くされえんラバー

中原 みなみ

第1話 prologue

 「みぃちゃん。おおきくなったらぼくのおよめさんになってくれる?」

 「いいよ。みぃ、れんくんのおよめさんになる。」

 「ほんとに?じゃあやくそくのちゅー。」


 橘 実惟奈17歳。高校3年生。将来の夢は医者になりたい。10年前のある事故がきっかけだ。その話はまたおいおいと言うことで...。ただいま医学部目指して猛勉強中。ただ、最近成績が落ちているような。思い通りにならなくて、無性にイライラしてしまう。でも、こんな私を支えてくれる家族が大好きだ。

 父、悠太朗はサラリーマンだ。よく分からないけれど、そこそこ出世しているんだと思う。昔からずっと医者になりたいと言う私の言葉を信じて仕事ばっかりしてくれる。

 母、晶子は専業主婦。基本的に家にいない父の代わりに私や弟のことを一生懸命育ててくれている。優しくて強い私の自慢の母。

 弟、惟人は高校1年生。これがまたやんちゃ坊主でお調子者。小さい頃からずっと蓮に憧れてサッカーをしている。私にはよくわからないが、筋はいいらしい。私が医者を目指したきっかけを作ったのも惟人だった。


 そんな私達のお隣さん。一ノ瀬ファミリーはもう一つの家族。

私が生まれる前から家族同士仲がよく、一緒にご飯を食べたり、お出かけしたりしていたらしい。私が生まれてからもその関係は未だに続いている。

 一ノ瀬 浩二さんは有名私立高校の数学の教師。いつもわからないところを教えてくれる。専門は数学だけど、理科もそこそこわかりやすい。基本的に優しいけれど、理数系のことになるととても厳しい。もう一人のお父さんみたいな人だ。

 一ノ瀬 香織さんは看護師さん。もしかしたら私の夢を一番応援してくれているんじゃないかな?病院のことをいろいろ教えてくれる。看護師の中でも知識と能力が試されるオペ室ナースで現役バリバリに働くかおりんはかっこいい。

私の理想のキャリアウーマン。

 一ノ瀬 真希ねぇは専門2年生。美容師になるために日々勉強中だ。昔からおしゃれで可愛い。いつも私を実験台にする。私の髪型やメイクをするのが日課で、まるで真希ねぇのお人形さんだ。惟人のことが可愛くて仕方ないのか、いつも試合を見に行って全力で応援してくれる。本当のお姉ちゃんみたいだ。

 そして一ノ瀬 蓮。高校3年生。生まれた頃からいつも一緒だった。幼稚園も小学校も中学校も、気づけば高校まで一緒だった。私達は腐りきって錆び付いた鎖のように解けなくなったような気がする。背が高くてかっこいい、おまけに頭も良くてサッカーも上手い。女の子がほっておくはずがない要素が詰まっている。だからモテモテの学生生活を送っている。そういうところがまた少し腹が立つ。そのせいで私がどれだけ被害を受けているかわかってるんだろうか?

小さい頃は、私より背が低くて、可愛かった。でも今は、ただただ憎たらしくて可愛くない。冒頭のあの時の可愛らしかった蓮はどこに行ったのだろう。

まぁ、きっと蓮も同じように思っているんだろうか...。


 そういえばさっきから周りが騒がしい。ただいま社会の授業中だったはずなんだけど、今日は自習になった。初めから騒がしかったけど、なんか女子の騒ぎごえが大きくなったような気がする。左横からの視線が痛い。ちらっと視線を写すと私の机に手をついて、顔を覗き込むように見ている奴がいる。

