『タンタリウスの大樹竜』-3
「――――■■■!!!」
敵、つまり俺達を直接視認したらしい大樹竜が吠える。とても文字では表せないような雄叫びに、Cクラス隊員達の間に一種の恐慌状態が発生する。
だが、俺達Bクラス以上のエージェントは、一切怯まない。
突然だが、竜殴りエージェント訓練候補生の頃にこんな訓練があった。それは、ヘッドホンで竜の咆哮を数時間に渡り、しかも大音量で聞き続けるという、当時の俺からすると狂ってるとしか思えないようなものだった。
『いいか、青二才のゆとり共! クソトカゲの持つ攻撃手段は多岐にわたるが、まず遭遇すると想定される攻撃はなんだ!?』
『ブレスでしょうか!?』
『馬鹿者ォ! ちょびっとだけ正解!』
『うばッガッ! あ、ありがとうございます!』
『答えは、咆哮だ! 奴らのトンデモな肺活量から繰り出される咆哮は、初めて遭遇する者、戦う者の精神状態に少なからず影響を与える事が分かっている! クソトカゲの種類によってその咆哮が与える効果は様々だが、まずは貴様らに、基本種のドラゴンの咆哮に慣れてもらう!』
そんなわけで俺達は、VRヘッドセットとヘッドホンを無理矢理装着させられ、延々とクソトカゲの咆哮を聞く羽目になった。
最初は1時間だったのが、徐々に6時間、12時間と延びていき、遂には一日丸々クソトカゲ漬けで生活するという苦行をこなさなければならなくなっていた。
まぁ、それぐらいまで来ると、クソトカゲの鳴き声も可愛げのあるというか、環境音となんら変わりなく感じてきた辺り、俺も組織に毒されていっていたのだろう。
そんな訓練に加え、実戦でもクソトカゲの咆哮を経験した俺達は、ちょっとやそっとの咆哮程度では全く怯まない精神力を身に着けたという訳だ。勿論個人差はあるが。
「Cクラス隊員、よくやってくれた! お前らは体勢を立て直して援護しろ! 後は俺達が請け負う! それと、この任務が終了したら秘蔵のAVを見せてやるぞ!アニマルビデオの方だがな! エージェント、総員
『オォォォォッッッ!!!』
リーダーの合図を皮切りに、俺達は大樹竜への突撃を敢行する。作戦? 近づいて、殴る! 簡単だろう?
対する奴さんは、次の脅威が俺達だとわかったのか、周囲でうねる触手の内数本をこちらに差し向ける。
恐ろしいスピードで接近するそれらを、俺達はいつも通り、跳んで跳ねて潜ってを繰り返して、軽く回避する。それでも回避できないものは――
「オッルァァ!!!」
――バットで殴って弾く。その手応えは、硬くもありながら柔らかで、普通の樹木なら軽く圧し折れるぐらいの力で叩きつけたというのに、折れる気配は一切ない。
「一番槍イタダキィ!」
ヒャッハー、とでも言いそうなぐらいにハイになっているα-5が、手にしたチェーンソーで真っ先に大樹竜の肉体に斬りかかる。
この男、αチームに同時期に入った頃からずっとこんな調子で、クソトカゲとの戦闘任務では真っ先に突っ込んで行き――
「アババッ!?」
――こんな風に返り討ちに会うのだ。最初こそ心配になりはしたが、いつもこんな感じでなんやかんやで生還するもんから、最終的には誰も心配をしなくなった。寧ろ、鉄砲玉のような感覚で扱えるから丁度良くて大助かりとは、α-5を除く全員の見解である。本人も楽しそうに率先して向かって行くから、その事実を話しても気にはするまい。
「α-5、リッパー……お前の犠牲を無駄にはしない……」
「生きてんよォ!」と遠くから聞こえたような気がするが、死んだ奴が口を利くはず無いので無視する。言うまでも無いが、リッパーとはα-5のコードネームだ。
「■■■ーーッッ!!」
α-5を触手で吹っ飛ばした大樹竜は、「次はお前達だ」とばかりに、再び触手を飛ばす。
が、俺達はα-5のような馬鹿じゃない。
「よっ、と」
足下と上半身を狙うように薙ぎ払われる二本の触手、その間を潜り抜けるように前転で回避。
薙ぎ払いで生じた風に心地良さを感じながら、次いで斜めに振り下ろされた触手を、半身で避ける。……余裕ぶっこいているが、この時は正直紙一重だったから、内心汗たらたらだった。
周囲を一瞬だけ確認してみれば、他のエージェント達も順調に前進しているようだった。だが、やはり一番早いのは俺達の中でも一番手練れのリーダーだった。
「その首もらったァ!」
真っ先に大樹竜の頭部に到達したリーダーは、台詞とは裏腹に斬撃には向いていない武器――パンチンググローブで殴りかかった。素晴らしい。まるでD.P.C.のお手本のような武器だ。
ちなみにパンチンググローブとは言うが、ボクサーのグローブとは違う。当然のように特殊合金製の特別製だ。
「フンッッッ!!!」
リーダーが気合を込めてグローブ越しに殴ると、その衝撃がこちらにまで届く。
更に、グローブ自体に搭載された機構が発動、炸裂する。
「オマケだ! こいつもくれてやるァ!」
グローブの接触面が展開したかと思うと、そこから更に衝撃波が発生し、大樹竜の不動の肉体を揺らす。何度も、何度も!
