第13話

杉本健作氏の手紙は、さらにこう続いている。


「私は14歳で、まだ子どもでした。


 そのおかげで免れた任務があります。


 それは女性に行われた性病実験の立ち合いです。


 ただ、ゆくゆくは性病実験を手伝うという指令のもと、

 この実験の意義と内容を、上官から聞かされました。


 上官の話によれば、この実験のきっかけは、シベリアでの梅毒の流行

 だそうです。

 シベリアで多くの日本兵が現地のロシア人女性を強姦し、1個師団相当の

 兵力が梅毒感染により失われたそうです。

 梅毒で死んだのは、日本兵だけではありません。

 この時、たくさんのロシア人女性が、梅毒で命を落としています。

 戦後に知ったことですが、この梅毒の感染元は日本兵の方です。


 このようなことがあり、梅毒を根絶するために、人体による性病実験が

 この731院で行われました。

 ここで女性たちは、梅毒菌を注射されたり、梅毒にかかった日本兵に強姦

 されたりしたそうです。

 モーゼル拳銃で丸太(マルタ)の男女を脅しながら性行為を強制し、梅毒に

 感染させ、梅毒にかかった男女を小部屋に入れて再び性行為を強制したとも

 聞きました。

 その後、梅毒の症状の進行具合を克明に観察し、記録するのです。

 性病実験というのは、そういうことです。


 性病実験に立ち会わなくて済んだ、少年だった私が覚えているのは、

 声だけです。


 それは、毒ガス演習のあと、女性の死体を片付けているときでした。


 そばにいた上官の一人が


 『あーもったいないことをした。俺の子どもまで殺しちゃったよ』


 と言うのを聞きました。


 外で焼くために、その時私が足をひっぱっていた女性は、丸いお腹を

 していました。

 手をと頭と胸を丸めて、自分のお腹を抱いていました。


 731院で日本兵に犯された女性の中には、妊娠した人も多くいました。

 また、連れて来られた時点で妊婦だった女性も多くいたようです。


 私は人体の耐久実験という名のもとに、胎児ともども頭から縦割りにされて、

 ホルマリン漬けになった女の人を見たことがあります。


 生きたまま解剖されて


 「私の命はどうなっても構いません! おなかの赤ちゃんだけは、

  どうか助けてください!!」


 と、叫ぶ女の人の声を聞いたこともあります。


 それから、地獄の釜の底のような、この731院で生まれて産声を上げた、

 赤ん坊の泣き声も覚えています。」

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