03-7

「ん、戻ってきた……」

『シュミレーターのご利用ありがとうございました。扉を開きますのでそのまましばらくお待ちください』


放送後すぐに扉が開き、慧はすぐにシュミレーターから出てアリスさんと短い握手を交わす。


「えっと、ありがとうございました。良い勝負でした」

「こちらこそありがとう。それじゃあここだと次の人に迷惑がかかっちゃうから外で話そうか」

「そうですね」


二人は外に出て置かれているベンチに腰掛ける。

喉に渇きを覚えた慧は奥の吸水コーナーに置かれた飲み物を取りに行くために立ち上がる。

ついでだからと思い、軽い気持ちでアリスに声をかける。


「あ、アリスさん、何か飲む物はいりませんか?」

「あ、それじゃあボクも……」


慧は立ち上がろうとしたアリスさんを止めながら口を開く。


「手は二つあるんですからちゃんと持ってこれますよ。安心してください。何にしますか?」

「え、あ、それじゃあ紅茶をお願いしようかな」

「わかりました。アリスさん」

「あそうだ。慧くん」

「あ、はい何でしょうか?」


機械の側に近づこうとした慧は振り返り、アリスさんの言葉を待つ。


「あの、その……くれないかな」


距離があり周りが少しうるさく、さらに声が小さくてよく聞こえなかったので慧はアリスさんの紙コップに紅茶と自分のにお茶を入れて、ささっとベンチに戻り紅茶を手渡す。


「あ、ありがとう」

「あの、すみません。もう一度言ってもらえませんか?さっき言ったこと、よく聞き取れなくて」

「え……あ、うん。そ、そろそろ名前を呼び捨てで読んでほしいかなって……と、年も同じだし。それと…あの」


珍しく(と言ってもあってから一日も経ってないけれど)顔を少し赤らめて歯切れの悪いアリスを見て緊張したのか驚いたのか。

慧は彼女の言い終わる前に答える。


「それじゃあ僕はあなたのことを呼び捨てで呼ぶことにします。えっと、あ、アリス……」


慧は名前を呼び、微笑んでみるが最後声が小さくなってしっかり言えなかったことを内心悔やむ。

しかしアリスは嬉しそうに微笑んで頷いた。


「うん、ありがとうね。慧くん」

「え、えっと、……はぃ」


慧には『くん』を付けて呼ぶんですね。

そう慧は思ったが、内気な常に待ちの姿勢である慧にはそんなことを言えるはずもなかった。


「それじゃあ何か話そうか。親睦深めるのと今後の試験のために」

「そう……ですね。じゃあさっきのシュミレーターでのことから、あの……なんていうんですかね。銃弾がこっちに向かって襲いかかって来たみたいな」

「あぁ…あれね。これと言って名前はないんだけど、そうね言うなれば『跳弾戦法』って言うのかしら……」

「跳弾戦法……でもあんなに正確に弾丸を弾くことなんてできるものなんですか?」

「少しの射撃練習と風邪の具合や跳弾させる際に何へ当てたかによる弾道予測と……」

「すごいですね」


なんというかこの人と慧は次元が違う……でもこのゲームをどこでプレイしたというのだろう?

ゲームとして販売されていてもせいぜい長距離飛翔での移動。

それぐらいだ。

空中に飛びながらの戦闘なんて今まで出てきたものの中に無い。

あるとすれば戦闘機での戦闘ものぐらいだけどこれとは明らかに異なるものだ。

さらに跳弾されることの出来るゲームはあっても跳弾したものをさらに跳弾されるなんてものも存在しない。

そんないままでなかったものに対する予測を一体どこまで出来るというのだろうか?


「そんなことはないわ。あなただって練習すればこれぐらいは出来るようになると思うけど」

「それは……どうでしょう?僕は今まで自分の腕だけで銃火器の弾を当てたことが一度たりともないんですよ。あってもオートで照準を合わせてもらえるものぐらいで……」

「照準を合わせる。……それってゲームの話かな?」

「そうですが……」

「そうか……確かにそうか、銃を撃つ機会なんてそれぐらいしかなさそうだね」


アリスは軽く頷いてから話を続ける。

いつの間にか雑談に入り、慧のつけている腕時計について話していると訓練を終え、シュミレーターから出てきた植崎たちと合流する。


「よう、慧。何話してんだ?」

「軽い雑談だよ。それよりも」


慧は植崎の肩を掴み、ひそひそと話を始める。


(お前、なんで宏樹さんとシュミレーターに入ってんだよ?)

(だってよぉ武装パターンの相性的に良いからとかなんとか言うもんだから……)

(だから?)

