12-11

6月26日 月曜日



防人が敵に捕らわれて今日で4日目、矢神の指示によって食事も全く与えられず、体力を出来るだけ消費させまいとほとんど動かなくなっていた。


「ん?」


不意に独房の扉が開き、防人が視線をそちらに向けると矢神が一人で中に入ってきたのが確認でき、防人はニヤリと小さく笑みを見せる。


「よう、やっと飯か? これだけ待たせたんだ。ちゃんと温かくてうまい飯が出るんだろうな?」


明るく振る舞ってはいるが、明らかに弱りきった声。

その態度を見て、矢神はフンッと鼻を鳴らす。


「やっと出てきたか」

「……なんだ、矢神(おまえ)か」


眉をひそめ、その顔を見た防人は自身の記憶を呼び起こすと平坦な口調で言った。


「かつての上司におまえとは…随分と偉くなったものだな」

「別に少しも偉くはなっていないがな。…悪いが話に来たのなら水ぐらいよこせ。口の中が乾いてると、うまく舌が回らないからな」

「ふん、相変わらず口の悪い奴だ」


矢神は防人へ向けて水の入ったボトルを放り渡す。

防人は宙を舞うそれを受け取ると新品であることを確かめ、中身を口に含む。


「ふ、それはお互い様だろ?」

「違いない。しかしお前記憶が残っているのだな。てっきり消されたと思ったが」

「もう一人の俺は今のとこ完全に忘れてるよ」

「そうか、それにしても思いの外丸くなったものだな。昔は戦闘狂のごとく暴れていた気がするが」

「お前は手がつけられない俺を大人しくさせようと何度も俺の頭ん中をいじくったじゃねぇか。万々歳なんじゃねぇの?」

「そうだな。もう少し口の聞き方が良ければな」

「そりゃぁ無理な話だな。俺は防人(あいつ)が様々な精神的肉体的苦痛から自分自身を守ろうと無意識的に作ったただの枷、だからな。そいつら全部突き返すには気が強くなくちゃやってけねぇよ。ま、もう一人の俺は一切覚えちゃいねぇし、今んとこ自覚もしてねぇがな」


防人は食事が不足し、少しやつれた顔で淡々と話す。


「面倒な身体だな」

「はっ、その身体はあんたが作ったも同然なんだぜ」

「そうだな6年ほど前になるか…当時私はこの国の最高責任者に命じられ、両親から離れて暮らす子供たちを連れて来させ、手の器用な者や機械に強いものをGWの生産工場で働かせ、それ以外を新たなる研究のためのモルモットとして利用した」

