蝉
亜希夏
蝉
私は蝉が嫌い。
聞いてるだけで暑苦しくて、うざい。 ミンミンゼミとかずっと聞いてると人の声に聞こえて仕方がない。
正直気持ち悪いとも思う。
そんな蝉の声がする道を歩いて駅に向かう。
祖母のうちを訪ねるのだ。
あぁ、うるさいな。 暑苦しい。
電車に乗るとひんやりとした空気が熱くなった体を冷やす。
空いていた席に腰かけると電車は出発した。
しばらくすると蝉の声が聞こえてきた。
ミーンミンミンミンミー……。
ミーンミンミンミンミー……。
あぁもううるさい。
あれ、なんで電車の中なのにこんな鳴き声が聞こえるの? 普段なら絶対聞こえないのに。
それに私、イヤホンしてるし。
おかしい。
何かがおかしい。
声は、耳元で聞こえる。
そっと横を見るとサラリーマン風の男が座っていた。
窓の方を向き、正座をしていた。
なんでこんな変な座り方をしてるの? なんで蝉の鳴き声に合わせて口がパクパクしてるの??
まさか、この人が言ってる、とか。
いや、ない。
そんなことはない。
でもやっぱりちょっと気持ち悪い。
私は座っていた席を離れ、他の席に移った。
その時、その男が横目でこちらを見ていたことなんて気づかず。
1時間後、一旦電車を降りて、乗り換えをする。
今度の電車はここよりもっと田舎に向かう電車で、ボックス席になっている。
乗り込み、席に座る。
この電車には終点まで乗っていくので時間の心配はいらない。
眠くなった私は寝ることにした。
ミーンミンミンミンミー……。
ツクツクホーシ ツクツクホーシ……。
カナカナカナカナカナ……。
あぁ、もううるさい!!
なんで蝉の声がするの!?
イヤホンもつけてるのに!
こんなに近くで聞こえるなんて……と、そこでハッとなり目を開けた。
目の前にはこちらに背中を向けた男の人。 正座をしている。
その隣にも同じ感じ、同じ格好の男の人。
そして、真隣にはさっきの電車にいた男の人が。
それに気づいた瞬間、恐怖が襲ってきた。
金縛りにあったみたいに動けなくなり男の人をじっと見つめる状態になった。
すると、隣の男の人が不意にこちらを向いた。
ばっちり目が合う。
目が合うと男はニタァと気味の悪い笑みを浮かべる。
目の前とその横の男も顔だけをぐるっと回転させてこちらを見る。
男の顔は、同じだった。
そして、その二人もニタァと笑った。
そしてその顔のまま、口だけを動かして鳴き始めた。
ミーンミンミンミンミー!
ツクツクホーシ! ツクツクホーシ!
カナカナカナカナカナ!
やばい、こいつら普通じゃない……!
そう思った私は丁度止まったこの駅で降りた。
見知らぬ駅のホームに降り立つ。
その直後に電車は走り出した。
はぁ……怖かった。
一気に疲れが出た私はその場に座り込んでしまった。
コンクリートが暑い。
ふと、暗くなった。
「大丈夫ですか」
誰かが手を差しのべてくれたみたいだ。
ありがとうございますと言いながらその手を取ろうと顔を見たとき。
差しのべてくれたサラリーマン風の男が不気味な笑みを浮かべる。
まるで、さっきの男の人たちみたいに。
取ろうと思っていた手をひっぱたき、そのまま男の人を押す。
押した力で立ち上がり、駅員さんに助けを求める。
「すみませんっ! 不気味な男の人が!!」
「はいはい、なんですか?」
振り返った駅員さんも同じ顔をしていた。
なにこれ気持ち悪い! 私は無我夢中で走り出していた。
駅を出て、田舎道をひたすら走る。
炎天下の中、走っていると前に女の人が見えた。
あの人に助けを!
「あの! すみま……きゃあっ!!」
ぐるっと顔だけが回転した。
その顔はさっきの男の人と同じだった。
ニタァと笑ったその顔で鳴く。
「ミーンミンミンミンミー!」
ここにいてはまずい。
振り返って駅に戻ろうと思ったが、すぐ後ろにさっきの男が二人。
「きゃあっ!」
「ツクツクホーシ! ツクツクホーシ!!」
がしっと肩を掴まれ、動けなくなった。
「ミーンミンミンミンミー!」
「ツクツクホーシ! ツクツクホーシ!!」
「カナカナカナカナカナ!」
休むことなく鳴き続ける三人の男。
「いやぁ! もうやめて!!」
静止の声も聞かず、鳴き続ける。
それどころかだんだんと大きくなっていくようだ。
「ミーンミンミンミンミー!!」
「ツクツクホーシ!! ツクツクホーシ!!!!」
「カナカナカナカナカナ!!」
「うるさいうるさい! セミなんて大っ嫌いだ!!」
そう言うとピタッと鳴き声が止まった。
あれ……? 助かっ……
「ミーンミンミンミンミー!!」
「ツクツクホーシ!! ツクツクホーシ!!!!」
「カナカナカナカナカナ!!」
「ジーーーーーッ!!」
「ミーンミンミンミンミー!」
「ツクツクホーシ! ツクツクホーシ!!」
「カナカナカナカナカナ!」
そう思ったのも束の間。
どこからか表れた男の人の大群。
声は倍以上になって、響いてきた。
「だっ、誰か助けてっ……!!」
私はそう言うと意識を失った。
ミーンミンミンミンミー……。
ツクツクホーシ ツクツクホーシ……。
カナカナカナカナカナ……。
「ひっ……きゃあ!」
私はがばっと体を起こす。
見慣れない場所。 ここはどこだろう?
どうして私はこんなところに。
「おや、起きたかい?」
声のした方を見ると背中を向けた駅員さんが。
ゆっくりと振り向く。
「い、いやぁ!!」
振り向いた駅員さんは普通の顔だった。
「どうしたんだい、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
あれ、普通だ……。
どうして? もしかして、さっきのは夢?
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「あ、す、すみません……! えと、なんで私はここに……?」
大声をあげてしまったことにお詫びをして、そう尋ねる。
「覚えてない? 君、向こうの道の真ん中で倒れてたらしいんだ。 男の人が運んできてくれたんだよ」
「倒れてた……」
「熱中症かなんかだと思うけど。 大丈夫なようだったら、帰りなさい」
向こうの道……男の人……。
「あの、その男の人ってどんな人でしたか?」
「ん? 普通のサラリーマンぽい人だよ」
それが何か? と言うように駅員さんはこっちを見る。
「あ、いえ、なんでも……ご迷惑おかけしてすみませんでした」
「元気になったなら良かった。 ほら、もうすぐ電車が来るよ」
「ありがとうございます」
駅の事務室を出て、ホームに立つ。
後ろから駅員さんもついてきてくれた。
「じゃあ、気を付けて」
「はい、本当にありがとうございました」
電車に乗り、ドアの前に立つ。
発車ベルが鳴り、ドアが閉まる。
駅員さんはもうすでに後ろを向いて事務室に戻ろうとしていた。
電車が走り出す瞬間、駅員さんの顔だけがぐるっと回転し、ニタァと笑った。
夢じゃなかった。
私は蝉とサラリーマンと後ろ姿が嫌いになった。
蝉 亜希夏 @akika79
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