戦いの前に

 ジャックは1人で歩いていた。未体験の風景に慣れておきたかったのだ。すると突然──!


「エーールッ!!」

聞き飽きた声が聞こえる。若い男の声だ。ジャックはため息をつきながら目を逸らし、さっさと歩いていこうとした。

「え、おい!ちょっと待てよ、エル!」

声の主はどこからか飛んできて、ジャックの前に立ち塞がった。はっきり言って、もう見なくない姿だ。青い目にやけに尖った歯。前髪をおろし、あとの髪はバックに流すという、独特な髪型。白いケープに自分と同じ教会のペンダントに、自分と同じ赤い右目。


「ウィル……。」

ジャックは眉間に皺を寄せた。対するウィルはニッと笑顔を見せる。

「なんでそんな顔すんだよ?長い付き合いだろ?もちっと優しく接してくれよな。」

ウィルはやはり笑顔で語りかけるが、ジャックは相変わらず無愛想な態度だ。

「帰れ。どうせメグが狙いだろう。」

「いやいや!今日は仕事じゃないから、大丈夫!」

ジャックは目を細めた。

「じゃあなんでここにいるんだ?」

「我が教会の大司教様ともあろうお方が、一般人3人に引っ張られていく姿を見ちゃ、来たくもなるだろ?」

ジャックはもう一つため息をついた。

「ホントにもう帰れ。」


 すると、今まで笑顔だったウィルも、真面目な顔つきになった。

「戦いの予行演習が必要かと思って来てやったんだ。ちょっとくらいは歓迎しろよ、エラーディア。」

「断る。」

そう言うとジャックは、ウィルの方へ向き直った。

「ただ、それ関しては正解だ。」


 ウィルは2本のギザギザのナイフを構え、ジャックも「ミスティ・カジェルディ」でロングソードを出し、刃先を右上にして顔の前に構え、片膝をついてその場にしゃがみ込んだ。


2人はしばらく見つめ合ったままだった。そして2分ほどたったその時──!


──バサッ!


「ハァッ!」

鳥が飛び立ったのを合図に、ウィルが切りかかる。ジャックは剣で防ぐが、もう片方のナイフもかわすために左に動く。ウィルはジャックの剣を押し出し、道を塞ぐように右に移動した。


「なぁ、エル。プレゼントあげる!」

ウィルは指を鳴らすと、ジャックの目に火の粉を散らせた。

「おい!ここでカジェルディ使うなよ!何が燃えるか分からんぞ!」

ジャックは目を守りながら、後ろへ下がる。

「なんも燃やせないようじゃ、戦う意味無いね!」

ウィルはナイフをクルクルと回すと、ヒュンッと空を切る。するとジャックの立っているすぐそばの地面から、巨大な火柱が上がった。

「おい!危ないだろうが!」

「俺が誰か巻き込んじまうと思ってんのか!?これだけ長く付き合ってて、信用の一つもしてくれねぇのかよ。ぞっとしないぜ!」

火柱が上がっていた場所のアスファルトはドロドロに溶けていた。ウィルは連続して火柱をあげる。ジャックは避けながら(時々敢えて突っ込み)ウィルの方へと向かう。しかし──。

ゴオォォォ!

ウィルはジャックに向けて炎を放つ。ジャックはその場で立ち止まり、顔を腕で守った。

「今回は勝負あったな!」

ウィルが勝ち誇ったように叫ぶ。少し息を切らしているようだ。

「そう思うか?」

炎を受けつつ、ジャックはにんまりと笑った。彼の手には、剣は握られていなかった。

「えっ?」

ウィルが何かを察して背後を見ると、ジャックの剣が宙を舞い、ウィルを攻撃する。間一髪で避けられた。しかし、ウィルの様子がおかしい。

「ゴボッ!!」

突然ウィルが咳き込み、血を吐き出したのだ。その隙に、剣を持ち直したジャックが切りかかった!

「ぐっ!」


 ジャックの剣は、ウィルの首を切る寸前で止められていた。ウィルはそれを確認すると、自分の持っていたナイフを地面に投げ捨てる。

「無茶な動きするからだ。馬鹿め。」

ジャックは涼しい顔で言った。ウィルは息を乱しながら、手で口元を拭う。

「結構ムキになっちゃって。そんなに勝ちたいのか?」

「負けたがる奴は、あの3人に言われても参加せんよ。」

ウィルはフッと笑うと、ナイフを拾って鞘に納める。

「もう1回やるか?」

「もういい。少なくとも、戦う相手はお前じゃない。」

「確かに。」


 ウィルは深呼吸をした後、いつもの笑顔に戻った。

「じゃあ帰るよ。そうして欲しいんだろ?」

「まぁな。その方が安心だ。」

「OK。でもその代わり……。」

ジャックの表情が険しくなる。何か察したようだ。

「クロードと隊長にこの事バラしてやるからな〜!あの2人、絶対応援に来るぜ。」

「あ!?」

ウィルの表情は悪意に満ちている。そして走り出すと、捨て台詞のように大声で叫んだ。

「じゃ、頑張れよ、エル!ハハハハ!バーーカ!!」

ジャックは全速力でウィルを追いかけた。

「おい!!コラ待て!」

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