第6話 1957年

どうやって、チタさんが近所の人たちに取り入って、その家に入り込んでいたのかは、私は知らない。

おそらくそれはひとえに、チタさんの美貌と知性によるところが大きかったのだろう。

これは私の想像だが、チタさんほど、清潔感のある都会的な綺麗な女性が、「しばらく泊めて下さい」と言ってきたら、家に入れない男はいないだろう。

いや、女性でさえ、チタさんを家に入れ、その体を貪らずにはいられないのだ。

そして、朝には必ず出ていき、私の家の旅館に働きにやってくる。

金銭も要求しない。

みな、安心してチタさんの体をいいように扱い、弄んだ。

鶴の恩返し、(誰にも恩を受けたという様子もないけれど)それに似たようなことを、チタさんは村全体を相手に、たった一人でやっていた。


「チタさんは、どうして、そんなことをするの?」

ある日、勉強を教えてもらってる時にそう尋ねてみた。

「ん? 私はね、待っているの」

チタさんは、頭がよすぎて、言葉がよく片言(カタコト)になる。

「何を待ってるの?」

いつかチタさんと結婚してくれる男の人?

昔、別れてしまった好きな人?

それとも、人を好きになるという気持ちがうまれること?


私はいい匂いのするチタさんの横顔をそっと盗み見た。

チタさんは、何かを確かめるように胸に手をやって、笑った。

「私にとってはいいものさ―。それをずっと待ってるの」

村中の男女と寝ることで、どうして、そんな“いいもの”に出会えるのか、私にはわからなかった。

ただ、その時私は、その“いいもの”に、チタさんを奪われてしまう気がした。

「あのさ、俺が大人になったら―」

その先の言葉が浮かばなくて、私は黙った。

チタさんは通いのお手伝いさんで、朝と夕方、私の家に来て、決して泊まることなく、誰かの家に行ってしまう。

かといって、「俺が大人になったら、俺の家にも泊まってくれる?」と言うのも違う気がした。そういうことじゃないんだと、幼かった私はわけのわからない自分の感情に、イライラとした。

口もごり、自分で自分に腹を立てている私を残して、チタさんは「そろそろ行かなきゃ」と勉強机から、立ち上がった。

出ていきしな、くるりと振り返って、チタさんは言った。

「明日の夕方、女風呂においで。いいもの、用意して待ってる」

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