あれには流石の木偶の坊も、
「リーダーがやった! 俺達も続け!」
『オォ!』
副リーダーで若干影が薄い事に定評のあるα-2が、ここぞとばかりにハンマーを手に叫ぶ。
そして、奴の極太の首元に到達した俺は、とりあえず喉元をバットで殴る。
「ワッショイ!」
掛け声と共に勢いよく振り抜いたバットは、バットに搭載されたジェットも相まって、我ながら恐ろしい勢いでクソトカゲの首元にめり込んだ。
なお、ジェットを搭載したバットによるスイングは俺がD.P.C.のエージェントとして訓練を積んでいるからできる事なので、良い子は真似しないでね!
「……!!」
だが、その一撃で大樹竜が呼吸不全に陥る、という事は無く、逆にその怒りに火をつけてしまったらしい。木に火をつけるとはこれいかに。
「■■■ォォ――!!」
「ガッ」
悲鳴を上げる間も無く、槍のように突っ込んできた触手が、俺の横っ腹を貫いた。どうやら奴さん、触手で薙ぐよりも、より確実に殺しにかかれる刺突に手段を変更したようだ。
ただ、運が良いのか悪いのか、着込んでいたボディアーマーが、その触手の先端を潰してくれたが、それでも衝撃までは抑えきれない。
胃やら腸やらの内臓がグルグルとかき混ぜられるような嫌な感覚、そして痛みの情報が、脳に一気に流れ込んでくる。オマケに、触手の攻撃で吹っ飛ばされたもんだから、三半規管の狂いも相まって気分が悪いのなんの。
「おっ……ェェ……」
圧倒的な吐き気の中、俺はチカチカと霞む目で、周りの状況を確認する。
気付けば、同じBクラスエージェントは周囲に一人もいなくなっていた。
やや遠くを見てみれば、力なく倒れた二人の姿と、彼らの破損した得物が見えた。生きているかどうかまでは分からない。
そして――
「ぬゥッ! 抜かったァ!?」
もはやマウントを取った状況だったリーダーも、触手に捕まって身動きが取れなくなっている。
……竜殴りだって、楽な仕事じゃない。こうしてえげつない痛みを感じた事なんて、一度や二度じゃあないが、エージェントは超人であっても超生物ではないのだ。Sクラスにもなれば超生物と言っても過言ではないが。
……だが、だがしかし。
「ゥ……ォォオオオ!!!」
それでも、竜を殴らねばならない。殴らねばならないのだ。そう、愛する人を守る為でも、ましてや世界の平和を守る為でもなく。
「どりゃあああいッッ!!!」
――全ては、竜のクソ偉そうな鼻っ面を殴る為に。
気合を入れ直して立ち上がった俺は、腰のポーチから使い捨ての注射器を抜き取り、左手首に刺す。
エージェント御用達、我らがマッドでマックスな科学部門が、大手世界間製薬企業『エナジー・レガシー』社と共同開発で作り出した、活力強制増幅剤だ。つまり、読んで字のごとく、強制的に活力を湧き上がらせるすごいお薬だ。並の人間なら押し寄せる快楽と興奮で失禁して気絶するか、最悪死ぬ。
更に、追加で瞬間筋力強化剤を打ち込む。瞬間的にかつ爆発的に筋力を増強できる、まぁこちらもその名の通りといったところか。
ちなみに、どちらも刺す場所はどこでもいいらしい。ヒューッ! どういう理屈か知らんがすげぇ!