「黙れ! んな胸くそ悪い昔話すんじゃねぇよ!…それのせい…それのせいで他の皆は!」


投与された薬品への拒絶反応、副作用に苦しむ子供たち、細胞が壊死し、身体の一部が腐ったものもいたこと。

自分自身もまたその苦しみの中にいたこと。

そしてその苦しみのなかで防人のもうひとつの人格が生まれたこと。

防人の頭のなかを昔の記憶が駆け巡る。


「くっ」


防人は頭に水をかけ、乱れる呼吸を整える。


「そしてお前は生き残り、数ヶ月して薬品は完成した」

「……あぁ、それで薬品開発の目的をおまえの口から聞かされた。そして俺は…いや、俺達は実際にそれをこの目で見て幾分か頑張って良かったと思った」


青く長い髪の少女「リリス」。

生まれつき身体の弱かった彼女は完全殺菌されたメディカルルームのなかで生まれた時から暮らしていた。

だから矢神は細胞強化し、免疫力を高めるための薬品を開発し、彼女を外の世界に出そうとした。


「だから俺は体がまともに動くのならお前の喉仏を噛みきってやりたいところだ」

「おーコワイコワイ」


矢神は棒読みでそう言った後、真剣な表情に戻る。


「……お前がそう思うのはお前が戦った彼女のことか?」

「……あぁそうだ」


防人は脚を震わせながら立ち上がると矢神のスーツの襟を両手でしっかりと掴む。


「なぜ戦場に出した? しかも記憶までいじくりやがって」

「ふん、やはりか。安心しろ彼女はリリスではない。全くの別人だよ。顔は瓜二つと言っていいほど似ているがな」

「べつ…人…本当なのか!?」

「あぁ、そもそも私があの娘(こ)を戦場になんか出させるわけがないだろう?」

「まぁ、それも、そうだな。……そうか、それならなりよりだ」


防人は安心した表情で矢神から手を離し、その場に座り込む。


「さて、だいたいの話は終わりだ。そうだな最後に聞いておこう。私の権限を使えば君を一傭兵ということにしてここでのある程度の自由をやるが、どうする?」

「自由?」

「そうだ。お前が頷けば朝昼晩とちゃんと食事も提供される」

「もし、断ったら?」

「断食の再開だな。まぁコップ一杯の水ぐらいは差し入れしてやるがな」

「は、つまりは拒否権はねぇってことか。リリスに会わせてくれるって条件付きなら出てやるよ」

「あぁ、分かった。しかし彼女は今本国だ。すぐにと言うわけにはいかないぞ」

「了解した。だがいいのか? 敵兵がいきなり味方だと言って他のやつらが受け入れるとは思わんがな」

「ならお前は暫くしてからだが金で雇われたただの傭兵と言うことにすればいい。そうすれば私が好条件で雇い直したことにすれば問題ない」

「それはそれで傭兵社会ではダメそうだが…それに俺もいつ元に戻るかわからんしな」

「なんだ、それは変更の自由は聞かないのか?」

「あぁ、俺の方から一方的にしか切り替えられん」


まぁ…人殺したショックでどのみちしばらくは出てこないだろうがな。

防人は自分の内心からそう判断する。


「そうかなら問題ないな」

「チッもう少しボケたりとかしてくれねぇのかね」

「あいにくだが私にそんなセンスはない」

「だろうな。昔リリスも真面目ことばかりでつまらないとか言っていた気がするしな」

「なっ、そ、それは本当か? あ、ああの娘が、わ、私のことをつまらなくてがさつな人間だと嫌いだと言っていたのか!?」


矢神は目元に涙を浮かべ弱りきった声でこちらを見てくる。


「じ、冗談だ。そんな本気にするとは思わなかった」

「そ、そうか…良かったそうかそうか冗談か」


そう言って矢神は何度も何度も頷いた後、座り込むと防人の胸ぐらを掴む。


「今度そんな冗談(こと)をいうと口を縫い合わすからな」

「あ、あぁ…分かったよ。すまないほんと悪かった」


防人がリリスを心配したときとは比べ物にならないほどの強い剣幕に圧され、防人は言った。

笑い話にするつもりが本気すぎて笑えなかった。



一方風紀委員室では緊迫した空気の中、日高 竜華と愛洲 めだかはお互いの顔を見合っていた。


「もう!どうしますの?防(さき)ちゃんが殺されたんですのよ!」


耐えきれなくなっためだかは机を力一杯叩き、立ち上がりながら叫ぶ。


「落ち着きなよ。生徒会や先生たちから一切の連絡を受けていないし、彼の生徒IDは停止もしていない。ということは少なくともまだ生きてる可能性があるってことだよ」

「なら、急いで防ちゃんの元に」

「どうやって向かうの? 彼がどこにいるのか誰にも居場所がわからないのに」

「分かりますわよ」

「え?」

「こういうこともあろうかと彼の所持品には発信器が取りつけてありますの。現在ナンバー11(イレブン)含む全5機の反応がこの学園外部からしてます。恐らく彼はそこにいるはずですわ」


そう言って彼女は自慢げにこちらにモニターを見せながら話す。


「…私的な目的による発信器の使用は校則違反だよ。しかもそんなにたくさん…もし、敵にでも逆探知なんてされたら大問題になるよ?」

「でもそのお陰で彼の居場所が分かります。結果オーライですわ」

「もしそうだとしても地上及び学園の管理下である街以外への私的な目的による外出は禁止されているからね」

「原則禁止であって絶対禁止ではありませんわ!」

「だとしても――」

「緊急事態ですのよ!もし、発信器が敵に見つかったりでもしたら私たちではあの子の居場所はもうわかりませんのよ。仮に見つからないとしてもぐずぐずしてたら発信器の電池が切れてしまいますわ」


まっすぐな視線を向ける彼女を見て、竜華は呆れたように大きくため息を吐き出す。


「…生徒会もしくは教員に話を通してもらって許可を取らないといけない。そうしないとIDがロックされて学園での行動が制限されてここから出ることすら出来なくなるからね。仮に出られたとしてもガーディアンたちが指令室からの信号を受信しないとここから離れられないように妨害をしてくる。ちゃんと手順を踏まないでの単独行動は――」

「手順なんて踏んでたらとれだけ時間が経つかわかりませんわ?第一生徒会長に掛け合ったところであの女がそう簡単に首を縦に振るわけないですわ」

「確かに彼女は頑固な面もあるけど…」


竜華が少しどう言おうか言葉に詰まっていると風紀委員室の扉が開く。


「ならば私がお前たちの出撃を許可しよう」

「智得(ちえり)先生!!?」

「いつからそこに?」

「んー発信機がどうのこうの…の辺りからだな」

「ほぼはじめからじゃ…」

「貴方が出撃を許可してくれるとはどう言うことですの?」


白石が言い終わらぬうちにめだかは智得を睨み付けながら言う。


「お前はわざわざ許可を取っている間待ってるのがじれったいんだろう? なら私がこれから生徒自由参加可能の単位獲得用ミッションとして生徒手帳の掲示板に投稿する」

「なるほど…ですが他の先生が私的な目的でないのか確認する必要があるのでどのみち時間がかかるのでは?」

「それなら問題はない」


智得は携帯端末『教員手帳』を取り出すとミッション内容の書かれた電子書類を浮かび上がらせる。

書類の角には既に『鬼海』の印が押されていた。


「既に他の教員に確認は済ませて電子印も押してある。後はこれを投稿すれば生徒全員にメッセージが行く」

「手際…良い」

「感謝しますわ先生」

「礼には及ばない。私も彼が心配だからな」


そう言って浮かび上がったモニターを閉じる。


「なんか既にこの事を知っていたみたいな感じが…」

「ん? 何か言ったか?」


そう言った白石へと智得は視線を向ける。


「いえ…すみません」

「謝る必要はない。職員室でもミッション中の生徒が敵に捕らえられたと少し噂になっていたからな、これは単に一応作っておいたというものだ。しかし、作っておいて損はなかったな。…愛洲、発信機の電池はいつまで持つ?」

「一月持つものですので後10日ほどかしら?」

「了解した。では今作戦の開始は5日後、参加するものはしっかりと準備をしておけ」

「「「了解!」」」

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