第101話「兄弟の語り合い」

”グロロローー!”


 ヴィクトリカが放った太陽の如き炎が妖魔獣の体を焦がしていく。

 やがて、妖魔獣は燃えたまま倒れた。



 それを見たヴィクトリカは、地上に降りたと同時に先程までの姿に戻り、膝をついた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 皆が心配しながら駆け寄る。


「うむ、心配ないのじゃ。だがもうあれは撃てん」

 ヴィクトリカはキリカに支えられながら答えた。


「いや、流石に今度こそはやったでしょ?」

 タケルが燃え盛る妖魔獣を見ながら言うが


「そうだといいが、未だに燃え尽きないのが気になる。あれはどんなものでも一瞬で蒸発させるくらいの高温なのに」


「奴はおそらく体を回復させているんでしょうが、あの業火にそれが追いつくとは思えませんぜ」

 ソウリュウがそう言った時、誰かが叫んだ。

「あ、妖魔獣が!」


「ん? な、何だと!?」


”グ、グロロロ”


 妖魔獣が炎に包まれたまま立ち上がった。


「く、しぶとい奴じゃ!」

 ヴィクトリカが妖魔獣を睨みつける。


「ようし、俺の技でとどめを!」

 タケルがそう言って剣を構えると


「待ちな! な、何か様子が変だよ!?」

 イヨがタケルの肩を掴んで止めた。


”グ、グ、グロロローー!”


 妖魔獣が雄叫びをあげると、あちこちから黒い気が集まって来た。

 そしてそれが、妖魔獣の体を包み込んでいく。


「な、な?」


 炎が完全に消え、妖魔獣の体も回復していた。



「あ、あの炎を消しただと!?」

 皆がそれを見て驚き戸惑っていると


”グロロロ、ワレラノウラミカナシミニクシミヲ、タイヨウナドデモエツキルトデモオモッタカ?”


 妖魔獣がタケル達を見ながら言った。



「あ、あんなのどうやって倒せばいいんだ?」

 イシャナが震えながら言うと

「……あの爺さんの意識を呼び起こすか、妖魔獣の体を一瞬で消せる威力の技があればいいんだが」

 ソウリュウが妖魔獣を睨みながら呟いた。


「意識をと言っても、あれには浄化魔法が効きませんよ。おそらくタケル君の光心剣でも。それにあの大火球以上の威力なんて、僕達には出せません」

 マオが二人の側に来て言った時


”グロロロ。モウキエロ”


