サンタクロースのお手伝いは、ラクじゃない!

笛吹ヒサコ

Day1 * 12/20

ひどい夢

 ひどい夢を見たんだ。

 どんな夢かってーと……。


🎅🎅🎅


 ネットで知り合ったルドルフ三世ってやつと、暇つぶしにトークアプリでやりとりしてたんだ。

 なんか、ルドルフ三世さんの仕事上の相棒ってやつが、恋人作ってバックレたって愚痴りだしたんだよな。


『俺でよかったら、かわりに手伝いますよ』


 って、ノリで返したんだ。


『いいんですか? いいんですか? マジで、カケルさん、神です! 今すぐ、迎えに行くんで!!』


 おいおいって感じだろ。

 こいつもしかして冗談通じてないかもって、不安になるだろ。確かに、トナカイのドット絵のアイコンがムカつくくらい空気読めないときもあった。けど、それはそれで、やつは面白いやつだったし。

 ここははっきり社交辞令ですとか、送っておいたほうがいいかなって、考えたんだ。


「お待たせしました、カケルさん」


「〜〜〜っ!」


 いやぁ、人間、あんまりビビると声が出ないんだな。

 だってよ。俺、1人だったんだぜ。

 なのに、部屋の隅にトナカイがいたら、ビビるってもんじゃねーよ。


「あ、ども、僕がルドルフ三世です」


「あ、ども」


 しかも、トナカイが喋ってるし。どうやって、喋ってるかとか聞いてくれるなよ。夢だったんだからな。

 なんか、こう、なんか、あるんだろ。うん。


「じゃ、行きますか」


「どこに!」


「えっ? 僕の手伝いしてくれるって話ですよね?」


「あ、あれはぁ」


 馬鹿でかい角がぐぐっと顔を寄せられると、地味に怖いんですけど。夢だけど、トラウマになりそう。


「時間ないから、とりあえず行きますか」


「いや、だからぁ」


 夢の中のルドルフ三世は、空気全然読んでなかった。

 さすがにイラッとしてきた。夢でも、これはひどい。

 ん? 目の前に角??


「う゛っ」


 腹に何か当たった。多分、角。


 ――以上が、俺の見た夢。

 ひどいだろ。ひどすぎて、後でネタにしないと気がすまない。

 そろそろ、起きるか。


「あー、ひどい夢見たぁああああ、あ?」


 布団をはねのけて、気分良く起きたつもりだった。


 ここどこ?


 なんか、馬鹿でかいクリスマスツリーが目の前にあるんですけど。

 えーっと、どこかのショッピングモールとか、そんな感じ――でもないな。

 なんか、いかにもなログハウスって感じ。馬鹿でかいクリスマスツリーの向こうに見えるのは、まさか暖炉じゃないよな。

 馬鹿広いログハウスの部屋に、馬鹿でかいクリスマスツリーと暖炉。部屋中にキラキラしたクリスマス飾り。


「あー、まだ俺、夢見てるのかぁ」


 寝よう。夢の中で寝るとかおかしいけど、なんか疲れてるから、布団を頭からかぶって寝よう。夢の中で寝よう。


「カケルさん、起きましたぁ?」


「……」


 なんでまた、ルドルフ三世のとぼけた声を聞かなきゃならないんだよ。

 タタタッって、やけに軽い足音が近づいてきているけど無視だ。無視。無視無視無視無視……。


「無視しないでくださいよ、カケルさぁん」


「えっ、ちょ……」


 いやぁ、こんな鮮やかに布団剥ぎ取るやついねーよ。

 しかも、笑顔がムカつく。ん? 笑顔って。

 前の夢じゃ、トナカイだったやつが、トナカイのコスチューム着た野郎に変わっているんですけど。あ、さすが夢。


「心配したんですからねぇ。死んじゃったんじゃないかって」


「はぁ?」


 もういい。夢なんだから、もう諦めた。全部、諦めた。言いたいことたくさんあるけど、諦めた。

 なんか一方的に喋ってるけど、諦めた。右から左へ聞き流す。そのうち、夢も覚めるだろうし。


「……って、カケルさん、聞いてます?」


「はいはい、聞いてましたよ。ここが、クリスマスタウンのサンタハウスなんだろ。んで、俺はサンタさんのそりを引くトナカイのルドルフ三世さんの相棒の代わりをやればいいんだろう」


