第41話 チキンライス
暦の上では「冬の中でも最も寒い時期」を脱してはいるがそれでもまだ寒い街中を、1人の獅子型獣人の老人が歩いていた。
足取りこそしっかりしていて杖も使わずに自力で歩けているが、髪もすっかり白くなり顔にも細かいシワが刻み込まれており、だいぶ年を取った印象を感じさせている。
目的地である「光食堂」に着くといつものようにドアを開け、鈴の音を鳴らす。
「いらっしゃいませ。あら、ライオネルさんですね。いつもごひいきにしていただきありがとうございます。ご注文はいつものナポリタンでよろしいでしょうか?」
出迎えた店主はいつも決まった注文をしてくる相手に慣れた口調で話しかける。
「いや、今日は別の物を頼む。すまんがメニューを見せてはくれんかね?」
だが彼はいつもと違う料理を頼みたいのかメニューを要求する。光も素直にメニューを渡す。
去年の冬の初めごろに新調したのか座り心地がよくなったイスに腰掛けながらメニューを見る。新顔のメニューを探していた。
「ふーむ……新メニューは、なさそうじゃの」
年老いて視力が弱くなっているのか昔は簡単にできた字の読み書きも段々難しくなってきており、メニューを見るのも一苦労だ。
こういうところで年を取りたくはないと思うのだった。
「よし、決めた。光さん、チキンライスを頼む」
「チキンライス」
「鶏肉とライスを炒めてケチャップで味付けした料理」
ライオネルがこの店でナポリタンと甲乙つけがたいほどに美味いと思うメニューだ。
「はいかしこまりました。少々お待ちいただけますか? それとメニューをお下げしますね」
店主の光はメニューを片手に厨房の奥へと引っ込んだ。
料理が出来るまでの間、ライオネルは店を見渡す。
あの「傭兵騎士」の口コミの成果だろうか? 席には休憩のために寄った兵士がいつの時間に訪ねても1人はいる。
その中にめかした格好をした平民、さらには従者を連れた貴族の少女などが同じカウンター席に座って食事をしていた。他の店ではまずなさそうな客層だ。
そんな客を眺めていると時間はすぐ過ぎる。
「お待たせいたしました。チキンライスになります」
店主が料理を持ってくる。
ケチャップの色で赤く染まったライスに所々具として鶏肉と切ったソーセージが混ざっていた。
さらに店主が言うには「グリーンピース」なる緑色の豆が散らされており、それが彩りとなって見た目も良い。
ライオネルは出来立ての料理にスプーンを入れ、口に運ぶ。
ケチャップのうま味と酸味にかすかなバターの味を持ったライス、
それも一般的な市場で出回っている物とは格段に違うものが噛み締めるたびに惜しむことなくうま味を放つ。ナポリタンと同じくらい、美味だ。
メインの具材である鶏肉も、年老いて卵や子種が尽きたものを使った物では決して出せない柔らかさ、
しかもただ柔らかいだけではなく歯ごたえを残す芯の強さも持っていた。
ソーセージも新鮮で上質な肉を使っているのか、変な臭みが全くなく文句のつけようがないくらい美味い。
(うん……美味い)
その絶品料理を食べている間は、人生の中でも特に幸福な時間を過ごせる。この店を通うのが辞められないゆえんだ。
以前、ナポリタン同様に家の給仕にチキンライスを再現させてみたそれは全くの別物。
ライスはパサパサで噛むたびにぼそぼそとしており味気なく、鶏肉も固くてうま味が無く不味い。
トマトのペーストをそのまま使ったのだろうソースもパンチが弱い……と散々であった。
ナポリタン同様、この店に来ないと食べられないというのは多少不便だがまぁ仕方のない事だろう。
それに家からここまで歩く習慣がつけば運動の代わりにもなるので、悪い話ではない。
「ごちそうさま。また来るからな」
「はい。またのご来店お待ちしております」
食事を終えたライオネルは店を出る。
そういえばこの店で知り合ったとある店の料理長をやっている料理人や、その下で働いているという部下の料理人はこの店の料理を盗んでいるそうだが、
彼らが研究すればナポリタンもチキンライスも再現できるだろうか? とも思う。
彼らとの会話はこの店に通う事になって出来た楽しみの1つだ。料理人と言う一種の職人の話というのは軍人だった自分にはかなり新鮮に映るのだ。
そんな楽しみをくれた店だ。わがままかもしれないが、できれば自分に「天からのお迎え」が来るまではこの店は続けてほしい。彼はそう願った。
【次回予告】
彼は激辛のカレーライスが1番好きとはいえそればかりでは飽きが来る。たまには別の料理を頼もうかとヴェロボルグ中隊長はメニューを読む。それで見つけた料理だ。
第42話「豚肉の生姜焼き」
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