 妖魔獣の口から特大の黒い気が放たれた。


「!? ヤバい、総員退避!」

 イシャナが全員に号令するが、黒い気が凄まじい早さで迫ってくる。


「は、早い! 間に合わん!」


 その時、辺り一面が暗くなり、爆音が鳴り響いた。



「あれ? 生きてる?」

「何が……え!?」


「大丈夫ですか、皆さん!」

 見ると聖騎士ディアルが全員を包み込む程の防御壁を張り、黒い気を防いでいた。


「無茶するな! これだけ広範囲に防御壁だなんて、いくらお前でも!」

 イシャナが叫ぶと


「そんな事より早く逃げて! 俺の力じゃ長くは持たないから!」

 ディアルの言うとおり、防御壁が音を立ててヒビ割れていく。


「ぐ、だ、駄目だ。もう」

 防御壁が砕け散った瞬間


「はあっ!」 

 カーシュとアキナが夢の町で使ったあの大結界を作り出して、それを完全に防いだ。


「た、助かった。ありがとうございます」

 ディアルがその場で膝をついた後、二人の方を向いて礼を言った。


「いや、ディアルさんが防いてでくれたおかげだよ。あれって一瞬じゃできねえし」

「とりあえず時間稼ぎにはなったけど、それもいつまで持つか」


 見ると妖魔獣が大結界に攻撃を仕掛けているが、まだ破られそうにはない。

 だがいずれは……。


「ぐぬぬ、あやつの回復能力を見くびっていたわ」

 ヴィクトリカが歯軋りしながら呟いた時


「精霊女王様。妖魔獣は悪しき縁の集合体なんですよね?」

 ディアルがよろけながら立ち上がって、彼女に尋ねる。


「そうじゃが、それがどうかしたのか?」

「いえ、集合体なら体の何処かに核になる物があるかと思うのですが?」

「ああ。あやつの場合はニムロッドの魂じゃな」

「そのニムロッド殿がどの辺りにいるか、わかりますか?」

「頭の辺りじゃ。そうか、核に一点集中攻撃をしようと言うのじゃな?」


「ええ。ですがそれではニムロッド殿を救える可能性が低くなる。だから精霊女王様は全体攻撃をして、妖魔獣を倒そうとされたのですよね」


「……流石じゃな。皆にはああ言っておきながら、私も奴を救おうとしておった」

「それはお気になさらずに。それでですが、私に考えがあります。皆さんも聞いて下さい」

 ディアルの周りに主立った者が集まった後、彼が話し出した。



「あの、そんな事出来るの?」

 タケルが不安気に尋ねる。

「ええ。精霊女王様ほどの威力は無いですが、予想通りなら効くかと」

「おい、それは危険すぎる。下手したらお前は」  

 イシャナがディアルを止めようとするが

「でも兄さん、やるなら言い出しっぺの俺がやらないとダメだろ」

 ディアルは兄を睨みながら言った。


「あのな、お前には嫁さんと子供がいるだろが。だからそれは俺がやるわ!」

 イシャナがそう怒鳴ると

「アホか! 国王を危険に晒すなんて、家臣として出来るか!」

 ディアルが負けじと怒鳴り返す。

「こら! その国王に向かってアホとはなんだ!?」

「アホはアホだ! 兄さんにもしもの事があったらタイタン王国は終わりだろが!」

「俺になんかあっても、真面目でしっかり者のお前がいれば国は滅びんわ!」

「俺なんかより人を惹きつける魅力を持ってる兄さんじゃないとダメだ!」


 その後も兄弟の言い争いが続いていたが、やがて拳で語り合いだした。


「……あいつら、子供の頃から全然変わってないな」

「ああ。あいつらってガキの頃はしょっちゅうああして言い争って殴りあってたもんな」

 イーセとソウリュウが懐かしそうに二人を見つめていた。


「あの、俺にもあれが二人のコミュニケーションだってわかるけど、そろそろ止めた方がいいんじゃないの?」

 タケルがおそるおそる言うと


「大丈夫だ。ほら」

「え? ああ」

 イーセが指さした先では


「……はあ、はあ。ディアル、死ぬなよ」

「わかってるよ。兄さん」

 二人はその場に座り込み、笑いながら握手していた。


「さて、誰か二人に回復魔法かけてやってくれや」

 ソウリュウがマアサや神官達に向かって頼んだ。




「では、そろそろ行ってきます」

 回復したディアルが立ち上がり、皆に向かって言う。

「ああ。ってちょっと待て。よく考えたらあいつの頭上まで、どうやって行く気だ?」

 イシャナが首を傾げる。


「ちゃんと考えてるよ。さ、出番ですよ」

 ディアルが義勇兵の方を向いて誰かを呼んだ。

 すると軍服姿の壮年の男性が現れた。それは


「久しぶりだな、皆」

 飛竜族の王、トランであった。

 今は人間の姿であるが、真の姿は雄々しい飛竜である。


「あ、あんたも来てたの? 全然気づかなかった」

 タケルが彼を見ながら言うと


「俺は戦闘要員で来た訳じゃないから、さっきまでは目立たないように姿を変えていたのだ」

「え、何で?」

「それはな、魔族と同じように並の飛竜ではこの大陸に蔓延る妖魔に憑かれてしまうのだ。俺とて今は正気を保っているが、戦ってしまうと妖魔に憑かれるであろうな。だが、飛ぶくらいなら大丈夫だから」


「そうか。いざという時はタケル達を背に乗せて逃がすつもりで」

 イシャナがポンと手を叩いて言う。


「そうだ。ディアルにそう頼まれたが、ここでお前達を見ていると、それは不要ではないかと思っていたが……ふふ、どうやら役に立てそうだな」

 トランはニヤリと笑みを浮かべた。




「じゃあ改めて。トラン殿、お願いします」

「任せておけ」

 飛竜の姿に戻ったトランは、ディアルをその背に乗せて上空へと浮かんでいった。

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