許されない恋の記憶

きゃる

プロローグ

第1話

 あなたが私に、手を伸ばしてくれたから——



 辺りは一面の雪景色。

 どこをどう歩いたのかももう覚えていない。ここがどこなのかこれからどうすれば良いのか、私には何もわからない。

 追っ手は私を捜さないことに決めたようだ。耳に残るのは声を限りに叫ぶ母の声。


「逃げて、リア! あなただけでも。遠く、どこか遠くへ!」


 母の必死な様子に、弾かれたように私は走った。子どもの小さな足では、直ぐに追いつかれると思ったけれど。 木の枝が邪魔をする森の中では、小さな身体は却って有利だった。途中で追いかける足音が途絶えたことにも気づかず、私はただやみくもに走り続ける。


 気がつけば森を抜け、広い場所に出ていた。降る雪が激しくて、目を開けることさえままならない。

 真っ白な雪を踏みしめ、私は歩く。あてどなくどこかへ。どこでもいいから遠く、とにかく遠くへ。


 やがて力つき、雪に身体ごと倒れ込むと、顔をうずめた。不思議と寒さは感じられない。柔らかい雪は、私を包み込む優しい母のよう。

 このまま私、死んじゃうのかな?

 ふとそんなことを考えた。それなら最期まで母の側にいたかった。なんであの時、私は逃げてしまったんだろう?

 泣こうにも、そんな元気は残っていなかった。母のことが心配だけど、自分にはそんな余裕がないこともわかっている。


 こんな終わり方って……

 昨日までは考えたこともなかった。母と暮らしていた森での生活は、とても楽しかったから。暖かい暖炉にくべた鍋に入った熱々のシチューを、ふうふう言いながら笑い合って食べたっけ。

 生まれた時から父さんがいなくても、私は幸せだった。だって、輝く金の髪に紫の瞳の綺麗な母さんは、いつでも優しかったから。私はこれからもずっと、母と二人の穏やかな生活が続くのだと思っていた。


 なぜ逃げなければいけなかったのか。なぜ母は、複数の男に追われていたのか。全ては謎に包まれたまま。

 優しい母さんが恨みを買うとは思えない。だったらなんで? なんであの男の人達は必死になって母さんを捜していたの?


 もう、いいや。

 もう何もわからないから。

 張り詰めた心の糸が切れ、疲れ切った私は、雪に埋もれたまま目を閉じた。



「ねぇ、大丈夫?」


 少年の声が聞こえたような気がした。すぐそばで、馬もいなないたような。けれど、雪を含んで濡れた身体は重く、動かすことができない。


 その人は馬から降り、近付いてきたようだった。私は顔を少しだけ横に向けて、声の主をぼんやり見た。

 それは、私より少し歳上に見える男の子。黒髪に柘榴石ガーネットのような赤い瞳をしている。

 子どもながらに整った顔は美しく、私は思わず呟いた。


「天使……様? 私を迎えに……来た……の?」

「話す元気があるなら大丈夫そうだ。君、立てる?」


 そう言って彼は、革の手袋に包まれた手を、私に差し出した。

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