第70話「夢の終わり」

「あなたの両親は生きてるわよ」


「え、あ」

 そう言ったのは先程から皆の中心になっていた、夢の町でタケルとイヨの母親になった女性だった。


「母さん、じゃないんだよね」

 タケルが女性に話しかける。

「ええ。私はあなたの母親じゃないわ」

「じゃあいったい誰?」


 タケルが問うと、しばらくの間があったが、やがて口を開き


「私は……妖魔王、タバサよ」

 その女性、タバサが名乗った。 


「え、え、えええ!? ねーちゃん、本当にあの人が!?」

 タケルが驚きながらイヨに尋ねると

「そうよ。あの方が我らの主、妖魔王様よ」

 彼女はそう言って頷いた。


「な、なんだって!?」

「妖魔王ですって!?」

 キリカとユイだけでなく、アキナ、イズナもやって来て身構える。


「だから待ちなさい。今は休戦中だと言ったでしょうが」

 それをセイショウが止めた。

「ええ、だから手は出さないわ」

 タバサは腕を組んでそう言った。そして、


「今回は目的が同じだったから応じてあげたけど、それもこれで終わりよ」

 セイショウを見つめて話しかける。

「そうですか、できれば永久に停戦したいですけど」

「それは無理ね。私はいずれあなた達を倒し、この世界を制圧するわ」

「どうあっても無理のようですね」

「ええ。さ、それはここまでよ」

 タバサとセイショウの二人は互いを見つめ、悲しそうな表情になっていた。



「あ、あの妖魔王様、よかったのですか?」

 イヨがタバサの側に寄り、おずおずと尋ねる。

「何が?」

「いえ、お名前を彼等に言っても」

「どうせすぐセイショウがバラすでしょうから、いいわよ」

「え? あいつが何故知っているのですか?」

「あいつはこの世界において知らない事はないのよ。だって」


「ふふ、それを言うのでしたらあなたを押し倒しますよ、ぺたんこは好みじゃないですけど。そうだ、タケル君とミッチー君にも手伝ってもらいましょうか」

 セイショウが何か戯けた事をほざくと、

「俺ぺたんこはまだしも、オバサンはやだよ」

「タケル、ぺたんこ熟女もいいもんだよ。君がしないなら僕がセイショウさんと」


 ドゴオッ!

 バゴオオッ!

 ドバキイッ!


「はあ、はあ、だ、誰がぺたんこですってえええ!?」

 タケルとミッチー、そしてセイショウはタバサの拳骨を喰らって沈んだ。


「ねえ、あんたの兄さんって何者?」

 イヨは思い立ってキリカの方を見たが、

「うにゃー! 襲うなら私にしてよー!」

 彼女は発情していた。


「……とりあえず、兄妹揃って変態なのはわかったわ」

 イヨはハア、とため息をついた。


「えと、妖魔王殿。先程タケルの両親、儂の息子夫婦が生きていると言ったが、だったらどこにいるのか知っておるのか?」

 今度はオウスがタバサに尋ねる。


「さあね。ただ二人が死んだらこちらが困る、とだけ言っておくわね」

「そうかい。まあ、生きていると教えてくれた事には感謝しますぞ」

「いいわよ。イヨの家族になってくれたのだし」

「うむ、儂もあんな可愛い孫娘と過ごせてよかったわい。しかしイヨちゃんは本当にマリさんに似てるのう」

 オウスがそう言った時、タバサは僅かに口元を歪ませた。


「え、じいちゃん? ねーちゃんって母さんに似てるの?」

 復活したタケルが尋ねると

「ああ。特にあの胸の大きさは瓜二つじゃわ。そうじゃ、最後にもう一度揉ませてもらおうかの」

「あ、俺も」




「はあ、はあ。このエロジジイありてこの孫ありね」

 タケルとオウスはイヨにどつかれて沈んだ。


「……さてと、私達はそろそろ戻るわ。イヨ、ミッチー」

 タバサ達が後ろを向き、去っていこうとしたが


「あ、ちょっと待ってくれよ」

 タケルがタバサに話しかける。


「ん? 何?」

 タバサは振り返ってタケルを見る。


「夢の町で、母さんになってくれてありがとう」

 タケルは笑みを浮かべてそう言った。


「……私も、あなたの母親をやってて楽しかったわ」

 タバサはまた後ろを向いて答えた。

 なのでその表情は見えないが、彼女が微笑んでいるように感じたタケルだった。


「でも、ここからは敵よ」

「わかってるよ。それじゃ」

「ええ」

 そしてタバサ達は姿を消した。



「でもさ、何故かまたすぐに力を合わせて何かを……そんな気がする」

 タケルは小声でそう呟いた。



「さて、儂もそろそろじゃな」

 オウスの体が半透明になっていた。

「じいちゃんまたね。絶対父さん母さんと帰るから」

「ああ、待ってるぞ。それとお仲間の皆さん、タケルをよろしくお願いしますじゃ」

 オウスはキリカ達の方を見て頭を下げた。

 そしてセイショウの側に近寄り、


「セイショウ。……の事、よろしくお願いしますじゃ」

 小声でそう話しかけた。

「流石オウス殿、気づきましたか。私の事も、そして」

「はい。これでも神剣士の祖父ですからのう」

「……お約束は出来ませんが、精一杯の事はしますよ」

 セイショウは頭を下げて言う。

「ありがとうございます。では」

 そう言ってオウスは姿を消した。



「これで本当に、夢は終わりか」

 タケルが誰にともなく言うと


「ええ、そろそろこの夢世界も消えますね」

 セイショウがそう言った時、辺り一面が光に包まれた。



 しばらくて目を開けてみると、そこは廃墟となった町だった。


 そして遠くを見ると、そこでは町長や十数人の人々が話し合いをしているようだった。


「ここから町を作るなんて大変ね、でもいつかは」

「そうだな、いつかは」

 キリカとタケルがそう言った時、セイショウが声をかけてきた。


「さ、皆さん。そろそろ行きますか」

「え、あれ? セイショウさん、その格好」

「ああ、これが私の普段着ですよ」

 セイショウはそれまで着ていた普通の服装ではなく、その長い髪と同じ紫色のローブを纏っていて、手には竹で出来た笛を持っていた。

 

「さ、さっきまでと違って、何て言うか神秘的って感じだ」

「男性に言うのは変かもしれないけど、凄く綺麗」

「はっ? お、思わず抱かれたくなったわ」

 アキナ、ユイ、イズナはセイショウに見惚れていた。


「ふふん、どう? うちの兄ちゃんは世界一カッコイイでしょ~」

 キリカは腰に手をやりながら鼻高々となっている。


「ふふ、ありがとうございます。では改めて、そろそろ行きますか」

「え、何処へですか?」

 タケルが首を傾げながらセイショウに尋ねる。


「何言ってるのですか、あなた達は私達の家に向かっていたのでしょ」

「あ、はい。じゃあセイショウさんも一緒に旅を?」

「いいえ、ここで時間を取ってしまったので転移術で一気に行きますよ。では皆さん、私の側に来てください」


 そして全員がセイショウの側に寄ると、一瞬のうちにその姿が消えた。

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