第5話 あたしたちの夢

 あの入学式の日から3年が経った。入学当初からずっと一緒だった優香も拓巳くんも健ちゃんも来年には卒業してしまう。少し寂しいと思い出したけど、あと1年もっと仲良くしていきたいと思っている。

蓮には約束通り週に1回は連絡している。あいつからは毎日のように何かしらの報告が送られてくるけれど...。

毎日がバタバタして、勉強にバイトの繰り返し。週に3日、家庭教師のアルバイトをしている。これが結構稼げる。あたしは高校受験を控えた子達を見ているので1時間5000円。5時から8時までの3時間。とりあえず自分の給料で生活はできるくらいだ。

きっとあたしの指導力は浩二さんのおかげだと思う。ありがとう浩二さん。

そしてただいま絶賛バイト中のあたしは、ドラマや映画が大好きなミーハーガールの未希ちゃんと勉強中...。だったはず...。

「先生さぁ、知ってる??最近やってる水曜日のドラマ!!」

「ん?あたしはテレビ見ないから分からないなぁ...。あっ!!ここ違うよ?!こっちよく読んで。」

 「未希疲れたぁ...。ちょっと休憩しよ?」

 「はぁ。じゃあ10分だけね?」

そして未希ちゃんは1冊のANDという雑誌を取り出して机の上に置いて、パラパラとページをめくる。あたしは自分の参考書を取り出した。

 「あった!!先生これだよ」

 「ん??何が?」

 「さっき言ってたドラマだよ!RENが出てるんだよ!!」

 「ふーん、そう。まぁ、先生見てもわからないよ?」

 「RENはね、モデルなんだけど、人気あるからこのドラマに出ることになったんだぁー。この人だよ」

 「えっ?これ?!」

 「うん!!イケメンだよねー!!」

未希ちゃんが雑誌を見ながらキャアキャア言うのを尻目に雑誌に写るRENに釘付けになった。RENは蓮だ。どっからどう見ても...。モデルって何?ドラマって何?毎日どうでもいい事ばっかり連絡して来て肝心なことは何も言ってこない。

 「先生?顔怖いよ?どうしたの??」

 「蓮っていつからモデルしてるの?本名とか知ってる?」

 「RENは2年前にANDの読者モデルになった途端に人気になっていろんな雑誌に出るようになったんだよ。それで今に至るって訳。本名は公開されてないよ。急にどうしたの?RENが気になるの?イケメン好きなんだぁー?」