やはりあんたか。浩二さんにチクるぞつーの。

 「みぃ、今日の晩ごはんなに?」

ほら来た蓮の晩ごはんなに?知らないっての...。いつもいつも私に聞くな。無視だ無視。って言うか何でここにいるの?蓮は5組だったはず。私は3組だ。

 「みぃ?聞こえてんだろ?!さっきからぼーっとして余計バカに見えるぞ?」

バカってなんだ。確かに蓮より成績は悪いかもしれない。でも私だって3本の指に入るくらいの成績は残している。って言うか、いつも2位なんだけど...。

 「おい。本当に大丈夫か?熱でもあんじゃねぇの?」

そう言って私のおでこに手を当てて来た。

 「ちょっと!!何してんのよ。触らないで!!」

私は驚いて思いっきり手を払った。だってそうでしょ?後で何言われるか分かんないし。

 「なんだよ。ご機嫌ナナメなの?お腹すいた?それとも眠たいんでちゅか?」

まるで赤ちゃんに話しかけるように笑いながら言う蓮に無性に腹が立った。

 「はぁ?赤ちゃんと一緒にしないで。って言うかたまには自分の家で食べなよ。」

 「やだ。晶ちゃんのメシ美味いもん。それに母さん夜勤だし。」

 「美味いもん。じゃない!自分でやりなさいよ。もう高3でしょ?!」

 「親父も姉ちゃんもみぃのとこで食べてんじゃん。今更なんだよ。」

 「もう嫌なの。蓮に振り回されんの。私のことなんてほっといてよ。」

思ったより大きな声が出た。周りも驚いたようにこっちを見ている。

すると一人の女の子が近づいて来た。佐藤さんだ。セミロングのゆるふわパーマでメイクもばっちり。きっと男ならほっとかないであろう女の子。

 「一ノ瀬くん。大丈夫?なんなら晩ごはん一緒に食べに行こうよ。」

なんだこれ。まるでこれでは私が悪者ではないか。蓮と佐藤さんならお似合いだし、そもそも関係ない。

 「そうしな。ママと浩二さんには言っとくから一緒に行っておいでよ。あたしも蓮の顔見なくて済むし。」

そう行って私はスマートフォンを持って立ち上がった。

 「ちょっと待てよ!なんでそうなるんだよ。ってか俺なんかした?なんでみぃ怒ってんの?」

 「別に怒ってない。もうめんどくさいの。蓮がそうやって絡んでくることに疲れた。」

そして私は教室を抜け出して、中庭に走って行った。


 中庭のベンチでスマホを握りしめていたら、浩二さんがやって来た。

そう、私たちが通う高校で浩二さんは数学の教師をしている。きっとこの時間は授業がないんだろう。

 「みぃがサボりとか珍しいな。どうした?」

生徒を怒るわけでもなく、優しいプライベートな浩二さんに安心した。

 「最近ね、イライラすんの。今も蓮に当たっちゃった。呑気な蓮を見てると余計にイライラしちゃって。」

 「今?お前ら授業中だろ?あいつまたサボってお前のところ行ったのか...。しょうがない奴だな。」

 「あたしのクラス、今自習なの。蓮は知らないけど...。」

 「そうか。でもお前は勉強しないといけないだろ?教室に戻りなさい。」

俯く私を優しく説得する浩二さん。私にしたら二人目のパパ見たいな人だ。

 「やだ。蓮まだいるかもしれないし...。顔見たくないみたいなこと言っちゃった。」

 「しょうがないな。じゃあ一緒に行こう。これから生徒指導だな。」

笑いながら私の手を引いて無理やりに立ち上がらせた。

浩二さんは学校では、鬼の一ノ瀬で名が通っている。泣く子も黙る一ノ瀬だ。

このまま教室に行ったらまずいことになりそうだ。嫌な予感を感じながら手を引かれていた。


 教室に着くと、蓮は私の席に座って佐藤さんや友達たちと談笑していた。

浩二さんが思いっきり扉を開けると教室に静寂がやって来た。

 「お前ら何してる!自習中はちゃんと勉強をしろ。一ノ瀬!お前は5組だろ。どうしてここにいる?教室に戻れ!!」

そう怒鳴ると蜘蛛の子を散らせたかのようにみんな自分の席に着いた。

 「みぃ。親父使うなんて卑怯だぞ。俺、本当に何かした?」

 「俺は中庭でサボってた橘を連れ帰って来ただけだ。それにここでは一ノ瀬先生だ。早く授業に戻りなさい。」

 「じゃあ先生は少し黙ってて。俺はみぃに聴いてる。今日お前おかしいぞ?何があった?」

 「蓮には関係ない。幼なじみだからって何でもかんでも干渉しないで。サッカーやったり、遊んでたりしてたって成績のいい蓮にはわかんないよ!!」

とうとう言ってしまった。全部八つ当たりだ。昔から蓮はそうだった。特に勉強しなくても成績が良くて、一生懸命頑張っても私は勝てない。

 「みぃ、お前もしかして...。」

 「蓮、もういいだろ。もうすぐで受験だ。みぃも焦ってんだよ。家族みんなが気付いてるのになんでお前がわからない。なんのためにみぃがここまでやって来たと思う?それを考えろ。」

 「みぃ、ごめん。お前なら大丈夫だから。頑張れよ。」

そして静かに教室を出て行った。

 「先生、ごめんなさい。蓮をお願いします。」

浩二さんは頷いて蓮の後を追って行った。


 その日、蓮はうちに来なかった。次の日もその次の日も来なかった。

でも、私には関係ない。とりあえず第一志望の大学に受かることだけを考えよう。それが今まで応援してくれた家族のみんなへの恩返しだ。

蓮にも、それから謝ろう。そう思っていた。



 

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