第17話

杉本健作氏の手紙は、こう続いている。


「私にとって、1945年に731部隊で見たことは、

 私の頭の中のアルバムに一生、焼き付いて、消えない写真です。


 私が私の呼吸をやめる、その最期の瞬間まで、何度も何度も焼き増しされ、

 悪夢を産み続けるものです。


 終戦後、私はあの時、731部隊の手によって失われた多くの人々の命や、

 踏みにじられた尊厳に対して、自分にできる贖罪しょくざいは何だろう

 と考えました。


 そして、思いついたのが、結婚し、子を作るということでした。


 私は、無抵抗な裸の女性を見ると、1945年に731院で見た女性たちの悲しげな

 瞳を、必ず思い出します。

 無抵抗に体を切り刻まれ、時に爆破され、またはガス室に入れられ、殺される

 ためだけに存在した彼女たちは、どの人もとても美しかったです。


 私は、妊婦を見ると、731院で見た妊婦を、必ず思い出します。

 そして、いろいろなことを思い出して、呼吸困難になります。

 生きたまま切断された胎児のように、体を真っ二つに割られるような苦しさが

 私を襲います。


 私は、赤ん坊を見ると、731院で見た赤ん坊を、必ず思い出します。

 そして、マイナス3度の屋外に、ひどい凍傷になるまで放置される赤ん坊の

 ように、心が凍り付きます。

 全身が凍傷でひりひりと痛みだすように、心がただれ、血を流します。

 赤ん坊の泣き声を聞くと、私のこのただれた心は、凍傷を負ったあと、木刀で

 殴られたように潰れて、腐ります。


 私は、子どもを見ると、731院で見た子どもを、必ず思い出します。

 そして、生きたまま、内臓を取り出される夢を見ます。

 睡眠薬を飲んでも、この夢には効きません。

 途中で麻酔が切れても、泣き叫んでも、暴れても、私の臓器は、全て奪い

 取られていきます。



 結婚した時、できるだけ子どもをたくさん作ろうと思いました。

 できるだけたくさん、子どもと過ごそうと思いました。

 できるだけたくさん、子どもを抱こうと思いました。


 これが私の本当の贖罪になるのかわかりませんが、731院で見た人々を

 忘れないためには、こうするのが一番だと思ったのです。」

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