第80話「異変」

 神殿に戻ってきたタケル達は、居間で休息を取っていた。


 その後キリカとユイは「席を外す」と言って何処かへ……いや、決闘しに異空間へ向かったのだが、タケルに知られたくないのでそう告げたのだった。


 しばらくして、タケルがセイショウに尋ねた。

「セイショウさん。ちょっと聞いていい?」

「ええ。何でしょうか?」

「精霊女王様って今どこにいるんですか?」

「ああ、あの御方の気配は私でも察知できませんからねえ、どこにいらっしゃるのか……そうだ、あなた達は一度お会いしてますよ」


「あの、それはもしやリカ様ですか?」

 イズナが挙手して尋ねる。


「ふふ、そうですよ。それとリカは偽名というか愛称で、あの御方の本名は『ヴィクトリカ』ですよ」

「やはりそうですか。自分は自然界の主だって言ってましたし。それにキリカはあの時、既に気づいていたようですけど」

「ええ。キリカにはあの御方の事は話してありましたからね」


「あの、精霊女王様って守護神様より偉いの? 何か『あの御方』とか丁寧に言ってますけど」

 タケルが気になって尋ねる。


「ああ、ヴィクトリカ様は八大分神精霊の長で、私の母の姉でもありますからね。そりゃ丁寧になりますよ」

「へえ。あれ、じゃあセイショウさんの伯母さんって事?」

「ふふ、そうですけど伯母上とは言いにくいですね。見た目は若いですから」

「そうだよな。あの人どう見たって俺より年下にしか見えない、すっげーロリババアだよなあ」

「本人が聞いたら怒りますよ、それ」

 セイショウは苦笑しながらそう言った。


「なあ、という事は育ての親でもあるんだろ? たしか他の精霊達に預けられたって話だったし」

 アキナが尋ねると、

「ヴィクトリカ様は私を育てていませんよ。詳しくは言えませんが、使命があって当時は天界を留守にしていましたから」

「あれ、そうなの?」

「ええ。私は他六人の分神精霊に育てられました」

「その前はタバサが面倒見てたんだよな?」

「そうですよ。彼女は私を弟のように可愛がっていた、と聞きましたよ」


「へえ……あ、分神精霊様達はタバサを妹のように可愛がってたって言うけど、それならヴィクトリカ様も?」

 タケルがそう言った時、


「うむ。それはそれは可愛らしくて仕方なかったのじゃ」

「え?」


 振り返ると、そこにいたのは精霊リカ。

 いや、精霊女王ヴィクトリカだった。


「あ、あの。いつの間に?」

 タケルがおずおずと尋ねる。

「さっきからいたぞ。気付かなかったのか?」

「全く気配を感じなかった」

「まだまだ修行が足りんわ。と、それより」

「え? あ、やべ」

 タケルが口を押さえると、


「そうじゃ、だーれがロリババアじゃー!」

 ドゴオッ!


 タケルはヴィクトリカのドロップキックを喰らって倒れた。


「な、なんちゅう威力……でも、ピンクの水玉見えた」


「!? おのれ~、私の下着を見た罪、死んで詫びるのじゃー!」

 ヴィクトリカは顔を真っ赤にしてタケルをガシガシ蹴り続けた。



「あ、あのヴィクトリカ様、もうそのへんで」

 セイショウが止めに入ると

「ん? おおセイショウ、久しぶりなのじゃ」

 ヴィクトリカは蹴るのを止め、セイショウの方を向いた。


「え、ええ。ヴィクトリカ様もお変りなく。ところで今日は何の御用で?」

「用の前にまずは礼を言う。私が話したくなかった事を言ってくれた事にな」

 そう言って頭を下げた後、

「当時私がいたら……と思ったら、口にしたくなかったのじゃ」

 か細い声でそう言い、頭を上げた。


「ええ。他の皆様も『止められなかった』と悔やんでましたよ」

「それは後で聞いたわ。まああの子はお前の母に一番懐いていたから、私でも無理だったかもな」

「ええ。羨ましかったとも言ってましたよ」

「ああ。それと一時はお前の父を『姉に着いた悪い虫』と毛嫌いしていたが、後に憎たらしいくらいに仲良くなりおったわ」


「それも聞きましたが、どうして仲良くなったのか誰も知らないと言ってました。ご存知ですか?」


「……それはまた今度話してやるのじゃ。ところでユイの姿が見えぬが、どうしたのじゃ?」

 ヴィクトリカが辺りを見ながら尋ねると、


「ユイとキリカなら、決闘するからって異空間に行ったけど?」

 アキナが壁の方を指さして答えた。


「え? そうなの?」

「ああ、タケル君は知りませんでしたね。そう」


「な、何をさせとるかああーー!」

 突然ヴィクトリカが大声を発した。


「!?」

 タケル達はその迫力に怯んで固まった。


「セイショウ、お前ユイの異変に気づいておらんかったのか!?」

 ヴィクトリカがセイショウを思いっきり睨み、怒鳴りつける。


「い、異変? そういえば最近体調不良で、頭がクラクラすると。それと関係有るのか、以前何度か記憶が飛んでいたような」


「それじゃ! お前も知っておろうが、あの『忌まわしき病』を!」


「え……あ、ああっ!?」

 セイショウは何かに思い当たり、思わず立ち上がって叫んだ。


「え、ユイって何かヤバい病気なんですか!?」

 タケルが驚きながら尋ねる。


「そうなのじゃ。それもセイショウが言ってくれるかと思ったが、気になって確認しに来たのは正解だったようじゃな」

「すみません、まさかユイさんがあれだとは思いませんでした」

「それより早く止めるのじゃ。私の見立てではおそらく」


「セイ兄ちゃん! ユイが、ユイが大変なの!」

 丁度そこにユイをおんぶしたキリカが異空間の扉から出てきた。


「……思ったより早かったのじゃ」

 ヴィクトリカは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。




 そして、寝室のベッドにユイを寝かせた後、

「しばらく向かい合っていたら、ユイが突然倒れたの。呼んでも反応ないし、回復魔法も最高神様の力も効かなかったの」

 キリカが泣きながら説明する。


「……間違いないようですね」

「間違いない、アレじゃ」

 セイショウとヴィクトリカが暗い表情で頷き合った。


「あ、あの二人共、俺達にもわかるように話してよ」

 タケルがそう言った時


「……ん、あ、あれ?」

 ユイが何事も無かったかのように起き上がった。


「ユ、ユイ、大丈夫か!?」

 タケルが慌てて尋ねると

「え、うん。……ところでここどこ?」

 ユイは辺りをキョロキョロ見ながら答えた。


「寝室だよ。それよりお前、いきなり倒れたんだって」

「寝室って、どこの?」

 ユイは首を傾げる。

「え? キリカとセイショウさんの家だよ?」

「……そう。ここ、キリカの家なんだ。でもいつの間に来たの?」

「キリカが担いで来たんだよ。覚えてないか?」

「うん。でも担いでって、あんな遠くからずっと?」

「は? 異空間だけど遠くはないだろ?」

 何か話が噛み合わないと思っていると



「異空間って? わたし達は港町にいたはずよね。これから北の大陸に向かって旅をする所だった」


「え?」

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