第7話 一緒にいる時間

 お正月、あたしは初めて実家に帰らなかった。読んでおきたい論文や、課題があったから。それに、受験を控えた教え子たちだって正月はない。実家に帰ると絶対できない。この静かな環境はあの家では絶対に作ることができない。拓巳くんや優香は実家に帰ったが、健ちゃんは残って荷造りに勤しんでいた。お正月が明けたらすぐに引っ越す。今年の年越しは健ちゃんと迎えた。実家に帰った二人も今年は早めに帰ってくると言って本当にすぐに帰ってきて、3人で一足先に旅立った健ちゃんを見送った。

このあたしの行動は、実家のメンバーはものすごく煩かった。いや、パパと蓮だけ最後まで分かってくれなかった。

この際、無視だ!!と決め込んでいた矢先、急に蓮があたしの家にやってきた。

あれ?もうすぐ健ちゃんは司法修習が始まるはず。蓮だってそうなはず?なんでここにいる?まさかパパの差し金...?あたしはキョトンとするしかない。

インターホン越しに恐る恐る聞いた。

 「あの、どちら様ですか?」

 「一ノ瀬 蓮と申します。橘 悠太朗さんから伝言を賜り参りました。」

 「そうですか。わざわざお越しいただきましたが間に合っておりますのでお引き取りください。」

 「引き取れるか!!いいから早く開けろって、寒いから。」

ですよね...。とう言うことでとりあえず開けた。

 「久しぶりだな。とりあえず悠さんからの伝言、今年の夏は必ず帰ってこい、じゃないと俺がそっちに行く!!だって。」

 「そうですか。そりゃどーも。蓮も大変だね...。パパのせいで...。こんな時期に...。」

 「まぁ、大したことはないよ。すぐ帰れるし。」

 「すぐって、結構時間かかるじゃん。もうすぐ司法修習始まるでしょ?」

 「あぁ、あれね。俺、配属先大阪になったから。」

 「そっか、じゃあすぐだね...。って大阪?!なんで??」

 「東京でしたら色々めんどくさいかなぁって。顔バレして迷惑とかかけたくないしな。それにこっちにきたらみいにいつでも会えるだろ?」

 「いつでもって...。蓮はどこにいたってバレるんじゃないの?」

 「まぁ、それもそうかも。でも、どうせバレるなら俺が居たいところに行くよ。本当は京都が良かったけど、ダメだったんだよなぁ...。人気らしくって。ってことで住所置いとくからいつでも来いよ。」

 「やだ。」

 「やだ?!なんで!!」

 「蓮、あたし今からバイト行くから。どうする?帰る?」

 「いる。何時に帰ってくる?」

 「9時ごろかな?多分。」

 「じゃあ、今日は俺が晩御飯作って待ってる。」

4年と言う月日はあたしたちにとっては短かったのかもしれない。すんなりと前の生活のようだ。

少しの間かもしれない。でもいいや...。兄弟のように育ったあたしたちはこれからも変わらない。

今日うちに来たのが真希ちゃんでも、惟人でもやり取りは一緒だったはず。

あたしがこんなこと少しでも考えたのはきっと拓巳くんのせいだ。

絶対そうだ。そう言うことにしておこう。

 

 結局あの日、蓮は次の日の夜に帰った。明日から蓮は1年間、いろんな壁にぶつかるだろう。それは本人もわかってるはずだ。こんな時にあたしの近くにやって来たのはそう言うことだ。いつもそうだった。何かあったらあたしの部屋にいる。何も悩んでないような顔をしながら内心悩みまくっている。だからあたしは何も言わない。

大阪かぁ。そういえば健ちゃんと一緒じゃん。健ちゃん大丈夫かな??

 その心配はやはり的中した。

あの二人は初日に顔を合わせた。意外と寂しがりやの蓮は、研修で見かけた健ちゃんをロックオンした。友達になろうとアタックしまくったんだろう。

お昼休み、健ちゃんから電話がかかって来た。

内容は一つ。「お前の幼馴染どうにかしろよ。なんでここにいるの?拓巳よりウゼェ。」だった。まぁ、拓巳くんは学部違ったしね...。

そんな健ちゃんに少し同情しながら謝っていたら、電話の後ろの方から声が近寄って来た。

 「けんじろー一緒に飯行こうぜ!!」蓮の声だ。

 「きた。」「来た!!」思わず健ちゃんとハモった。

 「あっ、電話中?じゃあ終わるまで待ってる。」

 「待たなくていいよ。早く行けよ。」

 「え?もしかして彼女?まじで?!いいなぁー。」

 「違うわ!一ノ瀬は人気なんだから他にお前と飯行きたいやついんだろ。そっちいけよ!」

 「やだ。俺は健二郎と行きたい。他のやつうるさいんだもん。初対面のくせに根堀り葉掘り聞きたいことばっかり...。」

 「みい、なんとかしてくれよ。ずっとこんな感じなんだけど...。」

 「みい?!健二郎の友達みいって言うの?!俺の幼馴染と一緒じゃん!!やべぇ、なおさら仲良くなりてぇ...。」

なにこのやり取り。コント??あたしはもう笑いが止まらないよ。

 「いつまで笑ってんだよ。電話かわるぞ。しつこいってちゃんと言ってくれよ!!」

そして健ちゃんは蓮に携帯を渡した。

 「えっ!俺が出んの?なんで?!」

 「いいから。はっきり俺が困ってるから近づくなって言ってやってくれよ。」

 「なんだよ。意味わかんねぇ...。ってか女なんじゃねーの?!」

そう言いながらも蓮は健ちゃんの電話越しにあたしに話しかけた。

 「初めまして。今日、健二郎と友達になった一ノ瀬です。どーも。」

急にしおらしくなった蓮が面白かった。だから...。

 「初めまして。これから健ちゃんがお世話になります。」

 「ん?なんか声似てるな...。」

 「誰と似てるんですか?」

 「みいちゃんの名前って何?」

 「蓮、初めて会った人に名前聞くときはまず自分の名前言いなさいよ。」

 「まさか...。みい?!」

 「そのまさかでした。蓮、健ちゃん困ってるでしょ。それに友達って。まだなってないでしょ。健ちゃんはそう言うチャラいノリ苦手だからね。」

 「えぇー!!まじで?!ヤベェ。健二郎との出会いは運命だ。まさかみいの友達だったなんて...。」

 「ちょっと蓮!!話聞いてんの?」

 「健二郎!!俺らもう親友だな。普通こんなことないわ。」

 「え?みい!!どうなってんの?なに言った!!」

 「もうやだ...。あたし巻き込まないでよ。」

すごくめんど臭くなって電話を切った。蓮には全然あたしの声が届かない。このあとは健ちゃんがなんとかして。そうメールだけ送っといた。

すぐに返信が返って来たけど、「俺、もう無理かも...。」ただ一言だった。

今日、変な三角関係ができた。早く帰って優香に報告しよーっと!!とあたしは面白く思うだけだった。

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