終章・その1

 タケル達は王都から遠く離れた古い砦、かつての解放軍本拠地にやって来た。


 王城はまだ建て直しの最中で使用できない為、ここを仮の城にしているとの事だった。


「さて皆、今日はここでゆっくり休んでくれ。明日は国をあげての祭りにするからな。そこで世界の救世主のお披露目をして、夜は宴会だからな!」

 イシャナがニカッと笑いながら言った。


「でもさ、俺達が世界を救ったって言われると、ちょっと」

 タケルが首を傾げていると、イシャナは一転して真剣な表情になり


「あのな、お前達は長い旅の中で妖魔と戦い続け、多くの人々を救って来ただろうが。残念ながら命を落とした者もいたが、お前達に出会った事で救われたはずだ。だから胸を張ってくれよな」

 そんな事を言った。 


「うん。でもタバサが悪く言われるのは」

 タケルが暗い顔になると


「俺だって彼女が悪人でない事は知っている。だが直接関わっていないにしても、妖魔に家族を、友人を、愛する者を奪われた者達からすれば、妖魔王だった彼女はな……こればかりは押さえつけられるもんじゃない」

 イシャナが首を横に振って言う。

「……そうだよね。でも、出来ればその恨みは自分一代で終わらせて欲しいって言うのは、我儘かな?」

「いいや。だがそれはもう少し時を置いてから、な」

 イシャナがタケルの肩に手を置き、諭すように言った。

「うん。わかったよ」




 その夜

 女子達に充てがわれた大部屋での事。


「ねえイヨ、ご両親と一緒にいなくていいの? 家族用の部屋もあるのよ」

 キリカが不思議そうに尋ねる。


「ええ。あたしね、今日は皆とたくさん話したいのさ」

「え、何で?」

「夢の町でのように、また皆と仲良くしたいからね」

 イヨが微笑みながら言う。


「そうね。私もあなたと仲良くしたいわ」

「あたしもさ。なんせキリカは義妹だしねえ」

 イヨがややニヤつきながら言うと

「あ、ありがとう。義姉様」

 キリカは顔を真っ赤にした。


「ねえイヨ義姉様、わたしも義妹よ」

 ユイが二人の間に割って入り、そんな事を言う。


「あのね、あなたは違うでしょうが」

 キリカがユイを睨みながら言う。

「わたしはタケルの第二夫人。だから義妹でいいでしょ」

 ユイはしれっとそう言った。


「第二夫人って何よ!? そんなもの王様でもない限り認められる訳無いでしょうがー!」

「うん。だからタケルを王様にすればいいの」

「は?」

「聞いたんだけどタケルの故郷、東の島はタイタン王国の飛び地なんだって。だからイシャナ様から東の島を丸ごと貰って、そこに新たな国を作るの」

 ユイがそんな事を言った。


「うーん、イシャナ様はいずれ国を分割統治するみたいだし、こう言っちゃ何だけど、神剣士への褒美としても成り立つわね」

 キリカが顎に手をやって考え込んだ。


「うん。じゃあタケルが王様でキリカが王妃様、わたしが第二夫人で決まり」

「それはダメ!」

「正妻の座は揺るがさない。だからそのくらい許して」

 ユイが目を潤ませるが


「誰が許すかー!」

 キリカは顔を真っ赤にて怒鳴った。


「なら、力ずくで」

「やる気? 受けて立つわ」


 そしてキリカとユイは取っ組み合いの喧嘩を始めた。


「なんであのバカ弟がこんなにモテるんだろね?」

 イヨが苦笑いしていると

「何か不思議な魅力があるのよね、彼って」

 イズナがイヨに声をかけた。


「で、その魅力にあんたも?」

 イヨが尋ねる。

「ええ。でももう諦めたわ。キリカやユイには敵わなかったし」

「あらら。まあ、タケル以外ならダンなんかどうだい?」

「あなた私の事、ショタコンだと思ってるの?」

 イズナがイヨを睨みつけた。

「あら、違うのかい?」

「可愛いものは好きだけど、それとこれとは別よ」


「じゃあイシャナ様はどうだい? この大国に王妃様がいないんじゃ、カッコ付かないだろうしさあ」

 イヨが冗談半分で言うと、

「……そうね、あの方とは夢の町でデートしたし。格好いいし」

「あら?」

 もしや本当に? とイヨが思っていると


「トラン殿も渋くて魅力的、セイショウさんだって超美形、後は」

 イズナが何かブツブツ呟いていた。


「あんたいったい誰がいいんだよ!?」

 イヨがイズナに向かって怒鳴ると


「誰って、これから探すわ。それよりあなたは?」

「あたしはちっちゃい女の子が、って思ってたけどさ……あいつ、答えを出す前に帰っちゃったのよ!」

 イヨは涙目になって叫んだ。


「じゃあ、答えを出したら会いに行けばいいわ」

 いつの間にかキリカとユイが側にいた。


「へ? そ、そんな事出来るのかい?」

「ええ。セイ兄ちゃんなら義姉様をミッチーがいる時代に送れるはずよ」

「でも、セイショウさんとイヨ義姉様って、波長が合うのかな?」

 ユイが首を傾げていると

「大丈夫よ。セイ兄ちゃんならある程度は調整出来るから」

 キリカが頷きながら答えた。