え? なんで最初から使わないのかって? そりゃまぁ当然の事だが、これらを使用する俺達は特殊な訓練をしたエージェントだからこそ活用できるのであって、良い子の皆は真似しちゃいけない。
そもそもこれ、よっぽどヤバい状況の時にしか使わないし、それに先に使ってしまったら、薬の副作用で急激な疲労とか頭痛とかその他諸々に襲われる。つまり、クソトカゲを殴れなくなるのだ! 駄目だろそれは!
あと、世界によっては違法な薬物で取り締まり受けたりするからネ!
念の為に言っとくけど、一応合法なのだ。一応。
……オホン。組織の人間相手なのに、なんか話さなくてもいい事まで、勢いで話してしまったような気がするけど、まぁ、いい。話を戻そう。
身体中が沸騰するような感覚に、脳を支配する興奮でハイになった俺は、再びバットを構えて、大樹竜に
バットのグリップに備えられたボタンを押す。すると、バットのヘッド部分、つまり殴る部分が赤く染まり、ジュウ、という音と共に湯気を上げる。
赤熱化したバットで、こちらに襲い掛かってくる触手の内一本を叩き落す。
触手は、赤熱化したバットにより叩かれた箇所から融解し、燃え上がる。給料の半分ぐらいはたいて改造してもらった甲斐があったというものだ。
「■■■ォォ……」
触手を燃やされた大樹竜は、更にこちらに触手を差し向ける。しかも、視界に見える限りにびっしりと広げて。
不意に、頭の中で「オイオイオイ」「死んだわアイツ」なんて幻聴が聞こえた、気がした。いくら筋力を強化してても、これ全部捌くのは、Bクラスの俺じゃできそうにもなかった。だから俺は――あえて大樹竜の方へ走った。
俺の狙いが分かったのか、大樹竜は俺目掛けて触手を伸ばしてきた。
何本か俺の身体に掠った……どころか、二本ぐらい脇腹とケツを抉ったような、気がした。気がしたっていうのは、活力強制増幅剤を打ち込んだおかげで、痛みを無視できたからだ。
そのまま、俺は大樹竜の身体をよじ登る。流石に、奴も自分の身体を傷つける事はしないだろう……。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
まさか、自分の身体にも容赦なく触手を突き立てるなんて、誰が想像しただろうか。だが、そっちの方が俺にとっても好都合だった。
猛烈な勢いで突き刺さった触手は、少し時間をかけないと抜けないぐらいには深く突き刺さっているようだった。そこが狙い目だ。
俺はその触手を逆に足場のようにして飛び回り、時には触手同士で相打ちにさせたりした。落ちそうになった時は、まだ赤熱化状態を維持したバットを突き刺して耐えた。その時に背中に触手の一撃を貰ったりしたが。ボディアーマーと衝撃吸収インナーがなかったら即死だった……。
「リーダー、生きてますかぁ!?」
「ギリギリな! 根性でッ! 耐えてるが! 内臓がァァァ!!!」
触手で捕らえられたリーダーの近くまで登った俺は、リーダーの無事を確認する為に声を掛けた。
返答は以上の通り。つまり内臓が今にも飛び出そう、と言ったところだろうか。それとも内臓が潰されそう? まぁどちらにせよ、ヤバいというのは確かだ。
「リーダー! 今助けます!」
自分が今いるのは、クソトカゲの顎のすぐ下辺り。行けるとすれば……これしかない。
「なぁ、木偶の坊! アンタ串焼きって食った事あるか!?」
先にそう断った俺は、刺していたバットをぶっこ抜くと、底の方をぶっ叩き、逆手に持ち直し、それをクソトカゲの下顎目掛け投げつける。
「■■■――!?」
どうやら初めて食べたらしい。それまで聞いた事のない悲鳴を上げる大樹竜に、俺はにんまりと笑う。
……何? そしたら俺は落ちるだろって? 心配ご無用。バットの底から出てきたワイヤーに捕まって、落下を阻止した。これも科学部門の発明品だ。……こんだけ褒めたんだから、改良費、もちっとだけ安く……ならないッスよねー、はい。知ってた。
オホン。とにもかくにも、バットから伸びるワイヤーに捕まって無事だった俺は、バットと連動しているベルトに内蔵された装置のボタンを押し、ワイヤーを巻き上げる。そうして、十メートルは上にあったクソトカゲの下顎に一気に到達できたというわけよ。
そこからは、まぁ……華々しい活躍っていうほどでもない。ただ、力技、ごり押しで、無理矢理下顎から上顎、そして頭の方へと乗り移った。何度も振り払われそうになったけど、そこはまぁ、経験と訓練の賜物ってやつだ。
