怪盗XX vs 怪盗ノー・ネーム! そして僕は蚊帳の外!?

如月 仁成

第1幕 ちょっとまて 僕の予告は まだカバン


 さて、当劇場へお集りの諸君。

 諸君はわれにとって、あまりに得難きお客様だ。


 諸君に満足していただくことこそ我の望みであり、そして諸君の望み。

 つまり我々は同じ目的を抱く同士でありながら、異なる立場にあるわけだ。


 そんな私がお見せするエンターテインメントには、一つの美学がある。

 諸君を満足させるために、正々堂々と顔を見せるというものだ。


 もちろん各々に美学はある。

 存在を伏せる。

 顔を伏せる。

 手口を伏せる。


 それを否定はしない。

 だから姿をお見せするという行為も、ただの我のこだわりなのだ。


 だが、そう一辺倒では面白みに欠けるというものだろう。

 時には、顔を出さぬことが芸の面白さを引き立てることもある。


 どこにも我はいない。だが、全ては我の犯行。

 今日はそんなエンターテインメントをお届けしよう。


 そして気付いた時には、諸君の大切な物は我の手中に……。




 ◇◇◇  開演  ◇◇◇




 ――七月。学生というものを生業なりわいとする僕たちをもう少々気の張った生き物にするためには、試験の時期を夏休み直前に設定すべきだ。


 なにゆえ七月の頭に期末試験をさせておいて、試験休みなるものを挟んで、夏休み開始まで一週間ほど登校せねばならないのか。


 この期間に勉強した物が身に入るとでも思っているのか?

