書籍化作家の長い夜

おもちさん

書籍化作家の長い夜

今日はこの画面を何度開こうとしただろうか。

毎日どころか1日に何度もログインしている投稿サイトだが、今日は夜になってもログインすらできなかった。

大規模なシステム障害が起きている様で、SNS上でもサイト利用者の一部が騒ぎ立てていた。

手狭なワンルームに深く、重い溜息が広がっていく。

たった一人しかいない部屋の中では、この不機嫌に付き合ってくれる人などは居ない。


オレは『おもっちん☆なう』というクリエイターネームで日夜執筆活動をしている新人作家だ。

それまで小説どころか芸術に一切触れてこなかったオレが、である。


きっかけは半年前の事。

思い付きで書いた小説を投稿サイトに載せたところ、びっくりするほどの大反響が巻き起こった。

評判が評判を呼び、その結果毎日のように10万20万のPVを叩き出し、評価点もほぼ全てが最高評価となった。

しかも止めどなく加点されていったものだから、あっという間にあらゆるランキングで1位を総ナメにした。

2位とでさえトリプルスコアを達成する偉業を成し遂げたのだ。

そんな状態でサイトの頂点に君臨し続けたある日、某出版社からこんなメールが届く。


『ぜひ、うちから本を出しませんか?』


夢でも見ているような気分だった。

今までうだつの上がらなかった自分に、ようやく舞い降りたチャンス。

時給制のバイトなんかで不意にする訳にはいかないと思い、その日のうちに慣れ親しんだ仕事を辞めてしまった。

それが二ヶ月前の事。

思い返せば、浮かれすぎていたと思う。

地に足の着いていなかった自分の事を、右ストレートで殴り飛ばしてやりたい。


「頼むよ、繋がってくれよ。新作を発表したばかりなんだよ……」


オレはすっかり追い詰められていた。

接続障害ごときで泣き言を言ってしまうくらいに。

印税を当てにして生活するつもりのだが、本はサッパリ売れなかったらしい。

担当からも初週セールスの連絡があったきりだ。

口座には7500円ほど振り込まれただけで、オレの生活は早くも破綻寸前だった。


リリース第1作目でコケてしまったから、急遽第2作目を書いて投稿したのだ。

コメディ頼みだった前作とは違い、シリアスもバトルも楽しめる冒険ファンタジーだ。

担当にも新作を送ってみたが返事は無かった。

だから前作と同じように今作にも箔を付ける必要があった。

その為の投稿だったのに、サイトに繋がらないのでは反響すらわからない。



早く……。

頼むよ。

オレにはもう時間が無いんだよ!



今日はどれだけ無駄な時間を過ごしただろうか。

何度URLを入力してもサイトに接続される事はない。

こちらを嘲笑うかのように、画面は某有名検索エンジンから切り替わらない。

自然とキィタッチ音が大きくなるが、電子を相手に物理攻撃は無意味だった。


もういい、今日はもうビールにしよう。

こんな時に素面しらふでなんかいられない。

復旧を酒とともに待てばいい。


旨いとも不味いとも感じずに缶ビールを空けた。

財布が危機を迎えても酒はグイグイすすむ。

ざわつく胸中を鎮める思いで呷あおり続けた。



ーーピロリ。



通知だ。

例の投稿サイトからメールが入ったようだ。

床からノソリと立ち上がってPCの前に座る。

メールのタイトルは「投稿作品に評価がつきました」と書かれていた。

時計を見ると、酒盛りを始めてから3時間ほど経過していた。

どうやらその間に復旧がされたようだ。

行き違いになった事に腹を立てながら、メール記載のリンクをクリックした。


評価:so good!

コメント:おもっちんぐ先生の新作待ってました、最高です! 書籍化はいつですか?w


新作へのコメントだった。

しかも最高評価だ。

路線の変更に不安だったけど、どうやら出だしは好調なようだ。



ーーピロリ。



まただ。

今度もコメントだった。


評価:so good!

コメント:今度は長編ファンタジーかい!!! ハーレムとか期待していいの?www



ーーピロリ。



評価:so good!

コメント:マジ面白いです! 今一番応援してる作家先生です!!



さっきまでの焦りや緊張が嘘のようだ。

肩の力がガクリと抜け落ちていく。

できればもっと早くコメントを見たかったけど、それは仕方の無い話だろう。



ーーピロリ。



評価:good!

コメント:面白い! でも前作の『ほんわか路線』の方が良かったかも?



『ほんわか路線』の文字が視界に入り、少しだけドキリとしてしまう。

前作は脱力系な作風だったけど、それじゃ売れ無い事は証明済みだった。

自分なりに研究をした結果の2作目である。

心苦しいけど後戻りする気は無かった。



ーーピロリ。



評価:good!

コメント:良かったっちゃあ良かった。オレもホンワカの方が好き。



この人もだ。

そこまで作風が愛されてるとは予想外だった。

1作目は「面白い」というコメントばかりで、詳細な感想はほとんど無かったからだろうか。

自分の軽率さに少しだけ気後れを感じてしまった。



ーーピロリ。


『ほんわかの続編書けよ』


ーーピロリ。


『ほんわかまだ? 待ってます』


ーーピロリ。


『おい、ほんわか書け。ふざけんな』


ーーピロリ。


『ほんわかにしろ、ほんわかにしろ、ほんわかにしろ』



不味い、荒れ始めたぞ。

荒れるにしても早さが尋常じゃない。

何か一本それらしいものを書けば収まるだろうか……。



『作者出てこい、ほんわか書け!』

『あぁ、足りねぇ。ほんわかが足りねぇんだよぉお』

『ほんわか、ほんわかはどこだぁぁー』

『おれのほんわか、どこやったぁぁああ』



怖い、怖い、怖いっ!