「そうです!」


 あー、なんか、この夢、マジ疲れる。

 俺、さすがにサンタクロースとか信じてないですけど。


「早速、サンタのクソジジイに紹介しますから、ついてきてください」


「クソジジイって言っちゃうんだ」


 ツッコミどころ間違えているだろうけど、夢だから別にいいや。


「そうなんですよぉ。まじクソジジイ。ノームたちが仕事しないからって、ブリザードで監禁とか。ま、それは、ノームたちも悪いんですけどね。自業自得ですし。でも、そのブリザードのせいで、カケルさん、死んじゃうところだったんですよぉ。生きててくれて、ホントよかったぁ」


 ホントよく喋るな。


「って、俺、死にかけたの?」


「そうなんですよぉ。ホントすみませんね」


「これ、夢だから、別にいいけどさ」


「え?」


 キョトンって顔してトナカイのコスチュームのルドルフ三世は、俺の顔に手を伸ばしてきた。


「いだだだだっ。何するんだよ!」


「夢だとか言うからですよ。痛かったですね。はい、これ、現実確定」


「はぁ?」


 つねられた両頬が、マジで痛い。でも、これ夢だろ。痛い夢だってあるはずだろ。


 ザザって、ノイズというか、スピーカーのスイッチが入る音がした。


『ぴんぽんぱんぽーん』


「ひぃ」


 テンション高そうな男の声に、ルドルフ三世は青ざめてガタガタ震えだした。


『えー、ルドルフ三世くん。いい加減、そこの人間を連れてきなさい。いつまで、待たせるのかなぁ。ルドルフ一世みたいになりたくなかったら、今すぐ連れてくるように』


「そ、それだけは嫌ぁあああ」


『ぴんぽんぱんぽーん』


 鼻を押さえて泣きそうなんですけど、ルドルフ三世。

 つか、スピーカー越しでこの空気読まない奴を震え上がらせる男はどんなやつだよ。


「なんでだよぉ。ヴィクセンの奴がバックレなきゃ、こんなことにはならなかったのにぃ。グスッ、ウェ、リア充なんて、爆発すればいいんだぁあ」


「あ、あの、ルドルフくん?」


「はい、グズッ、カケルさん、なんですか? ビエッ」


 なんか本気で泣かれると、こっちが悪いことしてる気になるんだけど。


「あー、なんかよくわかんないけど、ついていってやるから」


「ホントですか! ありがとうございます!」


 嘘泣きだったんじゃねってくらい、けろっと笑うんだなこいつ。


 ――なんか、ムカつくけど面白いやつ。


 クッション性高いソファーから降りて、初めて部屋着のままだって気がついた。もうすぐ穴あきそうな靴下まで、夢の中までリアルに再現しなくてもいいのに。


「いやぁ、助かりましたよ。ホント、じーちゃんみたいにはなりたくないですから」


「ふぅん」


 馬鹿でかいクリスマスツリーのあった部屋の向こうは、幅の広い廊下だった。学校の廊下なんかより広い。フローリングなのに、全然冷たくない。

 飛んだり跳ねたりしながらルドルフ三世は、廊下を進んでいる。


「で、さっきの声の男、誰なの?」


「サンタクロースのクソジジイに決まってるじゃないですかぁ」


「は?」


「あ、クソジジイ呼ばわりしたことは、内緒でお願いしますっ」


 いやいやそうじゃなくて、さっきのやたらテンション高い若い声だったんだけど。


「……ボイスチェンジャーでも使ったのかなぁ」


「なんか言いました? カケルさぁん」


「なんにも言ってないよ」


 こいつ、意外と耳いいな。


「さ、着きましたよ」


 突き当りのドアには、『Santa Claus』と書かれたキラキラしたドアプレートがあった。


 サンタクロースなんて信じてないし、これは夢だけど、なぜか緊張してきた。有名人に会うって、こんな感じかな。


「サンタさぁん、入りますよぉ……ふぎゃ」


 ドアを開けた瞬間にものすごいスピードで飛んできた茶色い物体が、ルドルフ三世の顔面を直撃した。

 真後ろに立っていたら、ルドルフ三世と一緒に床に頭ぶつけてたな。セーフだセーフ。