 ただカリキュラムを消化するために、なんという非効率なことを行うのか。


 ……いや、違うな。

 せめて心の中くらい、誤魔化すこと無く生きるとしようか。



 早く夏休みにしてください。

 うんざりです。



 都会と言えど、学校という物は極めて閑静な宅地に設置されるもの。

 さればこそ、緑も多い。

 さればこそ、セミがうるさい。


 ミンミンと騒ぎ立てる求愛は、この暑さのなせる業なのか。

 僕はそこまで熱く愛を語ることはできないよ。


 そう、例えば詩的に。

 例えば知的に行う事こそ僕の美学。


 そんな知力の結晶。

 明日の決行を控えて、鞄に忍ばせた犯行予告ラブレター

 これを、今日の帰りに君の下駄箱へ入れさえすれば、その笑顔を独り占めにすることが出来る。

 そして願わくば……。


「という訳でな? 『怪盗XXヘキサゴン』の人物像についてわれはイケメンかつダンディーな、そう、君の叔父上のような人物だと推測を……。おい聞いているのか、助手よ」

「聞いていなかったことにしてください。なんで君はいつもいつも『XXヘキサゴン』の話ばっかりなのさ。女子高生でしょ? 恋バナとかしなさいよ」


 ゆるく巻いた長い黒髪を、地味な髪留めで束ねたハイツイン。

 そのルックスだけは女子高生に見えるけど。

 会話の内容が推理、怪盗、犯罪、トリックって。

 そんな女子高生いるもんか。


「誰をはばかろう。我は女子高生だ。だからこそ恋の話をしているのではないか」

「君の発想と黒い色の醤油に含まれる塩分」

「また始まったか。して、そのこころは?」

「こいという言葉を勘違いしている」

「ふむ、中々。……いや待つのだ助手よ。我のどこが勘違いしていると言うのだ!」


 ぱっちりとした釣り目が、僕を凝視する。

 もちろんそこには恋慕も無ければ憧憬もない。

 これは、怒ってるだけ。



 ――花野はなの夕風ゆうかぜ

 高校一年生。

 本来なら白いはずのブラウスも、赤いはずのネクタイも、濃紺のはずのジャケットも、グレーなはずのスカートも、ソックスもローファーも、ぜーんぶ黒。


 そんな、闇夜で最も有利という理由だけで校則に反する気骨。

 目的のためには手段を選ぶことなく、学園の全てを利用しようとする大胆さ。

 確かに君の恋心は猪突猛進。

 アクティブな女子高生そのものだ。


「……ねえ、君はまだ諦めないの? 『XXヘキサゴン』なんか捕まえられるはず無いよ。今朝も随分早くから出かけてたようだけど、今度は何を仕込んだのさ」

「それは言えん。だが、我は約束の日までに必ず奴を捕らえて、探偵としての技量を証明してみせる」


 やれやれ、困った奴だ。

 そんなことしたって、僕の叔父さんがやってる探偵事務所には絶対就職させないからね。



 ――突如僕の学園に現れた『怪盗XXヘキサゴン』を入学から一年間で捕まえろ。

 それが出来なければまっとうな職に就け。


 これが君に課せられた課題であり、僕と叔父さんが君に普通の未来を歩いて欲しいがために練った作戦だ。


 『怪盗XXヘキサゴン』。

 その正体はもちろん、僕と叔父さん。

 主に僕が犯行を立案して、叔父さんが必要な機材を手配する。


 警察と太いパイプを持つ稀代の名探偵とその助手だ。

 今まで数々の犯行を学園内でこなしてきたが、正体は闇に包まれたまま。


 その犯行も、学園の小さな失態を暴くようなものが多いせいで、警察が介入するような事態になっていない。

 むしろネット上でカルトな人気が出ているのを学園は喜んでいるふしがある。

 この辺は叔父さんのアイデアなんだけど、あの人はどうやって学園の恥部と呼べるようなネタを見つけて来るのか。



 ――夕風の『XXヘキサゴン』談義を聞き流しながらそんなことを考えていた僕の目に、ちょっと変わった光景が飛び込んできた。


「なんだろうね。校門のあたりが随分とにぎやかだけど」


 学校であれほどの騒ぎになるものと言えば。

 臨時休校。

 赤点補習の張り紙。

 アイドル歌手が僕を追いかけて転校してきた。


「…………三番目だったらいいのにな」

「なんだ? 三番目?」

「やだなあ、何も言ってないよ。それより、夕風は気にならないの? 走る?」

「我々の目的地もあそこではないか。必然的に知れるというのに、走るなど愚の骨頂というもの。良いか、助手よ。探偵たるもの、いかに効率を重視して……」


『『XXヘキサゴン』の犯行予告が張り出されてるぞ!』


「ええ!? そんなバカな……、って、夕風速っ!! 愚の骨頂!」


 あっという間に百メートル程を駆け抜けた黒い疾風。

 でも、ほんとに愚の骨頂ってやつだよ、それ。


 だって、XXは犯行予告なんか出してないし。

 明日出す予定だった犯行予告も鞄の中だし。


 それこそ効率重視。

 僕は体力を消費せず悠々と校門をくぐる。


 ああ、花壇に植えられた色とりどりのガーベラが今日も綺麗だ。

 眩しい光をその身に浴びて、今日も僕の心を癒してくれるんだね。


 つい口の端に零れた微笑。

 そんな幸せが、頭を上履きでひっぱたかれて霧消した。


「何をやっているのだ! 遅いぞ! ほら、早くこれを履け!」

「なにするのさ! それに外で上履きって、意味がないじゃ……、ん?」


 夕風が地面に叩き付けた僕の上履き。

 そこに挿し込まれているピンクの封筒。


 引っ張り出してみたら、ハートマークのシールで閉じられたそれには、長ったらしいために見間違いようもなく『小比類巻こひるいまき十一郎とういちろう様』と僕の名前が書かれていた。


「既視感! …………じゃなくてこれ、ラララ、ラブレターっ!? 初めて貰った! どうしよう夕風!」

「ララララブレターなら先月自分で書いたものを手にしているではないか。二度目の間違いだ」

「そういうんじゃなく! これっ! ほ、本物っ!」


 先月みたいな仕込みじゃない!

 僕にとって初めてのラブレター!

 でも夕風は、そんなことにはまったく興味を示さずに僕の靴を無理に脱がそうとしてきた。


 なんだろう、フクザツ。

 嬉しいのに嬉しくない!


「良かったではないか。だがそれどころではない。急ぐぞ!」

「分かったよもう! 僕の気持ちと、レアで出されたA5黒毛和牛ステーキ!」

「ええい、こんな時になんなんだ貴様は! そのこころは!」

「すっげー嬉しいんだけど、もっとやいてくれ!」

「うるさいぞ、いつでもウェルダン君。ほら、きりきり走れ!」


 靴と鞄を手にぶら下げて、逆の手を引っ張られながらよたよた走って昇降口へ。

 そこには、三学年分すべての靴箱が並んだ広い広いスペースに黒山の人だかりができていた。


 その半円の中心は……、掲示板?


 急かす夕風のせいで靴が半ばはみ出したままの下駄箱を後にした僕は、急停止した柔らかい背中に鼻をぶつけることになった。


 いてて、まあその勢いでここには突っ込めないから当然か。

 結局ここからは持久戦だろ?