早くなんとかしなきゃ、大炎上に繫がってしまうかもしれない。

酒で回らなくなった頭を駆使して短編を書き始めた。

その間も通知音は片時も止まらない。



ーーピロリ。

ーーピロリ。

ーーピロリ。



確かに反響があるのは嬉しい。

だからって燃え上がるほど欲しいなんて思わないっての!

それからしばらくの間、機械音に急かされるように、たどたどしい文章を書き連ねた。


没頭していたせいだろうか、書き始めて2時間近くが経過していた。

読み返すのが怖くなるような、雑な仕上がりの短編だ。

この頃には通知音はすっかり途絶えていた。

どうやらコメントの波も引いたらしい。

恐る恐るページを見ると、未読のコメントが4桁に達していた。



「すごいなコレ……こんなの初めてだ」



その独り言を言い切る前に異変は起きた。

突然ガラスの割れる音が辺りに響き渡った。

パラパラと何かの破片が足元に飛んでくる。

どうやらこの部屋のガラスが割れたみたいだ。

反射的に窓を見ると、身の毛もよだつ光景が広がっていた。


割れた窓ガラスの向こうには、何人もの人間が押し寄せていた。

全員が血まみれで、服も擦り切れてボロボロ、目は白目がちで宙を泳ぎ、焦点が合っていないようだった。

このおぞましい連中は、あるものは這いずり、あるものは片手だけ前に付きだし、またある者は足を引きずりながら部屋に侵入してきた。



ーーこいつら。映画とかで見かける……ゾンビなのか?!



まさか現実にこんなヤツらが現れるなんて!

本物か偽物かはさておき、暴漢の類いには違いない。

早くここから逃げないと危険だ!


もつれる足をなんとか制御して、窓とは反対側の引き戸を開けた。

その先は短い廊下になっていて玄関に繋がっている。

しかしそこには、似たような連中が10人以上で廊下を埋め尽くしていた。

引き戸が開いた瞬間、全員がこちらを見て動き始める。



『ほんわかぁぁー、ほんわかはどこだぁぁー』

『ほんわがをーかえせぇぇえー。オレだぢのほんわがぁぁ』

『うばったのはおまえかぁぁー、ほんわかぁー、ほんわかぁぁーー』



反射的に元の部屋に戻ってしまった。

もはや逃げ場はどこにも無い。

それからあっという間に、PC前に追い詰められてしまった。


コイツらは何言ってんだ?

ほんわかを返せってなんだ?!


とうとうパソコン机の上にまで逃げていると、全員が歩みを止めた。

足元のPC画面に釘付けになっているようだ。

そこに表示されているのは、さっき急いで書いた短編だった。


もしかして、それを読んでいる……?


最前列に居たヤツが催促するように指を下に向けた。

スクロールさせろって事だろうか。


強張った体で転げそうになりつつも、なんとか椅子に座れた。

マウスを握りしめ、読むスピードに合わせてカキカキとホイールを回した。

たまに「ブフッ」なんて息が漏れ聞こえる。

もしかしたら笑っているのかもしれない。


最後までスクロールさせたあと、マウスから指を離した。

発端の時に比べて部屋の中はとても静かだった。

ひょっとしたらオレは、助かるかも……?



「たりないぃぃーー、ほんわがたりないぃぃーー」

「どごだぁー、ほんわがどこだぁぁーー」

「おまえはゆるざなぃぃー、ほんわがをかえぜえぇーー」



うわぁぁああーー……。



こうしてオレは数えきれないほどの爪や牙に飲み込まれてしまった。

それきり意識は闇の向こうへ消えていった。








ーーピロリ。



オレは機械音に呼び覚まされた。

真夜中の部屋の中、物音はカチカチと鳴る秒針の音のみ。

あれだけいた化け物の姿は欠片もなく、空き缶が転がっているだけだ。

もちろん体に傷ひとつ無いし、窓ガラスも割れてなどいない。


ーー夢、だったのか?


冷静に考えれば、現代の日本でゾンビに囲まれるなんてあり得ない話だった。

酒の抜け切らない頭でさえわかる。

ふと画面を見ると、投稿サイトからの通知が来ていた。



ーー新着コメント 1件



そうだよな、夢だもんな。

あんな短時間で1000コメとかあり得るはずがない。

少しだけ落胆しつつ、画面を開いた。



評価:not bad

コメント:書籍買いました! ほんと先生の書く話は大好きです。でも新作は『あれー?』って感じでした。あの独特な『ほんわか』な世界観が大好きなので、それも執筆してくれたら嬉しいです! これからも頑張ってください!!



「ほんわか……ねぇ」


唯一のコメントを前に、力なく呟いた。



変な夢見てないで、バイトでも探そうかな。

毒気のすっかり抜けてしまったオレは、真夜中にコンビニへ向かうのだった。



ー完ー

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