第100話「精霊女王の本気の本気」

 ニムロッドの体から吹き出した黒い霧が大きく広がり、それが何かの形を取っていく。


 そして黒い霧が晴れると、そこには……。


 全長二十メートルはありそうな巨体で、全身が真っ黒の魔物が立っていた。



「あ、あれは、まさに妖魔獣じゃ」

 ヴィクトリカが震えながら言う。


「え、それってたしか伝説にある、悪しき縁の集合体が魔獣となったものですよね!?」

 キリカが驚きながら尋ねると

「そうじゃ。ニムロッドはおそらく、自身が取り込んだ妖魔に体を乗っ取られたのじゃ。それが超兵器の力と合わさって、妖魔獣と化したのじゃろう」


「妖魔が? それならあたし達の言う事を聞くかも」

「無理だろうね。あいつはたとえタバサ様でも攻撃しそうだよ」

 イヨとミッチーが妖魔獣を見上げながら話していると、


 グロロロ……。

 

 妖魔獣が大きく足をあげ、皆を踏み潰そうとする。


「はっ? いかん、皆下がるのじゃ!」

 ヴィクトリカが叫んだ後、何処からか杖を取り出し、


「あんなものが相手では黙って見ている訳にはいかん! 精霊女王の力、見せてやろうぞ!」

 勢い良く宙に浮かび上がった後、杖をかざして光線を放った。 


”グロロローー!”


 それを浴びた妖魔獣は悲鳴を上げ、大きな音を立てて倒れた。



「うえ!? ヴィクトリカ様ってあんなに強えのかよ!?」

 アキナが驚き叫び

「わ、私なんか全然敵わない」

 イズナはその威力を見て震えていた。

 

 その後、妖魔獣は倒れたまま起き上がってこない。


「も、もしかして、あれでやっつけたのか?」

 タケルが妖魔獣を指さしながら言うと

「いえ、まだよ!」

 キリカが叫んだ時、妖魔獣がゆっくりと起き上がり、タケル達を睨んだ。



「おい、俺達も」

「ああ。またやるか」

「よし」


 妖魔獣が立ち上がる前に、ソウリュウ、イシャナ、イーセの三人が合体奥義を放ったが、


 ”グロロロ、ワレラノウラミカナシミ、ソノテイドデケセルトデモオモウカ”


 妖魔獣には効いていないようだった。


「な、なんだとお!?」

「自慢じゃないが、あれは精霊女王様の光線くらいの威力はあったぞ!」

「さっきはもしかして、様子見だったとでも言うのか!」

 三人が驚き戸惑っていると


”グロロロ……シネ”


 妖魔獣がイシャナ達に向けて怪光線を放った。


「危ない!」

 だがヴィクトリカが上空から光線を放って、それを打ち消した。


「皆、こやつは下手をすると妖魔王以上じゃ! だから心してかかるのじゃ!」

「は、はい! よし皆、それぞれ配置に着け!」

 ヴィクトリカの言葉を聞いたイシャナは、精鋭部隊や義勇兵に指示を出した。


「ヴィクトリカ様、ニムロッドさんはどうするんですか!?」

 タケルが彼女に向かって叫ぶ。


「できれば助けてやりたいが、それは困難じゃ! それにそんな事を気にしていては、こちらが全滅してしまうのじゃ!」

「う、ぐ」

 タケルはヴィクトリカの言い分がわかるだけに、それ以上何も言えず歯軋りしていた。


「タケル、嫌なら引っ込んでな」

 それを見たイヨがタケルに声をかける。

「……いや、戦うよ。けど俺は最後まで諦めねえよ」

「あたしだって諦めてないよ」

「へ?」

 タケルは思わず間の抜けた声を出した後、イヨを見つめる。


「あの人もあたし達の仲間よ。それに、何もしなかったらタバサ様に怒られるわ」

 イヨはその顔に笑みを浮かべながらそう言った。


「そっか。じゃあやるか、ねーちゃん!」

「ええ」


 イヨとタケルの姉弟が剣を取り、同じ構えを取った。

 そして

 

「おりゃああー!」

「はあっ!」


 かつて互いにぶつけ合った最強の技を、今度は共に大敵に向けて放った。


”グロロローー!?”