 そんなことを思っていた僕は、まだまだ夕風のことを正しく理解していないと思い知ることになった。


「道をあけろ! 『XXヘキサゴン』を捕らえるのは、この我だ!」


 まるでモーゼ。

 人だかりが振り向くと、僕たちの前に道が生まれた。

 そこを堂々と進むと、再び道が閉じて神々しいその背に見惚れる。


 かっこいいな。

 でも、そんなこと考えてる場合じゃない。

 夕風の言う通り、今はこっちが先か。


 僕の名前をかたった、『偽・XXヘキサゴン』の予告状。

 まずはその内容を確認しなければ。


 施錠されたガラスの引き扉で覆われた掲示板。

 そこに、画鋲で地味に止められたA4コピー用紙が張り付いていた。




 本日11時05分。紫のアゲハは我の手に返還される。


                   X




「……なんだこれは! エックスが一つではないか? どういうことだ!」

「ほんとだ。これじゃあ怪盗エックスじゃないか。…………ん?」


 ちょっと待とうか。

 嫌な予感がする。


 『XXヘキサゴン』は、二人で一人。

 そのことを知っている人間に、一人心当たりがある。


 でも夕風は、僕に考える猶予を与える気がないみたい。

 予告状とその周辺を携帯で撮影すると、再び手を掴んで引っ張り出した。


「いてててて! これ、偽物じゃない? エックスも一個だし!」

「いや、『XXヘキサゴン』である可能性が高い。一文字しか書かれていないことになにか意味があるのだろう。それより、こうしてはおれん。急がねば」

「また人海戦術?」

「そうだな。おい、ミステリ研! あと、ラグビー部! 早速、貸しを返してもらうぞ! 連絡を取ってなるべく人を集めながらついて来い!」


 おいおい。ミステリ研は、もはや君の私物なの知ってるけどさ。

 今度はラグビー部の何を握ったの?

 というか、朝早くから出かけてたのはそういう事か!


「脅迫は犯罪なんだぞ!? この大悪党!」

「ラグビー部の事か? 脅迫とは心外な。まっとうな尋問による正しい報酬だ」

「君のグレーゾーン、世間では真っ黒だからね? それよりどこに行く気?」

「我は、紫のアゲハに心当たりがある。ターゲットに会おう」


 そうなんだ。

 でもほんと、ちょっと落ち着いて考える時間が欲しいから待ってよ!


 だってこれ、本当に僕の片割れの仕業だったら『XXヘキサゴン』として僕が盗まなくちゃいけないんでしょ?

 なんて勝手なことしてくれるんだよ、あの人!


 とんだ一学期の期末試験を課せられた僕は、頭を抱えるために使いたい手を強引に引っ張られつつ、早朝の校舎を走ることになった。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「ずっと、どうにかしたいと思っていたんです」


 顧客の支払いは、売り手の印象に比例する。

 そんな主の論拠に従うよう、事務所は高級な調度で彩られた大人の空間だった。


 間接照明に切り替えられた柔らかな暗がり。

 唇の些細な動きさえ伝わってきそうな、微かな音がぽつりと響く。


「水泳の時、取らなきゃいけないと言われたのを拒否するほどの執着。そんなにも依存していては、彼女の為になりません」

「ふーん。で、その子の写真がこれか……」


 若い女性が持ち歩くには少々くたびれた携帯を、退屈そうに眺める男。

 三十代後半といった見た目以外に、信じがたいことに全くの特徴が無い。


 背は高いような、平均程のような。

 顔立ちも整っているような、月並みのような。


 なぜか曖昧で記憶し辛い印象を持つその男の眠そうな瞳。

 そこに、小さな光が灯る。


「これがその髪留めだね。……ん? 見覚えがあるね。いつか好きな子が出来たらあげようとか言って買ったやつじゃないかな?」

「え? なんのことです?」

「いや、独り言」


 男は携帯を静かに少女へ返しながら考えた。

 自分たちの未来を考えたら、きっと彼の想いが成就することが望ましい。


「……そうだね、そういう事なら構わないかな。いいよ、その依頼引き受けよう」

「ほんとですか!? 嬉しいです。でも、お金……」

「それは必要ないさ。……そうだね、代わりに一つ教えてくれ。その子の特徴と言うか、得意なものなどないかな?」

「えっと……、彼女、暗号解読のプロフェッショナルなんです」

「え? ……ああ。この子、ミステリ研と言っていたか。なるほどね」


 ふふっと柔らかな笑みを零した男は、椅子の背を鳴らして瞳を閉じる。

 そして、頭の中で未来の登場人物たちをロールプレイし始めるのだった。


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