(だから……従った)

(なんで従った。お前らしくもない)

(いや、まぁなんつーか武装パターンの相性的に良いからとかなんとか言うもんだから……)

(それさっきも聞いた。はぁー、たくっお陰でこっちは……まぁ今は慣れたからいいけどさ、なんか気まずい感じでシュミレーターに行くことになったんだからな)

(慣れたならいいじゃあねーか)

(そりゃあそうだけどさ……こう、なんて言うか……)

「何を話しているの?」


慧が自身のボキャブラリーの低さを痛感しながら話していると後ろからアリスが声をかけてくる。


「あ、いえ……特に何という話しはしてませんよ」

「そう。なら、いいけど……じゃあ宏樹。そっちの特訓はとうだったの?」

「うん、こいつはなんというかハッキリと言って全然だめでしたね。途中から教えっぱなしで……射撃の精密性とか飛行とかを出来るように上げておいた」

「そう、じゃあこの後の試験には期待できるものが見られそうだね」


二人が微笑み頷くのに慧は疑問符をあげながら二人に問う。


「あの、ちょっと待って下さい。え?この後の試験?期待?一体なんなんです?それは、えっとまだ別にこの後の試験のこととかの発表されて無いのに特訓なんて……有難い事でしたけど……あなたたちのすることじゃないでしょう?」

「あ?ああ、それは」

「それについてはボクから話させてもらうよ」


言葉を濁す宏樹さんに代わり、アリスが立ち上がって続ける。


「それは次の試験がチーム戦で確実に同じチームになるからなんだ」

「そうなんですか?でも、そんなことがわかるものなんですか?まぁチームということはさっきの試験を参考にしてバランスよく構成されるんでしょうけど……その、順位は……シュミレーターに入った後ならわかりますけれど順位表にも名前や顔なんてものは一切貼り出されていませんでしたし一体どこで僕たちの順位を知ったのですか?」

「あっと……それは」


アリスは少し黙り、それから申し訳なさそうに口を開く。


「それはね、食堂で君たちが話しているのを偶然知ってしまったからなんだ」

「え?……あ、そうなんですか?」


確かに慧は最下位という言葉を口に出してしまった気がする。

アリスたち以外の人に聞かれていなければいいけれど……。


「それでまぁ迷惑だとは思ったのだけれど、少し世話を焼いてしまったと言うわけなんだ」


それは嬉しい限りだ。

……限りなんだけど、僕たちが最下位と分かっている二人がどうも役に立つのかとか足手まといにならないかだとかを確認するために試されていたようにしか思えない。

これはひねくれてる考えてかもしれない。

恐らく、いや確実にいけないことなのだろうな。

絶対に考えないようにしなくちゃいけないな。


「どうしたの?なんか怖い顔をしているけれど……」

「あ、あぁいえ、大丈夫です。問題は無いですよ」


手を振りながら慌てて誤魔化すように言った慧の言葉……というよりは動作だろうか?

よくは分からないが、どこか面白かったようでアリスは笑いながら「そうなんだ」と言った。

それと同時にチャイムが鳴り、放送が入る。


『ぁーぁー……皆さんお待たせいたしました。そろそろ次の試験の準備が完了しますのでそろそろ教室に戻り、席についてください』

「それじゃあ戻ろうか」

「そうですね」


放送が終わり、彼女も笑みを残したまま宏樹さんに話しかける。



「え?あーちょっと待ってくれよ!」

「ん、何?」

「いや、俺様まだ何にも話せて無いってのに戻るのかよ」

「話す?何をですか」

「そら、色々だよ」

「ふむ、確かに話したいことは山ほどあります。が、今は時間がありませんのでそれはまた次の機会にしましょう」

「そんなぁ!」

「大声だすなよ。いいから行くぞ」

「ちょっちょっと待ってくれよぉ~」


子供のように喚かれ慧は周りから友達だとは思われたくなかったが、このままではらちが明かないので慧はこのバカの襟元を掴んで連れていき、ロッカーに収まった荷物を手渡してから教室へと戻る。

その後、植崎を黙るように言い聞かせて座らせて机の上に無造作に置かれていたヘッドセットを着けさせて急いで自分の席に戻る。

椅子に座ってすぐに身体を机に預け、大きく息を吐き出す。


「なんだかあいつのせいで試験がこれから再開されるというのにどっと疲れたな」


まぁヴァーチャル空間の中に入ってしまえば、そんな疲れはすぐに解消されるのだけれど。

身体は眠りについて跡形もなく消え失せるのだけれど。

慧は上半身の体重を机に預けながら自分に用意されたヘッドセットを頭につける。

するとすぐにあの透き通った声が流れ始めた。

残念、僕の休憩はここで終わってしまった。

何てなことを某BGMを流しながら思いつつも大きくため息を吐き出しながらも聞こえてくる声に耳を傾ける。


『皆さんお待たせいたしました。それではこれより次の試験を行います。今回の試験内容はチーム戦のためリーダーである人が中に入った時、教えられますのでしっかりと確認してください。それではコール!』

「「「オーバダイブ!」」」


受験者は皆同時にダイブ・コールを言い、ヴァーチャル世界へと意識を潜らせる。

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