「そうかい。じゃあその時が来たらお願いするわ」

「ええ」



「あーあ、カーシュさんと一緒がよかったけど、仕方ないかあ」

 アキナが残念そうに呟いていた。


 先程キリカが言った家族用の部屋は数が少ない為、既婚者や親子等が優先になっていたので、正式に結婚していない二人は遠慮していた。


「まあまあ、今日はうちらと過ごそうね」

 マアサがアキナを慰めながら言う。


「そうだわ。これまでの旅の事を聞かせてよ」

 アイリスがアキナに話しかけた。


 この部屋には他にも義勇軍に参加した数少ない女性戦士達、女性神官達が一緒にいる。

 そして皆、神剣士一行の旅路を聞きたいと思っていた。


「うん。じゃあ」

 アキナが話始めようとした時


「待ってよ~、あたし仲間外れは嫌~」


 いつの間にか、ナナが部屋の出入口の前に立っていた。

 彼女は両親と一緒の部屋にいたが、皆に会いたくなってここに来たようだ。


「あらら、ナナちゃんこっち来るとね」

「ナナ、あたしが抱っこしてあげる」

 マアサとイヨが手を差し出すが


「え~、どっちにしようかな~?」

 ナナが双方を見ながら迷っていると


「うちが先に言うたんやから、こっちへ」

「ナナ、いいことしてあげるから……ハアハア」

「あんた引っ込むとね。ナナちゃんに変態が伝染るけん」

「あんたこそ、その変な喋り方がナナに伝染ったら大変よ。引っ込みな」

「これは故郷の方言とね! 変だなんて許さんけん!」

「弟の方はそんな喋り方していないだろ!」

「マオだって昔は方言で喋っとったけんど、教団作った辺りから普通になったとね!」


「え、そうだったの?」

 それを聞いたキリカが驚き

「マアサはもう違和感無いけど、マオがあの方言で喋っているの想像したら、違和感バリバリだよな」

「うん、そだねー」

 アキナの後にユイが続き

「ユイ、今さり気なく方言使ってなかった?」

 イズナがユイの言葉にツッコんだ。


「ナナを真ん中にして、二人が両隣に座ればいいでしょ。もう」

 見かねたアイリスが二人にそう言った。


「うーん、それで手を打つとね」

「そうだね。あたし達が言い争っちゃ、ナナが悲しむしね」


 そして、アキナを先頭に、皆が交代でそれぞれの視点から見た、旅の事を話した。




 その頃、ヴィクトリカは外で夜空を眺めていた。

「ご苦労じゃったな、ユイ」

 ヴィクトリカが空を見上げたまま話しかけるが、ユイは今も部屋にいるはずである。


 だが、ヴィクトリカの左隣には、ユイが立っていた。

 ただし、魂だけとなっている「未来のユイ」だが。


「ありがとうございます。しかしヴィクトリカ様なら気づくかなあと思ってたけど、わたしが話しかけるまで、全然でしたね」

 ユイが微笑みながら言う。


「他人に乗り移ったのなら気づけたが、お前自身にでは魂が同じ故、分からぬわ」

 ヴィクトリカが苦笑いしていると


「過去のわたしをこの場に連れて来たかったのもあって、強引に頼んでわたしがこの時代に来たのです。これで願いは叶いました」

「そうか。ところでユイ。お前は何年先の未来から来たのじゃ?」


 未来のユイは、現代のユイと同じ姿をしている。

 だが、魂は自由自在に姿を変えられるので、見た目通りの年齢とは限らない。

 ヴィクトリカはそれで尋ねているのだが


「言えませんけど、ヴィクトリカ様なら分かるのでは?」


「ああ……それと調べた限り、あの忌まわしき病は死後も影響するはず。なのにお前からそれが見受けられないという事は、未来で解決策が見つかったのか?」


「はい。詳しくは言えませんが、わたしの『子孫』の友人があの忌まわしき病にかかってしまったのですけど、子孫の恋人が命を賭してその解決策で友人を救ったのです。そしてその余波でわたしや他に犠牲になった人達までもが救われたという訳です」


「そうか。あまり歴史を変えるのはアレじゃが、手があるのならば」

「この時代では実行不可能です。遠い未来でないとその手は使えません」

 ユイは首を横に振る。


「……思うようにはいかんのじゃな」

「はい。わたしも結局はタバサを救えませんでした。それが一番の目的だったのに」


「だが、本来ならもっと悪い結果だったのじゃろ?」


「はい、タバサはタケルに斬られた後、正気を取り戻しました。そして今際の際に妖魔砲の核を使ってイヨを生き返らせたせいか、その魂は未来でも行方不明です。おそらく生も死もない世界に閉じ込められたと、予想していますが」


「だが、今の状況はまだ救いがあるな」

「そうですね……ヴィクトリカ様、わたしはそろそろ帰ります」

 ユイの体がどんどん透けていく。


「うむ、達者でな。未来の皆にもよろしくなのじゃ」

「はい。ではまた、未来で」


 ユイの姿が完全に消えた後、ヴィクトリカはまた夜空を見上げた。


 いつかまた、「妹」と語り合える日が来る事を願いながら。

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