週に2日はドラゴンです

空木真

望みの「紅」


「お前はどうしたい?」


目の前の「あか」は、

私にそう問いかけてくる。


「・・。」


望んでいた光景にもかかわらず、

私は事態をまだ理解できていなかった。



当たり前だ。



気が付けば、

場所は薄暗い湿った洞窟。


少し先には、

RPGでよく見かける立派な宝箱。


そしてその前・・つまり、

私のすぐ目の前には、

それを守る「あか」がいた。


突然、

この場に現れた私に「あか」は一瞬警戒したが、

その次にはもう、業火のような両眼を細めて、

地鳴りのように低い声に、

楽しそうな色を乗せたずねてくる。


何処どこから来た?」と。


私はパニックを通り越し、

なかばば真っ白になった思考で反射的に答えていた。


「・・此処こことは違う、別の場所。」


「お前は何者だ?」


・・その調子で、

私と「あか」の質疑応答しつぎおうとうは続き、

その間に幾分いくぶんか冷静になってくる。


それでもまだ、今の現状に加え、

更に付け足された「あか」との会話内容の意味も

わからなかった。


そのまましばらく、聞かれるがままに答えるという

不思議な会話が続いた結果、

私は自身の事を全て「あか」に教えてしまう。


その事に気付いた瞬間、

「これは、不味いんじゃないか?」

という言葉が頭に浮かび、一気に血の気が引いた。


だって、相手は・・・・だ。


自分の事を話してしまったのは、

迂闊うかつだった気がする。


静かに冷や汗をく私に、

どこか満足そうな「あか」は冒頭の台詞セリフを言ったのだ。


「お前はどうしたい?」と。



「ど、うしたいって?」


こんな事を聞き返して、

機嫌きげんそこねないかとオドオドしながらも、

緊張でかわいたのどから声を振りしぼる。


すると、その声に反応したのか、

遥か上で見下ろしていた「あか」の顔が

すいっと目の前に降りてきた。


相手は、

燃え盛る業火の色の目で見つめてくる。


大きな目の中に、

おびえ切った私の姿が映り、

それが何となく情けなく見えた。


何処どこか落ち着かない気持ちで、

そのまま瞳にとらわれた「私」を見ていると

あか」はくすぶる炎のように囁いてくる。


「望んでいたのだろう?」と。


その言葉に、

私の心臓が一瞬強く脈を打つ。


あか」はそれを見かしたのか、

たたみかけるように言葉を続けた。


「なに、話は簡単だ。」


「ほんの少し、ほんの一瞬、うなづけばいい。」


「それで望みは叶う。」


「何を躊躇ためらう事がある?」


私は、

何かの術でも掛けられているような・・

少しぼんやりとした心地で、

その言葉にただ耳を傾ける。


望みが、叶う。


長年の、幼い頃からの夢が。


「・・。」


頭にようやく届いたその現実に、

胸の高鳴りは増し、

思わずのどが鳴った。


そんな私に気付いた「あか」は、

その目を弓のように細め・・最後の一押しをする。


「さあ、選ぶがいい。

望みを得るための、覚悟ある者になるのか。

それとも・・望みを永遠に捨て去る、臆病おくびょう者になるのか。」


お前は、どうしたい?


静かに三度みたび響いたその声に、

今度は戸惑とまどいも、まよいも、もう無かった。


「・・・・。」


私は、しっかりと小さくうなづく。


それを見届けた「あか」は、

大きくえ、笑った。


「契約成立だ!!」


辺りに響く声でそう宣言し、

あか」はまた、遥か上から見下ろしてくる。


そして、その目に

愉快ゆかいたまらない」という炎をともし、

私に向かって言う。


「この世界の巨大な歯車になる事を決めた、

覚悟のある小さき人間よ!

・・ようこそ、わしの世界へ。」


歓迎かんげいしよう。・・同胞どうほうよ。


あか」の優し気な声を聞いた瞬間、

私の全ての世界は大きく、広くなった。



―これが、今の私の始まり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る