笑いながら言う未希ちゃんに本当のことは言えない。

あたしの幼馴染なんて知れたらそれこそ大惨事。このミーハー娘に問い詰められるかも知れない。

 「未希ちゃん、10分経ったよ。休憩終わり!!」

えぇーー!!なんでぇー!?RENのこと教えたるやん!!と言いながらもその日の課題を終えた。

 家に着いても、さっきの雑誌が頭にこびりついて離れない。

蓮に電話しようかと思ったけど、そんなこと聞いて何になる?関係ないって言われたらそれまでだ。だって、蓮が何をしようがあたしには関係ないことは事実だ。

これじゃあ頭の中が堂々巡りだ。優香のところに行ってみようと思い隣の部屋をノックした。すると、優香が出て来てくれ部屋に入れてくれた。

 「みい、今日バイトじゃなかった?どうしたの?」

 「優香は知ってる?水曜日のドラマ見てたりする??」

そう聞いた途端にあたしの携帯の着信音が鳴り響いた。

惟人だ。何だろう?と思い、優香に断りを入れて電話に出た。

 「姉ちゃん!!俺、やったよ!!Uー23に入れたんだ!!」

 「えっ?代表ってこと?!本当に!!やったじゃん。夢が一つ叶ったね。」

 「まだまだだよ。俺はA代表に入って、W杯で優勝するんだから!!」

 「でもあたしは惟人を尊敬するよ。あたしも負けてらんないね。」

 「そう言えば、姉ちゃん知ってるかもだけど、蓮にいが「惟人!!ちょっと代われ。」ちょっと!!蓮にいいたの?撮影は?」

 「うるせっ、ちょっと黙ってろ。」

電話口で惟人と蓮が口論している。撮影...やっぱりあの話は本当なんだ。

 「みい、元気か?こっちはみんな元気だぞ。」

何の話だよ。っと小さな声で呟く惟人の声が聞こえる。

 「蓮、あたしに何か隠してる?撮影って何?」

 「はぁ?何の話??俺はお前に何も隠してないよ??」

 「じゃあ水曜日のドラマに出てるRENって俳優はどこのRENなの?」

 「えっ?お前ドラマとか見るっけ?」

 「いいから早く答えて。ANDって雑誌でモデルしてるらしいじゃん。」

 「えっ!?お前ANDとか見るの?」

 「もういい。そんなにあたしに言いたくないんだね。毎日どうでもいいことばっかり報告するくせに肝心なことは何も言わないなんて...。」

 「違う。俺はただ、お前には「だからもういいって。もう勝手にすれば」

そう言って電話を切った。

 「みい、どうしたの?珍しいね、そんなに怒るなんて。」

 「大丈夫!!あっ、弟の惟人がね、サッカーの代表に選ばれたんだって!!今、大学でサッカーしてるんだけど、やっと夢に近づいたの。本当に出来のいい弟だわ。」

 「すごいね!!いつデビュー戦なの?一緒に応援しようね。」

 「でも、地上波ではしないかも...。まだU−23なの。でもあの子は絶対A代表に行くよ。」

 「そっかぁ、楽しみだね!!みい、さっきから電話なってるよ?」

優香と話してる時からずっと電話が鳴っていたのは気づいてた。きっと蓮だ。

 「ん?大丈夫!!うるさかったよね?ごめん。」

そしてあたしは携帯の電源を切った。

 「みい、さっき言ってたドラマのことなんだけど、知らなかったの?」

 「優香は知ってたの??」

 「たまたまだけどね、同じ学部の子から聞いたの。今流行ってるんだって。そしたら蓮くんが出てたからびっくりしちゃった。蓮くんイケメンだからスカウトされたのかなぁ?」

 「蓮なんてもう知らない。勝手に好きなことすればいいよ。」

 「それはみいの本心?それともヤキモチ?」

 「本心だよ!!何で蓮にヤキモチ焼くの?そんなモチは持ち合わしてません。」

 「え?ダジャレ??面白くないよ?まぁ、みいがそこまでいうなら良いけどね。これじゃあ蓮くんも拓巳も大変だなぁ...。」

 「ん?何でそこで拓巳くん??」

 「みいは本当に鈍いんだから。あんたこそ愛想尽かされないようにね!!」

なぜ、あたしが怒られる??どういうこと?っと、訳がわからないという顔をしていると優香が大きなため息をついた。


 あれから1週間が経った。蓮が出てるらしいドラマを見てみたけれど、どっからどう見ても蓮だった。そっくりさんかもしれないと思ったけれど、ドラマの1シーンで走るところがあった。蓮は走る前、右大腿部を少し触る。そして、触った。理由は誰にも言わないし、気づいてる人は家族やあたし達ぐらいだと思う。きっとみんな癖だと思ってるかもしれない。事故にあった後からだから、きっと後遺症で痺れた右足を一瞬気にしてる。

心のどこかでは違うんじゃないかと思っていた期待ははっきりとクロになった。

1日1回のメールは気づかないふりをしている。電話だって出てない。

そんなこと蓮だって気づいてるはずだ。

とりあえず、メールだけでも見て見るかと思い、1番古いものから読んだ。

 <お前、怒って電話切る癖やめろよ。バーカ!!>

バカは誰だよ。っと少しイラっとした。

 <そんなに怒ること?俺が何しようがお前に関係なくない?>

そうだよ?関係ないよ...。でも腹たつんだもん。

 <無視してんなよ。とりあえずちゃんと話そう。>

関係ないなら話しなくていいじゃん。

 <ごめん。別にわざと黙ってたんじゃない。>

自分が悪くないと思ってるんなら謝んないでよ。

 <そろそろヘコむんですけど??>

あたしもちょっと意地っ張りすぎたかな...。

 <もう俺の声も聞きたくない?>

そういえば、最初はしつこいくらいに着信履歴を残してたけどすごい減ってるかも。

 <どうしたらいい?この仕事辞めようか?辞めたら話してくれる?>

最後に今日届いたメールを読んだ。この一週間を後悔した。

あたしは、知らない蓮がいることが寂しかっただけ。そんなことでいっぱい傷つけた。蓮の1番の夢を奪ったあの日から、あたしの夢は生まれた。そして今日までまっしぐらに走ってきた。そんなあたしを見ながら蓮はいつも笑って応援してくれてた。

もしかして、本当に辞めるんじゃないか...。もしかしたら蓮の新しく生まれた夢だったんじゃないか...。そう思ったら居ても立っても居られなかった。

 急いで蓮に電話をかけた。10コール鳴らしても出ない。ダメだ、もう切ろうと耳元から携帯を離し、電源ボタンを押そうとした時、画面につながった事を知らせる秒数が現れた。