 妖魔獣は倒れこそしなかったが、その威力に怯んだようだった。



「え? あれ、俺達や精霊女王様以上だよな?」

 イシャナが目を丸くして呟き

「あ、ああ。それでもあのデカブツは倒れねえのか?」

 ソウリュウは妖魔獣を睨みながら答えた。


「なあ皆、今のイヨの気、黒い気じゃねえよな?」

 アキナが尋ねると

「ええ。本人はどう思っているのかわからないけど、あれはまさに神力よ」

 キリカがそれに答える。


「イヨはね、元々あれを出せたんだよ。でもいつの頃からか黒い気で戦うようになったんだ」

 そしてミッチーが後に続いた。


「それってもしかして、『妖魔剣士』として相応しくないからとか?」

 キリカがミッチーに話しかけると

「そうかもね。僕は何故かどうやっても黒い気を使えなかったから、この気を使ってるけど」

 彼は頷きながら言う。

「あ、そういえばあなたの力も神力よね?」

「うん。以前はちょっと特殊な闘気だと思ってたけど、タケルを見てはっきりわかったよ」


「でもさ、神力って神剣士しか使えないんじゃないのか?」

 アキナが首を傾げる。


「皆、それは戦いが終わってからにしない?」

 イズナがそこにいる者達に言うと、皆頷いて妖魔獣に向かっていった。



 そして、タケル達を中心に精鋭部隊や義勇兵が攻撃を仕掛け、神官達は一部の義勇兵に護衛されながら傷ついた者達を回復する、を繰り返していたが……。



”グロロロ……”


 妖魔獣は少しも弱らず、その場に立っていた。



「う~! あたしの魔法も効かないよ~!」

 ナナが珍しく苛立ちを見せ、


「ゼエゼエ、光竜神秘法で増幅した魔法ても、ビクともしないなんて」

 マオも息を切らせながら言う。


「いや、見たところ全く効いてない訳じゃねえ。だがこの大陸に広がっている妖魔の気もしくは世界を覆う闇が奴を回復させているのか、傷がすぐに塞がっていたぞ」

 ソウリュウは戦いながらも妖魔獣を観察していたようだった。


「それならば、あれを放つか」

 地上に下りたヴィクトリカが妖魔獣を見上げながら言う。


「え、何か手があるんですか?」

 タケルが彼女の方を向くと


「うむ。だがそれで私は力尽きると思うのじゃ。だから仕留め損ねた時は、後を頼むのじゃ」

「え、ええ」


「では、本気の本気を出すのじゃ」

 彼女がそう言った途端、その体が光り輝きだした。


 やがて、光が止むと


「え、ええええ!?」

 一同はヴィクトリカの姿を見て驚き叫んだ。


 彼女はそれまでの少女のような姿ではなく、ウェーブがかった長い金髪に薔薇の蔓のようなサークレットを冠り、大人びた美しい顔立ちで、白いローブとマントを纏っていて、銀色に輝く聖杖を手にしていた。


「え、え? もしかして、それが本当の姿とか?」

 タケルが詰まりながら尋ねる。

「そうじゃ。だが普段はあの姿でおらんと、体がキツイのじゃ」

「え、大丈夫なんですか?」

「そんな事心配せずともよい。では、行ってくる」

 ヴィクトリカはそう言って再び上空に飛んでいった。



”グロロロ……ナニヲスルキダ?”


「無論、お前を倒すのじゃ!」

 ヴィクトリカが杖をかざすと、遥か上に妖魔獣よりも大きな炎の塊が現れた。


”グロロロ!? ソ、ソレハマサカ!?”

 それを見た妖魔獣の声は明らかに動揺していた。



「あ、あれってまるで、小さい太陽みたいだ」

 アキナが目を細めながらそれを指さすと


「みたいというか、太陽と同じようなものだよ。あれは伝説にある、神か大天使、精霊女王様のような高位の精霊にしか使えない術だよ」

 カーシュがそれに答える。


「え、それでどうなるのさ?」

「太陽は天高くあっても地上を暖かく、時には暑くするよね? もしもだけど、そんなものに近づいたらどうなる?」

「あっ!?」




「そうじゃ。いかに妖魔獣とて、これを受けて無事でいられるはずがない!」


”グロロロ……”


「受けてみよ、自然界に在りし最大最強の力を!」

 ヴィクトリカが叫びながら杖を振り下ろすと、頭上の大火球が妖魔獣目掛け、勢い良く落ちていき、


”グロロローー!”


 その大火球に包まれた妖魔獣は、大きく燃え上がった。

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