が見たことのない真っ白なワンピースを着ていて、よく似合っている。少し開いた胸元にチラッと見えるレースはキャミソールというやつだろうか。本当に可愛い。気を付けないと見つめ過ぎてしまって誤解を受ける気がする。ほんのり香るのは何だろう、とても懐かしい匂いがする。
「ねえ、太雅は大学でカノジョ、できた?」
俺から視線を外して千歌が訊く。残念ながらそういう女の子はいない。飲み会なんかも行かないことはないし、一回や二回、デートくらいはしたような気もするが、特別な関係にはならなかった。
「いないけど……なんで?」
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