ん?出た?と思い、もう一度携帯を耳元に持って行った。

 「もしもし?あれっ??聞こえてる?!みい?」

いざとなったら何を話せばいいのか分からなかった。それにしても外野の音がガヤガヤしてる。

 「みい?聞こえてるよな?メール見たんだろ?俺、どうしたらいい?」

 「蓮、あたしが辞めてって言ったら辞めるの?」

あぁ、こんな事言いたいんじゃないのに。

 「わかった、辞める。この撮影が終わったらこの仕事辞める!!」

 『REN、何言ってんの?お前誰と話してんの?仕事辞めるってどういう事だ』

 「蓮、誰かいるの?」

 「あぁ、俺をスカウトしてくれたマネージャー。結城さんちょっと待って。今電話中だから、後で話そう。」

 『後でって、お前バカか?!お前これからだろ?!黙って、はいそうですか。って言えるわけないだろ!!みいって誰?彼女居ないんじゃなかったっけ?!』

 「彼女じゃないよ。でも、俺の大事な人だから。大事な人が一人でも反対するなら俺は...。」

 『ケータイ貸せよ。俺も理由知りたいんだけど?』

 「結城さん!!ちょっと待ってって...。」

 『みいさん?今更それはないよ?RENは今たくさんの仕事が舞い込んでる。この世界、何年、何十年立っても日の目を見ない人はたくさんいる。RENは幸せ者なんだよ。それを投げ捨てて辞めるってことは、売れるためには何したっていいって人たちからしたら贅沢だ。君はRENが努力して掴んだチケットを破り捨てさせるのか?君はRENの夢をなんだと思ってる?』

 「結城さん!!本当に待ってって!!ケータイ返せよ!!みい、今のは気にするな。な?俺はこの仕事辞めるより、みいに存在を無かったことにされる方が辛いし。」

 「蓮、勘違いしてる。あたしは辞めて欲しいんじゃない。マネージャーさんにも聞いて欲しいからスピーカーにして。」

 「いいのか?わかった。結城さん、ちょっと黙ってこれ聞いてて。」

 「蓮の夢って何?」

 「正義のヒーロー」

 「それは3年前でしょ?!今の夢だよ。」

 「だから、正義のヒーロー。昔から変わらない。結城さんにスカウトされて最初は断った。俺は、困ってる人やみいを助けるヒーローになりたいから。でも、この仕事してたら俺をみて元気になる人や勇気を持ってくれる人や夢を持つ人がいるかもしれないって思った。それに、離れてるみいにも届くと思った。寂しがりやの意地っ張りだから自分では言えないだろ?そんなお前に伝えたかった。一人じゃない、俺はいつでもここにいるって。」

 「じゃあなんで今まで黙ってたの?」

 「雑誌やテレビを見ないお前が知ったってことは、俺の知名度が上がったってことじゃん。2年もかかったけど。惟人や姉ちゃん黙らせるの大変だったんだからな?!」

 「あたしは反対しない。蓮の夢を奪ったあの日からずっと思ってた。応援するんだって。でも、バイト先の生徒から蓮のこと聞いた時はショックだった。あたしの知らない蓮が雑誌に写ってた。遠くに行ってしまった気がして寂しかったし、聞いても茶化すし...。」

 「茶化してねぇよ。俺は、知ってくれたことが嬉しくてどうやって知ったのかが知りたかった。ごめんな?」

 「あたしこそごめん。意地はって困らせた。」

 「俺らガキの頃から変わんねぇな。不器用すぎるわぁー!!てことです結城さん。みいが賛成してくれたので続けます。あ!!俺、大学はまだ続けてるから。」

 「知ってるよ。毎日つまらない報告してくるから。」

 「つまらないっていうなよ...。そんで、父さんと約束したんだ。この仕事するなら司法試験受かれって。文武両道だってさ。だからお前は絶対医者になれ!!」

 『REN、ドライ始まるぞ。』

 「みい、俺はいつでもお前の知ってる一ノ瀬蓮だからな?じゃあ、また明日」

一方的に切られた電話は、明日また鳴ることを楽しみに待っている。

あたしたちの夢は未来へと続いて伸びている。いばらの道が待っているかもしれないけど、着実に伸びているこの道を歩くしかない。

そして、この後マネージャーさんにめちゃくちゃ怒られた蓮のことをあたしはまだ知らない。

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