「……テディベア?」


「何するんですかぁ、サンタさん」


 たぶん、テディベアを拾い上げる目の前で、勢いよくルドルフ三世は起き上がった。

 まぁ、ものすごいスピードでもテディベアだったし、ダメージも大したことなかったのかな。


「いつもノックくらいしろと言っているだろーが」


 さっきと同じ声が、部屋の中から聞こえてきた。あれ、ボイスチェンジャーとかじゃなかったの。

 なぜかドキドキしながら部屋の中を覗き込むと、肘掛け椅子に座った赤い服の白髪の男がいた。

 いや、ちょっと待て待て――。


「ごめんなさい。サンタさぁん。赤っ鼻だけは許してくださいぃいいい」


 ものすごい勢いで赤い服の男にすがりつくルドルフ三世も、なんか気になること言ってたけど、どうでもいい。


「人間もさっさと来なよ」


 ――だって、サンタクロースがイケメンだったんだから。


🎅🎅🎅


 さっきのクリスマスツリーの部屋もそうだったけど、なんかメルヘンって言葉がぴったりな部屋だ。サンタハウスってルドルフ三世が言ってたのも、よくわかる。まさにそんな感じ。

 サンタハウスもそうだし、なんだかんだでルドルフ三世もクリスマスっぽいって感じなんだよなぁ。


「しかし、君も軽いノリで引き受けるとこういうことになるって、いい勉強になっただろう?」


「はい。すみません」


 ただし、目の前でハート型のマシュマロ入りのココアをすすっているサンタクロースだけは、クリスマスっぽくない。

 とあるハリウッドスターとかが、サンタクロースの衣装着ただけって感じ。


 今まで何回もひどい夢だと思ったりしたけど、サンタクロースが一番ひどい。


「中には、ルドルフみたいに空気読めないやつもいるんだから、これからは気をつけな」


「はい」


 イケメンのサンタクロースに説教されてるってのも、ひどくね。

 ちなみに、ルドルフ三世は、俺を連れてきたら用済みって感じで追い出された。


「ま、せっかくだし、今回は手伝ってもらいたいねぇ」


「はい。……って、ええええええ!」


 さらっと言うことじゃない。

 あー、早く誰か起こしてくれないかなぁ。


「ま、突っ立てないで、適当に座りなよ」


「は、はぁ」


 なんか、まじで面倒くさい夢だなぁ。

 このヒヨコっぽいビーズクッションに座ろ。マジで疲れる。絶対に、寝起き最悪確定だよ。

 サンタクロースは、分厚い馬鹿でかい本を膝の上に置いてページを捲っている。

 ポケットから取り出した虫眼鏡がいるってところは、年寄りなんだなぁ。


「えーっと、北野駆くん、16歳。誕生日は……」


 誕生日だけじゃない。血液型や家族構成とか、俺の情報を読み上げていく。


「は、はぁ」


「現在、地元の公立高校に通っているけど、部活動とかには興味なし。ふむふむ、ふーん、なるほどねぇ、お、これ、面白いねぇ……こんなことまでしているんだ。なんか意外。あ、そういうこと、ふーん……」


 いや、なんか、気になる。ニヤニヤするようなことなんてないはずだけど。俺は平凡で健全な男子高校生だからな。

 いや、マジで気になる。


「あ、あのぉ、サンタクロース、さん。何が書いてあるんで……」


 バタンッと本を閉じる音に、俺の遠慮がちな声は遮られた。


「よし、問題ないね。カケルくん、今日からお手伝いしてもらうよ。ちゃんと、報酬はあげるからね」


「え?……あ」


 あー、もう無理。夢だからって、諦めてたけど、もう無理!


「あのぉ! どうせ夢だからって、我慢してたけど、もう無理! つか、これ俺の夢でしょ。なんで、俺の意思を無視しているんだよ」


「夢?」


 立ち上がったサンタクロースが首をかしげる。


「君、これが夢だと思ってるのかな?」


「そーだよっ」


 夢じゃないとか言わせないからな!

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