そして、頭の上に乗った俺は、頭を振って俺を振り落とそうとするクソトカゲの脳天目掛け、バットを突き刺そうとしたんだが……。
「ウッソォ!? ここで冷めちゃうのォ!?」
バットがこれ以上の赤熱化に耐えられないのか、内蔵されたセーフティーが起動し、強制冷却状態に。
だが、まだ筋力増強剤の効果は切れていないのか、運よく脳天にはぶっ刺さった。
正直、この時ばかりは刃物系の武器使ってる同僚が羨ましくなったよ。まぁ、好きで使ってるんだけどね、このバット。
「ほぉら。人間様の言葉が分からない君に、頭の良くなるお薬だよぉ!」
自分でもこの時、何口走ってんのかよくわかんなかったけど、とにかくその時に浅く空いた穴に、この任務の為に勝ってきた焼夷グレネードを放り込んで、そしてリーダーの捕まってる触手目掛けてジャンプ。そして後ろからは大量の熱に、クソトカゲの鳴き声。
「■■ォォォオン……」
「オッホォォォ!!!」
……あの、ホントあの時どうかしてたと言いますか。とにかくハイになってたんです。はい。
それでまぁ、そのまま触手に飛び移ったまではよかったんだが、ここで問題が発生した。
そう、赤熱化は今使えないのだ。あと十分ぐらい待たないと再起動できない。
「α-4! 早くこっちに来い!」
と、その時、顔が段々と青ざめてきていたリーダーが俺をはやし立てた。
「なんだ、さっさと助けろって意味か?」って、最初は思った。
「リーダー! コイツを切断するのはちょっとどころか骨全部折れそうです!」
「アホな事抜かすな! 今自由に戦えるのはお前だけだ! とりあえず、俺のグローブを使え!」
何だって、って思うじゃないですか? 実際俺も思いましたよ。こういうのは現場の人間しか分からない心理っていうんですか、基本的にエージェントって武器を選ばず戦えるってわけじゃないんですよ。確かに武器操作の訓練は受けますよ? でも、一つ得意な武器が見つかると、それをずっと使うエージェントの方が多いんですねこれが。俺のバット然り、α-5のチェーンソー然り……いや待てよ、アイツこないだはハンドアックス使ってたような……まぁいいか。
ウチのリーダーも同じで、あのグローブ以外とんと使わないし、それを他人に貸すなんてもっての他だ。そんな光景、見た事がない。
「何「えぇ……」って顔してんだ! そろそろ腕がやべぇんだよ! 早くしろィ!」
困惑する俺を更にリーダーがおったてるもんだから、仕方なくバットを背負い、リーダーから右手のグローブを拝借する。
「リーダー、鉄拳の力、お借りします」
「一々断りを入れんでいい! いいか!? 着けたか!? 着けたらさっさと内側側面のボタンをアァァァァ!!!!」
そろそろリーダーもやばいらしい。というか、必死でここまで喋れるとか、リーダーマジリスペクト。人呼んで筋肉の化身は伊達ではない。俺なら喘ぎ声すら出せないだろう。
何のボタンかも聞けてないが、それでもやるしかない。
俺はグローブを嵌める。リーダーの手の温もりがまだ残ってて正直アレだが、とにかく俺はグローブを嵌め、そして内側のボタンとやらを押した。
『IMPACT BOMB, STAND-BY』
「へ?」
突然グローブから流れた音声に、俺は目を丸くする。
いやいや、ただの音声ならびっくりしませんて。これ、俺の耳じゃなくて、脳に直接音を流し込んでるみたいな感じで聞こえるんですって。俺のバットにはそんな機能ないのに。
「押したな!? そいつを触手に押し当てェェアァァ!!」
叫ぶリーダーの言う通り、俺はそのままグローブで触手を殴りつけるように押し当て――
「おいバカ誰が殴れと――」
――触手が爆発した。
そのまま、俺は空中でリーダーを華麗にキャッチして着地……というわけにも行かず、背中を地面に強かに打ち付けてしまった。多分リーダーも同じように落ちたんだと思う。
「オッエ……やった、ぜ……」
「俺は、押し当てろって、言ったんだぞ、馬鹿野郎!」
視界に、リーダーの薄いモヒカン頭が映る。
え、リーダーモヒカンだけど? ヒャッハーほどじゃないけど。
え、何? 「格好説明してない」? いいじゃん。オタクら知ってるだろ? 「キャンペーンの為」? 何言ってんだ。
……とにかく、これにて俺は、リーダーの救出に成功したってわけだ。
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